元帥直轄武装近衛隊エクェストリスの主な役目は地球内の反乱分子の鎮圧である。
石動・カミーチェが司令を務める地球外縁軌道統制統合艦隊が宇宙担当ならば、エクェストリスは地球の担当といっていいだろう。
マクギリス政権の両翼と呼んで差し支えない両組織であるが、その仲は決して良好とは言えないものだった。理由は複数ある。
まず第一にトップの差だ。両組織ともに忠誠を誓う相手はマクギリス・ファリドであるが、実際に組織を率いているのは石動・カミーチェ一佐とエルネスト・エリオン長官の二雄である。
だがこの二雄は良くも悪くも正反対な人物だった。
コロニー出身者でマクギリスの懐刀として堅実に働いてきた石動・カミーチェ。
エリオン家の血を受け継いでいながら素行の悪さにより圏外圏に追放されたエルネスト・エリオン。
二人とも決して無能ではないが、そのことが問題を余計にややこしくしている。
幸い乱暴者のエルネストと反対に石動・カミーチェは喧嘩っ早い人間ではないので激突には至っていない。
だが両者の仲の悪さはそうそう簡単に解決できる問題ではなかった。もしマクギリスが口出しなどの干渉を行ってもその場凌ぎにしかなりそうにない。
だからマクギリスは今は強引に統合するのではなく、敢えて競争心を煽るようなスタンスをとっていた。こうすれば派閥ごとの対抗心が促進され効率が上がるという判断だ。
はっきり勤務地を宇宙と地球で分断したのも功を奏した。どれだけ嫌いな相手でも、自分の管轄に特に関わらない人間を恨み続けることは難しい。これにより両者の内部抗争は一先ず収まった。
ただ地球外縁軌道統制統合艦隊からのつまらない嫌がらせはなくなっておらず、エクェストリス長官エルネストがガエリオ・ボードウィンの地球降下を聞いたのは、マクギリスからの又聞きという形だった。
「やれやれ。地球外縁軌道統制統合艦隊の連中は
ぶつくさと文句を言いつつも、エルネスト・エリオンは仕事もできる男だ。そうでなければ幾らエリオン家の血統を継いでいようと、あのマクギリスが近衛隊の長官に任命するはずがない。
即座にアフリカ方面の反乱分子鎮圧を中断したエルネストは、直ぐにSAUへと急いだ。
ラスタル・エリオンを排除するために策謀を巡らせていたエルネストは、伯父の派閥についても知識を持っている。
マグワイア基地のジョン・ギボンといえば士官学校時代のラスタルの後輩で弟分でもあった男だ。つまりはガッチガチのラスタル派の人間である。
そしてラスタル・エリオンという男はなんの見込みもない人間を弟分として面倒を見るほど生易しくはない。彼が傍に置く人間は能力であったり、カリスマ性であったり、血統であったり、コネクションであったりと。なにかしらラスタルにとって魅力的なものを持っている。
ジョン・ギボンは平民出身で特に有力人物とのコネを持ち合わせていない。つまり彼がラスタルに弟分として認められたのは、能力という一点においてだ。
優れた能力を持つ司令官が基地と一緒にアリアンロッドに合流する。その危険性を理解できぬほどエルネストは計算が苦手ではない。
どうしたものかと頭を悩ませていると、監査局局長代理のライニ・フーシェからメールでマグワイア基地に所属している将校の資料が届いた。
元帥であるマクギリスが統制局と監査局の両方のトップを兼任しているため局長代理となっているが、ライニ・フーシェは若いが職責に見合うだけの才幹を有した人物だ。
どんなものかとメールを開いて内容を流し見していると、エルネストの目は副指令を務めている男のところでピタリと止まった。
「こいつは、いいなぁ。マグワイア基地の連中は大多数は鳩だ。ボスのジョン・ギボンが反マクギリスだから頷いてるだけの腰抜け。だったらそのトップの首が変われば今度はそっちの言うことに頷くようになるだろうな。
もっともそんな俺の下半身が反応しねえ不味そうな連中、俺は重用してやるつもりはないがねぇ。見た目がタイプじゃなけりゃだが」
ジュン・チヴィントンの経歴にもう一度目を通す。
士官学校の成績は中の上。分野ごとに分けても飛びぬけたものは一つもない。華々しい功績もあげたことはなかった。
しかしこの男は上手く政治を利用することで波にのり、三十代の若さにして副指令にまで上り詰めた。
派閥は上司のジョン・ギボンと同じエリオン派に属していたそうだが、これは単に当時のエリオン派が最大派閥だっただけで特に思想的思い入れはないだろう。その証拠にイズナリオ・ファリド失脚前はファリド派に属している。
こういう男なら利用できるだろう。
ジュン・チヴィントンに近衛隊長官の命令という大義名分を与えてやり、ジョン・ギボンを殺害させマグワイア基地を乗っ取らせる。
後はのこのこと地球に降りてきたガエリオ・ボードウィンを捕えさせればいい。
「マグワイア基地副指令のジュン・チヴィントンに連絡をとれ」
成功するか失敗するかは半々。いや寧ろ失敗する可能性のほうが高いだろう。
仮に失敗してもマグワイア基地の戦力は減らせるだろうし、こちらにダメージはない。成功すれば万々歳だ。
だが軽い気持ちのこの判断が期せずしてエルネストの計算を大きく狂わせることになった。
まずエルネストに届いたのはジュン・チヴィントンからの作戦成功の報だった。首尾よくマグワイア基地乗っ取りに成功し、ガエリオ・ボードウィンとその将兵も捕虜にしたという。想像以上の大成功ぶりにエルネストは一瞬惚けてしまったほどだ。
ガエリオ・ボードウィンを虜囚としたのならば慌てる必要はない。強行軍を止めて、のんびりとマグワイア基地への船旅を楽しもうとした。そんなエルネストを仰天させる第二報を齎したのは、マグワイア基地からどうにか脱出したジュン・チヴィントンの側近だった。
「なにぃ!? 未確認の改造グレイズに奇襲を許した挙句に、ガエリオ・ボードウィンが逆に基地を乗っ取って、ジュン・チヴィントンも殺されたぁ!?」
盤面がひっくり返るとはこういうことをいうのか。エルネストは思わずチェスを楽しんでいた携帯ゲーム機を握りつぶしてしまった。
「それでガエリオ・ボードウィンは? ああ……―――――――ああ、そうか。お前らは街に潜伏して、俺達の到着を待て。いいな?」
鼻先を銃弾が掠めても平然としていられるだけの精神力を持つエルネストも、流石に苛立ちを交えながら通信を切った。
作戦が失敗することは決して予想外ではなかった。しかし一度大々的に成功してから失敗するのはなんとも憎らしい。このムラムラはガエリオ・ボードウィンの綺麗な面に一発かましてやらないと収まらないだろう。
「ったく最悪の形で裏目になった。こんなことなら下手に策を弄するんじゃなかったな」
ともかく全軍にこのことを伝えて、指示を与えなおさねばなるまい。
エルネストは紫黒の軍服を羽織って立ち上がり、時計の針が4の数字を指した。
「……またか」
ピピピピと音の鳴る通信機を乱暴に掴み取った。
「俺だ」
『どうやらご機嫌斜めのようですなぁ、長官閣下』
「プリマーか」
通信相手はつれないが頼もしい副官だ。つまらない苛立ちで彼の不興を買うわけにもいかない。
エルネストは強引に自分の苛立ちを腹の奥に引っ込めた。
「心の機微を把握してくれるなんて上司冥利につきるねぇ。どうだい? オフの時に飲みにでも行かないか? 良いバーを知っているんだ」
『断る』
「やっぱりつれないね。そういう猫みたいなところも俺の好みなんだが…………で、なんの用だい? 残念ながらお前は用がなければ俺に連絡なんてくれないんだろう」
『今さっきエクェストリスに通信があった。長官に代わって欲しいそうだ』
「悪いが、」
今は忙しい。その言葉はヨセフ・プリマーの出した名前で引っ込めることとなった。
『アブラハム・デイヴィス氏がな』
「……なんだと?」
アブラハム・デイヴィスはギャラルホルンの重鎮ではない。だがこの世界にとっては途轍もなく大きな影響力をもつ名前だった。
四大経済圏屈指の勢力を誇るSAU。その大統領を務める男の名前である。
「代わろう。何を言ってくるかは知らんが、ともかく聞かねば話が進まない」
このタイミングでの大統領直々の通信。どうやら既にマクギリス・ファリドの革命は、ギャラルホルンの枠を超えてしまっていたらしい。
エルネストの頬を嫌な汗が伝った。