真・恋姫†無双 ~天命之外史~   作:夢月葵

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第十一章 旧友と新友・5

『ちょっと諸葛亮さんと鳳統さんの所に行ってきます。護衛には愛紗ちゃんと鈴々ちゃんを連れて行くから心配しないでね。 桃香』

 

 そう書かれた手紙を読んだ雪里は、目の前に居る人物に目を向けながら訊ねた。

 

「……これが、桃香様の部屋に置かれていたのですか?」

「……ああ。因みにこれは、愛紗と鈴々の部屋に有った置き手紙だ。」

 

 雪里の目の前に居る人物――涼は、そう言いながら机の上に二枚の手紙を並べる。

 因みに此処は執務室であり、この場には他に地和(ちいほう)時雨(しぐれ)、雫、星が居る。

 

『義兄上、済みませんが暫くの間留守にします。理由は……もうお分かりでしょうが、荊州へ行かれる桃香様の護衛です。

徐州軍筆頭という大任を任されていながら、その徐州から離れる事は心苦しいのですが、私には桃香様の熱意に抗う術を持ちませんでした……。もし、軍の事に関して何かあった場合には、星や時雨に聞いて下さい。

ああ、桃香様が呼んでいるので文はここ迄にします。……では、行ってきます。 愛紗』

『ちょっと荊州へ行ってくるのだー♪ 鈴々』

 

 何ともまあ、二人の性格が如実に表れた手紙である。

 雪里は二人の手紙を読み終えると、盛大な溜息を吐いた。

 

「何故昨日、朱里と雛里の事を聞いてこられたかと思えば……こういった理由でしたか。」

 

 雪里は額を押さえながらそう呟いた。どうやら今回の件に関して責任を感じている様だ。

 

「桃香ちゃんって、普段はのんびり屋さんだけど、時々大胆な行動をとるんだよね〜。」

「そうだな。俺達も子供の頃から何度驚かされたか。」

 

 一方、雫と時雨の二人はこの状況に慣れているのか、言葉の割には余り驚きもせず、(むし)ろ笑みを浮かべながらそんな事を話している。

 

「何ともはや……どうやらここでは、思ったより楽しい日々が過ごせそうですな。」

 

 そう言ったのは星。君主が突然旅に出るというハプニングに戸惑う涼達を、心底楽しそうに眺めている。

 

「はあ……ある意味、天和(てんほう)姉さんより自由人だわ。」

 

 溜息を吐きながらそう呟いたのは地和。どうやら姉である張角(ちょうかく)を思い出している様だ。

 

「……取り敢えず、桃香達の事は今更どうしようもないから、これからの事を考えようか。」

 

 涼は皆を見ながらそう言った。

 城門の警備兵の話によると、桃香達は昨夜の内に荊州へ向かったらしく、今から追い掛けても追い付けず、下手に騒げば要らぬ混乱を招く事になってしまう。

 桃香達は城門の警備兵達に「急用が出来たので私達は荊州へ向かいます。後の事は御遣い様に任せてあるので、ご安心下さい。」と言って出て行ったらしい。

 警備兵達は、天の御遣いが残るなら心配無いと思ったらしく、今朝方涼達が桃香達の不在に気付いて警備兵達に訊きに来る迄何もしていなかった。

 

「いくらなんでも、たった三人で徐州から荊州に行くのがおかしいと思わないのかなあ。」

「……まあ、私が先日迄一人旅をしていましたからね。」

 

 涼が疑問を口にすると、雪里が苦笑しながらそう言った。

 確かに、雪里はたった一人でここ徐州から荊州に行き、無事に戻ってきている。しかも沢山の兵を手土産にして。

 警備兵達はそういった事実を知っていたからこそ、たった三人で徐州へ向かうという桃香達を止めなかったのだろう。

 

「先程清宮殿も仰られた様に、過ぎた事を言っても仕方ありません。取り敢えず、州牧代理は清宮殿に、その補佐は地和さんに任せます。」

「えっ? 涼は解るけど、何でちぃがその補佐なの?」

「桃香様が居ない今、その代わりが出来るのは二人しか居ません。“天の御遣い”である清宮殿と、“劉玄徳の従姉妹”である地香(ちか)さんだけです。」

「ああ、成程ね。」

 

 雪里の説明を受けて、自分が対外的には「劉玄徳の従姉妹」として名が通っている事を思い出し、納得する地和。

 ここに居る者達は皆、地和が黄巾党の「張宝(ちょうほう)」だと知っているが、他の者達、つまりは徐州に来てからの者達は皆、地和を桃香の従姉妹である「劉徳然(りゅう・とくぜん)」と認識している。

 星は仲間になったのは徐州に来てからだが、地和の処遇について話し合ったあの場に居た為、地和の事を知っていた。

 そうした事情もあり、地和は今回の人選には欠かせない人材なのだ。

 

「はい、そういう事です。」

「だが、桃香様の不在を羽稀殿達にはどう伝えるつもりだ?」

 

 頷く雪里に対してそう訊ねたのは星。付き合いが長く、桃香達の人格や性格を知っている彼女達と違い、羽稀達は知り合ってから未だ日が浅い。

 そんな彼女達がこの事を知ったらどんな反応をするか。大混乱に陥ったり、下手をしたら反発を招くかも知れない。

 それを承知の上の涼は、雪里が星に答える前に決断した。

 

「……どう取り繕ったって、何れは本当の事が知られるだろう。人の口に戸は立てられないからね。」

「……それはつまり、初めから本当の事を知らせるべきという事ですか?」

 

 涼の言葉を先回りするかの様に、結論を確認する雪里。

 涼はそれに頷いて答えると、皆の顔を見ながら自分の考えを述べ始めた。

 

「勿論、混乱や反発は考えられるけど、桃香が徐州の州牧である限り、こんな事がまた起きないとは限らない。なら、ここで隠すよりは話した方がマシかと思うんだ。」

「確かに、桃香ちゃんならまた何かしそうだよね。」

「あいつは何に関しても一途だからな。それが良い事と判断したら、間違いなくまたやるだろう。」

 

 涼の説明を聞いていた雫と時雨が、納得した様に首を縦に振りながら言葉を紡ぐ。

 

「幼馴染みである時雨達がそう言うのであれば、間違いなかろう。地和はどう考える?」

「ちぃも、涼や雫達と同意見かな。桃香って、自分の事より他人が優先って考えだから、多分またこんな事をしそうだもんね。」

 

 星に話を振られた地和は、義理の従姉妹でもある桃香をそう評した。

 その答えに星は苦笑するも、決して否定的ではなかった。

 漢王朝が衰退し、黄巾党の乱や十常侍(じゅうじょうじ)誅殺(ちゅうさつ)等により、世の中は乱れ始めている。

 そんな世の中において、自分より他人を思いやる事が出来る桃香を、星はとても好ましく思っていた。

 だからこそ、ともすれば無責任かつ無謀な今回の桃香の行動も、余り大した事ではないとさえ思っている。

 確かに、桃香は一時的とは言え州牧という職務を放棄している。だが、それは部下、いや、桃香の言い方で言えば仲間や友達である雪里の失敗を補おうとしての行動だ。

 一時的に放棄している州牧の仕事も、事後報告とは言えちゃんと託している。まあ、了承を得る事はしていないが。

 護衛に関しても、義妹(いもうと)である愛紗や鈴々の武はよく知っているので問題は無い。

 大軍に包囲されては流石に危険だろうが、野党くらいなら例え百人居ても二人には勝てないだろう。

 そうした事を考えた末に、星もまた涼の考えに同意した。

 残る雪里はと言うと、皆の発言に耳を傾けながら、事実を隠した場合と明らかにした場合の損得勘定を頭の中で考えていた。

 どちらの場合でも損得は有る。実際、世の中の物事は損しかない、得しかないという方が少ないだろう。

 そうして考えた結果、雪里もまた涼達と同じ答えに辿り着いていた。

 

「……どうやら、皆は清宮殿に賛成の様ですね。」

「おや、軍師殿は反対なのか?」

 

 自分とは違う意見を口にした雪里を、意外そうに見ながら星は訊ねた。

 だが雪里は、単に反対する為にそう言ったのでは無かった。

 全員が何の不満も言わずに安易に賛成しては、いざという時に誰かから反対意見が出た場合に、ちゃんとした判断を下せない危険性がある。

 そうならない為に、一応は意見を述べ、判断能力を養っておこうと思っていたのだ。

 

「反対と言う訳ではありませんが、皆さんが余りにも楽観的な様でしたのが少し気になりましてね。」

 

 そして、その為に直接的な物言いはしない雪里。

 

「うっ……。」

「……そう見えた?」

「ええ。」

 

 また、その為には少しくらい意地悪な役目も進んでやるのが、徐元直こと雪里という少女だった。

 そうして話し合った結果、涼達は羽稀達を呼ぶ事にした。

 主要メンバーが揃うと、涼は桃香達が急用の為に荊州へ向かった事、その間の代理を涼、補佐に地香、軍部筆頭代理と補佐はそれぞれ星と時雨が務める事を伝えた。

 突然の事に皆、多少は動揺していたものの、涼達が危惧していた混乱や反発は起きなかった。

 皮肉にも、警備兵達が思っていた「天の御遣いが居れば大丈夫」という考えを、どうやら羽稀達も持っていた様だ。

 なんだかんだで、徐州は平和である。

 

 

 

 

 

 そんな平和な徐州から遠く西方に在る都、洛陽(らくよう)

 言わずとしれた漢王朝の首都。そこに在る屋敷の一つでは、今まさに事件が起きていた。

 

「……義父上(ちちうえ)、何故!?」

 

 紅い髪の少女は、目の前に居る初老の男性を戸惑いの眼で見ながら、そう叫んだ。

 紅い髪の少女が「義父上」と呼ぶ初老の男性は、紅い髪の少女の問いに答えながら抜き身の剣を振り上げた。

 

「お前は生きていてはいけないのじゃ……呂布(りょふ)!」

 

 初老の男性は呂布と呼んだ紅い髪の少女に向かって、手にした剣を振り下ろす。

 呂布はそれを難なくかわすが、初老の男性は二撃三撃と追撃してくる。

 その太刀筋はどれも呂布にとってはかわすのに何の苦も無いのだが、相手が義父なだけに反撃が出来ないでいた。

 

(れん)が……生きていちゃいけない……?」

「そうじゃ! じゃから、お主の義父であるこの儂、丁原(ていげん)自らが殺してやろう‼」

 

 初老の男性――丁原はそう叫びながら、呂布――恋に向かって容赦なく剣を振り続ける。

 勿論恋にその攻撃は当たらないが、反撃出来ない恋に対して攻撃が止む事は無い。

 そうして暫くの間同じ事の繰り返しになっていたが、突然恋は何かに足をとられて転んでしまった。

 

「……っ!」

 

 だが、そんな不意の出来事にも瞬時に受け身をとり、床への直撃を避ける恋。

 それと同時に周りを見ると、空の酒瓶がコロコロと恋の足下を転がっている。どうやらこれに足を乗っけてしまった為に、倒れてしまった様だ。

 丁原の攻撃を避けている内にいつの間にか厨房に来ていたらしく、周りには転倒の衝撃で落ちたのか割れた皿の破片や包丁が散乱している。

 と、呑気に観察している時間は恋には無かった。

 

「死ねええっ‼」

 

 受け身をとっているとはいえ、床に倒れている事に変わりがない恋を見据えながら、丁原は剣を振り上げる。

 だが、その剣が振り下ろされる事は無かった。

 

「ぐっ……っ!」

 

 丁原が剣を振り下ろすより速く、恋は近くに落ちていた包丁を手に取ると、それを丁原の腹部に突き刺した。

 

「あ……っ!?」

 

 恋は包丁を手にしたまま小さく呟き、だが表情は常と違って大きく変化した。

 どうやら、自分がした事に驚いている様だ。

 先に攻撃を仕掛けたのは丁原だ。だが、だからと言って恋は義父に刃を向ける事が出来ない。

 涼の世界に伝わる呂布なら兎も角、ここに居る呂布――は本来、心優しい少女なのだから。

 それなのに今、恋は丁原を刺している。何故か?

 丁原が恋に向かって剣を振り下ろそうとする直前、恋はその意識とは無関係に体が動いていた。

 それは戦いの中で鍛え上げられた、類い希なる反射神経が自分の身を守ろうとした結果によるもので、そこに恋の意思は無い。

 だからこそ、恋は現状を把握するにつれて包丁を持つ手が震えていった。

 戦場では、初陣の時でさえ武器を持つ手が震えなかったというのに。

 

「ち……義父上…………っ!」

 

 恋は手だけでなく声も震わせながら反射的に包丁を抜き、床に放り投げると、丁原から目を逸らさずにゆっくりと後ずさった。

 

「……この、親……殺しめ…………ぐふっ!」

「……っ‼」

 

 丁原は恋を睨みながらそう言葉を絞り出すと吐血し、呆然とする恋の前にドサッと倒れた。

 恋が恐る恐る近付いて確認すると、丁原はカッと目を見開いたまま、ピクリとも動かない。既に事切れているのだ。

 腹部から流れ出る血は瞬く間に床を朱に染めていき、辺りを血の海に変えた。

 恋は呆然としたまま、座り込んでしまっていた。

 

「一体何の騒ぎやっ! ……っ!?」

 

 と、そこへ、騒ぎに気付いた少女が厨房へと駆け込んできた。

 少女の髪は紫色で所々逆立っており、その瞳は鋭く力強い。

 

「…………(しあ)。」

 

 恋はその紫色の髪の少女を霞と呼んだ。だがその言葉には力が無く、視線も安定していない。

 

「旦那っ! ……恋、一体何があったんや!?」

 

 霞は丁原の死を確認すると、その傍で呆けている恋の肩を揺さぶりながら訊ねる。

 恋は目の前に居る霞にすら焦点を合わせられないまま、まるで独り言の様に呟いていった。

 

「義父上が……急に斬りかかってきて……恋は生きていちゃいけないから……転んだら斬られそうになって…………刺した…………。」

 

 そこ迄言うと、恋は俯いたまま黙り込んでしまった。

 霞はそんな恋と丁原の死体を見ながら、心の中で叫んだ。

 

(何でや!)

 

 それは疑問。

 

(何で丁原の旦那が恋を殺そうとするんや‼)

 

 それは有り得ない事が起きた事に対する、疑問と怒り。

 

(あんなに仲が良かったやないか……。血が繋がってるとか繋がってないとか関係なく、“親子”しとったやないかっ‼)

 

 在りし日の丁原の姿と、その隣で表情は余り変わらなくても楽しそうに過ごしている恋の姿を思い出しながら、その疑問は絶叫となって心の中に轟いていった。

 そうして心の中で絶叫と思考を終えた霞は、未だに放心状態の恋へと向き直った。

 

「……恋、しっかりするんや。」

「…………。」

「受け入れ難いんはよう解る。せやけど、今はそないのんびりされては困るんや。」

「…………。」

 

 恋が反応しないのも構わず、霞は話し続ける。

 

「事情はどうあれ、丁原の旦那は死んだ。なら、今のウチ等には旦那の跡を継ぐ人間が必要や。」

「…………。」

「そしてそれは、旦那の娘である恋、アンタしか居らんのや。」

「…………でも、恋は義父上を殺した。……恋にそんな資格は無い……。」

 

 漸く恋は口を開いた。その口調は弱々しく、相変わらず眼に力は無かったが、さっきよりは一歩前進したと見た霞は更に話を続ける。

 

「自分の欲の為に旦那を斬ったのなら兎も角、乱心した旦那を斬ったのやから資格が無い訳や無い。」

「でも……。」

「さっきも言うたけど、今の丁原軍を纏められる人間は恋以外に居らへん。選択肢は無いのや。」

「霞が居る……。」

「アカンアカン。確かにウチは部隊の指揮は出来るし旦那への恩義も有る。けど、恋を差し置いて跡を継ぐ事は出来へんのや。それこそ、資格が無いんやからな。」

 

 霞がそう言って断ると、恋は今迄とは別の意味を持つ悲しい表情で霞を見つめた。

 そんな顔が出来る程落ち着いたんか、と思いながら霞は気を引き締め、言葉を紡ぐ。

 

「……覚悟を決めとき。勿論、ウチも力を貸すし、恋は恋らしくしとるだけでええんや。」

「恋、らしく……。」

「そうや。旦那の娘として、今迄通りに、な。」

「……………………解った。」

 

 逡巡の末、恋は決意し、ゆっくりと立ち上がった。

 

「なら、得物を持って中庭に来てや。そこで恋が跡を継いだ事を兵士達に知らせるんやから。」

「うん……。」

 

 霞にそう言われた恋は、未だ少しフラフラしながら厨房を出て行った。

 その後ろ姿を見送ると、霞は一つ息を吐く。

 

「誰か()るか!」

 

 それから大声で呼ぶと、兵士が一人やってきた。

 その兵士は丁原の死体を見て驚いていたが、霞の説明を受けて幾分か落ち着きを取り戻した。

 霞の指示を受けた兵士が走り去るのを見てから、霞は改めて床に倒れている「主」に語り掛ける。

 

「……本当に、何があったんや。」

 

 勿論、その答えが得られる事は無かった。

 丁原軍の大将が恋になり、「呂布軍」と生まれ変わるのはその一刻後の事である。




第十一章「旧友と新友」をお読みいただき、有難うございます。

初めに言いますと、タイトルの「新友」は誤字ではありません。「旧友」との対比に使った言葉です。まあ、普通に「しんゆう」と打っても変換はされないですが。

今回は「横山光輝三国志」の、徐庶が劉備軍を離れて諸葛亮の家に行く話を元にして、この様な勧誘シーンを書いてみました。恋姫の諸葛亮が勧誘を断るには、何か理由が必要だなと思い書いたのですが、予想以上に重い話になってしまいましたね。
で、桃香自身が荊州に行くという話になっちゃいました。果たしてどうなる事やら。

最後のシーンは言うまでもなくフラグですが、これの回収は未だ先ですので、のんびりと御待ち下さい。

次はいよいよあのエピソードです。ごゆっくりお楽しみ下さい。
ではまた。


2012年11月30日更新。

2017年5月15日掲載(ハーメルン)

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