真・恋姫†無双 ~天命之外史~   作:夢月葵

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第六章 戦いが終わり、戦いが始まる・5

「何だと!?」

「お兄ちゃんが孫策に殺されるかも知れないのか!?」

「そんな……涼兄さん……っ。」

「わっ! 桃香様、お気を確かにっ!」

 

 不測の事態に驚き戸惑う面々。因みにこれ等の台詞は、愛紗、鈴々、桃香、雪里のものだ。

 愛紗達を見つけたのは賈駆だった。

 愛紗と鈴々は城の西に在る広場で兵士達の調練に勤しんでいて、桃香と雪里は街の視察から帰った序でに愛紗達の調練の様子を見に来ていた。

 その後休憩していた愛紗達を賈駆が見つけ、今起きている事を伝え、冒頭の台詞に繋がる。

 

「孫堅達め……義兄上(あにうえ)を手にかけようとは、一体どういうつもりだ……!」

「お兄ちゃんに何かあったら、鈴々がぶっとばしてやるのだっ!」

 

 愛紗と鈴々は自身の得物を手に怒りを露わにしている。この場に孫堅達が居たら、間違い無く斬りかかっているだろう。

 

「冷静に……と言っても無駄の様ですね。なら、早く清宮殿の許に向かいましょう。」

 

 そう言って冷静に努めようとする雪里ですら、こめかみがピクピクと動いていた。

 

「涼兄さん……!」

 

 桃香は先を行く愛紗達の後ろ姿を見ながら、胸の鼓動が速くなるのと、その奥がチクリと痛むのを感じていた。

 途中で、時雨達を連れた董卓と運良く合流した賈駆は、そのまま涼の許に向かった。

 だがそこには、賈駆達が思いも寄らなかった光景が広がっていた。

 

「なっ……!?」

「清宮さん……!?」

 

 その光景を見た賈駆達は思わず立ち止まる。

 

「ぐっ……!」

「……今度こそ勝負有りだね?」

 

 悔しそうな声を出す孫策と、勝ち誇っている涼。

 涼は地面に倒れている孫策の体に跨り、その首筋に手刀を添えている。

 また、孫策の右手に有った剣は孫策の後方の地面に垂直に突き刺さっていた。

 先程迄劣勢だった涼が何故優位に立っているのか解らない董卓と賈駆は、その光景を見て唖然としている。それは、賈駆から「涼が殺されそう」と聞いていた桃香達も同じだった。

 

「……何だか、話が違うみたいだけど。」

「う、うん……ボクも驚いてる。」

 

 戸惑いながら答えた賈駆は、さり気なく孫堅と程普に目をやった。

 二人共先程と同じ場所に居たが、その表情は明らかに驚いている。彼女達もこの状況は予期していなかった様だ。

 

「……孫堅さん、一体何があったんですか?」

 

 そんな中、董卓が孫堅に近付き尋ねる。

 その問いに孫堅は自分の髪を触りながら答えた。

 

「伯符が清宮殿に対して一方的に攻撃していたのは見ていたわよね?」

「はい。」

 

 董卓は孫堅を見ながら頷いた。

 

「それはほんの少し前迄続いていたの。だけど……。」

「突然、総大将殿は避けるのを止め、若君様に向かって行ったのです。」

 

 孫堅が言葉に詰まると、代わりに程普が説明しだした。

 

「それって、抜刀して向かったって事ですか?」

「いえ、納刀したままでした。」

「無茶するわね……。」

 

 董卓の問いに程普が答えると、説明を聞いていた賈駆は額を押さえながら呟いた。

 だが、桃香達は賈駆とは違う反応を見せていた。

 

「そっかあ、だったらこうなったのも解るね。」

「ええ。」

「解るのだー。」

「確かに。」

 

 桃香達は皆納得した表情で感想を述べ、それは董卓と一緒に来た時雨達も同じだった。

 その事を疑問に思いながらも、董卓は程普に説明を続ける様に促した。

 

「総大将殿がそう動くと、若君様は一瞬戸惑いました。」

「何故ですか?」

「元々、若君様は総大将殿を斬るつもりが無かったからです。」

「あんなに殺気立っていたのにですか?」

「若君様は戦の天才です。殺気だけを発する事くらい、雑作もありません。」

 

 程普がそう断言すると、董卓は依然として涼に手刀を突きつけられたままの孫策を見た。

 先の黄巾党南陽部隊との攻城戦で、孫策はその類い希なる戦闘能力を敵味方問わず見せ付けていた。

 たった一人で五十人以上の黄巾党を瞬時に斬り伏せ、遂には当時の敵将・韓忠を一刀の許に斬り捨てた。

 その後、黄巾党は新たに孫夏を大将に据えると、今度は孫堅と共に孫夏を討ち取る等、その武勇は瞬く間に連合軍全体に広がっていった。

 そんな孫策なら、実際に斬る気が無くても殺気を発する事が出来るかも知れない、と、董卓はそう結論付けた。

 

「それで、どうなったのですか?」

「斬るつもりが無い相手が接近してきたので、若君様の剣は止まりました。すると、総大将殿は若君様の懐に飛び込んでその剣を蹴り飛ばし、その勢いのまま身を屈め、若君様の足を蹴り、地面に倒したのです。」

「そして、倒れた孫策に清宮が馬乗りになり、首筋に手刀をあてがった、と言う訳ね。」

「はい。」

 

 程普の説明が終わりに近付いたとみて賈駆が結末を先に言うと、程普はそれを肯定した。

 

「……正直言って、伯符が負けるとは思わなかったから、この結果に驚いているわ。」

 

 孫堅は涼と孫策を見ながら言った。

 その言葉は嘘偽りの無いものだろう。表情に驚きを隠せていない。

 そんな孫堅の心中を察しているかどうかは知らないが、涼は未だに孫策に馬乗りになったままだった。

 

「どうするんだ、孫策?」

「……解ったわよ。」

 

 涼の問いに孫策は観念した様に呟き、それを聞いた涼は手刀を離した。

 

「やれやれ……。」

 

 涼はホッとした様に呟き、孫策から離れようと立ち上がりかけた。

 

「ちょっと待って。」

「ん?」

 

 だが、孫策が引き止めた為、涼はその動きを止めなければならなくなった。

 

「私を倒せる力が有るなら、何故最初から見せなかったの?」

「見せたくても、俺にそんな力は無いよ。」

「なら、今私が地に倒れているのは何故かしら?」

 

 孫策の問いに涼は正直に答えたが、孫策は納得していない。

 仕方無く、涼は説明を続けた。

 

「先ず、君が俺を斬る気が無かったのが勝因の一つかな。」

「……気付いていたの?」

「最初は気付かなかったけどね。俺が君の攻撃をあんなに避けられる筈無いから、そこで気付いたんだ。」

 

 戦い始めて数ヶ月の人間が、ずっと昔から戦ってきた人間に勝つのは難しいだろう。

 今迄涼が勝てていたのは、相手である黄巾党が元農民の集まりで、一人一人はそれ程強く無かったからだ。

 

「だから、俺が君の攻撃範囲にわざと入ったら、間違い無く動きが止まる。そこが狙い目だったんだ。」

「……成程。そうして動きが止まった時に接近して攻撃、って訳ね。」

「そういう事。」

 

 孫策が分析すると、涼は軽く笑みを浮かべて肯定した。

 

「けど、それは危険な賭けじゃない? 私が剣を止められなかったら、貴方は死んでいるわよ。」

「そうだね。けど、俺は余り不安に思わなかったよ。」

「どうして?」

 

 孫策が疑問に思うと、涼は殆ど間を置かずに答えた。

 

「孫伯符が失敗するとは思わなかったから、かな。」

「……っ!」

 

 涼は他意も無く正直に答えた為、自然と笑顔になって孫策を見つめていた。

 涼と目が合った孫策は何故か言葉に詰まり、涼から目を離せないでいる。

 だが、涼は孫策の様子に気付かず、尚も見つめ続けていた。

 

「……どうした?」

「な、何でも無いわ。」

 

 漸く気付いた涼が尋ねるも、孫策は目を逸らしながらはぐらかす。

 

「……変なの。」

 

 暫く考えてからそう呟き、涼は今度こそ孫策から離れようとした。

 

「……待って。」

「未だ何か有るのか……っ!?」

 

 孫策が再び呼び止めた為、涼はまたも動きを止めなくてはならなくなった。

 すると、孫策は涼の顔を両手で掴み、自分の顔に近付けた。

 

「な、何……?」

「……そんなに信頼してくれるのなら、私もそれに応えないとね……。」

 

 そう言って孫策は目を瞑り、自分の唇を涼の唇に重ねた。

 

「……っ!?」

 

 突然の事にどう反応して良いのか解らない涼は、全く動けずに只されるがままでいる。

 周りに居た桃香達は皆呆気にとられたまま二人の口付けに見入り、孫堅と程普もまた驚きながらその様子を眺めていた。

 やがて、孫策は唇をゆっくりと離した。

 

「……っ。異性にはこれが初めてなんだから、少しは喜びなさいよ。」

「あ……うん。…………異性には初めて……?」

 

 顔を赤らめながらそう言った孫策を見ながら、涼は疑問符を浮かべた。

 

「それはまた後で話すわ。それより、もう退いて良いわよ?」

「あ、ゴメンっ。」

 

 そう言われて涼は慌てて孫策から離れた。

 よくよく考えてみれば、年頃の女性に馬乗りになっていたなんて、かなり大胆だったなと、今更ながらに照れている。

 

「雪蓮よ。」

「え?」

 

 立ち上がり、服や髪に着いた土や砂を払いながら、何気なく孫策は言った。

 

「私の真名、“雪蓮(しぇれん)”を貴方に預けるわ。」

「良いのか?」

「当然よ。貴方の力量は解ったし、何より、私達は接吻した仲だしね♪」

 

 そう言うと孫策――雪蓮は涼に抱きついてきた。

 涼はまたも突然の事に戸惑い、されるがままになっている。

 

「ちょっ……孫策っ、苦しいって……っ。」

「ちゃんと真名で呼ばないと離さないわよ♪」

「しぇ、雪蓮……苦しいから少し離れて……。」

「うーん、涼が初めて真名を呼んでくれたから、もう少しこのままで♪」

「おいこら、話が違……っ。」

 

 反論しようとした涼だったが、その口は雪蓮の胸で塞がれてしまった。

 雪蓮は母親である孫堅同様、抜群のスタイルを誇っている。

 やはり抜群のスタイルを誇る桃香や愛紗でさえも、つい魅入ってしまう程のプロポーションだ。

 そんな彼女に抱き締められるとは、何て羨ましいんだ。

 まあ、そんな状況だと、

 

「涼兄さんっ!」

「総大将なのですから、もう少ししっかりして下さいっ‼」

 

当然ながら、桃香や愛紗といった義妹達がしゃしゃり出て来る訳だが。

 その後、一悶着あったものの何とか事態は終息した。

 敢えて言うなら、桃香や愛紗は涼が女性にだらしないと叱ったり、

 雪里や賈駆は自業自得と呆れていたり、

 雪蓮や孫堅はそんな風に言われる涼を、面白そうに見ていたりしたくらいだ。

 

「疲れた……。」

「孫策の色香等に惑わされているからです。」

「それは関係無いんじゃ……。」

 

 定時会議の時間が迫っていたので、皆一旦自室へと戻る事になった。

 その最中、涼は尚も愛紗から諫められている。

 そんな中、桃香は自身の胸の内に生まれた気持ちに戸惑っていた。

 

(何なのかな……このモヤモヤとした感じ……。)

 

 そう思いながら桃香は自身の豊かな胸に手を当てる。

 

(涼兄さんの周りに女の子が居るのは、今に始まった事じゃ無いのに……。私、心が狭いのかな……?)

 

 そう自己嫌悪しながら、桃香は涼の後ろ姿を見続けていた。

 一方、董卓と賈駆は桃香達の少し後方を歩きながら話している。

 

「……先、越されちゃったわね。」

「うん……。」

 

 一体何の先を越されたのか、主語や述語を言わなくても解る二人だ。

 

「それで……どうするの?」

「……言うよ。もう決めたから。」

「そっか……。」

 

 親友の決意に、賈駆は一瞬複雑な表情を浮かべるも、直ぐに表情を引き締め、先程と同じ様に応援する。

 先程の会話と今の会話の両方共、何をするのかはハッキリ言わなかったが、最早言わなくても解る事だった。

 

「……頑張ってね、月。」

「有難う、詠ちゃん……。」

 

 賈駆が最後に改めて言葉をかけると、董卓は笑顔を浮かべて応え、そして視線を移す。

 その視線の先に居るのは、連合軍の若き総大将の姿だった。


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