真・恋姫†無双 ~天命之外史~   作:夢月葵

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第七章 戦乱の火種・2

 数分後、執務室には涼達三人の他に愛紗(あいしゃ)雪里(しぇり)、そしてもう一人の軍師である小さな少女が集まっていた。

 

「それで白蓮殿、袁紹と何進の手紙には一体何と書かれていたのです?」

 

 愛紗が白蓮に尋ねる。

 因みに、この二ヶ月の間に愛紗達は白蓮と真名を預け合っていた。

 

「それなんだが、簡単に言えば十常侍(じゅうじょうじ)を倒す手伝いをしてほしいそうだ。」

「十常侍を?」

「ああ。皆、十常侍の悪評は知っているよな?」

「ええ。帝が病弱で政治に疎いのを良い事に、好き勝手にやっているそうですね。」

 

 白蓮が涼達に確認すると、雪里は帽子の鍔を摘みながら言った。

 

「そうだ。お陰で今の漢王朝は腐敗しきっている。例えば、何もしなくても十常侍に賄賂を贈れば、簡単に昇進出来るくらいにな。」

「逆に十常侍に睨まれれば、例え戦功を上げていても左遷させられ、下手をすれば処刑されるそうです。」

「そんな……!」

 

 補足した雪里の言葉に、桃香は絶句する。

 涼も、判っていた事とは言え、実際に事実を耳にして少なからず動揺した。

 

「残念だけど、事実だよ桃香ちゃん。先の黄巾党の乱において、戦功をあげていた皇甫嵩(こうほ・すう)将軍は益州(えきしゅう)太守に、朱儁(しゅしゅん)将軍は車騎将軍(しゃきしょうぐん)として河南(かなん)の長官になったものの、その後賄賂を拒んだ為に左遷されたという話らしいし。」

「皇甫嵩将軍と朱儁将軍が!?」

 

 もう一人の軍師である小さな少女がそう言うと、桃香は驚きを隠さずに、怒りを含みながら声を震わせた。

 愛紗もまた驚きながら言葉を紡ぐ。

 

「あの二人も、我々連合軍に劣るとはいえ、かなりの戦功をあげていた筈。それなのに左遷とは、何と酷い……。」

「それが現実、か……。白蓮、君はどうするんだ?」

 

 重苦しい空気の中、涼は白蓮に尋ねた。

 

「麗羽の頼みをきくのはちょっと癪だけど、かと言って十常侍を放っておく訳にはいかないな。」

「じゃあ、決まりだね。」

 

 桃香はそう言って纏めようとした。

 だがその時、誰かが執務室の扉を開けて入ってきた。

 

伯珪(はくけい)殿、私抜きで軍議を始めるとはひどいではないですか。」

 

 入ってきた人物は、そう言って白蓮の前に立った。

 

「仕方ないだろ。呼ぼうと思った時に居なかったお前が悪い。」

「少しは探してくれても良いのではないですかな?」

「どうせまた、メンマを食べに拉麺(らーめん)屋に行ったのだろう?」

「失礼な、ちゃんと拉麺も食べていますぞ。」

「当たり前だ。拉麺屋で拉麺を残したら失礼だろ。」

 

 何だか、喧嘩してるのか漫才をしてるのか判らない感じになってきた。

 とは言え、このままでは話がややこしくなりそうなので、涼はその人物を宥め始めた。

 

「まあまあ、白蓮も悪気が有った訳では無いんだし、そう目くじらたてるなよ、(せい)。」

「……清宮殿がそう仰るなら、今日の所はここ迄にしておきましょう。」

「やれやれ……。」

 

 その人物――星は涼の説得に応じて身を引いてくれた。

 だが、その表情からは元々そんなに怒ってもいなかった様に見えていたので、放っておいても大丈夫だったかも知れない。

 

「それで、軍議の内容は一体何だったのですかな?」

 

 星は周りを見ながら尋ね、雪里がそれに応えた。

 

「成程、十常侍誅殺の要請でしたか。」

「ああ、私達はその要請を受ける事にした。星も来てくれるよな。」

 

 白蓮は星に確認する様に言った。言わなくてもついてくると思っていたが、一応礼儀として尋ねていた。

 だが、星は神妙な顔になって考え込んだ。

 

「……妙ですな。」

「何がだ?」

「悪政を強いる十常侍を倒すのは当然でしょう。ですが、袁紹は三公を輩出した名門袁家の出身で従姉妹には袁術(えんじゅつ)も居る。それに何より、何進は名目上とは言え洛陽を統べる大将軍。彼等の軍勢だけでも充分に十常侍を倒す事が出来る筈なのに、我々に迄出陣を要請するとは少々下せぬと思いましてな。」

 

 星はそこ迄言うと、まるで涼達の反応を見る様に周りを見た。

 それに応える様に、愛紗が言葉を紡ぐ。

 

「万全を期して、という事ではないのか? 十常侍の影響力は我々の想像以上なのかも知れないではないか。」

「だと良いのだがな……。」

「それじゃあ、星はここで留守番でもしておくかい?」

「御冗談を。天下の一大事になるかも知れない時に留守番等、この趙子龍(ちょう・しりゅう)に出来る筈が無いではありませんか。」

 

 尚も神妙な顔の星に涼がからかい気味に尋ねると、星――趙雲(ちょううん)は不敵な笑みを浮かべながら答えた。

 

「それなら、最初から参加すると言えば良いだろ。」

「だよな。」

 

 白蓮と涼は苦笑しながらそう話し、軍議はこれで終わった。

 翌日、白蓮から返事の手紙を受け取った斗詩と猪々子は、一足早く洛陽へと帰っていった。

 一方の涼達は、幽州でそれぞれ部隊の編成をし、二日後に洛陽に向けて出撃した。

 洛陽は幽州から見て南南西に位置する漢王朝の首都である。

 首都だけあって人口が多く、また貴族達が多数住んでいる街である。

 一方で、貧民層も少なからず存在しており、貧富の差の解消は漢王朝の至上命題であった。

 だが、政治を取り仕切る宦官……特に十常侍にとって貧民層の人間等は問題にする事も無く、ひたすら自分達の栄華の為の政策を執り続けた。

 その結果、貧富の差は拡大し、人々の不満は増大していく。そして起こったのが黄巾党の乱なのだ。

 

「……しかし、未だに奴等は危機感が無い様だな。」

「だからこそ、何進や袁紹は十常侍を討とうとしてるんだろう。」

 

 食事をしながら、愛紗と白蓮はそう言った。

 今、涼達は洛陽迄あと半日という距離を残して夜営をしている。

 無理をすれば夕刻には到着したのだが、不測の事態に備えて休息をとる事にした。

 

「御主人様。」

「どうしたの、(しずく)?」

 

 もう一人の軍師である小さな少女――雫が、涼に向かって恭しく告げる。

 

「はい。念の為に放っておいた斥候(せっこう)が、先程戻ってきました。」

「そうか。何か変わった様子は有った?」

「いえ、特に何も無い様です。只……。」

「只……何だい?」

「強いて言うならば、いつもよりは静かだったとの事。その者は洛陽出身ですから、そこが気になった様です。」

「解った。斥候の人達には労いの言葉とゆっくり休む様伝えてくれ。」

「御意。」

 

 涼への報告が終わると、雫は一礼してから来た道を戻っていった。

 

「……どう思う?」

 

 涼が周りに居る面々に尋ねる。

 因みに、今この場に居るのは涼の他に桃香、愛紗、白蓮、星、そして短髪の少女の五人だ。

 

「やはり、洛陽が静かだというのは気になりますね。」

「つい先日迄大乱があったとは言え、洛陽はこの国の首都。それが静かとは、少し変ですな。」

「なら、明日の進軍は必要以上に気をつけていくべきだな。」

「だが、変に気を張ると敵に気取られるかも知れないぞ。」

「けど、だからと言って無防備なままで進むのは危険だと思うよ、時雨(しぐれ)ちゃん。」

 

 皆の意見は纏まりそうで纏まらない。

 自分一人だけなら多少の無茶も出来るだろうが、今の彼等は義勇軍と幽州軍合わせて約五万の大軍を統べる将と指揮官。彼等の判断一つで五万人の命、そしてその家族の運命が決まってしまうのだから、慎重になるのは仕方なかった。

 食事をしながらの軍議は長引きそうな雰囲気だったが、軍議は唐突に終わった。

 

「軍議並びにお食事中失礼します、清宮殿。」

 

 そう言って近付いてきたのは、義勇軍筆頭軍師の雪里だった。

 

「どうした?」

「……清宮殿に客人です。」

「客人?」

 

 どこか歯切れが悪い雪里の物言いと、「客人」というこの場に相応しくない単語に、涼は違和感を覚えた。

 そこに、一際明るい声が聞こえてきた。

 

「涼〜、久し振り〜♪」

 

 聞き覚えのあるその声は、真っ直ぐ涼に近付いてくる。

 まさかと思いながら声がする方に顔を向けると、やはりそこには見知った顔があった。

 

雪蓮(しぇれん)!?」

「ふふ♪ 三ヶ月振りね、涼♪」

 

 そう言いながら雪蓮は涼に抱きついた。お陰で涼の顔には雪蓮の豊かな胸が押し付けられている。

 

「ちょっ、苦しいよ雪蓮。」

「あら、気持ち良いの間違いじゃないの?」

 

 涼も男だ。美少女に抱きつかれて、しかも胸を押し付けられたら気持ち良いに決まっている。

 だが、この場でそんな事を言ったらどうなるか簡単に想像出来る。

 

(愛紗のあの一撃は痛いからなあ……。)

 

 過去の痛みを思い出して、心の中で肩をすくめる涼だった。

 

「と、取り敢えず離れてくれよ。これじゃ雪蓮の顔を見ながら話が出来ないからさ。」

「あら、上手い言い訳ね。」

 

 雪蓮は、艶っぽい笑みを浮かべながらゆっくりと涼から離れた。

 ホッとする涼だが、周りの視線が痛いのを感じたので、振り向かない様にする。

 空気が悪くなる前に涼は尋ねた。

 

「えっと、雪蓮はどうして此処に?」

「多分、涼達と同じ理由よ。」

「て事は、雪蓮も何進と袁紹の要請を受けたのか。」

「ええ、既に母様は洛陽に入っているわ。」

「あれ? 何で一緒じゃないの?」

「私もずっと母様と一緒って訳じゃないわよ。……それに、万が一って事も有るから、私達は遅れて来るように言われていたし。」

「万が一?」

 

 涼が疑問に思いながら呟くと、雪蓮は洛陽が在る方角を見ながら言った。

 

「……十常侍の奴等に察知されていたら、返り討ちに遭う危険性が有るからよ。」

 

 その表情には、先程迄の明るさや艶やかさは無い。

 そこに居たのは、孫家の武人・孫伯符(そん・はくふ)だった。

 

「……もし何かあっても、雪蓮が居れば立て直せるって訳か。」

「ええ。私達が生き残っていれば、孫家の血は絶えない。母様はそれを見越して、私達に遅れて来るように言ったのよ。」

 

 これから戦いが起こるのだから、そうした備えは必要だろう。

 平和な今の日本では余り考えられないが、この世界ではそれも普通の事なのかも知れない。

 

「……だから、ね。」

「ん?」

 

 雪蓮の口調と雰囲気が元に戻ったな、と、涼が思った時には再び抱きつかれていた。

 

「しぇ、雪蓮っ!?」

「だから……いっその事、涼と子供作ろっかなあって考えたんだけど、どうかしら?」

「どうかしら? じゃないよっ! そういうのは結婚相手としなさいっ!」

「だから、涼と結婚したいなあって、遠回しに言ってるんじゃない。」

「遠回しな上にいきなり過ぎるよっ!」

「いきなりじゃないなら良いの?」

「そういう意味でも無いからっ!」

 

 雪蓮は涼に抱きついたまま、本気なのか、からかっているのか、よく判らない口調で話し続ける。

 因みにこの間、桃香達は呆気にとられていた。

 やがて、桃香が最初に正気に戻った。

 

孫策(そんさく)さんっ! 涼兄さんを誘惑しないで下さいっ‼」

「あら、恋愛に妹の許可は要らない筈よ。」

「涼兄さんの場合は要るんですっ!」

「初耳だっ!」

 

 自分の恋愛が許可制だった事に驚き、思わず声を上げる涼だった。

 やがて、順次正気に戻っていき、それぞれ雪蓮に詰め寄っていく。

 

「孫策殿、少しは場をわきまえて頂きたい!」

「あら……ひょっとして貴女、妬いてるの?」

「なっ!? ち、違うぞっ! 私は兵達に示しがつかなくなってしまうから言っているのだっ‼」

 

 愛紗もまた、桃香と同じく雪蓮に詰め寄るが、逆にからかわれて赤面する始末。

 短髪の少女――時雨は喧嘩口調で雪蓮に殴りかかろうとするも、雪蓮には掠りもしなかった。因みに雪蓮は涼に抱きついたままだったので、涼も一緒に動いていた。

 白蓮は何とか場を落ち着けようとするが結局駄目で、雪里は諦めた様に溜息をついている。また、星に至っては一連の騒動を面白そうに見物していた。

 そんなこんなで収拾がつかなくなってきた時、聞き覚えの無い二つの声が涼達の耳に届いた。

 

「何をしているんですか、姉様!」

「悪戯が過ぎるわよ、雪蓮。」

 

 声のした方向に顔を向けると、そこには雪蓮と似た外見の少女と、長い黒髪の女性が並んで立っていた。


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