「孫権、その顔どうしたの? ひょっとして寝不足?」
「……少しね。」
翌日の朝、軍議と朝食を兼ねて集合した涼達と雪蓮達。
そこで見た孫権の顔には隈があり、涼は心配になって声を掛けたのだった。
「大丈夫? 無理はしない方が良いよ。」
「……解ってるわ。」
素っ気なく返事をし、所定の椅子に座る孫権。
その態度に愛紗達は不快感を露わにするが、涼は何とか落ち着く様に宥める。
「雪蓮。」
そこに、一人遅れていた周瑜が到着する。その手には
因みに竹簡とは、竹の板を紐で纏めた物で、紙が貴重なこの世界では一般的な書写の材料である。
「なに?」
「今、洛陽の海蓮様から連絡があった。」
周瑜はそう言って竹簡を雪蓮に手渡す。
受け取った雪蓮は竹簡を開いて内容を確認する。
「…………これは……。」
そう呟くと、真面目な表情のまま読み続ける。
「姉様、一体何があったのですか?」
座っていた孫権も、その雰囲気から心配しながら立ち上がり声をかける。
また、涼も軍師二人と共に雪蓮の側に立ち、彼女の言葉を待っていた。
「何進と袁紹が、十常侍の
雪蓮が発した言葉に、孫権達は驚きを隠せなかった。
「なら、十常侍を全て討ったのですか?」
「いや、竹簡に蹇碩の名前が書かれているのなら違うと思う。もし十常侍全てを討ったのなら、“十常侍を討った”とだけ書かれているだろうからね。」
孫権が雪蓮に尋ねると、雪蓮が答える前に涼が推測を述べた。
すると雪蓮は、小さく笑みを浮かべながら言葉を紡いだ。
「涼の言う通りよ。……これによると、蹇碩は何進を暗殺しようとしていたらしいけど、それが何進にバレたのね。で、何進は先手を打って蹇碩を討ったんだけど、その直後に妹の
「馬鹿な! そこ迄きて兵を退く等有り得ません‼」
「私も蓮華と同意見よ。そして、それは母様達も同じみたい。今、袁紹や盧植達と共に、再び十常侍を討つ様に何進を説得しているそうよ。」
雪蓮はそう言って竹簡を涼に手渡した。
涼は竹簡を開いて内容を確認する。因みに、涼はこの世界に来てほぼ毎日勉強をしていた(させられていた)為、今や文字を読む事に支障は無い。
「孫堅さんは何進への説得の意味を込めて、雪蓮にも洛陽に入る様言ってきてるね。」
「そうなのよ。まあ、要は数に任せて脅かしちゃえって事よね。」
「身も蓋もない言い方だな。」
涼が苦笑しながら言うと、雪蓮はケラケラと笑いながら言った。
「だって事実だしねー。……で、私としては涼にも来て欲しいんだけど、どうかしら?」
「元々そのつもりで洛陽迄来た訳だし、構わないよ。雪里と雫もそれで良いよね?」
涼は雪蓮に答えてから二人の軍師に向き直る。
「はい。今、十常侍を倒さないと、この国が立ち直る機会は遠退いてしまうでしょう。ここは同行するべきです。」
「また、万が一の時の為に、愛紗さんと時雨ちゃんを護衛につけておく事をお勧めします。」
「
二人が太鼓判を押したので、雪蓮は笑みを浮かべて周瑜に向き直り、これからについて話を始めた。
因みに、簡雍とは義勇軍の副軍師を務めている小さな少女――雫の事だ。
その為、連合軍で一緒だった雪蓮は彼女の実力をよく知っており、どうやら認めている様だ。
雪蓮が周瑜と話してる間に、涼は軍師達の提案を吟味し、結論を出す。
「……よし、なら愛紗と時雨と雪里、それと五百の兵に同行してもらう。桃香と雫、鈴々と地香はここに残って義勇軍の指揮と防衛を頼む。」
「五百しか連れて行かなくて良いの? もう少し多い方が、脅しになるんじゃないかしら?」
「いや、ここは敢えて少なく見せるべきだよ。」
「清宮、どうしてそう思う?」
雪蓮の疑問に涼が答えると、孫権がその理由を聞いてきた。
涼は孫権達を見ながら説明を始める。
「何進が十常侍の誅殺を止めたのは、妹に説得されただけじゃないと思うんだ。」
「と言うと?」
「さっき孫権が言った様に、幾ら説得されたとは言え、普通に考えるとこの状況で兵を退くのは考えられない。それでも退いたのは、何進が戦いを恐れたからじゃないかと思うんだ。」
「馬鹿な。仮にも何進は大将軍だぞ? 戦いを恐れる等……。」
「けど確か、何進は元々軍人じゃなく、妹が皇后になった事で軍人になった人間。なら、戦いの経験は少ない筈だ。」
「それに、
始めは否定的な孫権だったが、涼と雪里の説明を聞く内に少しずつ納得していった。
「何進についての清宮の見解は解った。だが、それと少数の兵を連れて行く事の関連性は何だ?」
孫権は腕を組みながら尋ねる。
涼はそんな孫権を見ながら説明を続けた。
「臆病な人間は、普通なら脅かせば簡単に屈服するだろう。だけど、人によっては意固地になって屈服させるのに時間がかかる事もある。」
「確かに。」
「既に孫堅さん達が沢山の兵を引き連れて洛陽に居るみたいだし、何進にかかっている重圧はかなりのものだろう。」
「……成程、何進を疑心暗鬼にさせる訳か?」
何かに気付いたらしく、周瑜が笑みを浮かべながら涼を見据えた。
「流石は周瑜さん、その通りです。今の状況で俺が少数の兵を連れて行ったら、何進は一旦安心するでしょう。ですが、直ぐに何故俺の兵が少数なのか疑問に思う筈です。」
「仮にも大将軍である何進が天の御遣いである涼の現状を知らない筈は無いし、今迄の流れと違う展開になったら疑問に思うわね。」
雪蓮がそう言うと、涼は頷きながら説明を続けた。
「ああ。そして俺はそこで普通に接するだけで良い。臆病な人間は同時に深読みし易いから、少数の兵が実は精鋭中の精鋭なんて勘違いをするかも知れない。」
「直接脅すより、間接的に脅した方が効果的って訳ね。まったく、涼ってば考えが結構エグいわね。」
「脅すとかエグいとか言うなよ……まあ、実際そうなんだけどさ。」
涼は雪蓮にからかわれながらもその言葉を肯定し、皆に意見を求める。
すると、皆涼の考えに同意したらしく、反論は全く無かった。
そうして皆に囲まれている涼を、孫権は静かに見つめ、やがて呟いた。
「……冥琳。」
「何でしょうか?」
「清宮の実力は未だ判らないわ。……けど、少なくとも今迄の評価を改める必要はありそうね。」
「……そうかも知れませんね。」
周瑜は孫権と雪蓮、そして涼を見ながら優しい声で応える。
だが、再び涼を見る周瑜の眼は、一瞬だけ鋭く光っていた。
当然ながら涼はそれに気付かず、話しかけてきた白蓮達の応対をしていた。
「白蓮と星は幽州軍だけど、本当に俺が決めて良いのか?」
「清宮は連合軍の総大将を務めていたんだし、私は構わないぞ。」
「伯珪殿の客将である私も異存ありません。」
二人にそう言われた涼は、暫く考えてから告げる。
「なら、ここで桃香達と共に待機してて。もし何かあったら、皆と共に対応してくれ。」
「解った。」
「承知しました。では。」
白蓮と星はそう言うと幽州軍の指揮に戻っていき、涼もまた雪蓮達と一旦別れ、義勇軍に指示を出しに向かった。
「……姉様。」
「なに?」
その直後、孫権が雪蓮に話し掛ける。その表情にはどこか迷いが見えた。
「……私も洛陽に行っては駄目でしょうか?」
「ダメ。」
「やっぱりですか……。」
「当然よ。けど、理由が解っているのに何故訊いたの?」
「それは……。」
言い澱んだ孫権は、義勇軍の方をチラッと見る。
雪蓮はその仕草を見逃さず、暫く考えてから笑みを浮かべながら尋ねる。
「……なあに? ひょっとして、涼に惚れた?」
「ち、違いますっ!」
「じゃあ何で涼が居る方角を見たの?」
「そ、それは……。」
雪蓮の追及に孫権は思わず言い澱み、俯いてしまうが、孫権はその理由を解っていた。
清宮涼を見極めたいが、認めるのが恐い。もし認めたら、何かが変わってしまう気がした。
何が変わるのか迄は、ハッキリと解らなかったが。
「……まあ良いわ。今は興味無くても、何れ好きになれば良いんだし。」
「…………はい?」
雪蓮の思わぬ言葉に、孫権は間の抜けた声を出した。
「姉様……それってどういう意味ですか……?」
雪蓮の言葉の意味を測りかねた孫権が、恐る恐る尋ねる。
そんな妹の態度に気付いてるのか気付いていないのか解らないが、雪蓮は明るく言い切った。
「どういう意味って、そのままよ。貴女が涼を好きになって、子供を作ってくれないかなあって事♪」
「…………えーーーーーっ‼」
雪蓮はサラッととんでもない事を言い、孫権は言葉の意味を理解した瞬間、人目もはばからずに大声をあげて驚いた。
清宮涼と自分が、子供を作る。
それはつまり、二人がとても「親密な関係」になるという訳で。
「親密な関係」が何を意味するのか、十代半ばの孫権には当然ながら解っている訳で。
その状況を安易に想像する事もまた、簡単だった訳で。
「な、な、何を仰っているのか解っているのですか、姉様っ‼」
だからこそ、孫権はその褐色の肌を、普段では有り得ない程に紅潮させている訳だった。
「当然解っているわよ〜♪ 孫家に“天の御遣い”の血を入れる、って事でしょ♪」
「で、ですからっ! それがどういう事か解っているのかと訊いているんですっ‼」
「ああ、涼と“まぐわう”って事?」
「そ、そうですっ! 姉様は、私にあの男とまぐわえと!?」
「勿論、無理強いはしないわよ。けど、そうなったら良いなとは思っているわ。」
話が話だけに、孫権は声を潜める様にして尋ねていく。
それにつられたのか、雪蓮も若干声量を落として話を続けた。
「何故そんな事を……。」
「昨夜言ったでしょ、天の御遣いの威光を借りるって。これもその一つよ。」
「それにしても、子供なんて未だ私には……。」
孫権は真っ赤になった端正な顔を俯かせながら、小さな声で反論する。
「何言ってんの。私は今十九歳で貴女は十六歳。シャオは十三歳だから未だちょっと早いけど、私達は充分子供を作れる年齢よ。」
「それはそうですが……。」
だからと言って、好きでもない相手を好きになれとか、子供を作れとか言われて、納得出来る訳が無い。
雪蓮の言い分が理解出来るだけに、孫権は納得しきれなかった。
「まあ、私達三人の内、誰かが涼と子供を作れば良いんだし、深く考えない方が良いわよ♪」
「無理です!」
孫権は真っ赤な顔のままそう言った。
その後、話は一部始終を見ていた周瑜に「いい加減にしなさい!」と注意される迄続いた。
「お待たせー……って、何かあったの?」
涼は、目の前の光景に戸惑いながら尋ねた。
雪蓮と孫権が並んで地面に正座させられ、周瑜に説教されているのだから、戸惑うのも無理はない。
「気にするな、ちょっと常識について説教していただけだ。」
「常識って……雪蓮は兎も角、孫権も常識について怒られるなんて意外だな。」
「涼〜、それはちょっと酷いんじゃない?」
流石に雪蓮が文句を言ってくるが、直ぐ様周瑜が窘めてきたのでそれ以上は言わなかった。
一方、孫権は静かに正座したまま反論しようとはしない。
姉妹なのにこうも違うものかと、涼は驚きながら二人を交互に見ていった。
「よく解らないけど、こっちは準備出来たし、二人を解放してやってくれないか?」
「仕方ないな。」
周瑜は涼の頼みを聞き入れ、最後に一言念を押す様に言ってから二人を解放した。
雪蓮はお礼がてら涼に抱きつこうとしたが、最早慣れてる涼は簡単にかわしていく。
その度に雪蓮は文句を言ってくるが、やはり周瑜に宥められてそれ以上は言わなかった。
この様に色々あったものの、涼達は漸く進み始めた。
倒さなければならない相手である十常侍が居る、洛陽へ。
第七章「戦乱の火種」をお読みいただき、有難うございます。
今回は十常侍を倒す為の前段階となっています。
幽州での暮らしから一気に舞台が洛陽に移りますので、この章は比較的短く纏められました。
斗詩と猪々子の字も、顔良と文醜の字が伝わっていないので、便宜上勝手に付けました。御了承下さい。
今回、漸く「雫」が「簡雍」だと明かせました。特に秘密にする理由は無く、三国志に詳しい方なら予想出来たでしょうが、果たして当たった方は居るのでしょうか?
そういや、もう一人もこの時点では未だ明かしていませんでしたね。
今回で漸く、恋姫シリーズの人気キャラの蓮華と、無印ではボスキャラの一人だった冥琳が登場しました。
彼女達は当然ながら物語の中心人物の一人なので、扱いには細心の注意を払わなければなりません。蓮華はいつデレるんでしょうね←
今回のパロディネタ。
「いや、その理屈はおかしい。」→「いや、そのりくつはおかしい。」
国民的マンガ、「ドラえもん」でのドラえもんの台詞の一つです。因みにてんとう虫コミックス第6巻に収録されています。
「ドラえもん」は全巻読破している自分ですが、執筆当時は全くパロディとして書いておらず、後日、この台詞がAA(アスキーアート)される程のネタになっている事を知ったくらいです。以前読んでいた記憶が自然と台詞に現れたのかも知れませんね。
次はいよいよ洛陽に入ります。第八章編集終了後にお会いしましょう。
2012年11月28日更新。
2017年4月26日掲載(ハーメルン)