どの様な決着になるか。それによってどの様な運命が待ち受けているのか。
それは誰にも分からない。
そんな兗州にて、曹操と袁紹が激突しようとしていた。
2016年3月9日更新開始
2016年4月21日最終更新
2017年6月27日掲載(ハーメルン)
十万という大軍の為にその進軍速度は遅かったが、大将である袁紹は余り気にしてはいなかった。本来は気にするべきなのだが。
今、袁紹軍が居るのは鄴より東南東に在る
その為、少しでも時間を短縮する為に徐州までの直線距離を進んでいた。山や川などが無ければ、確かにこれが一番速い行軍の仕方であろう。
袁紹軍はこの時代の漢に於いて最大の兵力を持っていた。今回は十万という大軍を動かしているが、袁紹軍全体で言えばその数倍の兵力を有している。
だが、袁紹軍はその将兵が特に強いという事では、実は無い。財力に物を言わせて兵を、武器を、兵糧を多く有しているだけである。
また、兵の数が多いという事は、それなりに優れた者も居るという事でもある。
袁家の二枚看板と言われる
その二枚看板、顔良と文醜は袁紹の本軍を守る様な位置で並んで行軍していた。
「ねえ、
「それはあたいも同じだけどさ。……
「思わないから困ってるんだよう。」
猪々子こと文醜に斗詩と呼ばれた顔良は、涙目になりながらそう答える。これだけを見ると、とても二枚看板の一角には見えない。
「バカなあたいでも、アニキ達と戦うのがマズイってのは、流石に分かるぜ。麗羽様も、冷静に考えれば分かるはずなんだけどなあ……。」
その冷静さが、今の袁紹には無いのだから困ったものだ、というのが二人の一致する意見であった。
二人は知る由も無いが、この時代より二百年ほど昔の西洋の軍人、ユリウス・カエサルが言ったとされる「賽は投げられた」という言葉の意味と、今が似た状況だと知ったら、果たしてどんな反応を示すだろうか。
だが、本当なら二人が主張する様に戻るべきである。カエサルはルビコン川を渡って成功したが、今回の場合、成功する確率はカエサルのそれより低いと思われた。
兵数十万という数は決して少なくはなく、むしろ多いのだが、徐州軍も兵を増強しているという情報は既知の事である。しかも袁紹軍は遠征軍だが、徐州軍は本拠地という地の利がある。そう考えると十万という数が少なく見えてしまうのも、事実だった。
大義名分の無さも問題だった。いくら「
「何をぶつくさ言っていますの。袁家の二枚看板がそんな暗い顔では士気に係わりますわ。もっとしゃんとなさい。」
馬上、ではなく馬車の中からそう言ったのは他ならぬ袁紹である。短距離の行軍なら袁紹自ら馬に乗っているが、今回の様に長距離の行軍では馬車を使う事が多い。
何故なら、馬車の中ならば突然の降雨も苦にしないし、寒さもしのげるからである。あと、自分で馬を操縦する必要も無い。彼女は袁家の代表である為、もちろん馬術も出来るのだが、立場がある者はそうした事をしなくても良いという考えがあるので、こうした行動に出ている。
「あの
期待されて嬉しくない訳はないが、今回は事情が事情なだけに、二人は複雑な表情をもって応えるしかなかった。
そんな感じで数日が過ぎた。
袁紹軍は、東武陽から東南に位置する
やはり徐州まではまだまだ距離がある。一度どこかで大休止をとるべきだと、袁紹の家臣は皆口を揃えた。だが、袁紹は「一戦もしていないのに、休む必要があるのかしら?」と言って進言を却下した。袁紹自身は馬車に乗っているのだから疲れないだろうが、他の者はそうでないという事に、彼女は気づいていないのだ。
更に悪い事に、ここは既に冀州では無く、
物見から火急の報せが届いたのは、大休止の進言を却下した翌日の事だった。
「華琳さんの軍が展開しているですって!?」
優雅に朝食をとっていた袁紹の
しかもその数は推定四万と決して少なくない。十万の袁紹軍と比べれば少ないが、相手を考えれば油断は出来ない数である。
「ここ、范は曹操さんの治める兗州内に在ります。恐らく、曹操さんは私達が領土侵犯をしていると判断して軍を動かしているのだと思われます。」
斗詩は一度呼吸を整えてから自らの考えを述べた。彼女は武官ではあるが、比較的頭が良いので、こうした意見を述べる機会を度々もらっている。
そして、斗詩の見解は当たっているのだろう、というのが袁紹軍の結論だった。
現代でもそうだが、今回の様に他者の領土を通る場合、
「だ、大丈夫ですよ麗羽様。曹操殿にはきちんと事情を話せば分かっていただけます。何しろ麗羽様と曹操殿は幼い頃からの御学友なのですから。」
冷や汗を流しながらそう言ったのは
袁紹と華琳は幼少の頃に知り合い、勉学に励んだ仲である。家柄では袁紹が上だが、成績では華琳が常に上だった。それが袁紹のプライドを少なからず傷つけたが、それでも袁紹が華琳を嫌う事は無かった。そういう意味では袁紹も大物と言えなくはない。
気に入った侍女を取り合ったという逸話もあるし、華琳も事情はあるだろうが袁紹との付き合いを続けている事から、何だかんだで仲が良いのだろう。
そうした理由もあって袁紹が楽観視した結果、今の事態になってしまっているのだが、どうやらこの事態の解決を簡単に出来ると思っている様だ。
「そうですわね。……顔良さん、今から華琳さんに手紙を書きますから、届けてきてくださいな。」
「わ、私がですかっ!?」
「貴女は華琳さんと顔見知りですし、誤解を解く使者としては適任だと思いますわ。少なくとも、落ち着きのない文醜さんよりは。」
苦笑しながら言う袁紹に対し、斗詩も苦笑で答えるしかなかった。この場に居ない猪々子はとばっちりである。
それから半刻後、袁紹の手紙を持って、斗詩は曹操軍の陣地へと向かった。道中の彼女の心境が如何ほどのものであったかは、想像に難くない。