真・恋姫†無双 ~天命之外史~   作:夢月葵

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第八章 十常侍の暗躍・6

 袁術達がそんな状態の頃、涼と華琳の二人は必死に馬を走らせ、抜け道を駆けていた。

 抜け道は、上下左右が石畳や石壁になっており、長い間使われていなかったからか、空気は湿っていた。

 只、壁に付けてある松明には火が灯っており、暗い抜け道を朧気に照らしていた。

 逃げている十常侍達に火を灯す暇があったのか疑問だが、どうやら松明の一つに火を点けると全ての松明に火が点く仕掛けになっている様だ。

 もっとも、涼達がそれを知るのは暫く後の事になるのだが。

 

「……あれだっ!」

「思ったより離れていなかったわね。きっと、翡翠様達が足止めしてくれたお陰ね。」

 

 前方を行く馬車と護衛の騎馬兵達の姿を確認し、涼と華琳は馬の速度を更に速める。

 馬車は馬に車を引かせる乗り物だから、馬に直接乗っている涼達と比べたら明らかに速度が落ちる。

 その分、二頭で一台の馬車を引いているが、それでも複数の人間が乗っている分どうしても遅くなってしまうのだ。

 そんな中、護衛の騎馬兵達がこぞって反転し、涼達に向かって突進してきた。

 

「……! こっちに来るぞ!?」

「どうやら足止めと始末に来た様ね。気をつけなさい、涼!」

「お前もな、華琳!」

 

 二人はそう言いながら、自身の武器を構える。

 それから暫くの間、辺りに金属音が響き渡った。

 実力で勝る涼達によって、敵兵は次々と倒されていく。

 それでも涼達の表情は曇っていた。

 

「ちぃ……っ! 未だ居るのかよ‼」

「本当に兵の数だけは多いわね……。」

 

 共に馬上で武器を構え、目の前の敵と対峙する涼と華琳。

 その二人の周りには、物言わぬ敵兵達が無造作に転がっている。その数は十や二十では足りない。

 だが、目の前に迫ってくる敵兵はそれよりも多かった。

 

「でええいっ‼」

 

 それでも涼は剣を振るって敵に向かい、

 

「はああっ‼」

 

華琳は鎌を振るって敵に立ち向かう。

 敵の返り血で顔や服が汚れても気にせず、只敵を倒し続けた。

 だが、数的不利の状況では疲労が溜まっていき、段々と動きが鈍くなっていく。

 

「くっ……! 華琳、一端下がるぞっ! このままじゃやられちまうっ‼」

「馬鹿を言わないで! ここで退いたら私達は逆賊に仕立て上げられるのよ‼」

 

 涼の提案を一蹴しながら武器を振り続ける華琳だが、その額からは汗が流れ落ち、呼吸も乱れている。

 それは涼も同じで、流れる汗は拭っても拭っても乾く事は無い。

 

「そんな事は解ってる! けど、死んだら何にもならないだろ‼」

「ならば貴方一人で逃げなさい! 私は、敵に後ろを見せるくらいなら誇り有る死を選ぶわ‼」

 

 敵兵を斬りながら華琳はそう言い切った。

 涼はそんな華琳の決意を聞きながら、複雑な表情を浮かべる。

 確かに、惨めに生きるより志に殉じる方が良いという考え方もあるだろう。例えば、日本も武士や侍が居た時代は、まさにそんな考え方が普通だった。

 だが、涼は武士や侍が居た時代の人間ではなく、平和な、そして自由な時代の人間だ。

 だから、華琳の意志を理解する事は出来ても、同意する事は出来ない。

 

「……きゃっ!」

 

 そう思いながら敵を倒していた涼に、華琳の悲鳴が聞こえてきた。

 見ると、華琳は落馬している。

 彼女が乗っていた馬は顔や首に矢を受けており、よろめきながらゆっくりと倒れた。

 どうやら、馬が矢を受けた事で暴れた為にバランスを崩し、落馬してしまった様だ。

 だが、流石は華琳と言うべきか、落馬による負傷はしていない。

 もっとも、確実に着地する為に武器を手放してしまったらしく、今の華琳は丸腰だった。

 そんな状態の華琳を、敵兵が見逃す筈も無かった。

 敵兵の刃が華琳に迫る。

 着地したばかりな上に丸腰の華琳には、防ぐ事も避ける事も出来ない。

 迫り来る死に、華琳は思わず目を閉じた。

 

(ここ迄、か……無様ね……。)

 

 華琳は自嘲しながら死を受け入れようとする。

 

(…………?)

 

 だが、彼女がいつ迄待っても死は訪れない。

 代わりに聞こえてくるのは、剣と剣がぶつかる音と敵兵達の断末魔。

 華琳は恐る恐る目を開ける。

 そこには、馬上で剣を振るって敵兵を薙ぎ倒す涼の姿が在った。

 

「……じゃないか。」

「え……?」

 

 涼が不意に呟いた言葉を聞き取れず、華琳は聞き返す。

 すると涼は、一瞬だけ華琳を見てから迫り来る敵兵を斬り倒しながら答える。

 

「誇り有る死を選ぶとか言っても、本当は死にたく無いんじゃないか?」

「そんな事は……!」

「なら、何で今お前は目を閉じていたんだよ? 死ぬのが嫌だから、直視出来なかったんじゃないか?」

「……っ!」

 

 涼は敵兵を倒しながら、後ろに居る華琳に対して段々と語気を強めながら訊ねる。

 そんな涼に華琳は何も言い返せず、只目を逸らす事しか出来なかった。

 その時、華琳の遥か後方から、複数の馬が走ってくる音が聞こえてきた。

 

「後ろから!? 一体誰が……っ!?」

「少しは落ち着けよ、華琳。」

 

 指摘されて動揺しているのか、華琳は振り返りながら慌てて武器を拾う。

 そんな華琳に苦笑しながら、涼は冷静に言った。

 

「後ろから来るって事は……味方って事さ。」

 

 笑みを浮かべながらそう言うと、それを証明するかの様に声が届く。

 

「義兄上、御無事ですか!?」

「桃香が悲しむから、死んでても死ぬな‼」

「華琳様ーーーっ‼」

 

 声の主である愛紗、時雨、春蘭の三人がそれぞれ馬に乗って駆けながら二人に近付いてくる。

 そしてそのまま、涼と華琳に襲いかかっている敵兵達に向かって叫んだ。

 

「我が義兄にして我が主に刃を向けるとは言語道断! 我が青龍偃月刀で、その罪ごと叩き斬ってくれようぞ‼」

「コイツに何かあったら桃香が悲しむんだ。だから、間接的とは言え桃香を悲しませようとしたお前達は、俺がぶっ倒してやるぜ‼」

「華琳様の敵は全てこの私、夏侯元譲(かこう・げんじょう)が地獄に叩き落としてくれるわ! 貴様等全員、そこになおれいっ‼」

 

 愛紗達の叫びが抜け道中に響き渡り、敵兵達を萎縮させていく。

 たった三人の増援だが、敵兵達の勢いを削ぐには充分だった。

 結果的には、勢いを削ぐどころか殆ど全滅させていた。

 

「華琳様、御無事ですか!?」

「ええ、涼のお陰で命拾いしたわ。」

 

 そんな彼女達は今、短い休息を兼ねて互いの無事を確認している。

 

「そうでしたか……。清宮、よく華琳様を助けてくれた。礼を言わせてくれ。」

「そんな、大した事じゃないよ。仲間を助けるのは当然だしさ。」

「だが、当然の事が出来ない者も居るのにそれを出来るのは、充分に大した事だと思うぞ。」

 

 春蘭が真面目な顔でそう言ったので、涼は素直にその礼を受けた。

 

「義兄上、そろそろ追撃を再開しないと逃げられます。」

 

 会話が一通り終わると、愛紗が急かす様に言ってきた。

 実際、皇子達と共に逃げた十常侍の馬車が視界から消えて久しい。

 急がなければ逃げられてしまうのは明白だった。

 

「関羽の言う通りね。涼、貴方は関羽、田豫(でんよ)と共に先に行って頂戴。」

「それは構わないけど……華琳達はどうするんだ?」

「私も行きたいけど……。」

 

 涼が尋ねると、華琳は表情を曇らせながら右足首を見せた。

 見ると、右足首は真っ赤に腫れ上がっていた。

 

「着地の際に挫いていた様ね……。今頃になって痛んできたわ。」

 

 華琳はそう言うと、腫れている右足首を優しく撫でた。

 因みに春蘭はそんな華琳を心配してオロオロしている。

 

「……解った。俺達は先に行くよ。」

「頼むわ。私も手当てをして動ける様なら直ぐに追いつくから。」

「ああ。けど、無理をするのは良くないぞ。」

「心配してくれるのなら、無理しないといけない状況にはしないでほしいわね。」

「そうするよ。……それじゃ、愛紗、時雨、行くよ!」

「「はっ‼」」

 

 笑顔で華琳に応えた涼は、瞬時に表情を引き締めて騎乗すると、愛紗と時雨――田豫を引き連れて駆け出していった。

 華琳と春蘭は、そんな涼達の姿が見えなくなる迄見送った。

 

「……大丈夫ですか?」

 

 暫くして、春蘭が心配そうな表情で尋ねた。

 

「ええ、痛むけど何とか歩く事は出来るわ。」

「いえ、勿論足の具合も心配ですが、今のはそちらではなく……。」

「?」

 

 華琳は春蘭が何を言いたいのか解らず、キョトンとした表情でその顔を見返す。

 

「……清宮達に手柄を譲らなければならなくなった事です。」

「ああ……。」

 

 華琳は春蘭が言いたい事を漸く理解した。

 ここで手柄を立てると立てないでは、大きく意味が違うからだ。

 

「もし華琳様が残りの十常侍を倒し、二人の皇子を助けだしたなら、今回集まった諸侯の中で一番の評価を受けていた筈です。」

「そうね……それについては確かに残念だわ。……でもね。」

 

 春蘭の言葉を肯定しつつも、華琳の声や表情は毅然としており、足を痛めているのに立ち居振る舞いも崩れていない。

 

「これはたかが一度の好機を逃しただけ。未だ私の……私達の名を上げる機会は何れ必ず来るわ。」

「華琳様……。」

 

 華琳は涼達が進んだ暗闇の先を見据えながらそう言い、春蘭はそんな華琳をウットリとした目で見ている。

 

「それにしても……まさか春蘭に指摘されるとは思わなかったわ。」

「わ、私だって曹軍の武将ですから、それくらいは出来ますっ。」

「フフ……解ってるわよ、春蘭。」

 

 妖しい笑みを浮かべながら、華琳は春蘭の頬を撫でる。

 その結果、既に紅潮していた春蘭の頬は、更に赤味を増した。

 

「……そう言えば、私が乗ってきた馬は死んでしまったのよね。春蘭が乗ってきた馬に乗せてくれるかしら?」

「も、勿論です華琳様!」

 

 その後、華琳は春蘭が乗ってきた馬に乗せてもらい、来た道を戻っていった。


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