真・恋姫†無双 ~天命之外史~   作:夢月葵

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第八章 十常侍の暗躍・4

 涼達が突撃して半刻後、宮中は怒号と悲鳴がそこかしこから聞こえていた。

 

「十常侍の一人である孫璋(そんしょう)は、曹操軍の武将であるこの夏侯惇が討ち取ったぞ!」

「十常侍の畢嵐(ひつらん)は、孫堅軍の副将である私、孫伯符(そん・はくふ)が討ち取った!」

「十常侍の段珪(だんけい)は、袁紹軍武将の文醜が討ち取ったぜ!」

「十常侍が一人である栗嵩(りつすう)、袁術軍の武将である紀霊が討ち取ったり!」

 

 それに伴うかの様に、至る所で武勲を誇る声が上がっていく。

 涼はそれ等を聞きながら敵兵を倒しつつ、呑気な声を出した。

 

「やっぱり、皆凄いね。」

「感心してる場合ですか!」

「宮中に居る部隊で十常侍を討ってないのは、うちと盧植軍くらいの様だぞ。」

 

 涼と同じ様に敵兵を倒しながら、愛紗と時雨が言った。

 

「うーん……十常侍を倒せるなら、俺は誰が討ち取っても構わないんだけど……。」

「義勇軍全体を考えると、そうもいきません。」

「だよねー。」

 

 愛紗が冷静に窘めると、涼は再認識しながら苦笑した。

 皆が十常侍を倒しているのは、世の中を正す為だけでなく、そうする事で名声を得る為でもある。

 名声が有れば志願兵や支援者が増えて楽になるが、名声が無ければ何も増える事は無い。

 その為にも、涼達自身で十常侍を討つ必要が有るのだった。

 

「どうやら、残る十常侍は後僅か。ここは別々に行動した方が良いと思うが?」

「それはそうだが……しかし、義兄上を一人にする訳には……!」

 

 時雨は剣を振って付着した血を飛ばしながら、そう提案する。

 どうやら愛紗も同意見の様だが、涼を護れなくなる事が心配らしい。

 

「俺なら大丈夫。戦ってみて解ったけど、ここの兵士達は弱い。黄巾党の奴等の方がよっぽど強かったよ。」

「それは……確かに。」

「乱を起こして日々戦っていた黄巾党の奴等と、乱の最中も都でぬくぬくと過ごしていた連中とでは、実力が違うのは当然だな。」

 

 三人の意見は一致している。

 ここ迄涼達は何人もの兵士達を斬ってきたが、その殆どが打ち合う事無く斬り捨てる事が出来た。

 ハッキリ言って、義勇軍を立ち上げて以来黄巾党と戦い続けてきた涼達にとって、宮中の兵士達は相手にならなかった。

 

「ああ。それに愛紗達に鍛えて貰ってるから、尚更そんな相手に負けないよ。だから、愛紗達は安心して他の場所に行ってくれ。」

「……解りました。でも、充分気をつけて下さいね。」

「解ってるって。……それじゃ、二人も気をつけて。」

「はい!」

「ああ!」

 

 三人はそう言ってそれぞれの兵士達を引き連れ、別々の方向に走っていった。

 それから暫くの間、涼と兵士達は敵兵を倒し続けた。

 だが、肝心の十常侍は見つけられないでいる。

 

(見付からないなあ……ひょっとして、皆が全員討ったのかな?)

 

 そう思いながら、目の前の敵兵の攻撃を避け、薙ぎ払う。

 つい数ヶ月前迄、武器すら持った事が無かった少年が、今三振りの剣を携えて人を斬っている。

 

(……ホント、人って慣れるものだなあ……。)

 

 涼は自分の適応能力に驚きながら剣を振るう。

 自分がしている事が、現代では決してしてはいけない事なのは忘れていない。それは決して忘れてはいけない事だから。

 だが、この世界ではそれをしなければ生きていけない事も解っていた。

 自分がしている事が恐ろしくなり、震え、涙を流したのは一度や二度では無い。

 その度に愛紗達に支えられて何とかやってきている。

 仲間が居る素晴らしさを感じながら、涼は剣を振るい続ける。

 そして、皆の期待に応える為に人一倍頑張っていく。

 清宮涼とは、そんな少年なのだ。

 そんな涼の視界に、見知った顔が入ってきた。

 すると、瞬時に涼の足はその人物の方に向かう。

 何故なら、その人物は一人で複数の敵を相手にしていたから。

 

「でやあああっ‼」

 

 涼は雄叫びと共に剣を振るった。

 その人物の周りに居た敵兵達は、突然の乱入者に驚き戸惑い、為す術も無く倒れていく。

 そうして敵兵を全て倒した後、涼は仲間の兵士達に指示を出しながらその人物に声をかける。

 

「大丈夫、華琳?」

「……ええ、大丈夫よ。」

 

 その人物――華琳は、左手に持っている鎌を下ろし、乱れた呼吸を整えながら応えた。

 見た所怪我はしてないらしく、涼はホッと胸をなで下ろす。

 

「……何故助けてくれたの?」

「華琳は仲間なんだし、助けるのは当然だろ?」

 

 そっぽを向いたまま尋ねる華琳に対し、涼はサラッと応えた。

 

「仲間……ね。」

「ああ。それに、前にこの洛陽で言っただろ? 何か遭ったら助けてやるって。」

「そう言えばそうね……。けど……。」

「けど?」

 

 何を言おうとしているのか解らない涼に対し、華琳は語気を強めて言った。

 

「……貴方はどうして上から目線な物言いなのかしら? 流石は天の御遣い様って事かしらね?」

「えっ? ええっ!?」

 

 思い掛けない皮肉混じりの言葉と迫力に涼は戸惑い、少し後ずさる。

 

「いや、そんなつもりは無かったんだけど……そう聞こえた?」

「ええ。“助けてやる”って、どう聞いても上から目線だと思うのだけど……?」

「確かに……。けど、他意は無かったんだよ。」

「ふーん……。」

「えっと……その……ゴメン。」

「解れば良いのよ。」

 

 華琳の迫力に圧され、結局涼は謝った。

 下手に言い訳を続けるより、謝った方が良いと判断したからだ。

 と、そこで、涼は気付いた事を訊ねる。

 

「そう言えば、華琳は何故一人で居るんだ?」

 

 本来なら、夏侯惇か夏侯淵のどちらかは必ず側に居る筈だと涼は思った。

 少なくとも、以前洛陽で会った時は殆どいつも二人が側についていた。

 

「春蘭と秋蘭は別々に行動してるわ。その方が十常侍を倒す確率が高くなるからね。」

「けど、それで華琳が危機に陥っていたら本末転倒だな。」

「う、うるさいわねっ。」

 

 華琳は顔を紅くしながら再びそっぽを向いた。自身の失策を余り認めたくないのかも知れない。

 

「まあ、俺も来たし少しは安心しろよ。」

「……やっぱり上から目線ね。」

 

 華琳はジトッとした眼をして涼を見る。

 先程の事もあるので、涼は苦笑いをしたが、今度は先程と違って追及されなかった。

 

「……まあ良いわ。十常侍配下の兵士達の数と実力を見誤って、護衛の兵士達を沢山失ってしまったのは事実だし、ここは貴方の力を借りるしか無い様ね。」

 

 どうやら、自身の失策を素直に認め、状況の打開に乗り出そうとしている様だ。

 

「じゃあ……取り敢えず、春蘭達との合流を目指しつつ十常侍を捜すってのでどうだ?」

「ええ、それで構わないわ。」

 

 涼の提案を華琳が承諾すると、涼は兵士達にもそう指示を出してから華琳と共に十常侍探索を再開した。

 それから数分後、涼達の行く先々には沢山の死体が転がっていた。

 殆どは十常侍の兵士達の死体だが、涼達、所謂「諸侯連合」の兵士達の死体も多々あった。

 

「結構苦戦してる様だな。」

「さっきも言ったけど、十常侍の事だから、兵士の数だけは多く揃えていた様ね。」

 

 華琳は表情を暗くしながらそう言った。未だ先程の事を気にしている様だ。

 

「華琳……ん?」

 

 何か声を掛けようとした涼だったが、進行方向から聞こえてきた音と声に気付き、注意をそちらに向けた。

 

「誰か戦っている様ね。」

 

 華琳もそれに気付き、同様に注意を向ける。

 音は武器と武器がぶつかり合う金属音で、声は打ち合う時の気合いが入った声だ。

 涼達の進行方向には二つの道が在る。

 一つはこのまま直進する道。もう一つは右に曲がる道。その音と声は右に曲がる道から聞こえてくる。

 

「戦っているって事は友軍が居るって事だよな。」

「そうね。どうやら春蘭達じゃないみたいだけど、流石に見過ごす訳にはいかないわね。」

 

 涼と華琳は互いに顔を見合わせて意思を確認すると、兵士達と共に右へと進んだ。

 するとそこには、偃月刀を振るいながら沢山の敵兵と戦っている一人の少女の姿があった。

 

「ん……? なんや、誰かと思うたら、曹軍と義勇軍それぞれの大将やない……かっ!」

 

 少女は後ろから来た涼達をチラリと確認しながら、偃月刀を振るって敵兵を一撃で薙ぎ倒した。

 よく見れば、少女の周りには敵兵の死体だけが山の様に転がっている。

 

「……どうやら、助太刀の必要は無さそうね。」

「そういうこっちゃ!」

 

 少女は華琳の呟きにそう答えながら、またも敵兵を一撃で仕留めた。

 敵兵は未だ十人以上残っているが、少女との実力差があり過ぎる上に士気も低い様だ。

 

(そりゃま、たった一人にこれだけやられたら士気を保っていられないよなあ……。)

 

 涼はそう思いながら床に転がっている敵兵を数える。

 簡単に数えたから正確ではないが、五十人くらいは転がっている様だ。

 最初から一人で戦っているのか、途中で味方と交代したのかは解らないが、敵兵の怯え方から察すると恐らく最初から一人で戦っているのだろう。

 そんな相手を前にして、敵兵達が平静を保てる筈は無い。

 

「う、うわああーーっ‼」

「た、助けてくれーーっ‼」

 

 そんな悲鳴と共に、十人以上残っていた兵士達は蜘蛛の子を散らす様に逃げていく。

 只一人残ったのは、矢でも受けたのか足を怪我している礼服の人物。

 

「十常侍……!」

「どうやら、敵兵がここに居たのはあの動けない十常侍を護っていた様ね。でも……。」

「その護衛ももう居ない。」

 

 戦う事も、逃げる事もままならない十常侍に、涼は少しだけ同情した。

 その十常侍に、少女はゆっくりと歩み寄る。

 右手には偃月刀がしっかりと握られ、その刃先からは血が滴り落ちていた。

 

「やあっと捕まえたで……覚悟せい、高望(こうぼう)!」

「ま、待てっ! 話せば解る……!」

「問答無用やっ‼」

 

 少女はそう叫ぶと同時に偃月刀を左上に振り上げ、十常侍の首を斬り落とした。

 首から上を無くした十常侍の体は、真っ赤な噴水を撒き散らしながらゆっくりと床に転がっていく。

 少女はその噴水の勢いが無くなってから十常侍の首を拾い、偃月刀を掲げながら叫ぶ。

 

「十常侍の高望は、丁原の武将にして何進の補佐であるこの張遼が討ち取ったで!」

 

 その声はとてもよく通り、宮中全体に轟いたのではないかと思える程だった。

 

「良かったわね、張遼。これで少しは楽になったのではないかしら?」

 

 少女――張遼に近付きながら、華琳が話しかけた。

 張遼は難しい顔のまま答える。

 

「……どうやろな? コイツ等を殺しても、何進を殺された失態は消えへん。」

「確かにそうね。でも、十常侍を討つ事でその失態も帳消しとはいかなくても、少しは(そそ)げた筈よ。違うかしら?」

 

 華琳は張遼に対して穏やかな眼差しを向けながら話していく。

 だが、張遼は尚も難しい顔をしたまま俯いている。

 そんな張遼を見た涼は、無意識の内に口を開いていた。

 

「張遼、俺も華琳と同意見だ。」

「……え?」

 

 そのまま張遼に近付くと、真っ直ぐに彼女の眼を見ながら語り掛けた。

 

「確かに失態が完全に消える事は無いし、殺された何進は生き返らない。だけど張遼、君は生きているんだからこれから幾らでもやり直せるだろ?」

「やり直せる……。」

 

 張遼は涼の言葉を反芻しながら、ジッと涼の眼を見返した。

 因みにその間の華琳は、黙って二人を交互に見ている。

 やがて、張遼は一度眼を閉じてからゆっくりと口を開いた。

 

「……そやな。確かに後悔ばかりしても、それで何進が生き返る訳でも、丁原の旦那が許してくれる訳や無い。それに、いつ迄もウジウジすんのはウチの性に合わんしな。」

 

 そう言った張遼が自然に笑みを浮かべてると、涼もつられて微笑んでいた。

 

「どうやら、問題は解決したみたいね。……私達は引き続き十常侍達を捜すけど、貴女はどうする? 一緒に来るなら大歓迎だけど。」

「そやなあ……確かにアイツ等をもっと叩きのめしたいところやけど、この首を持ってって何進の部下達に詫びてこなあかんし、遠慮するわ。」

「そう……残念だわ。もう少し貴女の武を見ていたかったのだけど。」

「その内、そんな機会も有るやろ。ほなな!」

 

 張遼はそう言って偃月刀を持つ手を振りながら、出入り口が在る方へ去っていった。

 張遼と別れた後、涼と華琳は兵士達を引き連れて十常侍探索を再開した。

 だがその間、涼は張遼の事を考えていた。

 

(張遼……史実通りなら、(いず)れは戦う事になるんだよな……。)

 

 涼は隣に居る華琳を横目で見ながら、そう思う。

 

(さっきの戦いを見る限り、史実通りに強いみたいだし、手強そうだな……出来れば戦いたくないや。)

 

 心の中で溜息をつく涼。

 恐らくだが、さっきの敵兵の死体の山は張遼一人で作り上げている。

 幾ら敵兵の練度が低いといっても、何十人もの相手をたった一人で倒すなど、普通は出来ない。

 だが、彼女は涼の世界の「三国志」に登場する名将、張遼と同じ名前を持ち、その名に恥じない実力を敵兵と涼達に見せつけた。

 

(けど、今の所基本的には史実通りに話が進んでる……なら、やっぱり避けられないのかな……。)

 

 なまじ「三国志」に詳しいだけに、涼は頭を抱えている。

 因みに、張遼については強さ以外でも頭を抱えそうだが。

 

(……何でサラシに羽織袴なんだろう?)

 

 張遼の外見を思い出しながら、涼は顔を紅くする。

 張遼は胸にサラシを巻いて青い羽織を肩から羽織り、黒い袴に下駄を履いていた。

 そんな服装なので、肌の露出度はかなり高い。

 涼と同年代らしい彼女は胸も結構大きいので、思春期真っ只中の涼は目のやり場に困っていた。

 

(出来るだけ意識しない様にしてたけど、居なくなってから余計に意識するなんて……何やってんだ、俺。)

 

 そう自己嫌悪しながらも、涼は表面上は平静を保っていた。

 因みに、張遼の外見について補足すると、腕に朱色のベルトの様な物を交叉状に巻き、手には同色の篭手型指抜き手袋をはめ、紫の長髪は前髪の真ん中を逆立て、後ろ髪はトゲ付きの大きな輪っかで逆立てる様に留めていた。

 何だか任侠映画に出てきそうな格好だった。

 

(あと、何故張遼は関西弁を話してたんだ? ……まあ、それを言ったら文章は漢文なのに日本語が通じてるのも変だけど……。)

 

 涼は今更ながらの疑問を思い浮かべ、口元に手を当てながら考え込む。

 基本的には楽天家な分、一度気になるととことん気になる様だ。

 だがそれも、元気が良過ぎる声が聞こえた事で強制終了となった。

 

「あ、おーい、アニキーっ!」

「文ちゃん、緊張感無さ過ぎだよう……。」

 

 声がする方を見ると、豪快に手を振る猪々子と溜息をつく斗詩の姿があった。


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