だが、黄巾党が居なくなっても悪人が居なくなった訳では無い。
新たな戦乱は、直ぐそこに迄近付いていた。
2010年4月2日更新開始。
2010年5月2日最終更新。
2017年4月23日掲載(ハーメルン)
第七章 戦乱の火種・1
その間に義勇軍の規模は三倍以上に膨れ上がり、若くて優秀な人材が集まっていた。
余りにも急激な増加に
因みに、
そうして今の義勇軍は一万を超す大軍へと成長し、それに伴って部隊の再編が行われた。
『総大将・
『副将・
『筆頭軍師・
『副軍師・
『第一部隊隊長・
『第二部隊隊長・
『第三部隊隊長・
『第四部隊隊長・
基本的には連合軍の役職をそのまま受け継いでいるが、連合軍では部隊統括の任に就いていた
桃香は当然ながら総大将になるのを拒んでいたが、将来何が起きるか判らない現状では、桃香にも総大将を経験してもらう事が重要だと説明し、渋々ながら了承してもらっている。
『というか、桃香も義勇軍の中心人物だろ。』
というツッコミも涼は忘れなかった。
公孫賛及び
「
「解らん。だが、私だけでなく桃香や清宮迄も呼ばれたとなると、只事じゃ無いかも知れない。」
「……だろうな。」
謁見の間へと向かう道すがら、桃香と白蓮は使者の目的について話し合っていた。
だが、涼はこの使者が何を伝えに来たのかという大体の予想はついていた。
(
何故かは判らないが、この世界は三国志演義を基にした世界である。
そして、涼はこの世界の人間ではなく、また、普通の人間より三国志演義に関する知識が豊富だった。
「……? 涼兄さん、どうかしました?」
「いや……悪い知らせじゃなければ良いなと思ってな。」
「そうだよね、折角黄巾党の乱を鎮圧して世の中が平和になったのに、また戦いが起きたら大変だもん。」
「まったくだ。」
涼は心配する桃香を気遣い、それとなく誤魔化す。
だが、桃香の危惧が現実になる事を知っている涼は、心苦しくなっていた。
謁見の間に着くと、そこには見知らぬ二人の少女が居た。
一人は黒髪おかっぱ頭の大人しそうな少女、もう一人は緑のショートヘアが外向きにはねていて、紺色のバンダナを巻いている活発そうな少女だ。
「お前達が使者だったのか。」
「はい、御久し振りです白蓮様。」
白蓮が使者に向かって喋ると、おかっぱ頭の少女が挨拶をし、続けて隣に居るバンダナの少女も挨拶をした。
白蓮の口調や、使者の少女が公孫賛を
「お前達が来たという事は、
「そーなんですよ白蓮様。しかも今回は、
「何進が? 一体何が有ったんだ?」
バンダナの少女が何進の名前を出すと、白蓮は怪訝な表情になった。
また、涼達にとっては黄巾党の乱でしゃしゃり出られた経緯が有る為、それなりに思う所は有る。
「重要な事ですから口にする訳にはいきませんので、詳しくはこの封書を御覧下さい。また、読んだ内容は信頼出来る人にだけ伝えて下さい。」
おかっぱ頭の少女が懐から封書を取り出すと、白蓮の部下がその封書を預かり、白蓮の
「封書は確かに受け取った。」
白蓮は封書を手にすると、それを懐に入れた。
「二人共長旅で疲れているだろう、今日はこの城で休んでいくといい。」
「有難うございます、白蓮様。」
「流石、白蓮様は麗羽様と違って常識が有るなあ。」
「文ちゃんってば、麗羽様に怒られても知らないわよ。」
「どうせ聞こえないんだから大丈夫さ♪」
おかっぱ頭の少女が注意をするも、バンダナの少女はそう言ってケラケラと笑っていた。
その光景を見た白蓮は苦笑していたが、そこに涼が尋ねてきた。
「なあ、白蓮。」
「ん? 何だ、清宮?」
「今更だが、この二人は何進と誰からの使者なんだ? さっきから白蓮やこの娘達が言っている名前は真名だろうから、俺は判らないし。」
「それは済まなかった。麗羽ってのは
「成程、袁紹のね……。」
白蓮から、おかっぱ頭の少女とバンダナの少女について教えられてる間、当の二人は涼をジッと見ていた。
「という事は、緑の髪の娘が
「えっ!?」
「何であたい達の名前を知ってるんだ!?」
涼が発した言葉に使者の少女達は驚いた。
実は先程の挨拶では、二人は名前を言っていない。白蓮とは顔見知りの様なので、名前を言うのを省いたのだろう。
それなのに、涼は二人の名前をピタリと言い当てた。驚くのも無理は無い。
桃香や白蓮もやはり驚いており、涼を凝視している。
その空気を読んだ涼は理由を話し出した。
「理由は簡単だ。さっきその娘が君の事を“文ちゃん”って言っただろ? だから君の名前が文醜だって解ったのさ。」
「ああ〜、成程〜。」
バンダナの少女――文醜は涼の説明に納得しそうになる。
だが、おかっぱ頭の少女――顔良は納得していないらしく、文醜に今の説明の疑問点を述べていく。
「文ちゃんっ、今の説明で納得しちゃ駄目だよぅっ。」
「え、何で?」
「何で? じゃ無いよぅ……。あのね、文ちゃん、今の説明だと、文ちゃんの“文”って姓は解るけど、“醜”って名は判らないでしょ?」
「……ああー、本当だーっ!」
「それに、私は姓も名も喋ってないよ。」
「だよな。おい、何であたいだけでなく斗詩の名前を知ってるんだよ!」
文醜はまるで敵を威嚇する様に、涼を睨みながら言った。
一瞬にして場の空気が変わる。
使者である文醜達は今謁見中の為に武器を持っていないが、何か有れば殴りかかってきそうな雰囲気だ。
仕方無く、涼は改めて理由を述べた。
「何でって……まあ、名前を知っていたから、かな。」
「……はあ?」
涼がそう答えると、文醜は間の抜けた声を出した。
顔良も言葉の意味を測りかねており、桃香と白蓮もキョトンとしている。
「袁紹軍の二枚看板と言えば顔良と文醜だろ。だから名前を知っていただけさ。」
「あー、確かにあたい等は袁紹軍の二枚看板ってよく言われるし、それなら納得。斗詩もそう思うよな?」
「う、うん。」
顔良は未だ少し疑問に思っている様だが、追及はしなかった。
桃香や白蓮も納得したらしく、ホッとした表情を浮かべている。
(実は別世界から来たから知っているとか言ったって、理解されないだろうしな……。)
涼は心の中で苦笑した。事情を話してる桃香達でさえ、ちゃんと把握はしていないかも知れない。
何せ涼は天の御遣いにされているくらいだから。
涼はそんな大層な存在では無いと自覚しているが、その名称の効果が有る間は、別に構わないと思っている様だ。
「そう言えば、あんた誰だ?」
文醜は今気付いたかの様なトーンで尋ねる。顔良もまた同じ様なリアクションをとって涼を見つめた。
「そう言えば自己紹介が未だだったね。俺は清宮涼、義勇軍の副将を務めている者です。」
「あー、あんたがあの“天の御遣い”とか言われてる人か。」
「という事は、貴女が劉玄徳さんなんですね?」
涼が「天の御遣い」と判った文醜はマジマジと涼を見つめ、顔良はその天の御遣いと共に戦っている桃香を見つめながら尋ねた。
「はい、義勇軍の総大将を務めている劉玄徳です。」
「と言うか、俺達三人を呼んだんだから、そっちは俺達の名前を知っているべきなんじゃないか?」
「それはそうなんですが、私達の名前を当てられて動揺してしまい、つい失念してしまいました。」
「ゴメンよ、御遣いのアニキ。」
涼のツッコミに対して顔良は真面目に謝り、文醜は軽く謝った。勿論直ぐに顔良に叱られている。
「ま、まあ、良いじゃんか斗詩。それより、あたい達も御遣いのアニキ達に自己紹介した方が良いんじゃないか?」
「あっ、それもそうね。」
文醜がそう提案すると、顔良はそれに同意して居住まいを正した。
「じゃあ、あたいから。あたいの姓は“文”、名は“醜”、字は“
文醜はそう言って笑顔で手を振る。
だが、文醜以外の全員は驚いて反応出来ないでいた。
暫くして最初に反応したのは顔良だった。
「ちょっと文ちゃんっ、いきなり真名を預けるなんてどうしたのっ!?」
「いーじゃんか、斗詩。気にしなーい気にしない♪」
「気にするってばあっ。」
文醜はケラケラと笑っているが、顔良の言う事はもっともだ。
真名は神聖なものであり、呼ぶのを許可していない者が勝手に呼んだら首をはねられても文句は言えない程、大切なもの。
それだけに、真名を呼ぶのを認める時は、相手を心から信頼しているという証になっている。
だから、会ったばかりの涼に真名を預けた文醜の行動は、普通は有り得ない事なのだ。
「斗詩〜そんなに心配しなくたって大丈夫だって。あたいだってちゃんと考えてるからさあ。」
「……例えば?」
心配する顔良に、文醜は耳打ちする様に顔を近付けて言った。
「天の御遣いと仲良くなってれば、姫も喜んでくれるんじゃないかと思ったんだよ♪」
「麗羽様が喜ぶ?」
「そっ♪ あたい等が天の御遣いと仲良くなっていれば、姫が天の御遣いに認められたって噂が立つかも知れないじゃんか。」
「成程……って、珍しく文ちゃん冴えてるね。」
「珍しくってなんだよーっ。」
顔良の指摘に文醜は頬を膨らませるが、本気で怒ってはいない様だ。
「だからさ、斗詩も真名を預けなよ。」
「う……うん、そうするね。」
文醜と顔良は一連の会話を声を潜めて話している。
「……随分と大きなヒソヒソ話だな。」
「ですね……あはは……。」
だが、顔良は兎も角文醜の声は結構大きく、涼達は苦笑しながらその会話を見守っていた。
やがて、会話を終えた二人は涼達に向き直って話しだした。
「えっと……兎に角そういう訳だから、あたいの事は真名で呼んでくれ。」
「ああ、解った。」
(って、どういう訳か説明してないじゃんか。)
涼は心の中でそう突っ込んだ。
それは桃香や白蓮だけでなく顔良も同じだった様で、文醜を見ながら苦笑している。
その顔良は暫くして表情と居住まいを正し、涼達に自己紹介をした。
「私の姓は“顔”、名は“良”、字は“
顔良はそう言うと、左手の掌に右手の拳を当てて平伏の姿勢をとる。
「ああ。君の真名、確かに預かったよ。」
「猪々子さん、斗詩さん、これから宜しくお願いしますね。」
涼と桃香は共に笑顔で二人にそう言い、斗詩と猪々子も笑顔で応えた。
こうして、涼達は顔良の真名「斗詩」と、文醜の真名「猪々子」をそれぞれ預かった。
真名を預かった涼は、改めて斗詩と猪々子の姿を見る。
斗詩の髪型は黒いおかっぱ頭で、瞳は薄い紅。
紺に白のラインが入った服に白いミニスカート、紫のニーソックスを履き、服やニーソックスの上には金に黒いラインが入った鎧や籠手、足当てを身に付けていた。
また、長い緑の布を首元と腰に巻いており、腰の布は蝶結びになっている。
一方の猪々子は、髪型は外向きにはねた緑のショートヘアでバンダナを巻き、瞳は碧。
服装は、基本的に斗詩と似た様な服や鎧を身に付けている。
違いと言えば、指先や足も防具を身に付けている斗詩と違い、猪々子は胸と肩、そして籠手だけしか防具を身に付けていない事。
ニーソックスは白で、更にガーターベルトらしき物が付いている事。
服の色が緑で、腰の布は赤紫、首元の布は青だという事だ。
(大人しそうな感じの斗詩に、ボーイッシュな猪々子か……。)
観察を終えた涼は、外見や口調がとても対照的な二人だなあという感想を、頭の中で述べていった。
「それでは白蓮様、私達はお言葉に甘えて休ませて貰います。」
「ああ、ゆっくり休んでくれ。」
そう言うと白蓮は侍女を呼び、斗詩と猪々子を客室へと案内させてから、涼達を連れて執務室へと向かった。