真・恋姫†無双 ~天命之外史~   作:夢月葵

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義勇軍の大将から正規軍の大将へ。

図らずも州牧になった桃香――劉備は、仲間と共に政務に取り組んでいた。

だが、彼女達には様々な問題があった。

その一つは……。



2010年8月8日更新開始。
2010年10月3日最終更新。

2017年5月6日掲載(ハーメルン)


第四部・徐州牧、劉玄徳編
第十章 徐州の日々・1


 徐州(じょしゅう)幽州(ゆうしゅう)の南東、豫州(よしゅう)の北東、そして洛陽(らくよう)の遥か東に在る州である。

 東には海が在り、周りを他州に囲まれているものの、平原の中に丘陵が点在している為、古くから要害の地として数多の戦乱に巻き込まれてきた。

 また、漢王朝の初代皇帝、劉邦(りゅうほう)の故郷である沛県が在り、その宿敵、項羽(こうう)の本拠地、彭城(ほうじょう)は徐州のかつての名前でもあった。

 その徐州の州牧(しゅうぼく)となった劉備玄徳(りゅうび・げんとく)――桃香(とうか)は、軍師達に助けられながら慣れない州牧の仕事をこなしていた。

 

「桃香様、次はこの書簡に目を通して下さい。」

「桃香ちゃん、これが住民からの要望を纏めた書簡。後で見ておいてね。」

「桃香様、兵士達の調練について一つ案が有るのですが……。」

「桃香、この間討伐した賊が持っていた宝物の扱いなんだが……。」

「桃香お姉ちゃん、たまには街に行ってみるのだー。」

 

 だが、ひっきりなしに仕事が舞い込んでくるので、毎日目を回していたりする。

 

「……そう言えば、(りょう)義兄(にい)さんはどうしたの?」

清宮(きよみや)様なら、陶謙(とうけん)様からの引き継ぎの仕上げをしています。」

「そっかあ……引き継ぎって未だ終わってなかったんだよね。」

 

 腕と背筋を伸ばしながら、桃香は呟く様に言った。

 陶謙とは前徐州牧を務めた人物で、自身が高齢だった事と適格な後継者が居なかった事もあり、少帝(しょうてい)(劉弁(りゅうべん))の勅書(ちょくしょ)が届けられると徐州を快く桃香に譲った男性である。

 陶謙は善政を行っていた為に民に慕われており、今も尚その引退を惜しむ声は多い。

 その為、桃香は陶謙以上の政治をしなければならないという重圧がのしかかっている。

 そんな桃香の負担を減らすべく、涼や愛紗(あいしゃ)雪里(しぇり)達は皆力を合わせて頑張っているのだ。

 その甲斐あってか、徐州に来てから未だ約二週間だが、少しずつ民達の信頼を得てきている。

 

「ただいま。」

 

 噂をすれば影とやらで、涼が桃香達の居る執務室に戻ってきた。

 

「涼義兄さん、お帰りなさい。陶謙さんからの引き継ぎは終わったの?」

「ああ。雪里、一応確認はしたけど念の為見ておいてくれないか。」

「解りました、では早速取り掛かります。」

 

 涼から引き継ぎに関する書簡を受け取った雪里は、涼と桃香に一礼してから執務室を後にした。

 

「お疲れ様、今お茶淹れるね。」

「有難う、桃香。」

 

 そう言って桃香は茶棚から茶器を取り出し、火鉢の上に置いていた薬缶のお湯を湯飲みに注いだ。

 二人はそのお茶を飲みながら話し出した。

 

「ふう〜最近仕事が山積みで肩が凝ってキツいから、こうして休憩しながらお茶を飲んでると、心がすっごく落ち着くんだよねえ。」

「桃香の肩が凝ってるのは、別の理由も有るんじゃないか?」

「……涼義兄さんのスケベ。」

 

 次の瞬間、二人は殆ど同時に笑い出した。

 仕事続きで緊張しまくっている桃香に、こんなフランクな物言いが出来るのは、桃香の義兄(あに)であり州牧補佐の任に就いている涼だからこそだろう。

 まあ、余りやり過ぎるとセクハラになるが、この世界にそんな概念が有るかは涼も知らない。

 

「それで、陶謙さんは何て仰ってたの?」

「自分も出来る事が有ったら力になるので、遠慮無く言って下さい、だってさ。」

「そっかあ。実際、まだまだ陶謙さんにも助けて貰わないといけないし、そう言って貰うと助かるよね。」

 

 桃香は飲み干した湯飲みを台に置きながらそう言った。

 陶謙は実質的に引退したものの、前述の通り影響力は大きい。

 そこで、自分達で徐州を治めきる迄は陶謙の助力を得る事にした。

 本当なら最初から自分達でやるべきだが、如何せん涼達には未だ人材が足りていない為、余り勝手な事は出来ないでいる。

 

「それで、これからの方針としては、人材確保が急務……なんだよね?」

「ああ。武将としては愛紗達が、軍師としては雪里達が居るけど、まだまだ足りない。義勇軍のままならまだしも、徐州軍としてだと今の人数じゃ話にならないかな。」

「そうなんだよねえ……私達、正式な軍隊なんだよねえ……。」

 

 桃香が徐州の州牧になった為、桃香についてきた旧義勇軍はそのまま徐州軍に編入された。

 その結果、元々居た徐州軍と合わせて兵数は五万を超えたが、元々から将や軍師の数は少なく、また質も余り高くなかったらしく、陶謙の意向もあって徐州軍の編成は旧義勇軍を中心に行われた。

 なので、現在の徐州軍は旧義勇軍の時と同じく筆頭武将を愛紗が、筆頭軍師を雪里が務めている。

 

「少しは良い人材が居るかと思ったんだけどな。」

「愛紗ちゃんも雪里ちゃんも、余り良い顔はしてなかったもんねー。」

「ああ。さて、どうやって人材を集めるかな……。」

 

 涼はそう呟きながら残ったお茶を飲み干す。

 残っていた茶渋も口に入ったので、思わず苦い表情になったが、それは図らずも現在の心境とリンクしていた。

 州牧補佐である涼にとっても、問題解決は急務なのだ。

 数分後、休憩を終えた涼は桃香に労いの言葉を掛けてから執務室を出ると、その足で人材確保について相談する為、雪里達が居る軍師室に向かった。

 

(まあ、そんな良策が有るならとっくにやってるだろうけどね。)

 

 そう考えながら涼は軍師室の扉を開く。

 中では雪里と(しずく)、二人の軍師が、先程涼から受け取った書簡の確認をしていた。

 

「あっ、清宮様。」

「どうかなさいましたか? 陶謙殿の書簡についてなら、只今確認中ですが……。」

「いや、その事じゃないんだ。その……人材について、ね。」

「ああ……成程。」

 

 雪里は涼のその言葉だけで意味を理解したらしく、読んでいた書簡を置いて涼の話を聞く事にした。

 

「結論から言えば、人材確保の為の有効な手段と言うのは有りません。」

「いきなり落胆する事を言うね。」

「事実ですから仕方有りません。」

 

 話の始めからそう言われて、涼は苦笑するしかなかった。

 

「勿論、出来る限りの事は全てやっています。ですが、善政をしていた陶謙殿の許(もと)にさえ余り良い人材が居なかった事を考えると、楽観視は出来ないと思います。」

(だよなあ……。“本当なら居る筈の人材”も何故か居なかったし……。)

 

 涼が知っている三国志の通りなら、この徐州に数人は良い人材が居る筈だ。

 只、そもそもここは涼が知っている世界とは違うので、居るべき人材が居ないのも納得出来なくははない。

 ひょっとしたら、何れ見つかるかも知れないが。

 

(そもそも、本来なら劉備が徐州に来るのは反董卓連合(はん・とうたく・れんごう)の後だしな……。まあ、この世界の董卓……(ゆえ)が悪い事をする訳無いし、この流れは正しいんだろうな。)

 

 そう考えながら、涼は雪里と共に人材確保の為の良策が無いか話し合った。

 勿論そう簡単に見付かる訳は無く、気付けば数刻の時間が過ぎ去っていた。

 

「あ、いつの間にかこんな時間か。」

 

 涼は左手首に付けている腕時計を見ながら呟く。

 この世界に正しい時間を計る時計は無く、この腕時計に今表示されている時刻も元の世界のものだが、時間経過は判るので意外と重宝している。

 因みにこの腕時計は太陽光による充電が可能なので、電気が無いこの世界でも電池切れを起こす事は無い。(つい)でに言うと完全防水なので濡れても平気だ。

 

「結局、清宮殿の世界に在る“はろーわーく”の様に求人募集をするしか手は無い様ですね。」

「だな。……それしか思い付かなくてゴメンな。」

「いえ、求人募集や職の斡旋を専門とする組織を作るという“あいであ”だけで充分ですよ。」

「そうなのか?」

「ええ。これが上手くいけば人材の確保だけでなく、“はろーわーく”に勤める者が生活の糧を得る事も出来ます。また、職にあぶれる者も減りますし、それによって治安も安定するでしょう。今迄私がしてきた人材確保の策より、一石何鳥にもなる良策ですよ。」

「そう言われると何だか照れるな。」

 

 雪里が笑みを浮かべながらそう言ったので、涼は思わず照れ笑いをする。

 そしてそのまま「ハローワーク」や元の世界について考えた。

 涼の世界の「ハローワーク」は雪里が言う程万能では無いだろうが、それなりに機能しているし、実際に治安は先進国の中ではダントツに良い。

 そうした事例を鑑みると、雪里の喜び様は間違っていないのだろう。

 

「じゃあ、“ハローワーク”については後で詳しく説明するから、施設の建築や人員については雪里と雫に任せても良い?」

「はい。」

「大丈夫です。」

 

 涼の問いに、雪里と雫は同時に頷きながら答えた。

 

「ですが、天界の名前のままでは私達は兎も角、民に解り難いでしょう。何か別の名前を付けなくては。」

「それもそうだな。この国には横文字が無い訳だし。」

「横文字……?」

 

 横文字という聞き慣れない言葉に二人はキョトンとした。

 だが、横文字が所謂天界の言葉だと説明されると、納得した表情になった。

 

「では清宮殿、“はろーわーく”の此処での名前は何にします?」

「そんな事を急に言われても、良い名前が思い付かないよ。」

「それもそうですね。……雫、貴女は何か思いついたかしら?」

「いえ、私も何も……只……。」

 

 話を振られた雫は申し訳なさそうに俯きながら答えたが、その口からは未だ続きが有る様だ。

 

「只……何かしら?」

「変に奇異を(てら)った名前にするより、先例に(なら)った名前にした方が却って良いと思うのです。」

「それもそうね。なら……“招賢館(しょうけんかん)”と言う名前はどうでしょうか?」

「“招賢館”……何だか聞いた事が有る名前だな。」

「清宮殿は“楚漢戦争(そかん・せんそう)”についての知識もお持ちでしたね。でしたら当然知っておいでの筈です。」

「“楚漢戦争”……ああ、“韓信(かんしん)”のあれか。」

 

 「楚漢戦争」と言われて、涼は(ようや)く思い出した。

 楚漢戦争、つまり漢王朝成立前の統一戦争で漢軍の大元帥として活躍したのが「韓信」だった。

 韓信は元は漢の敵国である楚の一軍人だったが、楚の覇王項羽はその才を正当に評価せず、更には楚の軍師・范増(はんぞう)によって殺されようとしていた。

 そこで韓信は楚の都尉(とい)である陳平(ちんぺい)や漢の軍師である張良(ちょうりょう)の助けを借りて一足早く楚を離れ、漢が当時統治していた(しょく)へと亡命する。

 その地で「招賢館」という才有る人物を求める施設を見つけた韓信は、張良から渡されていた割符(わりふ)を見せて簡単に重職に就く事を一時止め、自らの手で才を認めて貰う事にした。

 

「……そして、招賢館の責任者である夏侯嬰(かこう・えい)が口に出した書の文を一字一句間違えずに答えて夏侯嬰を驚かせ、翌日会った丞相(じょうしょう)蕭何(しょうか)をも感服させた。……で、良いんだよね?」

「はい。その後、漢の大元帥となった韓信は楚軍を(ことごと)く打ち破り、漢王朝成立の立役者となったのです。」

 

 だがその後、韓信はその戦功を認められながらも良い晩年を送れなかったらしい。

 なお、上記の事は一部を除いて創作である。

 

「雪里は韓信の様な逸材が来る事を願って、招賢館と名付けたいのか?」

「韓信の様な逸材中の逸材はそう現れないでしょうが、験を担ぐ意味ではその通りですね。」

「ですがその名前だと、求人は兎も角、職の斡旋もする施設とは思われないのではないですか?」

「それは、施設の入り口前に説明文を書いた立て札を立てる事で解決出来るわ。」

「成程。」

「じゃあ、決まりかな?」

 

 涼が確認を込めてそう言うと、雪里と雫は頷いて答えた。

 それからの二人の行動は素早かった。

 徐州軍の武器・資材調達兼土木官となっていた(よう)(けい)に命じ、「はろーわーく」こと「招賢館」の建築を始めさせる。

 勿論、施設が直ぐに出来上がる訳では無いので、暫くは今迄通りのやり方で人材を探していった。

 そして約一ヶ月後、遂に招賢館が完成した。

 木造二階建てのこの施設は、大まかに言うと一階が一般的な仕事を斡旋する場所、二階が軍の求人募集の場所になっている。

 一階には、涼が居た世界の様にパソコンで仕事を検索する等は出来ない為、街のあちこちで募集している仕事の内容を纏めて書いた竹簡を台の上に並べている。

 勿論、専門の人間を待機させて相談を受けたりアドバイスをしたりもしている。

 二階は基本的に複数の担当者を待機させて、希望者が来た場合は直ぐに面接を行っていく。

 そうして良い人材が見付かれば登用し、もし不合格だった場合には、一階で他の仕事を見つける様に促した。

 そうして、更に一ヶ月が過ぎていった。


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