真・恋姫†無双 ~天命之外史~   作:夢月葵

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第十四章 江東の虎達・8

 その日の宴は滞り無く行われた。

 涼が海蓮、雪蓮、祭から酒を勧められて困ったり、小蓮が年齢の割に妖艶に迫ってきたり、互いの義姉や主君の優秀さを巡って鈴々と思春が一色触発の状況になったが、それ等はほんの些末な事だ。うん。

 宴が終わった時は、下弦の月が頭上にある程に夜が更けていた。酒を飲んだ者は勿論、素面の者ですら睡魔に襲われる時間である。

 涼達は宛てがわれた部屋でそれぞれ休息をとり、旅の疲れを癒していった。尤も、涼は直ぐには眠れなかったが。

 

「……何してんの、雪蓮?」

「夜這いに来たの♪」

 

 涼が寝台に横になって暫くした後、浅い眠りに入った時に何者かの気配を感じて目を開けると、自分に覆い被さる様にしている雪蓮が居た。

 涼が元の世界から何故か持ってきていたバッグに、何故か入っていた寝間着に着替えている様に、彼女も着替えていた。その服は、昼間に見たドレスの様な形の服である。

 生地が薄いのか、服の下にある彼女の肢体が薄っすらと月夜に浮かぶ。有る筈の下着が足りない様な気がする。

 

「いやいや、夜這いと言われても困るんだけど……。」

「良いじゃない、正式に婚約したんだし。」

「それはそうだけど……。」

「こんな美人と一夜を共に出来るんだから、もっと喜びなさいよー。」

「わーい。」

「……ちょっと。」

「……ゴメン。」

 

 冗談が通じず、ジト目で睨まれる涼。

 だがその後、雪蓮は急に表情を悲しげに変えて、呟く様に口を開いた。

 

「……やっぱり、私との婚約は嫌だった?」

 

 衣服同様、月夜に浮かぶ雪蓮の表情は、普段の彼女からは想像が出来ない程にしおらしく、乙女と言って過言でない。実際に女性なのだから乙女で間違いないのだが。

 涼はそんな彼女をジッと見つめた。海の色をした瞳が、どことなく潤んでいる様に見える。そんな彼女の頬を撫でながら、涼は微笑み、雪蓮の不安を無くす様に言葉を紡ぐ。

 

「こんな美人と婚約出来て、嫌な訳ないよ。」

「だったら、ここは直ぐに抱きしめてって流れになるんじゃないの?」

「まあ……そうなんだけど……。」

 

 涼も年頃の少年であり、成人に近い年齢である。涼の言葉にある様に、雪蓮の様な美人に迫られて嬉しくない筈がない。

 それでも涼が躊躇してしまうのは、この婚約が政治的要因を多分に含んでいる為だ。

 政略結婚と聞いてマイナスイメージを持つ者は少なくない。涼もその一人である。

 現代では表向き、余り政略結婚は行われていない。実際はどうか判らないが。

 日本史では、織田信長の妹、お市と浅井長政との政略結婚が有名だろう。また、豊臣秀吉も妹の朝日姫(旭姫)を徳川家康に嫁がせている。

 だが、浅井長政は同盟関係にあった朝倉義景と共に信長を裏切った末、姉川の戦い、小谷城の戦いに敗れ、滅亡。豊臣秀吉も自身の死後に徳川家康によって嫡男の秀頼が自害に追い込まれており、政略結婚が必ずしも成功するとは限らない。

 また、三国志で政略結婚と言えば、劉備と孫夫人が有名だろう。

 孫夫人は孫策、孫権の妹であり、孫権や周瑜の様々な思惑によって三十以上も年上の劉備と結婚させられた。「横山光輝三国志」では、この時の孫夫人は十代後半とされている。

 正史と演義では両者の仲は正反対に伝えられており、物語では仲睦まじい夫婦になっている事が多い。

 そんな二人だが、正史、演義共に謀略によって離れ離れとなる。正史ではその後の同行について記述が無いものの、演義では夷陵の戦いで劉備が戦死したという誤報を受けた孫夫人は絶望し、長江に身投げしてしまった。

 物語とはいえ、やはりここでも悲劇が起きている様だ。

 勿論、政略結婚でも仲が良かったという話もあるし、政略結婚が悪いという事は無い。それでも、涼のイメージはどちらかと言えば悪かった。

 その為、雪蓮との婚約の際も中々吹っ切れなかったし、そもそも自分は雪蓮を一人の女性として愛しているのか、という根本的な悩みが涼にはあった。

 今はその悩みはある程度解消されているものの、雪蓮の誘いに乗れない所を見ると未だ少し悩んでいる様だ。

 

「……雪蓮はこれで良いの?」

「……。」

 

 雪蓮は涼の問いに答えなかった。代わりに、その柔らかな唇を涼の唇に重ねた。

 涼はそれに対して何もせず、只彼女のしたいようにさせた。

 

「……涼が言いたい事は解っているつもりよ。でもね……。」

 

 そう言うと雪蓮は自身の体を涼に預け、ギュッと抱きしめた。そして、涼の首筋にキスをし、そのままの姿勢で話を続けた。

 

「好きでも無い相手に体を預ける趣味は、私は持ってないわ。」

 

 そう言って再び涼を抱きしめると、顔を少し涼に向けて静かに目を閉じた。この状況でそれが意味する事に気付かない程、涼は鈍感ではない。

 雪蓮を抱き寄せ、その唇を塞ぐ。さっきの雪蓮とは違い、何度も重ねていく。

 そのまま、涼の手がゆっくり動く。

 だが、豊かな胸の前でその動きは止まる。何度もしていたキスもそこで終わる。

 「それから先」に進む事は、やはり出来ない様だ。

 

「……しないの?」

「……ゴメン。」

「女に恥をかかせないで欲しいんだけどなあ。」

「ゴメン。」

「……政略結婚の事以外にも、理由は他にあるみたいね。良かったら教えてくれる?」

 

 涼はどうしようかと迷ったが、理由を言う事も拒否するのは流石に悪いと思い、「どうなるか未だ判らないけど」と前置きしてから言葉を紡いだ。

 

「これから先、大きな戦が起きるかも知れない。その時に、雪蓮が居てくれると凄く心強い。」

「大きな戦、ね……。」

 

 涼が発した「戦」という言葉に、流石の雪蓮も少なからず動揺した。

 先の黄巾党の乱や十常侍誅殺等、世の中が乱れ、戦いが起きている以上、また戦いが起きる可能性は充分にある。

 今の漢王朝に諸侯を統べる力が無いのは、前述の件でも解るし涼が今この揚州に居るのも、周辺情勢が不安定だからである。

 青州では未だに黄巾党が暴れ回っており、その賊を倒す為に徐州軍が遠征をしている。涼の揚州外交の目的は、この青州遠征を切欠に同盟関係を結び、今迄以上の友好関係を構築したいからだ。

 言ってしまえば、雪蓮との婚約は、同盟を結ぶ為の手段でしかない。それは雪蓮も理解してはいるが、彼女も一人の女性であり、複雑な心境になってしまうのは仕方無い。

 だが、今の雪蓮には婚約よりも戦の事が気になる。

 

「何故、戦が起きると思うの?」

「それは……ゴメン、言えないんだ。」

「……呂蒙の事もそうだけど、涼って言えない事が多いわよね。」

「……本当にゴメン。」

 

 涼は苦しそうな表情で謝り続けた。

 彼が何故本当の事を言えないのか、雪蓮には判らない。徐州軍の機密なのだろうかという推測は出来るが、どうも違う様だなとも思っていた。

 普通ならいい加減不信感を募らせるところだが、雪蓮はそうした感情にならなかった。数ヶ月という短期間だが、寝食を共にしてきた仲であり、涼の人となりは彼女なりに理解しているつもりだ。

 だからこそ、彼が口を閉ざすのはそれなりに理由があるのだろうと思っている。勿論、知りたいという好奇心は有る。

 だが、今深く追求して涼を困らせるのはいけないとも思っていた。彼なら何れ理由を言ってくれる筈だから、と。彼女の勘がそう告げていた。

 

「……まあ良いわ。要は、その時に私が身重だったら困るからって事ね。」

「うん……。それに、今桃香達は青州で黄巾党と戦っている。そんな中で雪蓮と、ってのは気がひけるしね。だから、凄く勝手なのは解っているけど、どうか今回は俺の頼みをきいてほしい。」

「うーん……。」

 

 雪蓮はそこで。小さく唸った。

 先の理由から、このまま涼の願いを受け入れても良かったのだが、無条件で受け入れるのは幾ら婚約者と言えども譲歩し過ぎではないかと思った。

 少しの嗜虐心も湧いて出たし、女としてこのままでは終われないというプライドもあっただろう。

 

「……そういう事なら仕方無いわね。解ったわ。」

「……! 有難う、雪蓮。」

「た・だ・し。」

 

 涼の口許に利き手の人差し指を当てながら、ゆっくりとかつ妖艶に言葉を紡ぐ。

 

「今夜はこのまま一緒に寝させて。そして、私が満足する迄、楽しませて。」

 

 それが、彼女が今出来る我が儘だった。

 色々思う所はあるが、今は涼と正式に婚約出来ただけで良しとする。そう、雪蓮は思い、納得しようとした。その、納得する為の理由付けが涼との同衾(どうきん)だ。

 繰り返すが、涼も年頃の男性だ。雪蓮の様な美人と一緒に寝ていて、果たして理性を保てるだろうか。

 理性を保てるのなら自制が利く人間という事で、改めて涼が誠実な人間だと認識出来るし、保てなかったのならそのまま既成事実を起こせば良いだけである。

 

「え、えっと……。解った。」

「ありがと♪」

 

 涼の答えを聞くと同時に再び唇を重ねる雪蓮。涼も先程と同じ様に反応し、今度は雪蓮の胸などを触っていき、約束通りに彼女を楽しませようとしていった。

 そうして暫くの間、二人は逢瀬を楽しんだ。それでも、結局二人が最後の一線を超える事はなかった。涼の理性やら何やらが危ない場面は何度もあったが、何とか耐え抜いた。その為、雪蓮の表情は複雑なものになっていたが。

 因みに、二人はそのまま寝たので、翌日の朝になって涼を起こしに来た雫や、雪蓮が居ない事に気付いてもしやと思い探しに来た冥琳に同衾している様が見つかってしまい、涼は誤解を解こうと慌てながらも説明し、一方の雪蓮は冥琳に事の次第を報告し、上手くいかなかった愚痴を零すのだった。

 

「……涼って、男色じゃないよね?」

「今話した事が本当なら、違うだろう。その趣味の男が女性の胸に興味は持つまい。」

「それもそうね。」

 

 親友の言葉に少なからず安堵した雪蓮は、昨夜の涼の行動、テクニックを思い出し、体が熱くなるのを感じた。

 彼女は男性との経験は無いが、同姓との経験は少なからずある。それだけに男女による行為の仕方の違いを知る事が出来た。

 だが、その為に一つの疑問が出て来た。

 

(……涼が私とするのを避けているのは、昨夜涼が言った、桃香達が戦っている時には出来ないって事だけじゃなく、ひょっとしたら経験が無いのを悟られたくなかったから、と思ったんだけど……あの技術を見る限りは、経験が無いって訳じゃなさそうなのよねえ……。)

 

 そう思うと、更に体が熱くなっていった。

 涼が最後迄いかなかったのは、その現象が起きなかった事で判っている。だが雪蓮はというと、涼のテクニックで何度か達してしまっていた。

 男性のそれと違い、女性はその現象が目に見えなくても達する事が出来る。その為、涼が彼女のそれに気付いたかはどうかは判らない。一応、それなりの反応を見せるので全く判らないという事は無いだろうが、昨夜の涼はその事を指摘しなかった。気付かなかったのか敢えて言わなかったかは判らない。

 何れにせよ、昨夜の事で涼が経験が無いという事は無いだろうと雪蓮は結論付けた。そうすると自然に新たな疑問が出てくる。涼がいつ、誰とその行為に及んだか、だ。

 そう思った時、最初に思い浮かべたのは桃香の顔だった。

 

(兄妹とは言え義理だし、あの二人は仲良いしね。……けど。)

 

 仲が良いからこそそこから進展するのは難しいのでは、とも思う。それに、あの思っている事が表情に出易い彼女が涼と恋仲になっていたら、自分はその変化に気付くのではないか。勿論、最後に会ってからかなりの月日が流れている事を考えれば、その間にとも考えられるが、今や徐州牧である彼女の日々は忙しいだろうし、そうした関係になる暇も無いのではないか、と結論付けた。

 その後も、愛紗や鈴々といった少女の顔が浮かんでは消えたが、どの少女も決定打に欠けていた。鈴々に至っては、末妹の小蓮と余り変わらぬ年齢ではないか。

 と、そこで、今迄考えつかなかった可能性を思い付いた。涼の元の世界の女性だ。

 余りにも馴染んでいるのでつい忘れがちになるが、涼はこの世界の人間では無い。こことは違う別の世界から来たと言う。

 (にわか)には信じられない話だが、涼が本来着ていた服や持ち物を見た事がある雪蓮は、それらに使われている材料や技術がこの世界、少なくとも漢王朝によって一応統治されているこの国では、絶対に作れないものだという事はよく解った。

 となれば、必然的に涼はこことは違う国から来たという事になる。仮にそうでなくても、涼がこの国に来る迄の年月は十数年もあるのだ。その間に恋人の一人くらい居たとしてもおかしくない。

 そして、その女性と経験をしたという事も充分に考えられる。十代半ばにもなれば、それくらいしているだろう。

 雪蓮はそこで、ひょっとしたら婚約者が居たのでは? と考えた。この世界の男女は結婚が早い。十代前半で結婚し、子を成している場合も多い。その例から言うと、二十歳を過ぎている雪蓮は行き遅れという事になるが。

 尤も、婚約していたかもという雪蓮の不安は杞憂である。涼は元の世界に居た時、現役の高校生であり、日本の一般的な高校生は未婚である。勿論、涼も例外では無い。

 只、恋人の有無については彼女の不安通りであるのだが、その答えを知るのは未だ先の事である。

 

(ま、今はこれで良しとしますか。例え涼に恋人や婚約者が居たとしても、今の婚約者は私なんだから。)

 

 雪蓮はそう思いながら小さく微笑んだ。側に居た冥琳は、今迄愚痴を零していた雪蓮が微笑んでいるのを怪訝に思ったが、彼女なりに何か納得したのだろうと思い、追及はしなかった。


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