真・恋姫†無双 ~天命之外史~   作:夢月葵

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第三章 旅立ち・2

 朝食後、鈴々と一旦別れた涼達は桃香の家へ帰って行った。

 すると、桃香の母から「徐福(じょふく)さんが来ているわよ。」と告げられ、涼達は徐福が居る部屋へと向かった。

 

「おや、皆様方。お帰りなさいませ。」

 

 涼達が入って来たのを確認すると、徐福は飲んでいたお茶から口を離してそう言った。

 

「ただいま。……って、今日はどうしたの? また黄巾党(こうきんとう)が現れたのか?」

 

 涼がそう尋ねると、隣に居る桃香と愛紗の表情が険しくなる。

 だが徐福は普通の表情のまま答える。

 

「いえ、街は今至極平和です。それに、もし黄巾党が現れたのなら、ここでのんびりとお茶を飲んでおらずに皆様方を探していますよ。」

「そ、それもそうだね。」

 

 ホッとしながら三人は徐福の側に座る。

 

「なら、何の用で家に来たの? 徐福ちゃんが只遊びに来たって訳じゃ無いんでしょ?」

 

 徐福を見ながら、桃香が尋ねる。

 

「ええ。先ずは皆様方にはこれに目を通して戴こうかと。」

「これは?」

 

 服の内側にポケットでも有るのか、徐福は数枚の紙をそこから取り出し、涼達に渡す。

 受け取った涼はそれが何かよく解らなかったが、次の言葉で理解した。

 

「先日の戦いの報告書です。」

 

 そう言われて紙に目を通すと、「死傷者数」「捕縛数」等の文字と、それ等の横に漢数字が記載されていた。

 因みに、この世界の文字の読み方が解らない涼は、取り敢えず読める文字だけを読んでいる。

 

(皆と話す事は普通に出来るのに、何で読む事は出来ないんだろ。……何だか理不尽だ。)

 

 そんな事を涼が頭の中で愚痴っていると、徐福が報告書の説明を始めた。

 

「そこに書いてある通り、昨日の掃討戦でこの辺りに居た黄巾党は壊滅しました。また、捕縛した黄巾党の人間から、色々と有益な情報を手に入れる事も出来ました。残念ながら、首領である張角(ちょうかく)の情報は有りませんでしたが……。」

 

 始めはテンポよく話していた徐福だが、最後の部分は良い情報では無かったからか、声のトーンが若干下がっていた。

 

(張角か……。確か、三国志演義では黄巾党の乱の最中に病死したんだよな。情報が無いって事は、こっちの張角も既に死んでいるのか?)

 

 報告書を取り敢えず読みながら、涼は情報を整理していた。

 これからも戦うであろう当面の敵、黄巾党について。

 一通りの説明が終わり、涼や愛紗、桃香との意見交換を終えると、徐福は再びお茶を飲み始めた。

 

「ところで、皆様方はこれからどうするおつもりなのですか?」

 

 お茶を飲み終えると、徐福は涼達を見ながらそう尋ねた。

 それに対し、三人を代表して涼が答える。

 

「成程、黄巾党を殲滅させる為に旅立ちますか。」

「ああ。」

 

 強い意志がこもった声でハッキリと答える涼を、徐福は感心した様に見ながら暫く考える。

 

「で、具体的にはどうするのですか?」

「それは未だ決めてない。」

「…………は?」

 

 予想外の応えに、徐福は思わず目を点にしながら、間の抜けた声を出してしまった。

 

「取り敢えず、義勇兵を集めていこうとは思ってるんだけど。」

「……では、その義勇兵を集める為の資金は有るのですか?」

「無い。けど、何とかなるでしょ。」

「…………。」

 

 遂に反応出来なくなったのか、徐福は口を開けたまま黙ってしまった。

 涼はその様子に怪訝な表情をしているが、隣に居る桃香と愛紗は徐福の異変に気付いたらしく、無意識の内に座ったまま後退りしていた。

 それに気付かない涼は、徐福に声をかけようとする。

 すると、

 

「……貴方は何を考えているのですかっ‼」

「わっ!?」

 

メチャクチャ大きな声で怒鳴られたのだった。

 

「目標を持ったのは良しとしましょう。ですが、その為の指針が何も無いというのはどういう訳ですかっ‼」

「ちょっ、徐福!?」

 

 怒りで興奮している徐福が涼に詰め寄る。

 余りの迫力に思わず後退る涼だが、徐福はその分も詰め寄っていく。

 

「これでは、感心した私がバカみたいではないですかっ!」

 

 遂には、涼の襟元を両手で掴んでしまう徐福。

 流石に桃香と愛紗も止めようとしたが、徐福に睨まれるとそれ以上動けなかった。

 あの関羽を威圧するとは……徐福、恐るべし。

 

「まあまあ、落ち着いて。」

「これが落ち着いていられますかっ!」

 

 涼の制止の言葉にも、耳を貸そうとしない徐福。

 だが、それでも涼は言葉を繋いでいく。

 

「確かに今はお金が無いよ。けど、当てが無い訳じゃ無いんだ。」

「……と、言いますと?」

 

 またも予想外の言葉を聞いた徐福は、ピタッと怒りを鎮めて涼の話を聞きだした。

 まあ、依然として襟元を掴んだままだが。

 

「お金が無いなら何とかして増やせば良い。例えば、何かを売るとかね。」

「それはそうですが、それなりの物で無ければ、売っても二束三文にしかなりませんよ。」

「うん、確かにそれなりの物じゃないとね。……徐福、俺の肩書きは何か言ってみて。」

清宮(きよみや)殿の肩書きですか? それは勿論“天の御使い”……あっ!」

 

 何かに気付いた徐福が涼を見つめる。

 

「もしや、天の国の物を売るのですか!?」

「御名答♪ 俺の世界じゃありふれた物でも、この世界じゃ物珍しい筈。なら、結構良い値で売れると思うんだけど、どうかな?」

「それは……確かに……。」

 

 涼の説明を聞いた徐福が右手を口元に当てながら考え込む。

 やはり依然として襟元は掴んだままだが。

 

「天の国の道具を好事家(こうずか)に見せれば、ひょっとしたら物凄い額になるかも知れません。」

「だろ?」

 

 徐福が賛同したので、涼は笑顔で徐福、桃香、愛紗に顔を向ける。

 それを見て、桃香や愛紗もホッとしたのか笑顔になった。

 だが、徐福はそんな雰囲気を壊す一言を放つ。

 

「ですが、清宮殿の計画に相当する好事家を探すのは簡単じゃないですよ。」

「え?」

 

 途端に涼達の表情が曇る。

 

「確かに好事家は欲しい物珍しい物を手に入れる為なら、お金に糸目は付けません。……が、義勇兵を雇い装備も調えられる額を出せる好事家は、そうそう居ないでしょう。」

「幾ら好事家と言っても、当然ながら資金には限りがあるからな。」

「ええ。清宮殿が義勇兵をどれだけ集める気か解りませんが、かなりの額が必要になるのは明らかですからね。」

 

 徐福が冷静にそう言うと、涼は困った顔をしながら頬をかく。

 

「うーん……良いアイデアだと思ったんだけどなあ。」

「あいであ?」

 

 聞き慣れない単語を耳にして、思わず聞き返す徐福。

 

「天の国の言葉で、考えや思いつきって意味だよ。」

「成程。確かに清宮殿の“あいであ”は良いと思います。後は、その大金を出せる好事家が居るかどうかだけです。」

 

 涼の説明を聞いた後、徐福はそう言って涼の「あいであ」を認めた。

 だが、かといって問題が解決した訳では無いので、涼達四人は揃って頭を抱えてしまった。

 この時になって漸く、徐福は自分が涼の襟元を掴んだままなのに気付き、慌てて手を離し涼に謝罪する。

 だが、涼はさほど気にしてなかったのか別段咎めはしなかった。

 そんな事もありながら考えていると、不意に桃香が手を挙げながら提案した。

 

「えっと……取り敢えず、ここで考えていても好事家が見つかる訳じゃ無いから、外に行ってみない?」

 

 それは凄く単純だが、だからこそ皆が失念していた事だった。

 

「そうだな。確かに桃香の言う通り、ここでウンウン唸ってたって好事家は見つからないしな。」

「でしょ? 愛紗ちゃんはどう?」

「私も、桃香様や御主人様が仰る通りだと思います。」

 

 桃香の提案に、涼と愛紗は直ぐ様同意した。

 なので、そのまま出掛けようとした涼達だったが、何故か徐福がキョトンとしていたので、涼達は立ち上がったまま徐福に話し掛けた。

 

「徐福、どうしたの?」

「……ああ、いえ、何でもありません。」

「何でもないって表情じゃ無かったよー。」

 

 徐福は平静を装うものの、桃香に突っ込まれて思わず俯いてしまう。

 それから暫く考えてから徐福は尋ねた。

 

劉備(りゅうび)殿達は、お互いの真名(まな)を預けたのですか?」

「うん、昨夜の宴の中でね。」

 

 徐福の質問に桃香が答える。

 

「そうでしたか。皆さんは昨日、お互いを姓名で呼んでいたので、今の会話は少々驚きました。」

「そうか?」

「ええ。……もしや、皆さんは既に閨を共にする仲になっているのですか?」

「「ぶっ‼」」

 

 徐福がそう発言した途端、桃香と愛紗は殆ど同時に顔を真っ赤にし、慌てふためいた。

 だが只一人、涼だけはキョトンとしていた。

 

「なあ愛紗、“ねや”って何の事だ?」

「なっ!?」

 

 涼に尋ねられて、紅かった顔が更に紅くなる愛紗。

 尋ねられてない桃香も、心なしか紅くなっている様だ。

 

「えっと……それはですね…………。」

 

 愛紗は律儀に答えようとするが、慌てふためいていて中々答えられないでいた。

 そんな愛紗を見かねてか、代わりに桃香が答えようとする。

 もっとも、その桃香も未だ顔を紅くしているのだけど。

 

「りょ、涼兄さん、本当に閨を知らないの?」

「知らないけど……ひょっとしてその言葉って、知ってて常識だったりする?」

「えっと……この場合の意味は子供は知らないかも知れないけど、私達くらいの歳の人なら、大体の人は知ってると思いますよ。」

「??」

 

 桃香の説明を聞いても、涼はイマイチピンとこなかったらしい。

 と、そんな時、徐福がクスクス笑いながら涼に対して詳しく説明を始めた。

 

「清宮殿、閨とは寝床の事。特に、夫婦や恋人同士が共に寝る寝床の事をそう言うのです。」

「……な、成程、そうだったんだ……。」

 

 理由は解った涼だが、その所為で急に変な汗をかき始めていた。

 

(夫婦や恋人が寝る寝床ってわざわざ言うって事は……つまりは、“ああいう事”をする寝床って意味だよな……。)

 

 流石に、高校生である涼は彼女達の言わんとする事を理解している。

 なので、桃香と愛紗が顔を紅くした理由も(ようや)くだが理解していた。

 

「ところで清宮殿。」

「何?」

「先程、劉備殿が清宮殿の事を“涼兄さん”と呼んでいましたが、それはどういう意味なのでしょうか?」

「ああ、それは……。」

 

 徐福に尋ねられた涼は、隣に居る二人に話して良いか確認してから、昨夜の事を話し始めた。

 

「……成程、皆さんは義兄妹・義姉妹の契りを結んだのですか。」

「ああ。差し詰め、“桃園の誓い”ってとこだな。」

 

 三国志演義における、人気エピソードのタイトルをそのまま告げる涼。

 

「“桃園の誓い”、ですか。中々雅な例えですね。」

「本当だねー。」

「確かに。」

 

 どうやら、涼が考えたオリジナルの名前だと思ったらしい。

 まあ、三国志演義を知らないのだから当たり前ではあるが。

 説明するのも面倒なので、それについて涼は何も言わなかった。

 

「それじゃ、改めて行こうか。」

 

 涼がそう言うと、四人は今度こそ部屋を出た。

 街に出た涼達は、手分けして好事家を探し始めた。

 とは言うものの、やはりそう簡単に見つかる筈もなく、涼達は休憩をとりながら探し続けている。

 

「中々見つからないねー。」

「そうだな。」

「やっぱり、徐福ちゃんが言ってた通り、簡単にはいかないのかなあ。」

「かもな。」

 

 街を歩き回りながらそんな会話を続けているのは、桃香と涼の二人。

 愛紗と徐福は、鈴々を迎えに行ってから、そのまま探しに行くと言っていた。

 その言葉通りに探しに行ったのか、愛紗達は未だ涼達と合流していない。

 

「うーん……。」

「どうした?」

 

 そんな中、気が付くと桃香がこちらを見ながら唸っていた。

 

「涼兄さん、好事家さんが見つからないのに全然焦っていませんよね。」

「そう見えるか?」

「うん。」

 

 そう言って桃香はさっきより強く見つめてくる。

 だが涼は素知らぬ顔で歩き続ける。

 その内心では、桃香の事を意外と鋭いなと思っていた。

 

(昨夜、俺達が桃園の誓いをした事で、この世界が三国志の世界、それも三国志演義を元にした世界だと確信出来た。)

 

 「桃園の誓い」は、正史の「三国志」には無い「三国志演義」の創作である。

 正史の「三国志」が歴史に忠実に描かれているのに対し、「三国志演義」は劉備や諸葛亮(しょかつりょう)を主人公にしている為か、創作部分がかなり多い。

 「桃園の誓い」以外にも、「赤壁の戦い」における諸葛亮の活躍等も幾つかは創作だと言われている。

 勿論、創作がダメだというのではないので、誤解しないでほしい。

 兎に角、この世界が「三国志演義」がベースになった世界なら、涼達が旅立つ為の準備が出来る様になる筈だ。

 だが、

 

(だとすれば、この場面では当然あの二人が出て来る筈だけど……。)

 

果たして本当に出て来るのか、不安が無い訳でも無かった。

 

「大丈夫大丈夫。心配しないで良いって」

「涼兄さんがそう言うなら、私も気にしないけど……。」

 

 だが、その不安を桃香に悟られない様に、涼は努めて明るく振る舞っていた。

 と、そんな時だった。

 

「あんたが清宮様と劉備様かい?」

 

 二人は後ろから声をかけられた。

 急に声をかけられた事に少し驚きながら、涼と桃香は同時に振り返る。

 そこには小柄なツインテールの少女と、涼と同じくらいの身長の少女が立っていた。

 

「そうですけど……貴女達は?」

 

 桃香がそう答えながら逆に問い掛ける。

 

「あたいは馬商人の張世平(ちょう・せいへい)。こっちは私の従姉妹で相棒の……。」

蘇双(そそう)と申します。どうかお見知り置きを。」

 

 桃香の問いに対して、比較的長身の少女が張世平と名乗ると、続けて小柄なツインテールの少女が蘇双と名乗った。

 

(来たか……。しかし、やっぱりこの二人も女の子なんだな。)

 

 涼は張世平と蘇双を見ながら、この世界に来て何度目か解らない感想を呟く。

 しかし、いつ迄もそう思う訳にもいかないので、取り敢えず二人の話を聞く事にした。

 すると、二人は涼達が好事家を探している事を人伝に聞いたらしく、涼達の力になれると言ってきた。

 それを聞いた桃香は素直に喜んだものの、自分達が必要としている額を考えると、途端に不安になってしまった。

 

「涼兄さん、どうしましょうか?」

「取り敢えず、もう少し話を聞いてみようよ。」

 

 涼がそう言うと、桃香は静かに頷いて話を続けた。

 すると、彼女達が出せる金額は涼達が必要としている金額以上だった。

 思わず桃香が尋ねる。

 

「馬商人って、そんなに儲かるものなんですか?」

「あたい達は元々、中山(ちゅうざん)の豪商だったからね。かなりの数の好事家と繋がりが有るのさ。」

「元々?」

 

 桃香が何気なく呟くと、二人は表情を暗くして話し始めた。

 

「……あたい達の家族は、黄巾党の奴等に殺されたんだ。」

「……!」

 

 静かに告げられた事実に、思わず絶句する涼と桃香。

 

「あたい達は何とか生き延びられたから、家族の仇を討ちたい。」

「けど、私達には力がありません。ですから、私達の願いを聞き届けてくれる人を探していたのです。」

 

 そう話す二人の瞳には、悔しさと悲しさ、そして希望が同居していた。

 そんな二人を、涼と桃香が放っておける筈がない。

 涼と桃香は二人の申し出を受ける事にした。

 それでも、一応確認したい事が有ったので、涼は二人に問い掛ける。

 

「何故、俺達なんだ? ここに来る迄にも、有力な将や太守は沢山居たんじゃないのか?」

 

 「三国志演義」を知っている涼には聞く必要が無い質問なのだが、それでもここは異世界なので、聞いておきたかった様だ。

 

「確かに、ここに来る迄に沢山の人に会ったよ。けど、その殆どが私利私欲にまみれた奴ばっかで、あたい達が望む人物は一人も居なかった。」

「そんな中でこの街に着くと、お二人の噂を耳にしたので、私達の願いを託そうと思ったのです。」

「噂を聞いただけで決めて良いのか? 実際には、俺達も私利私欲にまみれた奴かも知れないのにさ。」

 

 涼は敢えて自分達を卑下した物言いをしてみる。

 

「勿論、人の噂は当てにならない事も多くあります。」

「だけど、あんた達を見て確信したよ。あんた達は、あたい達が望んだ人物だ。」

「何でそう言い切れるんですか?」

 

 自信満々に話す張世平に対し、桃香が問い掛ける。

 すると、張世平は涼と桃香を見ながら答える。

 

「瞳さ。」

「「瞳?」」

 

 張世平の言葉を、涼と桃香の二人は同時に繰り返した。

 

「あんた達の瞳は、他の奴等とは違う。確固とした意志や信念を持っている。それは、今の時代に必要なものだよ。」

「それが無い者に、私達の願いを預けたりはしませんから。」

 

 張世平、そして蘇双はそう言って、涼と桃香を見つめる。

 二人の眼には、先程と比べて涼達に対する信頼が多く溢れていた。

 それを感じた涼と桃香は思った。

 二人の、いや、沢山の人々の期待に応えられる様に、精一杯頑張らないといけないな、と。

 そう決意した涼達は、話の続きは場所を移してからする事にした。

 その場所は、愛紗達との合流場所でもある鈴々の家である。

 鈴々の家に着くと、そこには鈴々と愛紗、そして徐福が居た。

 どうやら、三人はこれから涼達と合流しようとしていた様だ。

 何でも、鈴々を起こしてから好事家を探しに行ったものの見つからず、前もって決めていた合流場所であるここに一旦戻ってみたが、涼と桃香も未だ戻っていないので、暫く休憩していたら涼と桃香が戻ってきた、という感じらしい。

 その涼と桃香が、見知らぬ二人の少女と一緒だったので、愛紗達は一瞬だけ怪訝な表情をしたが、直ぐ様表情を明るくして涼に尋ねた。

 

「御主人様、もしや?」

「ああ。探していた好事家本人じゃないけど、その好事家と繋がりがある馬商人の、張世平さんと従姉妹の蘇双さんだ。」

 

 涼がそう紹介すると、徐福は二人をジッと見始めた。

 二人は大きさや色が違うものの、基本的なデザインが同じ服を着ている。見た感じ、余り高い服には見えない。

 簡単に言うと、張世平は黒を基調としたノースリーブにホットパンツ。蘇双は白を基調とした長袖にロングスカートという格好だ。

 そんな二人に徐福は、

 

「馬商人ですか。失礼ですが、余り儲かっている様には見えないのですが。」

 

と、先程の桃香と同じ様な事を言った。

 思わず噴き出しそうになった涼達だが、それを何とか堪え、経緯を簡単に説明する。

 そうして徐福が納得したところで、涼達は商談を始めた。

 と言っても、売り物は涼が持っている「天の国の道具」くらいしか無いのだが。

 

「それで、一体何を売ってくれるんだい?」

 

 張世平が涼に尋ねた。

 尋ねられた涼はバッグを開け、そこから細い棒を取り出し張世平に見せる。

 

「それは何ですか?」

 

 恐らく、涼以外の全員が思っていた事を、まるで代表するかの様に愛紗が尋ねた。

 涼はその棒を指先で回転させながら答える。

 

「これは“ボールペン”っていう、俺の国の筆記用具の一つだよ。」

 

 そう言って涼は「ボールペン」の説明をしていった。

 墨を使わず、キャップという蓋を外せば直ぐに文字が書けると知ると、桃香達は皆一様に驚いていた。

 勿論、説明しただけで売れるとは思っていないので、ちゃんと実演もしてみせる。

 この世界では紙は貴重品なので、実演には持っていたメモ帳を使った。

 

「わあっ。」

「凄いのだー。」

 

 自分の名前「清宮涼」をメモ帳にスラスラッと書くと、桃香達は皆、さっきの説明を聞いていた時よりも大きく驚いていた。

 やがて、自分達も書いてみたくなったのか、皆一様にボールペンを凝視している。

 その雰囲気に押されたのか、涼は少しだけ、という条件をつけてボールペンを手渡した。

 

「これが“ぼぅるぺん”……何とも珍妙な名前の筆記用具ですね。」

 

 ボールペンを手に取った愛紗がそう呟く。

 そして、同じく手渡したメモ帳に「関羽雲長 愛紗」と書くと、

 

「ほお……こんな小さな物がこれ程書き易いとは……やはり天の国とは凄い国なのですね。」

 

と感嘆の声を上げた。

 桃香達も早くボールペンを手に取りたい様だが、愛紗は熱中しているのかそれに気付かない。

 鈴々に取られそうになって、漸く気付いたくらいだ。

 そんな光景を見ながら、涼は張世平に尋ねる。

 

「どう? これは好事家が欲しがると思う?」

 

 多分大丈夫だろうと思いつつも、少し不安にも思いながら答えを待つ。

 すると、

 

「欲しがるも何も、(むし)ろこれを欲しがらない人間が居たら見てみたいね。」

 

というお墨付きを貰った。

 それから涼は、桃香達全員が試し書きを終えたのを確認してからボールペンを回収し、張世平に渡して代金を貰った。

 その金額は、百人以上の兵を集められる程の大金だった。

 それから数日は、旅の準備でてんてこ舞いだった。

 同行してくれる義勇兵を集め、武具を揃え、馬を揃える。

 まあ、馬に関しては張世平、蘇双がサービスとしてくれたので楽だったが。

 もっとも、大変だったのは桃香達で、涼は何もしなかった。

 いや、出来なかったというのが正しいか。

 

「お兄ちゃん、大丈夫ー?」

「な、何とかね……。」

 

 今、涼は布団に寝ており、鈴々に看病されていた。

 この状態が、かれこれ三日も続いている。

 この間の涼は、腹痛で寝込んでいた。

 かといって何かの病気という訳ではない。単に腹を壊しているだけなのだ。

 前日、前々日は何とも無かったが、張世平達との商談を終えた日の夜から体調を崩し、桃香達の勧めもあって休んでいる。

 異世界に来て、食べ物や飲み物が体に合わなかったのが原因と思われるが、初日や二日目は何ともなかったので、腹痛の時間差攻撃に涼は想像以上にまいっていた。

 何せ、現代と違って腹痛を治す薬が簡単に手に入る訳では無いし、トイレも洋式で無ければウォシュレットも当然無い。

 今更ながら、涼は異世界に来ている事を実感していた。

 結局、涼が全快したのは旅立つ準備が終わる前日の事だった。


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