真・恋姫†無双 ~天命之外史~   作:夢月葵

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第八章 十常侍の暗躍・5

 袁紹の部下である二人を見た華琳は余り良い顔をしなかったが、涼が二人の許へと歩を進めた為に仕方無くついていった。

 涼と華琳もそうだが、猪々子と斗詩の二人もまた衣服に血が付いていた。

 だがそれは怪我をしたからではなく、敵兵の返り血を浴びたからである。

 

「猪々子、斗詩、こんな所で突っ立ってて何してんだ?」

 

 涼がそう訊ねると、猪々子は先程とは対照的な表情になり、いつの間にか斗詩も真剣な表情になっていた。

 

「それが……。」

「見つからないんです。」

「見つからないって、十常侍が?」

 

 涼がそう言うと、斗詩は「それもありますが……。」と答え、暫く俯いてから話を続けた。

 

「何太后とその御子息であらせられる弁皇子(べん・おうじ)、そして亡き王美人(おう・びじん)の遺児であらせられる協皇子(きょう・おうじ)。この御三方の御姿が見えないんです。」

「……それ、本当なの?」

 

 涼達の会話を静かに聞いていた華琳が、驚いた表情のまま斗詩に訊ねる。

 その問いに斗詩はコクンと頷いて答えると、真剣な表情のまま二人に向かい、話を続けた。

 

「猪々子が十常侍を討ちに行っている間、私は御三方を捜していたのですが、宮中のどこにもいらっしゃらないんですよ。」

「宮中の全てを調べたの?」

「流石に全部って訳じゃないですけど……(あらかじ)め麗羽様から聞いていた場所は、全て調べました。」

 

 司隷校尉(しれい・こうい)という役職に就いている袁紹は、それなりに宮中の事に詳しい。

 因みに司隷校尉とは、元々は皇帝の親族を含めた朝廷内の大臣を監察する役職の事であり、現在ではそれに加えて帝都(現在は洛陽を指す)周辺の守備及び行政を担当する様になっている。

 

「麗羽が伝え忘れている場所が在ったりしないわよね?」

「無い……と思いますけど……多分。」

 

 華琳の質問に苦笑しながら答える斗詩。

 涼は「多分じゃダメだろう」とツッコミたい気持ちを抑えながら、斗詩に提案する。

 

「なら、袁紹本人に訊くのが良いと思うけど? ……袁紹は未だ正門前に?」

「麗羽様なら……。」

「私がどうかしまして?」

 

 涼の問いに斗詩が答えようとすると、涼達の後ろから袁紹の声が聞こえてきた。

 驚いて振り返ると、そこには兵士達を引き連れた袁紹の姿があった。

 よく見ると、近くには寡黙そうな雰囲気を漂わせる長身の少女を伴った袁術の姿も見える。

 

「……二人共、何故ここに?」

 

 正門前に留まっていた筈の二人を見ながら涼は訊ねた。

 

「そんなの決まってますわ。顔良さんからの伝令が、火急の用が出来たので直ぐに来て下さいと伝えてきたので、部下想いの私が飛んできましたのよ。おーーほっほっほっ!」

「妾は七乃達が心配なので来たのじゃ!」

 

 自慢げに高笑いをする袁紹と、訊かれる前に明るく答える袁術に、涼は軽い頭痛を覚えていた。

 因みに、隣に居る華琳も同様に頭を押さえている。

 

「ま、まあ……来てくれたのは助かるよ。……斗詩、あとお願い。」

「あはは……お疲れ様です。」

 

 涼は匙を投げて斗詩に託す。

 斗詩もまた苦笑していたので悪いとは思ったが、慣れない自分が対応するよりは、いつも側に居る斗詩の方がスムーズに話が進むと思っていたのも事実である。

 そしてその期待通りに、斗詩は袁紹に事の次第を説明し、袁紹の協力を得る事に難無く成功する。

 

「宮中には、万が一に備えての抜け道が在りますわ。全ての出入り口に兵士を配置しているのに発見報告が無いのでしたら、十常侍達は何太后達を連れてそこを通ったに違いありませんわね。」

 

 というのが、斗詩の説明を受けた袁紹の言葉だった。

 先程高笑いをしていた人物とは思えない程、今は真剣な表情になっている。

 

(そんな顔が出来るなら、最初っからやれば良いのに……。)

 

 涼は袁紹を見ながらそう思った。

 因みに袁術はよく解っていないのか、長身の少女が事細かに説明しているのを黙って聞いていた。

 

「けど、何太后達を連れて逃げるとなれば馬車が必要でしょう? その抜け道はそんなに広いの?」

「帝や皇族の為の抜け道ですもの、馬車が通れるくらい大きいのは当然ですわ。」

 

 華琳の疑問に袁紹がふんぞり返って答える。「何故お前が威張る?」と言うツッコミをしたくなった涼だが、何とか我慢して話の先を促した。

 

「なら、急いだ方が良いんじゃないか?」

「そうね。……麗羽、その抜け道は何処に在って何処に通じているの?」

「抜け道の入り口は裏庭の一角に在って、洛陽の外……確か北西の山中に通じていた筈ですわ。」

 

 華琳の再びの質問に、袁紹は記憶を探りながら答えた。

 この時代に馬車で通り抜けられる程の大規模な抜け道が在る事に、涼は内心驚いている。

 

(けどまあ、ここは俺が居た世界とは違う世界だし、元の世界と同じ様に考えるのは間違ってるのかもな。)

 

 そう結論付けた涼は伝令に馬を連れてくる様に命じ、追跡開始迄暫く休む事にした。

 数分後、伝令を受けた雪里が涼達の馬を連れてやってきた。

 涼は雪里から馬を受け取ると直ぐに騎乗し、華琳達も残りの馬に跨っていった。

 

「有難う、助かるよ。」

「いえ。それよりも早く追撃に向かって下さい。宮中の探索は私が引き継ぎます。」

「なら、秋蘭を置いておくから好きに使ってちょうだい。」

 

 雪里が馬上の涼と話していると、やはり馬上の華琳が雪里にそう提案する。

 驚いた雪里は暫く考えてから尋ねる。

 

「……良いのですか、曹操殿?」

「ええ。貴女の実力は知っているけど、優秀な人材が居なければその才を十二分に発揮出来ないでしょう?」

「……解りました。では、序でに荀彧殿もお借りして宜しいでしょうか?」

「勿論構わないわ。私の右腕であるあの子を驚かせるくらいに、その実力を発揮してちょうだい。」

「解りました。」

 

 雪里はそう言うと華琳に向かって平伏して正門へと戻ろうとし、華琳は伝令に今決まった事を秋蘭と桂花に伝える様指示を出した。

 これで何太后達と十常侍達の探索に移れる、と、誰もが思っていた。

 

「なら、芽依(めい)も一緒に連れて行くと良いのじゃ!」

 

 袁術が脳天気な声でそう言う迄は。

 

「……えっと……誰を連れて行けと仰ったのでしょうか、袁術殿?」

 

 雪里は小さく溜息をついてから振り返り、出来るだけ笑顔で袁術に訊ねた。

 

「じゃから芽依を連れて行けと言っておるじゃろ?」

「あの……真名で言われても私には誰の事か解らないのですが。」

「おお、それもそうじゃな。では芽依、自己紹介をせい。」

「はい……。」

 

 袁術に促されて、芽依と呼ばれた長身の少女がゆっくりと前に出る。

 その後、雪里にだけ聞こえる声量で「済みません。」と言ってから、少女は自己紹介を始めた。

 

「私が“芽依”こと橋蕤(きょうずい)、字は士保(しほう)です。袁術軍では張勲と共に袁術様の補佐をしています。」

「……御丁寧にどうも。私は徐庶、字は元直(げんちょく)。劉備・清宮軍で軍師を務めています。」

 

 長身の少女――橋蕤が自己紹介をしたので、雪里も簡単に自己紹介をした。

 その際に雪里が橋蕤の顔を見てみると、何だか申し訳無さそうな表情をしていた。

 自身より遥かに背が高いのに、全く威圧感が無いなと雪里は思った。

 

(……唯一迫力が有るのは胸だけですか。)

 

 表情には覇気が無く、体格は細身だが、胸は存在感を示すかの様に高くそびえていた。

 

(桃香様より少し小さいけど……これは。)

 

 雪里は目の前の少女と自身の胸を見比べ、色々と思う。

 因みに、橋蕤の外見を更に詳しく言うと、紅く長い髪は膝迄伸びており、左耳には蒼いピアス。

 眼の色は茶色で、少し伏せ眼がち。

 ちゃんと運動しているのか疑問に思う程、肌は白く、腕も足も腰も細い。

 服装は肌の色と対照的な黒一色のツーピース。スカートの下にはやはり黒のガーターベルトとニーソックス。靴は張勲と同じ白いブーツを履いていた。

 左腰にはやはり張勲と同じデザインの剣を下げているが、少し長い様だ。

 

(武器を持っているという事は武官なんでしょうか? ……全然武官っぽく見えませんが。)

 

 観察を終えた雪里は、橋蕤についての感想を心の中でそう述べた。

 その後、袁術に「芽依は役にたつぞよ。」と太鼓判を押された橋蕤を連れながら、雪里は正門へ戻っていった。

 

「……じゃあ、そろそろ行こうか。」

 

 雪里達が戻っていくのを確認しながら、涼は誰に向けるでもなくそう言った。

 溜息をつきながら華琳達がそれに同意し、馬を進める。

 いつの間にか、宮中は静かになっている。

 一部を除き、それに気付いた者は皆、再び溜息をついた。

 左右に斗詩と猪々子を連れた袁紹が先頭を進む。この中で抜け道を知っているのは袁紹だけなので、当然ではあるが。

 だが、斗詩を除いた袁紹達や袁術達以外は、半ば諦めた表情になっていた。

 

「時間がかかり過ぎたな……。」

「そうね……馬を連れてくるのにかかった時間は兎も角、その後の橋蕤の件は要らなかったわ。」

 

 袁紹達の後方を走る涼がそう呟くと、併走している華琳も同意する。

 その後ろでは、袁術を前に乗せた張勲が馬を走らせている。何だか御機嫌そうである。

 

「ほん……っと、袁家の人間は碌な事しないわね。」

「アハハ……まあ、今更言っても仕方無いよ。今は兎に角急ごう。」

「……そうね。」

 

 華琳はそう言うと、馬の速度を速めようとして手綱を握り直した。

 その時、進行方向の物陰から武器と武器がぶつかり合う金属音と、それに伴う戦士達の咆哮が聞こえてきた。

 

「この声は……愛紗達!?」

「春蘭の声もするわ!」

 

 仲間の声を聞いた涼と華琳は、直ぐ様馬を走らせ、前を行く袁紹達を追い抜いていく。

 そのままの勢いで角を曲がると、そこには十常侍の兵達と戦っている時雨、翡翠、春蘭、そして愛紗の姿があった。

 涼達が着いた場所は広くて緑が多い庭で、愛紗達の兵士と十常侍達の兵士が入り乱れて戦っていた。

 時雨は四方から斬りかかってきた敵兵を大剣の一振りで薙ぎ倒し、春蘭もまた、片刃の大剣を振り下ろして周りに居る敵兵を次々と一刀両断にしている。

 愛紗は愛紗で、自身の身長を超える長さの偃月刀を片手で軽々と扱いながら右へ左へと動き回り、次々と敵兵を斬り捨てていった。

 

「皆、大丈夫か!?」

 

 聞かなくても解るが、涼はそう言いながら馬を進め、敵兵を斬り倒す。

 

「あ、義兄上!?」

「遅いぞ! ……って、何故曹操が一緒に居るんだ!?」

「何、華琳様だと!? 華琳様、ここは危険ですからお下がり下さい‼」

 

 涼達に気付いた愛紗達は、皆一様に驚きながらも、目の前や周りに居る敵兵を確実に倒していく。

 

「気遣いは無用よ春蘭。これしきの相手を倒せなくて、曹家を継ぐ者と言えようか!」

(……さっき苦戦してたのはどこのどいつだよ?)

 

 春蘭にそう言いながら敵兵を斬り倒す華琳に、涼は心の中で突っ込んだ。

 わざわざ言う事では無かったから口に出さなかったのだが、本当に言ったら華琳に斬られそうな気がしていたというのも理由ではある。

 その証拠に、殺意がこもった華琳の視線が涼の背中に突き刺さっている。

 更に、今は春蘭も居るのだから、下手したら大怪我じゃ済まないかも知れない。

 十常侍を倒すのが先決なのに、味方同士で争う訳にはいかないので、涼の判断は正しいだろう。

 

「覚悟っ!」

 

 そう思っていると、進行方向奥から翡翠の声が聞こえてきた。いつもの穏和な声とは違う、どこか凄みのある声だが、間違いなく翡翠の声だった。

 涼が目を向けると、そこには大きな斧を振り上げた翡翠の姿がある。

 

「ひいっ!」

 

 悲鳴をあげたのは十常侍だった。あれから大分時間が経っているのに、未だ宮中に残っていた事に涼は驚いている。

 だがそれ以上に、あの翡翠が自身の上半身と同じ大きさの刃を持つ斧を軽々と扱っている事に、一番驚いた。

 

ズシャッ。

 

 その斧で十常侍の首が斬り落とされる。肉が切り裂かれる音が聞こえた。首の骨が砕ける音が聞こえなかったのは、首の関節を綺麗に斬ったからか、斧が地面に着いた時の衝撃音が打ち消したからだろうか。

 いずれにしても、十常侍の一人はたった今討ち取られた。

 

「十常侍の一人、張恭(ちょうきょう)は盧植軍の大将である私、盧植が討ち取りましたわ!」

 

 翡翠は斬った十常侍の首を掴んで近くに居た部下に渡すと、涼達に向かって叫んだ。

 

「清宮様、華琳さん、残りの十常侍は二人の皇子と共に、この先の抜け道を通って行きました! ここは私達に任せて、急いで追い掛けて下さい‼」

「解りました! 行くよ、華琳‼」

「ええ‼」

 

 そう言って涼と華琳は共に馬を走らせ、翡翠の前方に在る抜け道と思われる地下道へと向かって行った。

 

「ちょっと、清宮さんに華琳さん! ここ迄案内した私達を置いていくなんて許しませんわよ! 顔良さん、文醜さん、私達も行きますわよ‼」

「あ、麗羽さん達はここに残ってくれませんか?」

「えっ!? な、何故ですの、翡翠様!?」

 

 涼達を追いかけようとして馬の手綱を握り直した袁紹だったが、翡翠の思い掛けない要請に戸惑い、危うく落馬しそうになった。

 

「麗羽さんは司隷校尉という役職に就いていますよね? ですから、ここに残って私と共に今回の事後処理を手伝って下さい。」

「で、ですが、黄巾党の乱で北中郎将(ほく・ちゅうろうじょう)として活躍し、現在は尚書(しょうしょ)という役職にある翡翠様なら、私が手伝わなくとも……。」

「けど、今は少しでも人手が欲しいんですよ。……駄目でしょうか?」

 

 翡翠は温かい笑顔を袁紹に向けながら頼み込む。

 数多く居る官軍の将の中でも、実績・名声共に抜きん出ている盧植――翡翠に懇願されて、断れる者はそう居ない。

 「翡翠」という盧植の真名を呼ぶ事を許されている袁紹なら、尚更断れないだろう。

 更に翡翠は、切り札というべき言葉を投げ掛ける。

 

「それに、先程保護した何太后は帝に続いて姉を失った事で憔悴しておられます。そんな何太后を元気付けてあげられるのは、何進大将軍の友人であった麗羽さんだけなんです。」

「何太后は御無事なんですの!? ……解りました、ならば私、袁本初は盧植将軍の要請を受けさせて貰いますわ。」

「頼りにしてますよ、袁紹殿。」

 

 翡翠がそう言うと、袁紹は下馬して翡翠に対して恭しく平伏し、斗詩と猪々子もそれに倣った。

 それから、翡翠の指揮の下、盧植軍と袁紹軍の兵士達は共闘して十常侍の兵士達を倒した。

 また、その間に袁紹達が乗ってきた馬は愛紗、時雨、春蘭が乗る事になり、三人は直ぐ様涼達の後を追い掛けて行った。

 因みに、袁術は敵味方の死体を沢山見た為に卒倒し、張勲によって宮中へと戻されていた。

 彼女達は一体何をしに来ていたんだろうか。


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