真・恋姫†無双 ~天命之外史~   作:夢月葵

88 / 148
第十五章 再会と決意・11

 そこへ、華琳がやってきた。例によって春蘭・秋蘭の夏侯姉妹と桂花を伴っている。

 

「お楽しみの所、邪魔するわね。」

 

 彼女はそう言って涼の前に立つ。周りに居た風達は恐縮しつつ、二人に一礼してからその場を離れる。

 

「少し話があるの、良いかしら?」

「もちろん。」

 

 短く言葉を交わすと、二人は庭へと出る。涼の護衛である鈴々、華琳の護衛である夏侯姉妹は同行しない様それぞれ告げる。

 池や草木が適度に主張している庭は広く、現代ならバーベキューが出来そうな程だ。

 二人は庭の奥に在る池の前迄移動すると、そこで話し始めた。

 

「話ってのは同盟の事……だけじゃ無さそうだね。」

「その通りよ。」

 

 そう言って始まった二人だけの話は、同盟についての話や、互いのプライベートな事を話していった。

 そうして暫しの時間を過ごした後、華琳が本題をきりだした。

 

「涼。貴方、私と共に歩む気は無いかしら?」

「……えっ。」

 

 涼は華琳が紡いだ言葉を一瞬理解出来なかったが、やがてその意味を知るとコホンと咳払いをしてから訊ねた。

 

「それって、どういう意味だ?」

「そのままの意味よ。私と共に、これから来るであろう乱世を乗り越えようとは思わないかしら?」

「乱世、ね……。」

 

 涼は華琳の蒼い双眸(そうぼう)を見詰めながら、小さく呟く。

 黄巾党の乱、十常侍誅殺と続いた世の乱れは、今の所落ち着いている。だが、一度乱れたもの、起こった流れが止まる事は無い。

 歴史を紐解けば、()が乱れれば殷が建ち、殷が乱れた時には周が興って天下を成し、その周が力を失えば戦国乱世の末に秦が建ち、秦が乱れれば後に雌雄を決した漢が治めてきた。

 その漢も一度新によって滅ばされ、漢の血を引く新たな漢、所謂後漢が成立し今に至る。

 そして、後漢も成立して約二百年が経とうとしている。前漢を合わせれば約四百年の長きに渡ってこの国は漢が支配しており、この国の歴史を見れば、そろそろ新しい統治者が現れてもおかしくはない。

 実際、今この国にはその可能性を秘めた者が乱立している。

 名門貴族の袁紹とその従姉妹の袁術。江東を拠点とする孫家。そして、徐州を治める劉備とその義兄、清宮涼と、兗州を治める曹操が有力候補と言って良い。

 とは言え、総合的な面では袁紹が頭一つ二つ抜けている。袁家の財力・権力はそれ程強大だと言う事だ。

 その袁家に勝つ、少なくとも互角になる為には、優秀な将を増やし、兵の練度を上げ、大衆の支持を得る事が必要だ。

 そして、その為に手っ取り早い方法が、今華琳が言った事である。

 

「俺を味方につければ、間接的とはいえ愛紗達を部下に出来る、って事か。」

「その通りよ。」

 

 涼が華琳の考えを読むと、彼女は穏やかに微笑みながら肯定した。

 

「貴方達の部下を手に入れる事が困難な事は以前から解っていたけど、今回改めて思い知ったわ。旗揚げ時から居る張飛だけでなく、貴方達が徐州に移ってからの部下である公祐でさえ、私の誘いを断ったわ。……自慢では無いけど、貴方の部下以外には殆ど断られていないのよ、私は。」

 

 自慢に聞こえるが、それはスルーしつつ涼は華琳の言葉に耳を傾け続ける。

 

「貴方の部下は皆、貴方と桃香を信頼してついてきている。そして、それは桃香も同じ。だったら、貴方をこちらに引き込めば良い。……清宮涼、私のものになりなさい。」

「……断ったら?」

「同盟の話は無しにさせてもらうわ。」

 

 涼の問いに対し、華琳は即座に、それ迄とは真逆の冷たい口調と表情で断言した。

 その表情からは、彼女の真意は全く読めない。そもそも、この世界の人間では無い涼が、こうした腹の探り合いに長けている訳では無いのだが。

 だからだろうか、涼は軽く息を吐いた後、軽い口調で言った。

 

「それは嘘だな。」

「……どうしてそう思うのかしら?」

「それは君が曹孟徳だからさ。曹孟徳はこんな事はしない。」

「……随分と私を買ってくれているのね。」

 

 そう言いながらも、華琳の表情は先程から変わらない。僅かに頬が紅を差している様に見えなくもないが、彼女は涼と違って酒を飲んでいたので、これが酒によるものか否かは判らない。

 

「これでも一緒に戦った仲だからな。華琳がどんな人間かはそれなりに理解しているつもりだ。」

「一緒に居たのはほんの数日じゃない。」

「けど、その数日の内容が濃かったから、それだけで華琳を知るには充分だったよ。」

「……なら、貴方は私をどう理解しているのかしら?」

 

 やはり変わらずに涼を見つめ続け、彼の答えを待つ。涼はそんな華琳を一度見詰めてから夜空を見上げ、ゆっくりと言葉を紡いだ。

 

「そうだな……先ず、大将だから当たり前だけど、策を重要視する。けど、その際も決して卑怯な手は使わない。それで勝っても多分華琳は喜ばない。ひょっとしたら、怒ったり悲しんだりするんじゃないかな。」

「……そう。」

「そして、人々の事をちゃんと考えている。だから、華琳が同盟の話を無しにするとは思えない。無しにすればそれは青州の人々を、ひいてはこの国の人々を見捨てる事だから。」

「……続けて。」

 

 華琳も涼の視線の先を見詰め、その蒼い双眸に星々を映す。

 

「あとは……そうだな、これは俺の勘だけど、華琳は結構虚勢を張っている気がするな。」

「……へえ? 貴方には私が弱い人間に見えるの。」

 

 妖しい笑みを浮かべ、華琳は涼を睨め上げながらそう言った。正史の曹操は背が低い事で有名だが、この世界の曹操である華琳もまた背が低い。華琳が少女というのもあるだろうが。

 

「何となく、ね。華琳は名門曹家の出だけど、色々あったみたいだから虚勢を張るしかなかったんじゃないかなあ、と。」

「……それ、貴方に話した覚えは無いのだけど。」

 

 華琳は怪訝な表情をしてそう言ったが、直ぐに表情を戻した。特に隠していない自分の出自など、調べれば簡単に解ると思ったからだ。現に、それを理由に彼女を馬鹿にするものが今だに居る。

 華琳の母の名は曹嵩(そうすう)、祖父の名は曹騰(そうとう)。それぞれ、太尉(たいい)大長秋(だいちょうしゅう)といった高位の役職に就いていた。

 それで何故華琳が馬鹿にされるかと言うと、それは祖父・曹騰が宦官だからである。

 宦官とは、去勢を施された官吏の事で、皇帝や後宮に仕える事が多い。その為、権力と結びつく事も多い。

 歴史を見れば、強盛を誇った秦が滅んだきっかけは宦官の趙高(ちょうこう)の増長であり、後漢でも十常侍の専横があったばかりである。宦官が良く思われないのは当然かも知れない。

 そして、華琳の祖父はその宦官の曹騰であり、夏侯氏である曹嵩を養子にしている。曹嵩は夏侯惇、夏侯淵の叔母でもある。その為、華琳と春蘭・秋蘭の姉妹は従姉妹という訳だ。

 宦官とはいえ、曹騰は大長秋という宦官の最高位に就いていた。大長秋は皇后府を取り仕切る事が出来、皇帝や皇后の信用が厚くなければ務まらない。それを曹騰はやりとげ、現在は隠居している。

 曹嵩もまた、司隷校尉(しれいこうい)大司農(だいしのう)大鴻臚(だいこうろ)などを経て、最終的に太尉に上り詰めている。太尉とは三公の一つで軍事担当の最高位であり、現代なら国防大臣の様なものと考えて良いだろう。主に文官から選ばれており、曹嵩の来歴を見る限り彼女は優秀で、この昇進は当然と言って良いだろう。

 そんな優秀な家族を持っていても、陰口を叩く人が居るというのだから、狭量の輩は何時の世も同じ様に居る様だ。

 尤も、華琳はそうした雑音を意に介していない様だが。

 

「まあ、そこら辺は色々とね。兎に角、そんな訳で俺は華琳を信頼している。……ってのじゃ、理由にならないかな?」

「…………。」

 

 涼は理由を言い切った。理由としては些か弱い気もするが、これは彼の偽らざる本心であり、彼に出来る精一杯の行動だった。

 幾ら周りから鍛えられているとはいえ、先日の孫家との交渉に続く交渉は色々とキツい。しかも相手はあの曹操である。三国志の登場人物の中でもトップクラスの実力を持つ相手に、只の高校生だった少年が太刀打ち出来るとは思えない。

 孫家の時は、以前からの友好関係や様々な思惑が合致した為に上手くいったのであり、その事を涼はよく解っていた。

 華琳とは雪蓮ほど親密では無いとはいえ、涼は前述の理由からこの交渉は上手くいくと思っている。その自信は今も変わらないが、真っ直ぐに自分を見据える華琳を見ていると、その自信が消え去りそうな錯覚に陥ってしまう様だ。

 長い沈黙と静寂が涼を包む。未だ宴は続いている筈だが、その喧騒は全く聞こえてこない。少し離れているとはいえ、ここは宴が開かれている場所の庭だ。聞こえない筈は無いのに、全く聞こえてこない。

 周りの音が聞こえない程、涼が緊張しているのだろうか。

 

「……良いわ。貴方達との同盟、結びましょう。」

 

 だからだろうか、華琳がそう言ってからも、涼は暫く言葉を返せなかった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。