四人と別れた雪里は、その足で残りの二人――陳珪と孫乾に会いに行った。
(陳珪殿は羅深殿の母親ですし、孫乾殿については雫からの手紙も有りましたし、楽しみですね。)
雪里はそう思いながら二人を捜し続けた。
その二人は中庭に居た。書簡に書かれたプロフィール通りの外見の二人は、何やら立ったまま話しており、口調には熱がこもっている。
とは言え口論している訳では無い様なので、雪里は普通に近付いて声を掛けた。
「随分と白熱していますね。」
雪里がそう声を掛けると二人は話すのを止め、雪里に向かって振り返った。
だが、二人はそこに居たのが見慣れない少女だった為、その少女が誰かと考えている間、言葉を失った。
「えっと……貴女は?」
やがて、妙齢の女性が訊ねると、雪里は恭しく居住まいを正しながら自己紹介を始めた。
「申し遅れました。私は徐州軍筆頭軍師、徐元直と申します。」
「ああ、貴女が噂の軍師さんなのね。私は
「お噂はかねがね聞いておりますよ。私は
二人は雪里を見ながらそう返す。
すると、雪里は先程から感じていた疑問を口にした。
「……先程、陳登殿達と話していた時も私の噂を聞いていると言っていました。一体、どんな噂を聞いているのですか?」
「あら、噂の当人は知らないのですね。」
そう言ったのは、陳漢瑜こと陳珪。
娘の陳登と同じく白を基調とした服装だが、ジャケットでは無く、和服とドレスを足して二で割った様な、袖とスカートの丈が長い服を身に纏っている。
娘と同じ栗色の髪は首の後ろで紅い布を巻いて纏めており、髪の長さは背中迄ある。
左耳には翡翠色の宝石が付いたピアス、首にはやはり翡翠色の宝石が付いたネックレスといった装飾品を身に付けていた。
身長は雪里より頭一つ分高く、胸はこの歳の女性の平均より明らかに大きい。勿論、全体のスタイルも良い。
殆どスカートに隠れているが、靴は黒いロングブーツを履いている。
文官だからか城の中だからかは判らないが、武器は何も携帯していない。
「噂とはそんなものでしょう。」
そう言ったのは、孫公祐こと孫乾。
何か可笑しいのか、微笑みながら雪里を見ている。
薄紅色の髪は短く、前髪は目にかかっていない。
服は、紺色のノースリーブの上にデニムの様な生地だが赤い長袖の上着、紺色のホットパンツの上に白いミニスカートといった格好。
素足にやはり紺色のスニーカーを履いており、見た感じは余り文官らしくない。
因みに装飾品は無く、武器も持っていなかった。
雪里はそんな孫乾を見ながら、雫の書簡には自信家だとあったなと思い出し、どれくらい自信家なのかより注意を払いながら訊ねた。
「それで、その噂とはどの様な内容なのですか?」
雪里は孫乾をじっと見据える。
その孫乾は相変わらず笑みを浮かべながら、まるでありきたりな話をするかの様に、噂について説明し始めた。
「なに、特に面白くも何ともない事です。“徐元直は公私共に厳しく、桃香様は勿論、清宮様も頭が上がらない”と。」
「なっ!?」
思わず驚きの声をあげる雪里。
そんな風に思われては不本意だと、雪里は二人に反論するが、
「ですが、厳しい軍律を作ったのは事実ですよね?」
「それは、まあ……。」
そう孫乾に指摘されると、不服ながらも肯定した。
確かに、涼達が徐州に来てから、雪里が軍律を改めたのは事実だった。
だが、雪里だけでなく雫や地和、桃香に涼も加わって話し合い、決めていたので、決して雪里一人で決めた訳ではない。
尤も、涼達の意見を取り纏めたのは雪里なので、雪里が責任者という事にはなるだろうが。
「だからと言って、私が清宮殿達を言いくるめているかの様に言われるのは心外です。」
「まあまあ。確かに嫌な噂ですが、真に受けている者は殆ど居ませんから御安心下さい。」
「少しでも居る事が問題なのですが……まあ、極力気にしない事にするわ。」
孫乾に宥められた雪里は、渋々ながら身を引く事にした。ここで二人に文句を言っても、問題が解決する訳では無いのだから。
それから雪里は、先程の四人と同じ様にこの二人とも色々話していった。
そうして話した感じでは、陳珪は穏和で常識人。いかにもあの無邪気な羅深の母親らしいなと、雪里は思う。
只、話を聞いていると時々否応無しに背筋がピンと張り詰めていくのを感じたのは、少なからず疑問に思った。
(何なんでしょう……このそこはかとない不安は。)
雪里は頭を振って不安を振り払った。
一方の孫乾はと言うと、雫の手紙に書いてあった通りの自信家だった。
初めは只の自信過剰な人間かと思ったが、どうやらそうではなく、きちんとした理由が有る様だ。
(まあ……自信の無い人間よりはマシですしね。)
それが孫乾に対する雪里の感想である。
因みに、雪里はこの二人とも真名を預け合った。
陳珪の真名は「
雪里は二人との話を終えると、残った仕事を片付ける為に自室へと戻った。
不在の間、自分の代理として頑張ってくれた雫に助けて貰ったりしながら、少しずつ片付けていく。
そうして数日かけて全ての仕事を片付けたある日、雪里の部屋を桃香が訪れた。
「これは桃香様、わざわざお越しになられたという事は、何か急用ですか?」
寝台で横になって休んでいた雪里は、君主の来訪と同時に気を引き締め直しながら、部屋に入った桃香に椅子を勧める。
「ううん、別に急用じゃないんだけど、聞きたい事があって。」
「聞きたい事、ですか?」
椅子に座りながら桃香がそう言うと、雪里は円卓を挟んで対面に座りながら再び訊ねる。
「うん。
「朱里と雛里について、ですか。」
雪里が確認すると、桃香は笑みを浮かべながら頷いた。
それを見た雪里は疑問に思った。
二人については帰還した時にも説明している。それなのに今また話を聞きたいとは、どういった意図が有るのだろうか。
とは言え、君主が訊ねてきたのに答えない訳にはいかず、きちんと答えていった。
翌日、その桃香が居なくなっていた。