真・恋姫†無双 ~天命之外史~   作:夢月葵

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第十四章 江東の虎達・7

 そうして会談と雑談が終わり、一同は部屋を出た。

 外を見ると、陽が少し西の彼方に向かって傾き始めている。随分と長い事話し込んでいた様だ。

 散々述べているが、揚州は温暖な気候である。その為、日没が近くなっている現在でもそれなりに暑さを感じている。

 

「そろそろ夜になるわね。婿殿は今日、泊まっていくのでしょう?」

 

 涼がそんな揚州の景色と気温を感じていると、後ろから海蓮が話し掛けてきた。

 

「出来ればそうしたいですね。兵達を休ませないといけませんし。」

「ならば丁度良い。貴方達の歓迎の宴を用意しているから、思う存分食べて疲れをとるといいわ。勿論、兵達の分も用意しているから安心しなさい。」

「有難うございます。」

「なに、義息子(むすこ)の為だし気にしないで。」

「ハハハ……。」

 

 どうやら、海連の中では二人は既に義親子(おやこ)関係になった様だ。尤も、以前から涼を「婿殿」と呼んでいた彼女にとっては今更かも知れない。

 その後、何人かの孫軍の将は持ち場に帰ったらしく、今涼の周りに居るのは鈴々達を除けば孫家の四人。冥琳、穏の軍師コンビ。祭と思春、莉秋の出迎え組に明命、美鈴の案内コンビだけだ。

 この面子で宴が行われる場所へと移動中、涼は気になった事を何気なく訊ねた。

 

「そう言えば、呂蒙(りょもう)が居なかったけど、用事で居なかったのかな?」

 

 だが、その涼の質問に孫軍一同がキョトンとした反応を見せる。

 涼はその雰囲気を感じ取りながら振り返ると、皆一様に不可思議な物を見た様な表情をし、涼を見詰めていた。

 

「もしかして……呂蒙って未だ居ない、のかな?」

 

 戸惑いながらそう言うと、皆を代表するかの様に雪蓮が頷いた。

 

呂範(りょはん)なら居るけど、呂蒙って子はうちには居ないわね。冥琳は知ってる?」

「残念ながら私も知らぬ名だな。……清宮、その呂蒙とやらが何故ここに居ると思った?」

「えっと、それは……。」

 

 冥琳の質問に涼はどう答えようか迷った。天の知識だと言って納得してくれれば良いが、これから先ずっと天の知識を当てにされたら色々と困る気がする。

 涼は暫く考えた。その間も一同の視線が涼に集まるが、気にしていたら限りが無い。

 とは言え、既に呂蒙という人名を口にし、ここに居るかの様に訊ねてしまっている。ここで下手に言い訳をしても、却って状況が悪くなってしまうのではないか。

 だったら、多少言葉を濁すのは仕方無いとしても、正直に言った方が良いのではないかとの結論になった。

 そう決めてからの涼の思考は早かった。

 涼は、一旦口の中を湿らせてから呂蒙に関する知識を思い出し、言葉を紡ぐ。

 

「呂蒙は、近い将来この孫軍の一員になる人だよ。字は子明(しめい)。性別は判らないけど、多分女性で、住まいは多分……汝南郡(じょなんぐん)富陂(ふうは)だと思う。」

「なに……?」

 

 涼の言葉に冥琳は一瞬驚いた表情を作った。それも当然であろう。涼が言った事は呂蒙という人物の詳細であり、普通なら知る筈が無い情報である。しかも、徐州に居る者が、だ。

 冥琳はジッと涼を見据えながら、利き手の中指で眼鏡を上げ、その類稀なる思考能力を駆使しつつ、再び訊ねる。

 

「……先程の質問の答えを未だ聞いていないが。」

「それは……ゴメン、言えないんだ。敢えて言うなら、俺が“天の御遣い”だから、としか言えない。」

「それで納得しろと……。」

 

 当然ながら冥琳は納得せず、追求しようとしたが、それを止める人物が居た。雪蓮である。

 

「まあまあ、良いじゃない。涼が言っている事が本当なら、私達にとって有益なんだし、もし違っていても損は無いでしょ?」

「それはそうだが……。」

「それより、今はその呂蒙って子を探す事を優先しましょ。汝南郡富陂なら、私達の領土内だし、探すのは簡単でしょ。」

「その通りだが……探すのか?」

「さっき言ったでしょ、どっちにしろ損はしないって。……涼、他にその子に関する情報は無いの?」

 

 未だに思案顔の冥琳とは違い、雪蓮は興味津々といった表情で涼に訊ねる。涼はそんな雪蓮の様子に多少戸惑いながらも、彼女の要請に応えた。

 

「他は……義理の兄か姉に鄧当って人が居るかも知れない。その人はひょっとしたら既に雪蓮の部下になってるかもね。それと、家は余り裕福じゃないと思う。後、家族思いの人、くらいかな。」

「成程ね。……幼平!」

「はっ!」

 

 涼の話を聞いていた時とは打って変わって真面目な表情となった雪蓮は、後ろに居る明命の字を呼び、次の指示を出した。

 

「貴女の部下も使って、呂蒙を探しなさい。見つけたら力尽くでもここに連れて来る様に厳命するのよ。」

「解りました!」

 

 明命は両手をつけて平伏しながらそう応えると、一瞬の内に居なくなった。

 

「消えた!?」

「慣れないとそう見えるわよね。私も前はそうだったわ。」

 

 そう言いながら雪蓮は右後方に視線を向けた。その視線の先には、小さな黒い影が屋敷の屋根を駆けて行くのが見える。

 涼が雪蓮の視線に気付いた時は、既に見えなくなっていた。

 念の為辺りを見回すが、勿論明命の気配はどこにも無かった。

 

「彼女の部隊なら、明日明後日迄には見付けて来ると思うわ。幸い、ここから汝南迄はそう遠くないし。」

 

 と、雪蓮は事も無げに言うが、実際はそんな簡単なものではない。

 汝南は豫州の西に在って荊州に近い為、ここ建業からはかなりの距離がある。飛行機どころか新幹線や電車が無く、自動車すら無いこの世界では往復だけでも時間が掛かる。そこに人探しが加わるのだから、短時間では終わらないと考えるのが普通だろう。

 そんな不安が表情に表れていたのか、雪蓮は涼に対して「まあ、見てなさいよ♪」と笑顔で言った。

 結局、呂蒙についてはそれで終わりになった。冥琳や穏といった軍師組は未だ納得していなかった様だが、孫軍の次期後継者と目されている雪蓮がそれ以上追求しなかった事、現指揮官の海蓮も同様に何も言わなかった為、それに倣って追求をしなかった。

 

(……“天の御遣い”か。本当に呂蒙とやらが居たら、その二つ名も強ち間違いでは無いのかも知れんな。)

 

 親友と並んで歩く年下の少年を見据えながら、後の世に「大都督」と呼ばれる冥琳こと周瑜は一人思案に耽っていった。


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