真・恋姫†無双 ~天命之外史~   作:夢月葵

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第十七章 青州解放戦・中編・3

 とは言え、ここで曹操軍と戦う事は出来ないと袁紹軍は理解しているので、何とか回避しようと動く。

 まず動いたのは斗詩である。

 

「麗羽様! 曹操さんはただ自身の仕事をしただけです! それに対して怒ってはなりません‼」

「仕事ですって!?」

「そうです! 領土侵犯をしたのは私達ですから、それに対する法的処置を曹操さんはしているだけです! これで怒ってしまっては、名門袁家の名が泣きます!」

「ぐっ……!」

 

 「名門袁家」、この言葉に袁紹は弱い。

 プライドが高いからこそ、袁紹の様な人物は他人に良く思われたいという気持ちが強い。名門がこんな事で、と思われるのを極端に嫌うのである。

 斗詩はそうした袁紹の性格を知り尽くしている。だからこそ最初に事実を述べ、それから袁紹のプライドに揺さぶりをかけた。これで袁紹の感情は一気に落ち着くものと思われ、事実そうなった。

 

「で、では、徐州軍へのお仕置きにも参加しないのはどういう訳ですの!?」

 

 若干トーンが落ちた口調で訊ねる袁紹。それに答えたのは許攸だった。

 

「麗羽。曹操は、徐州と戦っても意味は無いわ。彼女は黄巾党の乱の時に劉備や清宮たちと共に戦っていて、友好関係を築いていると聞いている。また、揚州の孫家も同じく徐州と友好関係にあり、その関係は曹操のそれより緊密との噂もある。そんな状況で曹操が徐州と戦ったら、恐らく揚州の孫家は徐州に味方するでしょう。そうなると……。」

 

 許攸は袁紹を呼び捨てにし、尚且つ冷静に言葉を紡いでいった。だが、袁紹はその慇懃無礼(いんぎんぶれい)な態度に何故か怒る事無く、話の先を促した。

 

「そうなると……なんですの?」

「曹操は徐州と揚州、二つの勢力から狙われる事になる。曹操軍にも優秀な武官文官は居るけど、それはこの二つの軍も同じ。一対二では不利になる。麗羽は、不利になると分かっていて進んで戦う?」

「戦う訳がありませんでしょう? わざわざ苦戦する必要はありませんわ。」

「そう。今の曹操は、まさにそんな状況なの。だから麗羽と一緒に戦わないと決めたのよ。」

 

 な、なるほどですわ、と納得したのは袁紹。客観的には理解出来ない事でも、自分に置き換えられると理解出来る様だ。

 袁紹が納得したところで、尚も許攸は続ける。

 

「麗羽。ここは一旦兗州から出るのを優先するべきよ。徐州に行くなら、遠回りになるけど山沿いに進んで、臨邑(りんゆう)から祝阿(しゅくあ)(たい)へと進む。つまりは青州に向かうしかないわね。」

「それでは、徐州と黄巾党の戦いに巻き込まれてしまうかも知れませんわ。」

 

 袁紹は尤もな疑問を口にする。だが許攸は、それで良いのよ、と答え、驚く袁紹に向かって説明を始めた。

 

「麗羽が徐州と戦いたい気持ちは分かるわ。けどね、ここで徐州と戦うより、徐州と共に黄巾党を根絶やしにする方が何倍も袁家にとって益になるのよ。」

 

 許攸は、徐州との戦いで得られるものは、徐州との共闘で得られるものより少なく、また、戦う事で損をするという事を懇切丁寧に伝えた。袁紹はその度に反論するものの、口の達者さでは文官である許攸に勝てる筈もない。

 遂には袁紹を丸め込……もとい、説得する事に成功した。筈だった。

 

「わ……分かりましたわ。では、まずは臨邑を目指し……。」

「お待ちください、麗羽様!」

 

 そこで声を上げたのは郭図である。その瞬間、他の者は皆嫌な予感がした。

 

「確かに兗州を出る必要はあるでしょう。ですが、今から北周りで青州に向かっても、既に戦いは終わっているかも知れません。そうなると、この遠征は徒労に終わってしまいます。」

 

 許攸は、また余計な事を、と思い口を挟もうとしたが、それより早く郭図が話すのが早かった。

 

「それよりも、兗州から出ると見せかけて北上した後、再び東南に向かって(ごう)南武陽(なんぶよう)を通り、徐州へ向かうのが袁家の誇りを保つ賢明な方法です!」

「それのどこが賢明なのよ‼」

 

 曹操にそんな見せかけの北上が通じる訳がない、曹操とて人間だから失敗はある筈、と、許攸と郭図の意見は真っ向から対立した。

 許攸が、普通に考えれば兗州を出るまで監視がつく筈だと反対しても、郭図は、兵を動かすのもタダじゃないのだから、ある程度進めば兵を退かせる筈、と譲らない。そんな楽観的な策を述べる軍師が居ますか! と言われても郭図は自分が今回の筆頭軍師だ、と言ってあくまで強気に出る。

 二人とも、袁紹軍では屈指の文官である。舌戦ではそう簡単に決着がつかない。そしてこういう場合、鶴の一声によって決着するのである。

 

「二人ともお止めなさい! 味方同士で五月蠅い罵り合いは禁止ですわ!」

「けど麗羽!」

 

 許攸が更に言おうとするも、袁紹はそれを制して言葉を紡いだ。

 

「ごめんなさい明亜(めいあ)。今回は郭図さんの意見を採ります。」

「麗羽‼」

「ここまで来た兵達を思えば、ここで後戻りは出来ないわ。それに、やはり徐州にお仕置きをしなければ、袁家の誇りは保たれないと思いますの。」

「麗羽……貴女……!」

「……これ以上は、何も言わないでください。いくら親友の貴女でも、拘束しなければならなくなりますわ。」

 

 袁紹は悲しげな目で許攸を見ながらそう言った。許攸はそれでも何かを言いそうだったが、斗詩たちに止められる。

 許攸、真名を明亜と言うが、彼女と袁紹は昔からの親友である。どれくらい親友かと言うと、心を許しあい、危難に駆けつける仲間と呼ばれる、「奔走(ほんそう)の友」という間柄だった。なお、この間柄の人物はもう一人居るが、今回は関係ないので省略する。

 そんな関係だからこそ、許攸はどうしても袁紹を止めたかった。だが、聡明な彼女は、最早袁紹を止める事が出来ないと気付いている。だからこそ、俯いたままその場に居続けた。

 

「……安心してくださいな。先程貴女は“一対二では不利”と仰いましたが、この袁本初がついているのですから、二対二ですわ。もう一度手紙を出してそれを説明すれば、きっと華琳さんも分かってくださいますわ。」

 

 袁紹のその言葉は、常の楽観的かつ理由不明な謎の自信によるものではなく、どこか言い聞かせようとしている様に聞こえた。袁紹自身に対しても、許攸に対しても。

 だが、当然ながら許攸はそんな言葉で納得する様な性格ではない。

 そもそも、もう一度手紙を出したからといって、あの曹操が納得する筈がない。それは許攸だけでなく斗詩たちも分かっていた。それでも、これ以上は何も言えなかった。全ては郭図の進言の所為である。

 許攸は郭図を睨んだ。郭図は丁度後ろを向いているので気づかないが、それで良かったのかも知れない。この時の許攸の顔は、斗詩や猪々子といった武官でさえも恐れ(おのの)く程の怖い表情だったのだから。

 この日、袁紹軍は曹操軍に謝罪と撤退するという内容の書簡を送った後、進路を変えて北上した。予想通り、曹操軍の一部が監視として来たので、数日間は約束通り北上していった。

 ある日、袁紹軍の視界から曹操軍の監視部隊の姿が消えた。間もなく兗州を離れる州境の場所であった為、安心して帰ったのだろうとは、郭図の意見だった。

 それを受けて、袁紹は再び進路を南東に向け、徐州侵攻を再開した。鄴を進発して、既に二十日が経過していた事もあって、焦りもあっただろう。早くしなければ徐州軍が青州を平定して戻ってしまうのではないか、と。だからこそ、兗州内の行軍を急いだ。

 だが、曹操軍は袁紹が思う程甘い相手では、当然ながらなかった。


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