真・恋姫†無双 ~天命之外史~   作:夢月葵

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第十五章 再会と決意・9

 翌日、華琳は自軍から百名程を選抜して治安維持等の任務を与え、自身は涼達と共に本拠地である陳留への帰還を決定する。

 同日夕刻、涼達は陳留へと到着した。

 その日は涼達の到着を歓迎する為の祝宴(しゅくえん)が開かれた。先の賊の一件があったのでそれ程乗り気にはなれなかったが、断るのは失礼になる為、可能な限り楽しんだ。

 尤も、それ以外にも理由はあるのだが。

 

「あの……私達がこの場に居て良いのでしょうか?」

「華琳が良いって言ってるし、良いんじゃない?」

「随分と曖昧なの~。」

「せやかて、御遣い様の言うてる事も一理あるで。孟徳(もうとく)様が許可してるんやし、堂々としとこうや。」

「真桜ちゃんは呑気なの~。」

「沙和にだけは言われとうないわ。」

「二人共、少しは緊張感を持て。」

 

 真桜こと李典と沙和こと于禁が漫才の様なやりとりをし、凪こと楽進が呆れて溜息を吐いている。

 彼女達が居るのは陳留の曹操の屋敷である。陳留を治めているだけあってそれなりに壮麗かつ華美な建物であるが、大きさは孫家のものと比べれば少し小さい。これは、両者の立場が現時点では孫家が上だという事に起因しているだろう。

 だが、それでも庭に植えてある木々や花々のセンスはこちらの方が高く、また、家具、調度品の質や実用性も上の様だ。

 

「文謙ちゃん達は仲が良いですねえ。」

「それは認めますが、もう少し現状把握をしてもらいたいですね。」

 

 凪達の様子を見ながら、風と稟はその様に感想を口にする。

 

「ね、ね。ボク達はこれから何をすればいいのかな?」

「わたしに聞かれても困るわよ。……兄様、どうしたら良いでしょうか?」

 

 年少組とも言える許緒と仲颯もまた、先の凪達と同じ様に困惑している。

 だがそれも当然だろう。彼女達は涼と違って無官の、言わば平民である。そんな人物が曹操の屋敷に連れて来られて緊張しない方がおかしいだろう。

 一見、何の変化も無い風でさえ、頭の上の人形が項垂(うなだ)れている所を見ると、それなりに緊張している様だ。……人形の仕組みについては言及しない方が良さそうだ。

 涼は、ここに集められた面々が皆、ここに居て当然の人物だと知っている為、彼女達と比べて驚いてはいない。

 彼女達……凪、沙和、真桜、風、稟、仲康、仲颯はそれぞれ、楽進、于禁、李典、程立、戯志才、許緒、典韋という名前を持つ。それは皆、正史において曹操の旗の許に集った勇士達の名前である。

 曹操の旗揚げ時から居る者、曹操の頭脳となって神算鬼謀を張り巡らす者、武器を持たずとも大軍を相手に曹操を守った者、等々、その名は「三国志」にしっかりと刻みこまれている。

 この世界の曹操である華琳が彼女達を屋敷に招いたのは、先日起きた賊の集落襲撃の際に抵抗し、被害を最小限に抑えた功績を称えるという名目によるものだ。

 だが、華琳の性格を知っている涼は、その際に彼女達をスカウトするだろうと思っている。他陣営に所属している者に対して積極的に引き抜きを行う彼女が、無所属の者に対して勧誘しない訳が無い。

 そして彼女達は皆、華琳こと曹操が得て当然の人材ばかりなのだから、これは歴史の必然とも言える。

 勿論、華琳も凪達も、そんな事は知らない。だから、彼女達は彼女達の日常を続けているだけに過ぎない。

 暫くして、涼達が居る一室の扉が開かれた。入ってきたのは、左右に夏侯姉妹を従えた華琳だった。

 

「待たせたわね。」

 

 華琳はそう言いながら自身の座るべき席に座り、その左右やや後方にはやはり夏侯姉妹が護衛として立っている。

 

「始めに、涼。悪いけど先にこの娘達の要件を済ませたいの。良いかしら?」

「構わないよ。」

 

 華琳の申し出を涼はあっさりと認めた。何人かはその事に驚いていたが、文官である霧雨や、文官希望の風や稟、そして他ならぬ華琳自身は驚いていなかった。

 既に前日の会話で今回の会談の目的の大半は達成されている。あくまで口約束の為、正式には決まっていないが、彼女にも涼に頼み事をしている以上、正式な取り決めも直ぐ済むと思われる。

 

「では、早速だけど……。」

 

 華琳は自身の視界に居る少女達を見る。彼女の希望した面々が殆ど居る事を確認し、納得と残念さを併せ持った表情で呟く。

 

「出来れば、この場に華侘も居て欲しかったのだけどね。」

 

 その一言は何気ないが、彼女の後ろに居る夏侯姉妹には衝撃的だったのか、驚きながら互いに顔を見合わせた。

 凪達は何故夏侯姉妹が驚いているのか解らないが、短い間とはいえ華琳と一緒に過ごした涼にはよく解った。

 華琳は人材コレクターではあるが、基本的にその対象は女性、それも美人が多く選ばれている。その為、今の様に男性を選ぶのは稀有であると言って良い。

 因みに、女性が多く選ばれているとはいえ、男性が全く居ない訳では無い。尤も、割合としては女性九に対して男性一といったところであり、一般兵に下がって漸く比率が逆転するという具合だ。

 

「まあ、華侘の考えも解るし、仕方無いわね。」

 

 華琳はそう言うと改めて一同を見渡した。

 涼と鈴々、霧雨以外は皆先日の集落に居た在野の者達だ。つまり、登用の誘いをすれば麾下に加える事が出来る可能性が高い面々という事である。

 彼女達の才は先日の賊との戦いで十二分に解っている。華琳自身は戦闘時の彼女達の働きぶりを見ていないが、戦闘後の処理を見るだけで文官希望の風達の力量は解るし、武官と言える凪達の強さは、夏侯惇こと春蘭が彼女達の姿を見るだけで把握出来る為問題はない。

 後は、自分自身が彼女達を説得すれば良いだけである。そして華琳には絶対の自信がある。

 

「単刀直入に言うわ。貴女達……私の部下になりなさい。」

「「「「「「「!!??」」」」」」」

 

 三者三様ならぬ、七者七様の反応を示す凪達。

 だがそれも仕方無いだろう。彼女達の中には、風や稟の様にどこかの勢力に仕官したいと志している者も居るが、凪や仲颯等はそんな事を考えずに日々を過ごして来たのである。それなのに急に、曹操に部下にならないかと誘われたのだ。驚かない方がおかしいだろう。

 そうした動揺の中で一番最初に我に返り、言葉を発したのは仲颯だった。

 

「あの、孟徳様。何故私達を召し抱えようとなさるのですか?」

「それは当然、昨日の賊に対する皆の働きを知ったからよ。」

「ですが、私達は皆平民です。」

「それがどうかして? 私は才能、実力があれば平民でも取り立てるし、逆に才能も実力も無ければ、例え王侯貴族でも要らないわ。」

 

 仲颯の言葉に華琳はそう答え、自身の考えを述べた。その内容は、才能を重視し、家柄や過去にこだわらず、身分の低い専門職の人々も厚く用いる、という、涼の世界の曹操も行った所謂「唯材是挙(ゆいざいぜきょ)」の事だった。

 現代の考えからすれば普通過ぎて何て事は無いのだが、この世界は階級社会であり、王侯貴族による支配が成り立っている。尤も、先の黄巾党の乱等で若干揺らいではいるが。

 そんな世の中でありながら、曹操や華琳がこの様な方針を執ろうとしているのは、曹操や華琳が置かれた環境が関係している。

 ここからは華琳に統一する。

 彼女は自身の勢力を拡大したいと考えていた。だが、この時既に袁紹や袁術といった大勢力が居り、名門曹家の人間である彼女でもそう簡単にはいかない。それぞれの袁家には人材が豊富に揃っており、本来なら是非とも麾下に加えたい者も居るが、今の華琳の権力、財力では強大な袁家に太刀打ち出来ない。

 華琳の従姉妹である春蘭・秋蘭の夏侯姉妹や、彼女の実力に惚れぬいている桂花等は率先して華琳の許に居るが、まだまだ知名度が低い華琳には先に挙げた二つの袁家に人材での質は兎も角、数で負けている。その現状を打破する為に、今回の事件で解決に尽力した人物を加える事、更には広く人材を求める事で戦力強化を計りたいのだ。

 どの世界、時代もそうだが、一国における王侯貴族の割合は一般人より少ない。将来を見据えるなら、そうした特権階級だけに縛られずに将兵を集め、鍛える事が得策なのは、人類の歴史が証明している。

 劉邦しかり、劉秀しかり、織田信長しかり。

 日本の戦国時代の武将である織田信長を、華琳が知る術は勿論無いが、劉邦、劉秀といった漢の皇帝については博識な彼女はよく知っている筈で、それに倣った可能性は高い。

 何にせよ、華琳はなりふり構わず、と迄はいかずとも、選り好み出来る状況では無いのである。

 華琳の発言から暫くの間、凪達はその真意を図るかの様にざわめき、稟が発言する迄それは続いた。

 

「孟徳様が身分に拘らないというのは解りました。ですが、私達は殆どが実績もありません。その様な者を登用するのは、流石に無謀かと……。」

「あら、実績なら昨日の件があるじゃない。」

「しかしそれは、清宮殿が来られた僥倖によるものが大きく……。」

「それに、あなたと仲徳は鉄門峡の戦いの後、連合軍に加わっていたでしょ。それも立派な実績よ。」

「……覚えておいででしたか。」

「当然よ。尤も、私はあの後連合軍を離れたから、貴女達がいつ迄残り、どんな活躍をしたのか迄は知らないけどね。」

 

 そう言うと、華琳は目線を涼に向けた。彼女がどの様に凪達を口説くのか興味があった涼は華琳を見ていた為、図らずも視線が合う。

 華琳の紺色の瞳は美しく、そして鋭かった。

 瞬間、涼は萎縮した。

 現時点での涼と華琳、二人の立場は若干ながら涼が上である。それは前述の十常侍誅殺の恩賞によるものであり、華琳もまた恩賞を得ている。

 そうした立場の差はあるものの、やはり生まれながらの武将である華琳と、平和な現代日本の高校生だった涼とは、どうしても迫力や威厳に差が生まれる。

 涼自身はそれをよく理解しており、当然だと思っているが、そうした事を知らない人間が見たら、「曹孟徳は“天の御遣い”の清宮涼をも圧倒する」と思われるだろう。

 事実、この場に居る者達のうち、数名は二人の行動、反応に気付いており、両者の格や質を見極めようとしていた。

 その一人、程仲徳こと風が場にそぐわないのんびりした口調で声をあげる。

 

「成程~。孟徳様は風達を高く評価しておられるのですね、ありがたい事です。稟ちゃん、折角ですからこのお話をお受けしたらどうでしょう?」

「風、そんな簡単に決めるものでは無いでしょう。これは私達の将来に関わる事よ。」

「そうですねえ~。でも、今迄各地を回ってきて、仕官先の候補は片手で数えられるだけになりました。そろそろ決める頃ね、と稟ちゃんも言っていたではないですか~。」

「それはそうだけど……。」

「なら、うちに決めなさい。それとも……。」

 

 華琳はそう言うと、先程と同じ様に涼を一瞥し、

 

「涼の方が良いのかしら?」

 

と稟に問い掛けた。

 問い掛け、とはいうが、実質的には踏み絵を踏ませているに等しい。今この場でどちらに付くか決めさせ、間接的に他の者にも踏み絵を促しているのである。

 もしここで稟が華琳に付くと言えば、他の者もそれに倣う可能性が高まる。逆に涼に付くと言えば、やはりそれに倣って涼に付く可能性が高くなるかも知れない。

 だが、華琳はその可能性を低く見ている。

 今、涼達が居るのは陳留の華琳の屋敷である。つまりは華琳の本拠地であり、この場でハッキリと涼に味方する事は難しい。

 仮に涼に味方したとしても、華琳はそれを咎めないだろう。仕官するのはその者の自由であり、断るのもまた自由である。

 だが、華琳の本拠地であるここ陳留で、しかも華琳本人からの誘いである。これを断る事が出来るだろうか? そして、仮に受けるにしてもその際は涼に気を遣うのは必然である。

 事実、稟は返答に困っていた。

 先程、華琳が言った様に、稟は以前連合軍に居た。居たと言ってもほんの数日だが、居た事には変わりない。

 その間の衣食住、身の安全を保証してくれたのは間違いなく涼であり、その時の連合軍諸将である。華琳も居たが、前述の通り連合を離れたので、その点ではやや弱い。

 だが、今、稟達を保護しているのは涼達徐州軍であり、華琳達陳留軍、ひいては兗州軍である。そしてここは兗州・陳留。現時点では華琳に分がある。

 だからこそ稟は悩んでいた。風にはああ言ったものの、個人的には今この場で決めても良いと思っている。だが、即答しては涼の顔を潰してしまう。両者に恩義を感じている為、それも出来ない。

 それは、稟以外の者も同じだった。

 この場に居る者達は皆、少なからず涼と華琳に恩義がある。

 黄巾党から守ってくれたり、賊を倒してくれたりと理由は様々だが、恩義があるのは変わらない。だからこそ、即答は避けたい。

 そして稟は、即答を避けた。

 

「此度のお招き、光栄にして恐悦至極。しかしながら、この様な大事を即決するのは私の主義ではありません。暫くの間、思案させていただきとうございます。」

 

 稟がその言葉を紡いだ時、彼女は緊張していた。その時の彼女の心臓の鼓動が驚くべき速さだった事に、稟自身ですら後になって気付いた程だ。

 だが、肝心の華琳はと言えば、微笑を浮かべながら「それもそうね。」と一言言っただけで、特に反応は無かった。だが、

 

(まあ、それが最善の答えよね。けど、それで良いのよ、戯志才。貴女はよくやってくれたわ。)

 

 彼女の心の中では、表情以上の笑みを浮かべて稟を見詰めていた。

 華琳が稟に期待していた事。それは、この場に居る在野の者達に曹孟徳のプレッシャーを感じさせる事。それは稟が何かをするというのではなく、只、華琳の誘いに応えるだけで良かった。それも、彼女が即答しないと計算しての事だ。

 稟がこの場で華琳を選べばそれで良し、仮に選ばなくても、拒否では無く保留を選ぶ可能性が高い。しかも、その際は思案の為に時間がかかるだろうから、その間に華琳は稟をジッと見詰めるだけで良い。それだけで、華琳は自身の「格」というものを見せつける事が出来る。

 事実、この場に居る在野の者、凪達は皆華琳から目を離せないでいる。それが華琳の狙い通りかは兎も角、彼女の策は成功したと見て良いだろう。

 そして、この事態を目の当たりにしながら何も出来ない事に歯痒い思いをしている人物が居る。

 徐州軍の文官、孫乾こと霧雨である。

 彼女は、報告の為に先に徐州へと戻った簡雍こと雫の分迄、任務を果たす必要がある。

 幸いにも主目的は果たせそうだが、だからと言ってこの状況を良しとはしていない。

 

(マズいですね……これでは、清宮殿の格が低く見られてしまうかも知れません。)

 

 そう思い、隣に座っている当人をチラリと見る。目の前の光景を興味深そうに見ている涼の姿が映り、心中で嘆息する。

 

(まあ、清宮殿ならこの反応も致し方なし、ですが、少しは危機感を持っていただきたいですね。)

 

 霧雨は涼の事を理解しているつもりであり、それはある意味で正しい。だが、当然ながら他人である彼女が涼の全てを理解している訳では無く、涼が今何を考えているかは判らない。

 勿論、全てを理解する必要は無く、また、全てを理解しないといけないのなら人間社会は成り立たない。ましてや、霧雨は涼の許に来て未だ日が浅い方である。この反応は当然で、仕方ない。

 涼のこうした反応が、三国志を知るが故という事等、知らないのだから。

 結果として、この勧誘は皆保留という事でお開きとなった。

 稟の様に暫く考えたいという者、自分はそんな柄じゃないと謙遜する者、事態をよく飲み込めていない者等、その理由は様々だ。

 だが、唯一全員に共通している事がある。それは、華琳こと曹操の存在の大きさである。

 皆一様にその器の大きさを感じ、同時に恐怖した。涼に対しても器の大きさを感じているが、恐怖してはいない。それはそれで良いのだが、時として恐怖心は人を纏める力にもなる。特にこの時代はそうして一団を率いる事も珍しくない。

 涼は生来の性格上、そうした事には恵まれていない。勿論、それが間違っているという訳でも無いが。

 果たして、彼女達がどの様な判断を下すのか、それは誰にも判らない。

 只一人、三国志を知る涼だけがそれを知っている。だからこそ、この勧誘劇をゆったりと見ていたのであり、それが霧雨には危機感が無い様に見えていた。


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