真・恋姫†無双 ~天命之外史~   作:夢月葵

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第十六章 青州解放戦・前編・4

 時間は戻って今。

 青州を解放しようとしている徐州軍にはまだ、袁紹が動いたという情報は入っていない。

 その代わり、事前に決めていたやり取りは緊密に行っている。朱里はそうして集めた情報を元に軍を動かし、来たる「総攻撃」開始に備えている。

 臨淄への攻撃は、一気に行わなければならない。その為に朱里は愛紗、時雨、山茶花、椿といった武将達に指示を出し、桃香と共に本陣で仕上げを進めているのである。

 

「朱里ちゃん、今伝令さんからこれが届いたよ。」

 

 桃香様はその様な雑務はせずにどっしりと構えていてください、何かしていないと落ち着かなくて、等といった会話をした後、朱里は桃香から受け取った紙を読んだ。そこには『清宮様と孫家の会談、つつがなく終了』といった意味の内容が書かれていた。

 

「雫さんによると、どうやら孫家との同盟は上手くいった様ですね。」

 

 雫とは簡擁の真名であり、徐州軍の文官であり、桃香の幼馴染みの少女の事である。揚州での会談の後、一足早く徐州に戻って報告し、その結果を簡潔にまとめて知らせてきたのだ。

 そこに、またも伝令から何やら届いた。受け取った朱里はその手紙を開く。

 

「……どうやら、兗州での会談もつつがなく終了したみたいですよ、桃香様。」

 

 そう言いながら桃香に手紙を手渡す。受け取った桃香は「あっ、程立ちゃんが来るのかあ。楽しみだなあ。」などと呑気な感想を述べていた。言うまでもないが、今は戦時中である。

 朱里はしばらくしてコホンと咳払いをし、それから桃香に確認する様に作戦を説明した。桃香はそれを一通り聞いてから頷き、笑みを浮かべて言葉を紡ぐ。

 

「朱里ちゃんの事、信頼してるから、任せるよ。」

 

 桃香のその言葉に朱里は若干照れながら恭しく礼をした。

 こう言われたのは、実は一度や二度では無い。朱里は以前、出会って然程時間が経っていない自分を、何故そこまで信頼してくれるのかと、疑問に思った事がある。

 最初は自分に丸投げしているのではないか、と考えた。ある意味それは当たっていたのだが、丸投げという訳ではない。

 桃香はこれでも廬植の門下生であり、それなりに優秀である。そうでなければ州牧など務められないだろう。そうした実力がある為、朱里の献策にも時間がかかる時はあるものの、ちゃんと理解し、疑問に思った所はその度に訊ねて、納得するまでそれを繰り返す。場合によっては面倒ではあるが、朱里にとってはこうして主君から訊ねられる方が、却って安心出来るという性格でもあった。

 勿論、向き不向きはある。桃香に出来る事、理解出来る事は限られており、それは朱里にも言える。だから、桃香がどうしても出来ない所は朱里に任せ、朱里が判断出来ない部分は桃香に任せている。

 そうしていく内に朱里は、桃香という人となりを理解していった。彼女が分け隔てなく誰にでも接するという事。

 戦うのは嫌いだけど、守る為には戦う意思がある事。

 敵であっても、出来れば助けてあげたい優しい心の持ち主である事。

など。

 

(今の時代にはとても似つかわしくない方です、桃香様は。)

 

 朱里の桃香評はその一言に尽きる。

 漢王朝の権威が落ちてきた今、表面上は漢王朝に服従しつつも、裏では何を考えているか分からない人間がこの国には多い。そんな世の中で、身分の違いを気にせず、争い事を好まないのは、一勢力の頭領としては幾分物足りない。

 だが、劉玄徳としてはこれで良いと朱里は思っている。

 こんな世の中だからこそ、こういった人物が居て良い。居るべきだと彼女は考えた。力ある者が天下を獲るのは道理だが、強いだけでは天下は獲れない。歴史に名を残した項羽は一騎当千の実力者だったが、天下を獲ったのはその好敵手であり、明らかに項羽より弱かった劉邦である。

 勿論、圧倒的な強さで天下を獲った劉秀の様な例もあるが、その劉秀も強いだけの人間ではなかった。天下を統べる者は、ある程度の優しさもなければならないと、彼女は思うのだ。

 

(だからこそ、私は隆中(りゅうちゅう)を出る決意をしたのです。)

 

 遠く荊州は隆中に居る妹や親友の顔を思い浮かべながら、朱里は言葉を紡ぐ。

 

「かしこまりました、桃香様。それでは、予定通りに事を進めます。」

 

 桃香はそれに対しても、やはり常の笑顔で応えるのである。

 青州黄巾党への総攻撃は、翌日の早朝から始まる事になった。

 

 

 

 

 

 まだ陽も明けきらない早朝、現代で言えば午前五時前。徐州・青州連合軍は臨淄に総攻撃を仕掛けた。

 夜襲ならばもっと夜更けに行うのがセオリーだが、今回の目的は夜襲ではなく、敵の混乱を誘う為で、その後の事が目的である。その目的の為には夜明け前でなければならなかった。

 

「弓兵隊、少しでも早く門の上の敵を片付けてください!」

 

 朱里が羽毛扇を前方に向けながらそう号令すると、徐州兵、青州兵共に一斉に矢を放った。

 まだ暗さが残る空から降る矢の雨が、次々と青州黄巾党に突き刺さる。

 その度に新しい青州黄巾党が現れるが、すぐに矢の雨を浴びせて倒していく。

 やがて、門の上に誰も現れなくなった。恐れをなして逃げたか、何らかの策か。

 

「破城鎚、用意!」

 

 朱里が後方に指示を出すと、前方の弓兵隊が左右に割れ、その空いた場所に後方から破城鎚、要は大きな丸太を抱えた兵士達が進む。破城鎚は、城門を壊す為の道具である。

 既に何度か触れた事だが、この時代の街は何処も城塞都市である。高い塀と深い堀、そして大きく頑丈な門が外敵から街を守っている。

 その為、街で戦う場合はこの様に敵の守備隊を削り、次いで破城鎚で城門を破り、街へと進むのが基本である。

 ブルドーザーやクレーン車などが無いこの時代、破城鎚を動かすのは当然人力だ。敵の守備隊は弓矢などで破城鎚部隊を狙うので、場合によっては、門を破るまでに何十人、何百人もの犠牲が出るのも珍しくはない。

 その犠牲を少なくするには、こちらも弓矢などで敵の守備隊を一人でも多く倒すしかないのだ。

 破城鎚部隊は「孔」と「徐州」、そして「青州」の旗と共に前進して行く。それに連れて、弓兵隊も前進していく。弓兵隊は敵の射程内には入らず、だが敵の守備隊が破城鎚部隊を狙って来たら直ぐ様攻撃出来る様に、態勢だけは整えておく。

 だが、城壁が目の前に来ても反撃は来ない。破城鎚部隊は後方に居る朱里を見て指示を仰いだが、朱里は静かに羽毛扇を前方に向けた。

 破城鎚部隊は気合を入れて猛然と突進する。

 どおおん、という轟音と共に門が揺れる。もちろん、街を守る門がたった一回で壊れる訳はなく、二度、三度と繰り返す。

 やがて、少しずつだが門がきしむ音がし始める。こうなるとあと一息だ。

 それを更に数度繰り返し、遂に門が崩れた。破城鎚部隊を始めとした徐州・青州連合軍全体から歓声が上がる。

 だが、朱里や桃香は表情を引き締めたまま前を向いていた。

 破城鎚部隊を下げ、青州兵で固められた突入部隊が街の中へと消えていく。その先頭を行く部隊が掲げる旗は「太史」。徐州に救援を求めに来た太史慈が、雪辱を期すべく率先して先に進んでいく。長剣「(きざはし)」と強弓「遠閃(えんせん)」を使い分けながら賊を屠るその姿は、青州軍はもとより徐州軍の中でも特に目立つ存在となっている。

 その勢いに押される形で、青州兵の進軍速度は更に上がる。一方の徐州軍は、比較的冷静に動いている。

 

「朱里ちゃん、太史慈さん達どんどん行っちゃうけど良いの?」

「良くはありませんが、止めても無駄でしょう。」

 

 朱里は溜息を吐きながら羽毛扇を揺らす。

 いくら城門を破ったとはいえ、まだ街の中には沢山の青州黄巾党が居るのである。街のどこに敵が待ち構えているか分からない以上、慎重に進むべきである。

 とはいえ、もうすぐ故郷を解放出来ると逸っている青州兵に、慎重にいけといっても利かないだろう。むしろ、反発される危険性があるので、朱里は敢えて何も言わなかった。

 なお、この件について孔融は自軍を制御出来なかった事を詫びているので、徐州と青州の間に亀裂が入る事は無かった。

 桃香もまた苦笑しながら、目の前の臨淄、そして周りを見る。

 臨淄は徐州の彭城や下邳と比べると少し小さく見える。また、青州の殆どがそうであるように、ここもまた平坦な地形である。左右の少し離れた所に小さな森が在り、小さいが川も在る。

 ここはかつて太公望が治め、営丘(えいきゅう)と呼ばれていた。時代が下り、名前が臨淄となり、「斉」という国になった。

 昔は土壌が痩せていて農耕には適さなかったので、製鉄や銅の精錬などの工業を中心とした都市として発展した。歴史に名を残す名宰相・管仲(かんちゅう)が都市整備をすると、当時屈指の工業都市になったという。

 楚漢戦争時には大元帥・韓信が劉邦から正式に王として任じられ、前漢時代には劉邦が息子を斉王に封じていた。中国東部最大の都市の一つとしての歴史を刻んできたのがこの青州であり、臨淄なのである。

 だがそれも、今では見る影も無い。

 文化や工業の中心が移り変わった事や、黄巾党などの賊が跋扈して荒廃した街は、最早独自に立て直す事が出来ないレベルになっている。だからこそ孔融や太子慈は徐州に助けを求めたのだ。

 この戦いに勝利したとしても、青州の前途は予想以上に多難である。

 太史慈のこの勢いは、そうした未来に気づいているからかも知れない。

 

「取り敢えず、太史慈さんはあのままで大丈夫でしょう。彼女の実力なら、賊ごときに遅れはとりません。」

 

 そう言った朱里の表情は、確かに心配している風ではない。徐州に来た時はボロボロだった太史慈も、怪我が癒え、青州に来てからはその実力を如何なく発揮しており、彼女の戦績は徐州軍の愛紗よりは劣るものの、上位に食い込んでいるのだからそれもまた当然である。

 

「私達は、“予定通り”に動くだけです。」

「そ、そうだね。」

 

 朱里の言葉に頷いた桃香は、近侍の兵に指示を出し、部隊を前へと動かす。

 朱里こと諸葛亮の旗、「諸葛」と、桃香こと劉備の牙門旗、「劉」。そして軍旗である「徐州」を中心にして、部隊は臨淄へと近づいていく。

 悠々と進む徐州軍。その隊列は戦闘が起きていない事もあって乱れておらず、そのまま臨淄の街へと入城出来ると誰もが思った。

 その時だった。

 城門から数千人の黄巾党が突撃をしてきた。

 これには流石の徐州の将兵達も驚き戸惑った。つい先程青州軍が突入し、何も起きなかったのに、何故ここで黄巾党が現れたのか。

 

「恐らく、街のどこかに潜んでいたのでしょう。この街は青州でも大きな街ですから。」

 

 青州の首都と言えるのだから、大きいのは当然だが、だからといってこんなに隠れられるのだろうか、と桃香は思ったが、現実に目の前に黄巾党は現れている。その事実を受け止めない訳にはいかなかった。

 桃香と朱里は直ぐ様対応した。守りに適した陣形、「方円陣」を構築する様に命じたのである。

 方円陣は、字の通り円形に兵士を配置する陣形である。当然ながら大将はその中心におり、どの方位から敵が来ても対処出来るのが特徴だ。その為、移動には適していない。

 また、全方位に配置するという事は人数が拡散する事を意味しており、局所的な攻撃に長時間対応するには向いていない。出来れば直ぐに別の陣形に変えて戦うのが望ましい。

 今回は、前方から来る黄巾党に対応する為に前方の守りを厚くしている。場合によっては側面を厚くしたりするが、今回はこれで充分だと朱里は判断し、その通りになった。

 奇襲に近い攻撃ではあったが、兵数はこちらが上という事もあり、被害は最小限に抑えられている。本来はここで陣形を変えて撃破するのが常道である。

 だが、朱里が命じたのは陣形変更ではなく、何故か「後退」だった。


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