純血のヴィダール   作:RYUZEN

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第3話 掲げられた剣

 スキップジャック級轟沈とラスタル・エリオン戦死の報は、混乱と熱狂を伴いながら全軍に伝播していく。

 最前線でマクギリスの駆るガンダム・バエルと矛を交えていたガエリオ・ボードウィンの下にもそれは届いた

 

「馬鹿な、ラスタルが死んだだと!?」

 

 あのラスタル・エリオンがこんなにもあっさり死んだことが信じられない一方で、それをやったのが鉄華団ということを耳にすると、どこか納得している自分がいることに気付く。

 ガエリオは鉄華団とは因縁浅からぬ関係であり、そのこともあって鉄華団が関わった戦いのデータには必ず目を通すようにしていた。

 彼等はいつだって並みの人間なら土下座降伏するほどの物量差は戦略的不利を、型破りの強襲作戦で逆転させてきたのである。きっと今回も嘗てと同じような型破りな方法で、ラスタル・エリオンを討つという大金星をあげてみせたのだろう。

 

『ふふふ、あはははははは、ふははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!』

 

 バエルから溢れるように流れるのは、マクギリス・ファリドの狂笑だった。

 

「なにが可笑しい!」

 

『可笑しい? 嬉しいのさ。私がこのタイミングでの革命に踏み切った理由の一つは、彼等の……バルバトスの純粋なまでの力だった』

 

 単騎にてMAを撃破するという戦果は、アグニカ・カイエルや七人の英雄達にも匹敵する偉業だ。

 アグニカ・カイエルに強い執着を抱くマクギリスにとって、それをやったバルバトスは神聖さすら伴って映っていたことだろう。

 

『私の目に狂いはなかった。彼等がラスタル・エリオンを打ち倒したことこそ、純粋な力こそ全てに勝るということの何よりの証明!』

 

「詭弁を弄するな!」

 

 高揚しながら振るわれるバエルソードの斬撃を、バーニアを全開にして回避しながら200mm砲で動きを牽制する。

 

「お前はアグニカが関わると時々馬鹿になるな! 彼等がラスタルを討ったことと、お前の正しさに因果関係などあるものか!」

 

『手厳しいな。だが私の正しさは証明されずとも、戦いの勝敗は既に決したと思うが』

 

「まだだ、終わっていない!」

 

 アリアンロッド艦隊はギャラルホルンの巨星ラスタル・エリオンの配下にあって、鋼鉄の規律と鋼の結束力を誇る軍団だ。彼等は一兵卒に至るまでがギャラルホルンという組織ではなく、ラスタル・エリオン個人に忠誠を誓っている。

 それによって常に高い士気を保ち続けてきたアリアンロッドは、宇宙の治安を取り締まる維持組織として見事な成果をあげてきたのだ。

 しかしアリアンロッドの強味の全てが、ラスタル・エリオンの死によって弱味へ反転する。余りにもラスタル・エリオンの影響力が大きすぎたことで、アリアンロッドは完全に機能不全に陥っていた。

 これは勝ち戦の雰囲気で、いきなりラスタル・エリオン死亡という衝撃を受けたことも一因だろう。高いところから落ちるほうが衝撃は大きいものなのだ。

 

「なるほど既に勝ち戦ではないだろう! ここから勝利するのはどうあったって不可能だ! だがっ!」

 

 左腰にマウントされた刀を抜き放ち、バエルと剣を打ち合う。

 刀のみの近接では二刀流のバエルに分があるが、もう片方の腕でドリルランスを操る一刀一槍の変則二刀流で対抗した。

 

「引き分けには持ち込める! そう、マクギリス! お前をここで討ちさえすれば!」

 

『良い着眼点だ。確かにここで私が死ねば、鉄華団(かれら)の奮戦も無意味になるな』

 

 マクギリス・ファリドにここまでのギャラルホルン兵士が従っているのは、誰もが彼の革命思想に共感しているからではない。ギャラルホルンにおいて絶対的権威の象徴であるガンダム・バエルの威光あってこそだ。

 もっと言うならば革命軍には石動のような副官はいても、マクギリスの代わりを務められるナンバーツーはいない。ここでマクギリスとバエルを倒すことが出来れば、旗印と指導者を失った革命軍は崩壊するだろう。

 そうすれば中立を決め込んだイシュー家を始めとしたセブンスターズも動くだろう。そうなれば戦術的にはともかく戦略的にはアリアンロッドの勝ちだ。

 

『いいだろう。やってみせるといい。私は逃げも隠れもしない』

 

「望むところだ! アイン、俺に彼奴を止めるだけの力を!」

 

 アイン・ダルトンの脳とグレイズ・アインの阿頼耶識システムをベースにした阿頼耶識システムtypeE。これによりガエリオは、阿頼耶識の施術を施したマクギリスとも互角に戦えるだけの力を得ていた。

 ドリルランス、ドリルニー。並みのパイロットであれば一つですら手古摺る兵装を、自在に使い分けながらガンダム・バエルを屠りにいく。

 だが恐るべきはマクギリス・ファリドというべきか。

 アグニカの魂を宿した伝説のMS――――という大仰な看板のわりに、ガンダム・バエルの機体性能は決して高くはない。

 良好な保存環境によって厄祭戦当時のままの形を保っているバエルは、つまるところ厄祭戦時代からまったく性能が変わっていないという裏返しでもある。

 元は厄祭戦時代のMSでも現代の技術で改修改良を施されたキマリス・ヴィダール、バルバトスルプスレクスと比べれば性能差は明白だ。

 つまりキマリス・ヴィダールとバエルが戦えば、普通ならキマリスが優位でなければおかしいのだ。けれど実際にはバエルの巧みな双剣捌きによって攻めきれず、完全に互角の勝負に持ち込まれてしまっている。

 これはマクギリス・ファリドがどれだけパイロットとして並外れているかという証明であろう。

 

「やはり強いな、マクギリスっ」

 

 憎らしいような悔しい様な、複雑な感情のままに呟く。

 マクギリスは阿頼耶識の施術前から鉄華団のバルバトスともやり合うほどの実力の持ち主だ。それに阿頼耶識が加わったことで鬼に金棒となっている。

 認めたくはない事だが、マクギリスのパイロットとしての力量は間違いなくこの世界において三本の指に入るものだ。もしかしたら〝最強〟かもしれない。

 

『准将を援護しろ! ここまできて准将をやらせるな!』

 

「ちぃ!」

 

 押し切れないところに、マクギリスの副官の石動が絶妙な援護射撃をしてくる。

 容赦のないダインスレイヴによる殲滅攻撃で一時地の底にまで落ち込んでいた革命軍の士気だが、ラスタル・エリオンの死によって一気に持ち直したようだ。

 対するアリアンロッドは未だにラスタルの死から立ち直っていない。このままだと冗談抜きでアリアンロッド艦隊はこの宙域で全滅することになるだろう。

 眼前にいるマクギリスを睨む。手の届くところにいる仇に背を向けるのは悔しいが潮時だ。

 ヴィダールという仮面を捨て、ガエリオ・ボードウィンを名乗った自分には血の責任を果たす義務がある。

 マクギリス憎しで大局を見失っては、仇を前にして復讐ではなく上官(ガエリオ)の命を守ったアイン・ダルトンの誇りを穢してしまう。

 

「今は、届かないか。マクギリス、勝負は預けるぞ」

 

 最後に足止めのための機関砲をばら撒いて、最高速度で後退しながら全周波回線を開く。

 

「こちらはガエリオ・ボードウィンだ。ラスタル・エリオン及びイオク・クジャンの戦死により、私が臨時に指示を出す。全機後退。負傷兵と捕虜の収容を最優先にせよ。我々は一時撤退する」

 

 マクギリスの蜂起があったとはいえ、やはりギャラルホルン内部においてセブンスターズの名は重い。

 混乱で収拾がつかなくなっていたアリアンロッド艦隊が、ガエリオの指示を得たことにより一応の秩序を取り戻し、その通りに行動していく。

 

『准将、追撃されますか?』

 

『止めておこう。下手に追い込み過ぎて死兵になられても困る』

 

 石動の進言にマクギリスは悠然と答えると、バエルソードを天高く掲げる。

 ラスタル・エリオンは戦死し、アリアンロッド艦隊も逃げ帰った。これはもう誰の目から見ても疑いようのなく、

 

『同志諸君、勝鬨をあげよ! 我々は――――勝ったのだ!』

 

 一瞬の静寂の後、爆発的な歓声が宇宙に轟いた。

 ある者は戦艦の艦内で拳を握って喜び、またある者はMSのコックピット内で咆哮し、またある者は剣を掲げるバエルを仰ぎ見ながら感涙する。

 

『やった、あのアリアンロッドを倒したんだ!』

 

『これで俺達コロニー出身者も大手を振って歩ける世の中に……』

 

『バエル! バエル! バエル! バエル! バエル!』

 

 あちこちから響くバエルコールはまったく止まる気配はなかった。

 漸く開いた野望の入り口に、マクギリスは生まれて初めてかもしれない美酒に酔いしれる。

 だがまだ終わりではない。寧ろマクギリス・ファリドの野望はこれより始まるのだ。

 

『勝って兜の緒を締めよ。――――そうだろう、アグニカ』

 

 子供の頃から焦がれた愛機に語り掛ける。

 機体に宿っているというアグニカの魂は、なんの言葉も返してはくれなかった。

 


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