真・恋姫†無双 ~天命之外史~   作:夢月葵

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第七章 戦乱の火種・3

 雪蓮はその二人を見ながら、キョトンとしたまま声をかける。

 

蓮華(れんふぁ)冥琳(めいりん)。二人共どうしたの?」

「どうしたの? ではありません! ちょっと挨拶しに行くと言ったっきり帰ってこないから、一体何をしているのかと思えば……!」

「楽しいわよ♪ 蓮華も一緒にする?」

「しませんっ‼」

 

 雪蓮がからかう様に言うと、雪蓮と似た外見の少女――蓮華は顔を真っ赤にしながら拒否した。

 ひょっとしたら、蓮華はこういった話は苦手なのかも知れない。

 

「雪蓮、貴女の行動一つで我々の評価が決まるのよ。少しはそれを自覚して欲しいものね。」

「解ってるって冥琳。それくらいちゃんと自覚してるわよー。」

「……自覚してこれなら尚更困るのだがな。」

 

 黒髪の女性――冥琳は、やれやれといった感じで溜息をつきながらそう言った。

 どうやらかなり苦労しているらしい。

 

「あの……雪蓮、この二人は?」

 

 雪蓮に抱きつかれたまま涼は尋ねる。

 

「そう言えば涼は初対面よね。この二人は私の妹の孫権(そんけん)と、親友で軍師の周瑜(しゅうゆ)よ。」

 

 雪蓮の紹介により、蓮華と呼んでいた少女が孫権、冥琳と呼んでいた女性が周瑜と判った。

 

「成程、この二人が孫仲謀(そん・ちゅうぼう)周公瑾(しゅう・こうきん)なのか。」

 

 涼は二人を見ながら何気なく言った。

 だが、言われた方は何故か驚いている。

 

「なっ!?」

「……何故、私達の(あざな)を知っている!?」

 

 そう、雪蓮は勿論二人も喋っていないそれぞれの字を、涼はピタリと言い当ててしまったのだ。

 

「それは知っていて当然ですよ。なんたって涼兄さんは天の御遣いなんですから。」

 

 と、桃香が笑顔で言うが、

 

「いや、その理屈はおかしい。」

「ちゃんとした理由が無ければ納得は出来んな。」

 

と言われ、桃香は困ってしまった。

 とは言え、実際の所桃香が言った事は(あなが)ち間違っていないので、涼も説明し難かったりする。

 

「まあまあ、そんな細かい事、別に良いじゃない。」

「細かくありませんっ!」

「初対面の相手に字を当てられては、少なからず警戒するものだ。」

 

 雪蓮が取りなそうとしても、二人は納得しなかった。

 かと言って、元の世界……この世界で言う天界の事や自分の事を説明するのは難しい。それに、その事は余り言ってはいけない気がしていた。

 何故いけないかは、涼自身にもよく解らないのだが。

 

「ちゃんと説明してあげたいけど、上手く説明出来ないんだ。それと、桃香……劉備が言った事も間違ってはいないからね。」

「それで納得しろと?」

 

 涼が雪蓮から離れながらそう言っても、孫権は不満らしく、軽く涼を睨みながら語気を強めて言った。

 その態度が気に障ったのか、愛紗達もまた孫権を睨み始める。

 段々と場の空気が悪くなっていくのを、涼や雪蓮、そして周瑜は感じ取っていた。

 

「えっと……そう言えば雪蓮、孫権と周瑜の二人はこの間は一緒じゃなかったよね?」

「え? ええ、二人には私達の本拠地である豫州(よしゅう)を守って貰っていたのよ。そうよね、蓮華、冥琳?」

「え? ……ええ、その通りです。」

「我等の主たる海蓮(かいれん)様と雪蓮の二人が豫州を離れている間、黄巾党が攻め込んでこないとも限らんのでな。念の為私達は、小蓮(しゃおれん)様と共に豫州の守りに徹していたのだ。」

 

 場の空気を変えようと涼が雪蓮に話を振ると、雪蓮もそれを察してくれたらしく話に乗ってくれた。

 その為、孫権も話に乗らなければならず、周瑜に至っては積極的に話を展開していった。

 結果、場の空気は何とか保たれたのだった。

 

「……で、雪蓮は只挨拶しに来ただけじゃないんだろ?」

 

 場の空気が安定した所で、涼は話を戻す為に雪蓮に話し掛けた。

 

「まあね。こうして涼と仲良くしたりとか……。」

「それは解ったから、真面目に話してよ。」

 

 再び抱きつこうとしてきた雪蓮をかわしながら、涼は話を促す。

 

「これも真面目な話なんだけどなー。」

「……それはそれで色々と困るから勘弁してくれ。」

 

 涼がそう言うと、雪蓮はまるで拗ねた子供の様に頬を膨らませていたが、孫権や周瑜が諭したら苦笑しながら大人しくなった。

 どうやら、この二人には頭が上がらないらしい。

 

「まあ、簡潔に言うなら、この前みたいにまた一緒に戦いましょうって事よ。」

 

 真面目な表情になった雪蓮が、涼達を見ながらそう言った。

 涼は、雪蓮がそう提案すると解っていたのか、余り驚かずに応える。

 

「それはこっちとしても異存は無いよ。雪蓮達の軍の強さは連合軍で目の当たりにしてるからね。」

「涼ならそう言ってくれると思ったわ♪」

 

 涼が快諾すると、(あらかじ)めそう応えると解っていたのか、雪蓮は笑顔で抱きついてきた。

 その結果、桃香達と雪蓮達との間で再び揉めたのは、言う迄もない。

 それから、互いの親睦を深める意味を込めて、雪蓮達も涼達と一緒に食事をとる事になり、義勇軍陣内は暫くの間賑やかだった。

 そして食事を終えた雪蓮達は今、自陣に戻ってきている。

 

「まったく……姉様はもう少し総大将としての自覚を持ってもらわないと困ります。」

 

 その自陣の奥に在る一番大きな天幕の中で、孫権は溜息混じりにそう言った。

 因みに今、その天幕の中には孫権、雪蓮、周瑜の三人しか居らず、護衛の兵士達は出入り口に立っている。

 

「そう言われてもねー。母様と合流したら、私は副将に戻る訳だし。」

「それでも、今のこの軍は姉様の軍なのです。ですから、姉様は総大将としてしっかりしてもらわないと……。」

 

 相変わらず軽い口調の雪蓮に、孫権は説教をする様に言葉を紡いでいく。

 時々、雪蓮は助けを求めるかの様にチラッと周瑜を見るが、その周瑜は気付かない振りをして二人のやり取りを見続けていた。

 

「姉様は孫家の後継者なのですよ。その自覚を持ってこれからは……。」

「けど、私に何かあったら、蓮華が後継者よね?」

「っ!?」

 

 孫権の言葉を遮って雪蓮がそう言うと、不意をつかれた孫権は絶句してしまった。

 孫権は無意識の内に生唾を飲み込み、目の前に座っている姉を見る。

 姉の表情は、先程迄見せていたいつもの明るくて人懐っこい表情ではない。

 武人として、孫家の後継者としての、凛々しく、どんな相手でも萎縮させる覇気を持った、「孫伯符」がそこに居た。

 その「孫伯符」が、表情を変えずに孫権に問い掛ける。

 

「母様に何かあったら私が、私に何かあったら貴女が、そして、もし貴女に何かあったらあの子が後継者になるのよ。それは解っているのかしら?」

「……解っています。ですから、今回の出陣に“シャオ”を連れてこなかったのですよね?」

「そうよ。勿論、豫州を空にする訳にいかないって理由も有るけどね。」

 

 「シャオ」という、恐らく二人と親しい者の名前もしくは愛称を口にしながら、二人の会話は続く。

 

「ええ。黄巾党が居なくなったとはいえ、豫州を狙う者がいつ現れるか判りませんから。」

「だから豫州にシャオを残す事で両方を守るのよ。勿論、シャオを守る事が最優先なのは間違いないけどね。」

「はい。……つまり、私達にも後継者としての自覚を持てと仰りたいのですね?」

「そうよ。……母様だって、そうしてきたのだから。」

 

 雪蓮がそう言うと、孫権は勿論ながら、周瑜も神妙な面もちになって僅かに俯いた。

 

「父様が急死されて以来、母様は孫家の当主として頑張ってきたわ。……まあ、ちょーっと頑張り過ぎな時もあったけど。」

 

 幼い頃、自身が体験した「或る事」を思い出したのか、雪蓮は苦笑しながらそう言った。

 

「だから……私達にも自覚を、という訳ですね……。」

「そうよ。……だから、私が涼と仲良くなるのも当然なのよ。」

「はい……って、ええっ!?」

 

 思わず肯定するも、内容がおかしい事に気付き、驚く孫権。

 目の前に座っている姉の表情は、いつの間にか明るく人懐っこい表情になっていた。

 また、周瑜はというと、やれやれといった表情を浮かべながら軽く溜息をついている。最早何か言うのは諦めたのだろうか。

 

「姉様、何故あの男と仲良くなる事が当然なのですか!?」

「だって、涼は“天の御遣い”なのよ?」

「その様な肩書き、戯れ言に違い有りません!」

「そうかしら? 涼の衣服はこの国で見た事が無いし、それに、初対面の貴女達の字を言い当てたわ。」

「そ、それは確かにそうですが……。」

 

 先程の事を思い出しながら、孫権は言葉に詰まった。

 

「……それに、もし涼が天の御遣いじゃなくても構わないのよ。」

 

 困惑している孫権に、更に困惑する様な言葉を紡ぐ雪蓮。

 そして、やはり孫権は更に困惑しながら尋ねる。

 

「ど、どういう事ですか!?」

「黄巾党の乱での活躍もあって、民衆の大多数は涼を“天の御遣い”と認識しているわ。勿論、蓮華の様に疑っている者も多数居る。」

「それはそうでしょう。皆が皆同じ意見になる事等、有り得ません。」

「ええ。だけど、人は流され易い生き物よ。肯定派が多数を占めていれば、少数の否定派から肯定派に移る者が出る。」

「そして、物事は基本的に多数派の意見が通ります。つまりこの場合、“清宮涼は天の御遣いである”という意見が多数を占めている現状では、余程の反対意見や証拠が無い限り、否定しても意味は有りません。」

 

 雪蓮、そして周瑜がゆっくりと孫権に説明をしていく。

 その説明を聞いていく内に、いつの間にか孫権は冷静になっており、先程迄の困惑した表情は消え失せていた。

 

「ならば、“天の御遣いである清宮涼”と親睦を深める方が良いでしょう。ひょっとしたら、“孫軍が天の御遣いに認められた”という噂が流れるかも知れません。」

 

 そこ迄言うと、周瑜はまるで答えを促す様に孫権を見た。

 

「……つまり、“天の御遣い”の威光を得る、という事ですか?」

「まあね。」

 

 孫権の答えに、雪蓮は満足した様に頷きながら肯定する。それは周瑜も同じ様だ。

 

「十常侍によって政治は腐敗し、黄巾党の乱で漢王朝の国力は更に低下した。今更十常侍を討っても、直ぐに漢王朝が立ち直れる訳は無いわ。」

「そうなると、先ず間違い無く天下を取ろうとする者が現れるでしょう。つまり、戦乱の世が続くのです。」

「その時に少しでも優位な立場に立つ為に、清宮を利用する訳ですか?」

 

 孫権が確認する様に尋ねると、雪蓮と周瑜は殆ど同時に頷いた。

 

「清宮と劉備には人を惹き付ける人徳が有ります。余程の失態や醜態が無い限り、民衆は彼等を支持するでしょう。」

「なら、涼達と仲良くしていれば孫家にとって有益になるでしょ?」

「確かに……。」

 

 二人の説明を受けた孫権は納得し、また、自分の浅慮と姉や軍師の深慮を比べ、自己嫌悪に陥っている。

 そんな孫権を見ながら、雪蓮が明るく告げた。

 

「……まあ、そんなのは関係無く、涼の事を気に入っているんだけどね♪」

「姉様!?」

「だって、涼って結構良い男よ。」

「顔が良ければ良い訳ではありませんっ!」

 

 戸惑っていた孫権が、顔を真っ赤にしながら断言する。

 

「勿論よ。涼は顔だけでなくちゃんと実力も有るわ。」

「そんなの信じられません!」

「……けど、私は涼に負けたのよねー。」

「なっ!?」

 

 雪蓮の言葉に絶句する孫権。

 暫くして「そんなの嘘です」と言おうと口を動かし始めた時、周瑜が告げた。

 

「驚くのも無理はありませんが本当です、蓮華様。先の戦いで孫軍が連合軍に参加していた時、雪蓮は清宮に一騎打ちを申し込み、返り討ちにあったと泉莱(せんらい)様が仰られてました。」

「そんな……。」

 

 姉が負けていた事がショックだったらしく、今迄で一番動揺している。

 

「まあ、信じられないなら、その目で見極めれば良いわ。これから暫くは一緒に居るんだからね。」

「……はい。」

 

 落ち込んでいる孫権を励まそうとしたのか、雪蓮はそう言って微笑んだ。

 それから、幾つかの話をして三人は各々の天幕へと戻っていった。

 だが、孫権だけは心の中に(もや)がかかったままでいた。

 結局、その靄は孫権が眠りに就く迄消える事は無く、翌朝目が覚めると再び現れたのだった。


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