純血のヴィダール   作:RYUZEN

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第40話 マクレラン

 通信機の相手はゲオルグ・マクレラン少将だと自己紹介した。

 マクギリスに謀殺されかけてからは、彼の真意を見抜くために世界情勢に目を光らせていたガエリオには、その名前を聞いてすぐに心当たりにピンとくる。

 ギャラルホルンの威信失墜による治安悪化を打開するために、当時のマクギリスの提案によって、四大経済圏は一定の軍事力の保有を認められた。これにより各経済圏は防衛軍を設立したわけであるが、そこで当然問題となるのは〝人〟である。

 なにせ軍事力がギャラルホルンに統合されて三百年だ。軍事のノウハウなんてとっくに各経済圏からは失われている。MSなどの兵器は金さえ払えばすぐに揃えられるが、将校や兵員はそうはいかない。金をかけてじっくり育てなければ、優秀な軍人は生まれないのだ。更に最悪なことに例え金をかけても、軍人を育て上げられる人間が経済圏にはいなかった。

 これがもし海賊などの非合法組織であれば、阿頼耶識システムを導入することで対処しただろう。

 阿頼耶識は施術を行うだけで素人を兵士に生まれ変わらせることができる。道徳的なことに目をつむれば、これほど便利なものはない。だが正規軍である防衛軍が非合法の阿頼耶識システムを導入することは不可能だった。

 それに阿頼耶識システムで作れるのは兵士であって、それを統率するための将校は作れない。

 四大経済圏のうちアーブラウは代表の蒔苗が個人的に繋がりをもつ鉄華団に、軍事顧問を依頼するという方法をとった。

 鉄華団はギャラルホルン相手に戦ってきた精鋭集団。子供が大人に教える、という歪な構図から争いは絶えなかったが、それでも一定の成果はあったといえるだろう。ギャラルホルンには到底及ばないまでも、一番早くにアーブラウは防衛軍を形にすることに成功した。

 そして問題のSAUが目を付けたのは退役軍人だ。

 旧暦の軍隊と同じようにギャラルホルンにも退役はある。退役した者は年金暮らしなり再就職なりで第二の人生を始めるわけだが、SAUはそんな退役軍人を防衛軍将校として再雇用したのだ。

 現役軍人を引き抜けばギャラルホルンとの関係を悪化させてしまうが、退役軍人であればそういうこともない。

 ゲオルグ・マクレラン少将もそうして雇用された退役軍人だ。

 彼は士官学校を次席卒業したエリートで最終階級は一佐。優れた才能、優れた人格、優れた外見と民衆が好む要素の殆どを兼ね備えた稀有なタイプで、配下の将兵や民間人からは人気を得る一方で政治家からは嫌われた男だった。

 非貴族出身者としては異例の十年間で一佐までの昇進を果たしながら、ギャラルホルンを退役することになったのも、政治家と癒着するイズナリオ・ファリドとの対立があったからとされている。

 三十歳で故郷に戻った彼はギャラルホルンでの知名度を武器に政界へ進出。SAUで上院議員の一人に名を連ねることになった。政治家への反感は、彼自身を政治家にしたのである。

 本人としては行く行くは大統領選に出馬して大統領を目指すはずだったのかもしれない。だが世界情勢は彼に政治家ではなく軍人に戻ることを求めた。

 防衛軍の設立を急ぐSAUにとって、軍組織を知り尽くして人気もあるゲオルグは最高の人材だった。噂では大統領が直に頭を下げてまで防衛軍の参加を頼み込んだらしい。

 ともあれ上院議員を辞職し変わった形で軍に戻ることになったゲオルグに、SAUは元の一佐ではなく少将の階級を与えた。

 少将は嘗てのアメリカ合衆国においての最上位階級であり、それに倣った形となる。つまりゲオルグ・マクレランは現SAU防衛軍の最高司令官ということだ。

 その最高司令官がガエリオに求めてきたのは会談だった。

 マクレランが率いてきた防衛軍の数は、マグワイア基地の兵を戦力に数えないでざっとこちらの三倍。練度では最精鋭のアリアンロッド内でも選りすぐりのこちらが勝るが、三倍の戦力は練度を覆すには十分の脅威である。了承するのが賢明な判断だった。

 会談はマグワイア基地とSAU防衛軍の陸上戦艦のいる中間地点で行うことになった。これは互いの公平性と安全性を考慮してのものである。

 

「ギャラルホルンの退役軍人としてはこちらから参上するべきなのでしょうけれど、SAU少将としての立場を汲み、対等の場を用意して頂けて感謝します」

 

「いえ。マクギリスの革命政権では反逆者の私を、ボードウィンとして認めて頂いたこちらこそ感謝に堪えません」

 

 ゲオルグ・マクレランは三十代とは思えぬ、まるで十代の学生のような愛嬌ある朗らかな笑みを浮かべる。

 エリートやインテリらしい高慢さを欠片も感じさせぬところが、彼が下の人間から支持を受ける理由の一つなのだろう。

 

「なんでも宇宙では伝説のガンダム・フレームを駆って初代ボードウィン卿にも迫る活躍をしているだとか。士官学校卒業してから碌にMSに乗ってない私には眩しくみえますよ。やはりMSは戦場の花ですし」

 

「アグニカ・カイエルと共に戦った初代にはまだまだ及びませんよ。それどころか前任者(ラスタル)の背中にも届かない若輩者です」

 

「亡きラスタル・エリオン公は初代エリオン卿に匹敵するとまで言われた御仁でしたからね」

 

「セブンスターズとしても彼にはまだまだ学ばなければならないところが多かった。死んでからいっそう惜しいと思います」

 

「心中お察しします」

 

 それからガエリオとマクレランは和やかに談笑を続けた。

 ちょっとした身の上話に最近起きた面白い出来事。ガエリオが護衛に連れてきたジュリエッタと、マクレランの護衛の兵士は緊張を崩すことはなかったが、当初懸念されていた険悪なムードになることはなかった。

 だがそれもこれまでである。マクレランが笑みを消して「さて」と前置きした。ここからが本題である。

 

「私は軍務に政治を持ち込むことは好きではないので、腹の探り合いは省きますが構いませんか? 司令官の一秒の無駄は、兵士一人の掛け替えのない犠牲に繋がるというのが持論ですので」

 

「それはこちらとしても有難い。お互い部下の命は掛け替えのないものです」

 

「私共の得た情報によれば、ノーアトゥーン要塞基地へ向かう戦艦スレイプニルには、我が国の市民であるジャン・べトゥーラスが乗艦していたとか。

 ジャン・べトゥーラスはデトロイトに本拠を置くべトゥーラス弁護士事務所所長の息子で、同事務所の職員でもあります。そして所長のキングズリイ・べトゥーラス氏は故ラスタル・エリオン公と親交がありました。

 ボードウィン卿。あなた方がアリアンロッドの精鋭部隊と共に地球へ降下したのはデトロイトへ向かうためですね」

 

 デトロイトは事実上のギャラルホルン直轄地であるが、それは逆を言うなら形式上はSAUの領地ということである。

 よってそこに本拠地を置くベトゥーラス弁護士事務所の職員たちも国籍はSAUにあった。

 

(それにしても想像以上に把握している。あの鉄色のマント集団といい彼等といい四大経済圏の情報力は侮りがたいな)

 

 軍事と警察権をギャラルホルンに任せきりということは、その分の空いたリソースを自由にできるということだ。

 そのリソースの一つを四大経済圏は他国やギャラルホルンを先んずるための諜報部門へ注いだのだろう。

 権力の座を奪ったばかりで組織の完全な再編が済んでいない現ギャラルホルン革命政権よりも諜報力という点で各経済圏が勝るのかもしれない。

 

「そうだと言ったら?」

 

「目的を教えて頂くわけにはいきませんか?」

 

「失礼ながらこれはセブンスターズに関わること。命懸けでノーアトゥーンへ足を運んでくれたベトゥーラス弁護士の働きに報いるためにも話すわけにはいきません」

 

「そうですか」

 

「しかし我々の目的地がデトロイトであることは……頷きましょう」

 

 自分たちの行き先については、このマグワイア基地を出発することになれば遠からず分かることだ。

 こちらが敵意がないことを示すためにもガエリオはこの情報を開示した。

 

「それだけ聞ければ上場です。ボードウィン卿、私達は貴方達の進軍の道案内をしたい」

 

「SAU防衛軍はアリアンロッドに肩入れすると?」

 

「解釈はそうで間違いありません。私個人としての意見は兎も角、大統領閣下(ミスター・プレジデント)はこの内乱騒ぎをただのセブンスターズの権力争いで終わらせるつもりはないようなので」

 

 マクレランは大統領への不信感を隠そうともせずに言う。

 嘗てギャラルホルンで巨大な影響力をもっていたイズナリオ・ファリドに対しても反感を隠さなかった男だ。今更国家元首相手に忠犬面するはずもないということだろう。

 

「SAUの協力はありがたいですが、我々は今の革命政権からすれば逆賊です。まず間違いなく新設された武装近衛隊エクェストリスと交戦になるでしょう。

 エクェストリスはマクギリスが自身の支持者のみを集め、パイロットのほぼ全員にレギンレイズを与えた精鋭。少なくない犠牲が出ることになる」

 

「国家が命じれば軍人はそれに従うしかありません。犠牲を少なくするのが将帥である私の役目です。それとこちらに向かってくるエクェストリスには大統領が直接手を回しています。我々がデトロイトへ到着するまでの時間くらいならば稼ぐことができるでしょう」

 

「なるほど。如何にギャラルホルンといえど各経済圏の協力で成り立っている以上は、大統領の意向を無視することはできない。ことがSAU領内だというのならば猶更だ。だが失礼を承知で忠告を許していただけるならマクレラン少将はセブンスターズの行動力を侮っておられるようだ」

 

「というと?」

 

「エルネスト・エリオンは恐らく止まりません」

 

 ガエリオの忠告を裏付けるようにマクレランの下に急報が届く。

 それは彼が所属する国家のトップの言葉が、近衛隊の足を一秒も遅らせることが叶わなかったという報告だった。

 

「近衛隊エクェストリスが大統領の要請を無視してSAUに上陸しました……」

 

 さしものマクレランも愕然としているようだった。

 いくら元ギャラルホルンといえど彼は平民出身。セブンスターズの行動力を読めなくても無理はない。

 

「マクレラン少将。近衛隊の狙いはマグワイア基地……いえ、ガエリオ・ボードウィンです。俺はこれから基地へ戻り迎撃の準備をしなくてはならない。貴方はどうなされますか?」

 

「大統領の命令はボードウィン卿等をデトロイトへ案内すること。いざという時は協力して敵にあたれと」

 

 マクレランは不承不承ながら戦いへの協力を口にする。

 敵は武装近衛隊エクェストリス長官のエルネスト・エリオン。図らずもどちらがエリオンの名を継ぐに相応しいか勝負する時がきてしまったようだ。

 

 


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