真・恋姫†無双 ~天命之外史~   作:夢月葵

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第十四章 江東の虎達・2

 黄蓋がそんな風に悩んでいる頃、涼達は孫家の屋敷に到着していた。

 余り装飾が無い朱色の門を潜ると、そこから広大な庭と、それを包み込む様に存在している堂々とした屋敷が一同の目に入ってきた。

 

「清宮様とお付きの方々はこちらへどうぞ。」

 

 屋敷に見とれていた涼達を、蒋欽と名乗った少女の声が現実へと引き戻す。

 蒋欽の要請に従い、涼達は孫堅に面会する組と部隊を指揮する組に分かれた。

 詳しく説明すると、面会組は涼、鈴々、霧雨(きりゅう)の三人。指揮組は残った雫一人で、彼女が兵達を指定の場所に連れて行く事になった。

 涼達は、周泰と名乗った少女に案内されて孫堅との面会に向かった。

 涼達は、先程声をかけてきた蒋欽が案内するものとてっきり思っていたが、その蒋欽は周泰に涼達の案内を任せると雫と軽く自己紹介を交わし、そのまま雫と共に涼達とは逆方向へ歩いていった。

 

「ささっ、皆さんこちらへどうぞ。」

 

 笑顔の周泰が涼達に声をかけて会見場へと先導すると、涼達はほぼ一列になって彼女の後に付いて行った。

 その道中、涼の後ろを歩く霧雨が、周泰を注視しながら涼に囁く様に告げる。

 

「……清宮様、お気をつけ下さい。」

「……えっ?」

 

 突然の事に驚きながらも、霧雨が声を潜めているのに合わせて涼も声を小さくして応えた。

 

「どうやら孫堅殿は、この機会に私達の戦力を調べたい様です。」

「それはまあ、覚悟してたけど……何故そう思ったの?」

「簡単な事ですよ。蒋欽殿が私達の案内ではなく、兵士達の移動の手伝いに行ったのが理由です。」

「と、言うと?」

「兵士の移動という雑務は、そこらの兵士に任せれば済む事です。それなのに、蒋欽殿は自らその雑務に向かった。それはつまり……。」

「自分の眼で徐州軍の力量を確かめる為、か。」

「恐らく。」

 

 そこ迄話すと、二人は静かに前を向きながら考え込む様に口を閉じた。

 蒋欽――三国志を知る涼はその名をよく知っており、今の彼は蒋欽について自身が知る限りの事を思い浮かべていた。

 蒋欽、字は公奕(こうえき)。周泰伝によれば共に孫策に仕え、数々の反乱を鎮圧し功績を残している。

 演義では何故か周泰と共に水賊をしていた事になっていたり、劉備(りゅうび)孫夫人(そん・ふじん)追跡に参加していたりする。

 

(確か蒋欽って、孫権(そんけん)に諭されて呂蒙(りょもう)と共に勉学に励んだ結果、賛嘆されたんだっけ。もしこっちの蒋欽も同じなら、確かに油断ならないな……。)

 

 涼はそう思いながら歩き続けた。

 だからだろうか、前を行く周泰が僅かに涼達を見た事に気付かなかった。

 

 

 

 

 

 屋敷内の廊下を歩く涼達は、左側に中庭を望みながら進んでいた。

 その最中、中庭を挟んだ反対側の一室に見知った顔を見つけた。

 いや、正確には見知った顔を見かけた気がしたというのが正しいだろう。

 何故そんなに曖昧な表現かと言えば、その人物が「有り得ない」姿と仕草をしていたからに他ならない。

 常の服装である、露出過多な深紅のチャイナドレスっぽい服ではなく、足下迄すっぽり隠れるロングスカートタイプのドレスっぽい服装。色は薄紅色。

 スカートの前面部分には深紅の花柄が刺繍されており、その柄は常の服装のと似ている。

 服とは離れている袖部分や、僅かに見える足には薄絹を纏っており、どこか物静かで神秘的な装いにも見える。

 だが一番の違いは、髪や首、手首や足首に瞳と同じ紺色の装飾品を身に付けている事だろう。

 彼女とて女性であり、装飾品の一つや二つ、身に付けていなかった訳では無いが、今の彼女は些か装飾過多と思える程、沢山身に付けていた。

 

「しぇれ……ん?」

 

 なので、涼の呟きが疑問系になるのも仕方ないのである。

 その呟きは涼が思っていたより声量が大きかったらしく、前後を歩く周泰や霧雨達が足を止めて涼に注目し、更には反対側の部屋に居る雪蓮らしき女性もが涼に気付いた。

 その女性は涼を視界に捉えると僅かに口を開き、利き腕を上げかけたが、結局は微笑を浮かべながら会釈をするに止まった。

 そうした一連の行動は、涼が知る雪蓮とは明らかに違う。雪蓮は明るくて行動的で、いつも涼や周瑜(しゅうゆ)達と楽しげに過ごしていた。

 少なくとも涼は、今みたいにお淑やかな仕草の雪蓮を見た事が無い。それだけに、雪蓮らしき女性はやっぱり他人の空似かと思ってしまう。

 とは言え、そのそっくりさは他人の空似で片付けられるレベルでは無いのは明らかで、雪蓮に一卵性双生児の姉妹でも居ない限り、今、涼が見ている女性は十中八九、雪蓮本人に間違いなかった。

 

海蓮(かいれん)様と雪蓮様は今、大事な会談中なのです。」

 

 雪蓮らしき女性を見ながらそう言ったのは周泰であり、お陰で、(ようや)く雪蓮らしき女性が雪蓮本人だと確定した。

 

「会談……? 差し支えなければ、会談相手を教えてもらえるかな?」

 

 涼の問いに周泰はやや表情を険しくしながら、静かに答える。

 

「……山越(さんえつ)の使者です。」

 

 先程会ってから今迄、殆ど笑顔しか見せていなかった周泰が渋面を見せる。それがどんな意味を持つのか、「山越」に関する知識を持ち合わせている涼にはよく解った。

 山越とは、後漢(ごかん)から(とう)の時代にかけて史書(ししょ)に登場する中国南東部の少数民族の事だ。

 正確には、単独の民族の名前ではなく、幾つかの少数民族の総称を山越と呼ぶ。

 その一部は春秋戦国(しゅんじゅう・せんごく)時代(紀元前770年〜紀元前221年。(しゅう)洛邑(らくゆう)に遷都してから(しん)による統一迄。)に会稽(かいけい)付近に存在した越国(えつこく)の末裔と言われている。

 山越は三国時代、地理的関係上、主に()と争っており、山越対策は呉にとって重要課題だった。

 因みに、「呉越同舟」という言葉の「越」は越国を指しており、「呉」も春秋戦国時代の呉を指している。

 三国時代の呉と山越は、その時代からの対立を引き摺っている訳だ。

 (もっと)も、この言葉の本来の意味は「深く対立する者達も、共通の危機の際には遺恨を忘れて協力する筈」という事なのだが。

 少なくとも、周泰の表情を見る限りは山越との関係は上手くいっていない様だ。

 

「成程。差し詰め、この会談はお互い暫く戦わないって事を取り決める為のものかな?」

「……その通りです。」

 

 涼の問いに短く答えると、前を向いて再び歩き出す周泰。涼達はそれについて行き、話は歩きながらする事になった。

 

「誤解の無い様に(あらかじ)め申し上げておきますが、山越如きに私達孫軍が後れをとる事はありません。ですが……。」

「今、山越との戦いが起きたら袁術(えんじゅつ)辺りに狙われるかも知れない、かな?」

「は、はい……。」

 

 周泰の言葉を繋ぐ様に涼が話すと、周泰は多少驚きながらも冷静に話し続けた。

 

十常侍(じゅうじょうじ)誅殺(ちゅうさつ)以降、彼等に気を遣わなくて済む様になった袁術が、この地を狙っているらしいという情報を得ています。ですが、未だに袁術が行動に出ないのは、孫堅様や孫策様がしっかりと守り、袁術に睨みをきかせているからなのです。」

「だろうね。」

 

 数々の武勇を誇る「江東の虎」と「江東の麒麟児」を相手に戦うのは、可能な限り避けたいだろう。

 例えそれが、沢山の将兵を有する名門袁家の一つ、袁術であってもそれは変わらない。

 将兵の総数では袁術に分があるが、孫堅、孫策とまともに戦えば損害は小さくない。

 損害を少なくし、成果を多くしなければ、戦をする意味が無いのだから、袁術が今戦わないのは賢明な判断だろう。

 尤も、その判断が袁術自身によるものなのかは疑わしいが。

 ここで、現在の孫軍、袁術軍、そして山越に関して説明しよう。

 孫軍の領土は豫州(よしゅう)全域と、十常侍誅殺の恩賞で賜った揚州の北中部、厳密に言えば南昌(なんしょう)南城(なんじょう)建安(けんあん)のライン迄。そこから南は袁術の領土の一部になっている。

 その袁術は、前述の部分と荊州(けいしゅう)全域を自らの領土としている。

 単純に領土の広さで比べれば豫州と揚州の大半を持つ孫軍が有利だが、袁術は名門の出という事もあって沢山の人材を抱えており、また、それ等を維持し増やす為の財力を持っているので、人口は袁術の領土の方が多い。

 最後に山越の領土だが、揚州の東から東南にかけて、つまりは永寧(えいねい)羅陽(らよう)辺りが該当する。

 領土としては三勢力の中で一番小さく、周りは孫軍の領土の為、一見すると大した事が無い相手に見える。

 だが、彼等の領土の殆どは険しい山々であり、いざ戦うと地の利を活かされて大苦戦になる事が多い。

 大軍を擁し、時間をかければ討伐は可能だろうが、袁術という憂いがある以上、孫軍は今動く事が出来ないのである。

 

(その為の会談か……何だかうちと似ているな。)

 

 涼はそう思いながら歩を進めていき、奥の一室へと通された。


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