真・恋姫†無双 ~天命之外史~   作:夢月葵

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沢山の人に見送られ、旅立つ。

寂しさを心に秘めたまま、前に進んでいく。
それでも涙は、いつの間にか出てしまうのだった。



2009年10月12日更新開始。
2009年12月7日最終更新。

2017年4月6日掲載(ハーメルン)


第三章 旅立ち・1

「ん…………。」

 

 鳥のさえずりと陽の光を受けて、(りょう)はゆっくりと目を覚ました。

 目の前には、見慣れない天井。

 そう言えば昨日もそんな風に思ったっけ、と思いながら、一つ欠伸をする。

 

「もう少し寝ようかな……。」

 

 そう呟いて目を瞑り、左に寝返りをうつ。

 すると、心地良い香りが鼻に伝わり、次いで誰かの寝息が聞こえてきた。

 

「え…………?」

 

 ゆっくりと目を開けると、そこには見知った人の寝顔がある。

 穏やかな顔で定期的に呼吸をし、安眠しているのがよく解った。

 

(な、何で桃香(とうか)が俺の隣に寝てるんだ!?)

 

 突然の事にドギマギする涼。

 二人の距離は30センチも離れていない。

 

(えーっと……昨夜は“桃園の誓い”の後に宴をして……。)

 

 そこから先が思い出せない。

 酒は誓いの時の一杯しか飲んでいない。ひょっとしたら、その一杯だけで酔い潰れたのだろうか。

 

(この状況はヤバいって! まさか俺、酔って桃香と……!?)

 

 頭の中で桃色な妄想を浮かべながら、同時に慌てふためく。

 それでも状況を確認する為に自分や桃香を見ると、二人共寝間着に着替えている。

 が、桃香の寝間着は寝相で着崩れし、目のやり場に困った。

 

(うわあ……間近で見ると本当に大きいな……って、何を考えてるんだ俺は!)

 

 慌てて目を逸らすが、直ぐに目線が元に戻る。

 やっぱり涼は男の子なのだ。

 

(ノーブラ……? いや、ブラって寝る時は外すんだっけ? ……そもそもこの世界の下着ってどんななのかな……?)

 

 桃香の豊かな胸から目を離せない涼は、チラチラ見ながらそんな事を考えている。

 

(……ハッ! だから、こんな事しちゃいけないんだって‼)

 

 再び目を逸らした涼は、その勢いのまま目を瞑って反対方向に寝返りをうった。

 すると、

 

「すぅ……すぅ……。」

 

といった寝息が前から聞こえてきた。

 まさか、と思いながら目を開けると、そこにはやはり見知った黒髪の少女がスヤスヤと寝ている。

 しかもまたかなり近い距離に二人は居るので、香りや寝息が直ぐに伝わった。

 

(あ、愛紗(あいしゃ)迄ここに!? ま、まさか俺は二人と!?)

 

 再び涼の頭の中で、桃色の妄想が脳内絶賛放映中になる。

 よく見れば、愛紗の寝間着も着崩れして胸がはだけている。

 桃香には負けるものの、愛紗もかなり大きい胸の持ち主なので、目のやり場に困るのは変わらない。

 と言うより、涼は目を離せないでいた。

 

(愛紗も中々大きいな……。形も良いし、張りも良さそう……。)

 

 何だか、段々と涼の理性が無くなってきている気がする。

 まあ、二人の美少女(しかも巨乳)が隣で寝ていて、しかも肌を露わにしていれば、そうなるのも理解出来るが。

 因みに、二人共大事な部分はちゃんと寝間着に隠れています。

 それでも十代の思春期真っ盛りな少年には、目の前の光景がかなり刺激的なものなのは間違いない。

 

(…………ハッ! だから落ち着け俺! 未だそうと決まった訳じゃ無いんだからっ‼)

 

 慌てて頭を振り、落ち着こうとする涼。

 

(先ずは、現状認識から始めないと……。)

 

 そう心の中で呟くと、ゆっくりと起き上がって周りを見る。

 この部屋は八畳くらいの畳張りの部屋。

 その真ん中に布団が二組敷いてあり、涼の布団には桃香が一緒に寝ており、その右隣には愛紗の布団がピッタリとくっ付いて敷いてある。

 

(ん?)

 

 よく見ると、愛紗の右隣に小さな女の子がやはり寝間着を乱した姿で寝ている。

 

(あれは……鈴々(りんりん)か。まさか俺は鈴々とも……な訳無いか。鈴々は子供だしなあ。)

 

 本人が聞いたら怒りそうな失礼な事を、涼は頭の中で呟いた。

 

(まあそれは置いといて……。)

 

 置いとくのかよ。

 

(俺の体の感じからすると、どうやら二人とそういった事はしてないみたいだ。……ホッとしたやら残念やら……。)

 

 やはり鈴々は除外されている。

 本人が知ったら、間違いなく蛇矛(だぼう)で殴られるだろう。

 流石に斬られる事は無い……筈。

 ……その前に、涼が思った事をちゃんと理解しているかが疑問だが。

 

(じゃあ何で俺達は一緒に寝てるんだろ……ん?)

 

 考えていると、桃香が涼の手を掴んで抱き寄せる様に引っ張った。

 目が覚めたのかと思って顔を見ると、相変わらずの穏やかな寝顔がそこにある。

 

(ね、寝相なのか? てか、桃香、その位置はマズいって!)

 

 抱き寄せているので、涼の手は桃香の豊かな胸に挟まれている。

 なので、柔らかな感触がダイレクトに伝わってくる。

 それを感じて平常でいられる思春期の男子は、そうそう居ない。

 

(これって、嬉しいけど有る意味拷問だ〜っ!)

 

 涼は頭の中でそう叫んだ。

 とは言え、無理に引っ張ったら起こしてしまうかも知れないので余り動けないし、かと言ってこのままでは涼の理性が飛ぶのは時間の問題。

 と、その時、後ろから声が聞こえてきた。

 

「……御主人様、一体何をしているのですか?」

 

 凛とした声が、いつもより低い声で涼の耳に入ってくる。

 

「あ、愛……紗…………?」

 

 恐る恐る振り向くと、そこには満面の笑みの愛紗が立っていた。

 だが、その笑顔とは裏腹に、ゴゴゴゴ……といった恐い擬音が似合いそうな雰囲気を出している。

 

「あの、これはその、誤解で……っ。」

「ほぅ、桃香様の胸を触っているのが誤解なのですか。」

「触ってるのは確かだけど、俺から触った訳じゃなくて……。」

 

 表情は相変わらず笑顔のままだが、段々と声がトゲトゲしくなってきた。

 

「あの……愛紗さん?」

「何でしょうか?」

 

 涼は思い切って言ってみた。

 

「誤解なんだから、見逃してくれないかな?」

「それは勿論……ダメに決まっているでしょう‼」

 

 そう叫ぶと、愛紗はいつの間にか手にしていた自分の武器を大きく振り上げる。

 

「ちょ、ちょっと待って! 話せば解るからっ‼」

「問答無用っ‼」

 

 涼の懇願を愛紗は聞き入れず、武器を思いっきり振った。

 

「ぎゃーーーーーっ‼」

 

 その結果、涼は壁に激突して気絶。代わりに、衝撃音に驚いた桃香と鈴々が目を覚ました。

 十数分後。

 

「御主人様、申し訳ございません‼」

 

 先程の部屋には、桃香と鈴々に頭や背中を冷やして貰っている涼と、その涼に対して深々と頭を下げている愛紗が居た。

 

「いやまあ、誤解が解けたみたいだからもう良いよ。」

 

 涼はそう言って愛紗の頭を上げさせようとするが、当の愛紗は中々頭を上げようとはしなかった。

 

「いえ……私は、主である涼殿の言い分を聞かず、感情のまま武を奮い、怪我をさせてしまいました。……この関雲長(かん・うんちょう)、どの様な罰も受けさせて頂きますっ!」

「困ったなあ……。」

 

 その言葉通りに困った涼は、隣に居る桃香や鈴々に助けを求めようとするが、二人からは「頑張って♪」とのアイコンタクトが返ってくるのみだった。

 結局、涼は困ったまま考えるしかなかった。

 そもそも、何故誤解が解けたかと言うと、話は今から数分前に遡る。

 目が覚めた桃香と鈴々が、気絶している涼と怒っている愛紗を見ると、何が起きたのか愛紗に聞いた。

 怒りによる興奮覚めやらぬ愛紗が、怒気をはらんだまま説明していくと、突然鈴々が桃香を見ながら苦笑し、こう言った。

 

「あちゃー……桃香お姉ちゃん、またやっちゃったみたいだねー。」

 

 すると桃香も、

 

「うん……やっちゃったみたいだねー。」

 

と、やはり苦笑しながら応えた。

 そのやり取りの意味が解らない愛紗は、キョトンとしたまま二人を見ている。

 そんな愛紗に気付いた桃香が、少し顔を紅くして俯きながら口を開く。

 

「実は私…………抱きつく癖があるんだ。」

「…………はい?」

 

 桃香の言葉の意味が解らないのか、愛紗は珍しく間の抜けた声を出してしまっていた。

 

「時々だけどね、寝癖で布団とか枕を抱きしめているんだ。」

「鈴々も、桃香お姉ちゃんと一緒に寝ると、よく抱きつかれるのだっ。」

 

 そう言った鈴々だが、嫌では無いらしく、満面の笑みを浮かべている。

 一方、二人の話を聞いていた愛紗の表情は、物凄い速さで青くなっていった。

 

「で……では、涼殿が誤解だと仰っていたのは…………。」

「うん、多分本当だよ。だって、涼兄さんが私を困らせる様な事はしないと思うし。」

「ごっ……御主人様ーーーーーっ‼」

 

 桃香が断言すると、愛紗は慌てながら依然気絶中の涼の(もと)に駆け寄っていった。

 それから間もなく涼が気が付くと、愛紗は土下座をするかの如く頭を下げ、何度も謝り続けた。

 そして今に到る。

 あれから何度言っても愛紗は納得せず、涼からの罰を受けようとしている。

 それは彼女が人一倍真面目な性格だからだ。決してそうした趣味が有る訳では無い。勘違いしない様に。

 それを理解した涼は、やれやれといった表情のまま、愛紗に告げる。

 

「……じゃあ、愛紗には罰を受けて貰う。」

「兄さん!?」

「お兄ちゃん!?」

 

 涼のその言葉に桃香と鈴々は驚きの声をあげ、発言の撤回を求めようとする。

 だが、

 

「二人共黙って。理由はどうあれ、罰を与えないと愛紗は納得しないみたいだから。」

「はい……。」

「解ったのだ……。」

 

 そう言われて二人は渋々ながら納得した。

 そんな二人を一度見てから、涼は愛紗の前に片膝を着いて座り話しかける。

 

「愛紗。」

「……はっ。」

 

 愛紗は俯いたまま涼の裁きを待つ。

 そんな愛紗に涼はゆっくりと罰の内容を告げる。

 

「君への罰は…………自分自身をもっと大切にする事だ。」

「…………えっ?」

 

 予想外の言葉に思わず顔を上げる愛紗。

 そんな愛紗を見ながら、涼が更に続ける。

 

「今、これが何故罰なのかって思っただろ?」

「は、はい……。」

 

 愛紗は戸惑いつつも涼の問いに答える。

 そんな愛紗に涼は説明を始めた。

 

「愛紗は、俺達と義兄妹(きょうだい)義姉妹(しまい)の契りを交わした。そして、俺達四人の中で今まともに戦えるのは、愛紗と鈴々だけだ。」

 

 涼の言葉を黙って聞き続ける愛紗。

 また、桃香と鈴々も同様に静かに聞いている。

 

「そうなると、必然的に俺と桃香は守られる立場になる。一応俺達は“天の御遣い”と“劉勝(りゅうしょう)の末裔”だしね。」

 

 苦笑しながら自分や桃香の肩書きを述べる涼。

 

「だから、愛紗と鈴々は自分より俺や桃香を優先しているんじゃないか? 特に愛紗は、君の性格を考えるとそういった気持ちが強い感じがするし。」

「そんな事は……っ。」

「無いって言い切れる?」

「う……。」

 

 愛紗は言葉に詰まった。

 涼が愛紗達と出会って未だ二日しか経っていないが、その性格は段々と解っていた。

 桃香はのんびり屋だが確固とした信念を持っており、その意志は簡単に挫けない。

 鈴々は見た目も考え方も子供っぽいが、戦いに関する覚悟は誰よりも強い。

 そして愛紗は真面目で、こんな風に融通が利かない事もあるが、人一倍他者を思いやる心を持っている。

 けど、だからこそ自分を省みていない様な気がしてならなかった。

 もしそうなら、少しずつで良いから自分を大切にしてほしい。

 だからこんな罰を与えるんだ、と思いながら、涼は愛紗を優しく抱き締める。

 

「ご、御主人様っ!?」

 

 突然の事に愛紗は驚き、上擦った声をあげる。

 桃香と鈴々も驚いてはいるが、それを止める様子は無く、顔を紅らめながらその光景を眺めていた。

 

「俺達は義兄妹になったんだろ? なら、無理はしないでよ。兄妹なら兄妹らしく、助け合える筈だからさ。」

「御主人様……。」

「まあ、それには俺が強くならないといけないんだけどさ。」

 

 そう自嘲しながら、ゆっくりと愛紗から離れる涼。

 

「いえ……そのお気持ちだけで私には充分ですよ。」

 

 愛紗は顔を少し紅らめながらそう言うと、表情を引き締め、姿勢を正してから涼に告げた。

 

「御主人様からの罰、謹んでお受けします。必ずや、御主人様が納得する結果を出して見せます。」

「うん。大変だけど頑張って。」

 

 そう言って涼は愛紗に笑顔を向ける。

 愛紗も、多少顔を紅らめながら笑顔を返した。

 そんな二人を、羨ましそうに桃香と鈴々が見ている事には、二人共中々気付かなかった。

 その後、二人が散々冷やかされたのは言う迄もない。

 それから、朝食をとりながら何故四人が一緒の部屋に寝ていたのか皆で考えた。

 その結果、涼は自身の予想通り最初の一口だけで酔い潰れたらしく、一番最初にあの部屋に向かい、着替えて布団を敷いて寝たらしい。

 続いて酔い潰れたのが桃香で、やはり着替えて寝たのだが、酔っ払っていた所為か涼が寝ている布団にそのまま寝てしまったらしい。

 その後、愛紗と鈴々が酔い潰れて部屋に来て、布団を敷いて寝たらしい。勿論、ちゃんと着替えてから。

 

「酔い潰れていたのにちゃんと着替えているなんて、有る意味凄いな、俺達。」

「本当ですね、兄さん。」

 

 普通は、酔い潰れていたら着の身着のままで寝ているだろうし、布団だって敷いていないだろう。

 変な所で規則正しい生活をしている涼達だった。

 

「それで御主人様、今日はどの様に過ごされるのですか?」

 

 味噌汁を飲み干した愛紗が涼に尋ねる。

 

「そうだな……いつ迄もここに居る訳にもいかないし、旅の準備をしないとな。」

「旅って?」

 

 涼の言葉に、鈴々が疑問符がついた表情で尋ねる。

 

「世直しの旅さ。」

 

 涼はそう言って、朝食をどんどん食べていく。

 今日から忙しくなるぞ、と思いながら。


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