「雪里、彼女の具合は?」
「はい。怪我してはいましたが、幸い命に別状は無い様です。」
「只、青州から休み無しに馬を走らせて来たのか、かなりの疲労が溜まっていた様で、今はグッスリ眠ってますね。」
「じゃあ、話を訊くのは未だ暫く無理なんだね。」
「そうなりますね。」
「けど、早く訊かないといけない気がするのだ。」
執務室には涼や桃香を始めとした、徐州軍の諸将達が集まっていた。厳密には、その中で旧徐州軍や霧雨達を除き、星と
彼等の今の議題は、その青州から来た少女への対応と、その後にどう行動するかだった。
「何せ、“青州を助けて下さい”、ですからね……。」
「恐らく、黄巾党を倒してほしいという事でしょう。青州は黄巾党の残党に苦しめられていますから。」
「青州黄巾党か……。」
涼はそう呟くと一人静かに思案に耽る。
涼が知る歴史では、青州黄巾党はその名の通り青州で暴れまわっていたが、最後は
更に曹操はその大半を
それを自分達がやる事になるかも知れないと思うと、涼は若干の戸惑いを覚える。
(けど、やらないと苦しむ人が増え続けるよなあ……。)
曹操――
それは彼女も同じだったらしく、皆を見ながら口を開いた。
「……私は、青州の人達を助けに行きたいと思ってる。助けてって声を無視する事なんて、出来ないよ。」
「桃香……。」
涼はそう言った少女――桃香を見詰める。
「それに、どうせ青州には行く予定だったんだし、良いよね?」
「それは……まあ。」
「ですが、その予定はきちんと計画を立ててから動く予定でした。計画も無く急に動くのは危険です。」
「そ、それは……。」
桃香が確認すると涼は同意したが、すかさず雪里が口を挟む。
慌てて涼を見る桃香だが、その涼が困ってるのに気付くと、途端に自身の言葉に自信を持てなくなっていった。
彼女は人材を得る為に荊州迄勧誘に行くくらいなので、決して意志薄弱では無いのだが、同時に周りの人々に対して優し過ぎる。
その為、今みたいに反対されると困惑してしまうのだ。
「……勘違いしていらっしゃる様ですが、青州出兵自体は賛成です。それに、一応この様な時の為の対策は練ってあります。」
「へっ? な、なら何で……。」
雪里の言葉にキョトンとする桃香。そんな彼女に、雪里は事も無げに言葉を紡いでいく。
「桃香様が荊州に旅立たれた際に清宮殿達に申し上げたのですが、常に全員が賛成していては、いざという時の為になりませんので。」
「そうなんだあ〜。有難う、雪里ちゃん。」
「勿体無い御言葉です。……朱里、雛里、昨日纏めた青州出兵に関する案を述べて頂戴。」
「「うん。」」
雪里は桃香に対して恭しく平伏すると、朱里と鳳統に説明をする様に促す。
二人はそう言われるのが解っていたらしく、直ぐ様説明を始めた。
「本来の計画では、周辺の諸侯に対して青州出兵の正当性を伝え、同時に不可侵条約若しくは同盟を結び、それから青州へ出兵する筈でした。」
「……ですが、時間的余裕が無くなった今、そうはいきません。」
そう言って策を述べ始めた二人は、目の前に在る大きな机の上に、徐州と青州を中心とした地図を広げながら説明を続ける。
「あの子が青州からの救援要請の使者と仮定して話しますが、だとすると、今の青州は存亡の危機に瀕している事になります。」
「……だとしたら事は一刻を争います。……ですから、私達は青州に兵を進めながら、同時に周辺の諸侯との同盟等を結んでいくしかありません。」
「まあ、それしかないか。」
二人の説明に涼はそう言って同意を示した。
最終的な決定は州牧である桃香が下すが、その桃香も涼と同意見なのか、涼を見ながら頷いている。
他の者も涼達と同意見らしく、反論は無い。その様子を見てから鳳統が説明を再開する。
「……問題は、この策を遂行する為に、桃香様と清宮様のお二人に動いてもらわなければならないという事です。」
「片方は青州への部隊の指揮だよね……もう片方は?」
「曹操さん、
「……こちらには、お二人と仲が良いという清宮様に動いてもらった方が良いと思いましゅ……あぅ。」
桃香の疑問に朱里と鳳統が答えるが、鳳統はまたも噛んでしまい小さく俯いてしまった。
そんな鳳統を微笑ましく見詰めつつ、声は常の冷静さを保ったままの星が訊ねる。
「主が曹操や孫策の所に行くのはまだ解るが、桃香様自ら青州へ赴かれる必要があるのか? 黄巾党の討伐だけなら、州牧である桃香様が行く必要はなかろう。」
「……確かに、討伐だけなら必要ないかも知れません。」
真面目な質問を受けて落ち着いたらしい鳳統は、帽子の唾を両手で動かして帽子の位置を整えると、少し口調を早めて言葉を紡ぎ出した。
「ですが、先程述べた様に、今回は黄巾党の討伐と諸侯との同盟を同時にやらなければなりません。その為には、桃香様自ら指揮を執ってもらう必要があります。それに……。」
「それに?」
「青州の北、
「もし接触が無かったとしても、青州から使者を出せば、徐州から使者を出すよりは返事を貰う迄の時間を短縮出来ます。」
鳳統、そして朱里の説明と補足を聞くと、星は勿論ながら、桃香や愛紗達も納得していった。
と、その時、バンッという音と共に勢いよく扉が開いた。
「青州を助けて下さいっ! ……いてて。」
そう叫びながら執務室に飛び込んできたのは、一人の少女だった。
頭や左腕に包帯を巻き、頬には軟膏を塗った布を貼っている。
一見すると重傷者の様だが、肌の血色は良いし、何よりここ迄走ってきたみたいだから、それ程大きな怪我ではないのかも知れない。
「し、
そう言いながら、わふわふと息を切らせ、白い衣服を身に纏った小柄な少女が執務室に入ってくる。
少女の名は
「あー……羅深、お疲れ様。」
「あっ、清宮様っ。突然の入室、失礼しましたっ。」
「気にしないで。それより……彼女は目が覚めたんだね。」
涼は羅深を労いつつ、目の前に居る少女に目をやった。
肩迄ある瑠璃色の髪に金色に光る瞳、涼と同じくらいの背丈に透き通る様に白い肌、若干幼さを残しつつも大人へと成長している凛々しい表情と、桃香と同じくらいに大きい胸。
そんな少女は涼の視線に気付くと声をかけてきた。
「あの……貴方は?」
「ああ、そう言えば自己紹介が未だだったね。俺は徐州牧補佐の清宮涼。で、隣に居る彼女が徐州牧の
「こんにちは、私が州牧の劉玄徳です。」
「あ、貴方達が……し、失礼しましたっ。」
二人が目の前の少女に対して丁寧に自己紹介をすると、少女は恐縮したのか慌てて頭を下げた。
先程涼が言った様に、少女とはきちんと自己紹介をしていない。
何せ、桃香達の前に案内された時の少女はフラフラの状態であり、「青州を助けて下さいっ!」と叫ぶと同時に体力が限界を超え、そのまま眠ってしまったのだから。
その為、少女が涼と桃香の事を知って驚くのは当然だった。
その後、執務室に居る面々から自己紹介をされた少女は、居住まいを正して自らも自己紹介をする。
「私の名は
少女――太史慈は表情を引き締め、真っ直ぐに涼達を見詰めながら、凛とした声でそう言った。
涼達は、太史慈の目的が自分達の予想通りだと知ると、彼女を安心させる意味も込めて青州出兵の旨を伝える。
その瞬間、感謝された太史慈から抱き締められる事になり、涼や桃香達が驚いたり慌てたりするちょっとしたハプニングもあったが、それ以外はさほど問題無く話が進み、それから二日が経った。