真・恋姫†無双 ~天命之外史~   作:夢月葵

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第五章 黄巾党征伐・後編・2

 それから数刻後、連合軍は山の麓に到着した。

 ここからは山を登る事になる為、連合軍は小休止をとる事にした。

 長い行軍から解放された兵士達は、思い思いの休息を取り始める。

 勿論、涼達は只休んでいる訳にはいかない。

 小休止の時間を使って、張宝戦の軍議を開いた。

 台の上に山の地図を開き、それを囲み見る様に涼達は立っている。

 

「この山には何万もの人間が通れる大きな道はここしか無く、ここを押さえておけば黄巾党を逃がす事は無いでしょう。」

「勿論、バラバラに動くなら逃げ道は幾つか有りますが。」

 

 荀彧と雪里が、張宝が陣取っているこの山について説明をする。

 

「なら、ここを死守しつつ張宝を討つという方針で行けば良いと思うけど……涼はどう思う?」

「りょ、涼っ!?」

 

 曹操が涼に尋ねると、突然桃香が驚きの声を上げた。

 曹操は桃香が驚いた理由に心当たりが有るのか、口元を緩ませて桃香を見つめる。

 

「どうしたの、劉備(りゅうび)?」

「な、何で曹操さんが涼兄さんを呼び捨てにしてるんです!?」

「涼だって私を“曹操”と呼び捨てにしているわよ。なら、私が涼を呼び捨てにしても構わないでしょ?」

「そ、それは……兄さ〜んっ!?」

 

 言い返せなくて困った桃香は涼に助けを求める。

 

「まあ、別に良いんじゃないか?」

「兄さ〜んっ。」

 

 涼は特に気にしていないのか平然と答え、桃香を尚更困らせただけだった。

 また、荀彧も似た様な理由で涼を睨んでいるのだが、涼は敢えてスルーしている。

 

「まあ、それは良いとして」

 

 数名は「良くない!」という表情をしたが、やはりスルーした。

 

「俺達はこれから山を登る訳だけど、山を登りながら攻めるのは難しいんじゃないか?」

「その通りです。」

 

 涼が疑問を投げ掛けると、雪里が肯定しながら簡単に説明を始めた。

 

「攻城戦において守る側が有利な様に、山攻めもまた上に居る側が有利です。」

「岩や大木を落としたり、矢を降らせたり出来るからな。」

「はい。」

 

 涼の言葉を雪里は再び肯定する。

 

「それに、今回はもう一つ懸案事項が有るわ。」

 

 そこに、賈駆が神妙な面持ちで口を開いた。

 自然と皆が賈駆に注目する。

 

「懸案事項って?」

「張宝の妖術よ。」

「ようじゅつ?」

 

 現実離れした単語に思わず聞き返す涼。

 まあ、そんな事を言ったらこの世界や桃香達の存在もかなり現実離れしているのだが。

 

「張宝は妖術を使うのか?」

「らしいわよ。以前、朱儁(しゅしゅん)将軍がこの先の“鉄門峡(てつもんきょう)”を攻めた時、張宝の妖術で散々な目にあったらしいから。」

「妖術ねえ……この世界って、妖術を使う人は多いのか?」

「多くは無いでしょうね。現に私も桂花(けいふぁ)も妖術を使えないしね。」

 

 涼の問い掛けに曹操が答えると、董卓達も同様に答えていった。

 

「なら、その妖術が本物か判らないんじゃないか?」

「確かにそうだけど、妖術の被害にあったって言われているのも本当だから、厄介なのよ。」

「厄介って?」

 

 涼が尋ねると、賈駆の代わりに荀彧が答えた。

 

「妖術という常人には抗い難い現象で部隊が被害を受けてると言われているのよ。そんな事を知ったら、幾ら兵士とはいえ普通は恐れて近付きたくないと思うでしょ。」

「ああ、成程な。」

 

 未知の現象に対する畏怖はどんな時代の人間も持っている。特に、この世界の人間はそういった事により敏感に反応するだろう。

 

「恐怖を取り除く事が出来ればその問題は解決するけど……。」

「そう簡単にはいかないでしょうね。」

「だよなあ……。」

 

 涼がそう呟くと、即座に曹操が否定の言葉を返したので涼は軽くうなだれた。

 考えながら涼は鉄門峡の方向に目を向ける。

 両崖はとても硬そうな岩で出来ていて、その傾斜はとても急だ。

 空はどんよりと曇っていて、今にも雨が降り出しそうな雰囲気だ。

 それ以上に何か出て来そうな感じもする。その所為だろうか、妖術が現実味を帯びていた。

 

「因みに、張宝がどんな妖術を使ったのかは判る?」

 

 涼が尋ねると、賈駆は即座に答えた。

 

「話によると、物凄い逆風が吹いて前に進む事が出来なくなって、その後に矢や岩が色んな所から飛んで来たらしいわよ。」

「成程……。」

 

 話を聞いた涼は考え込んだ。

 賈駆の話は三国志演義でもあった話だから、対応策が無い訳では無い。

 只、今の状況は涼が良く知る三国志演義と似て非なるもの。果たして同じ様にしても良いのだろうか。

 そうして散々考えた結果、先ずは軍師達に尋ねる事にした。

 幸い、今この場には徐庶、賈駆、荀彧といった、三国志でも有数の名軍師達が居るのだ。頼らない手はない。

 

「取り敢えず、軍師達の意見を聞いてみたいんだけど、何か考えは有る?」

 

 涼がそう尋ねると、軍師達は既に考えていたらしく順々に答えていった。

 

「妖術の真偽が判らない以上、只この場に留まるだけでは意味が有りません。有る程度は危険を承知で前に進む事も必要かと。」

「ボクとしては、妖術云々は兎も角、何らかの罠が仕掛けられている危険性が高い以上、全軍をもって進むのは反対ね。物見を放って様子を見るのが先決だと思うけど。」

 

 雪里と賈駆はそれぞれ異なる見解を示した。

 涼は雪里の考えに若干の違和感を感じたが、今は全員の意見を聞くべきと判断し、気にしない事にした。

 

「荀彧は何か無いの?」

 

 三人の軍師の中で、未だ考えを言っていない荀彧に尋ねる。

 

「何でアンタなんかの為に献策しなくちゃいけないのよ。」

「何でって……一応、俺はこの連合軍の総大将だし。」

 

 喧嘩腰になって睨む荀彧に対し、涼は平然と答える。それが気に食わなかったのか、荀彧は尚更強く睨んだ。

 そんな風に荀彧が睨んでいると、今度は愛紗(あいしゃ)鈴々(りんりん)が荀彧を睨み始めた。

 桃香と董卓はオロオロしだし、賈駆は頭を押さえて溜息を吐き、盧植はそんな彼女達を静かに見守っている。

 

「桂花。」

「……解りましたぁ。」

 

 場の空気を読んだのか、曹操が静かかつ強い口調で荀彧を諭す。

 曹操に睨まれた荀彧は、肩を落としながら渋々涼に考えを述べ始めた。

 

「戦いにおいて、情報は必要不可欠。先程賈駆殿も仰られた様に、先ずは物見を放って敵の様子を探り、それから行動に移した方が被害も少なくて宜しいかと。」

「つまり、進軍が一人、様子見が二人か。」

 

 結局、涼は賈駆と荀彧の提案を採用した。

 物見を放って二刻後、無事物見が帰ってきた。

 大軍が通れる道は一つしか無いが、一人二人が通れる道は他にも在る。また、道無き道も、物見なら通る事は不可能ではなかったのだ。

 

「物見の報告によると、鉄門峡には落石の罠や弓兵隊が配置されている様です。」

「また、その先には張宝らしき女性の指揮官が居たとの報告も有ったわ。」

「そっか……。」

 

 再び軍議が開かれ、雪里と賈駆が物見から受けた情報を皆に報告する。

 敵の罠の確認が出来たのは良いが、張宝らしき人物がその先に居る事も判明した為、これからの行動が難しくなった。

 

「敵の罠を凌いで張宝を討つ……って、言うのは簡単だけど、実際はそう簡単にはいかないよなあ。」

「でしょうね。こちらの数が圧倒的なら力押しも不可能では無いけど、現在の戦力差はほぼ互角……。」

「この状況で戦えば、例え勝てても甚大な被害は免れないでしょうね。」

 

 涼の言葉に、曹操と盧植がそれぞれの考えを述べる。

 現状では、被害を覚悟して前進するのは下策でしかないが、このままでは進展は無い。

 

「どこかに道が在れば、この問題は解決するんだけどな……。」

 

 涼は溜息をつきながらそう呟いた。

 

「道が無いなら造れば良いのだっ。」

 

 そんな時、鈴々の元気な声が涼達の耳に届いた。

 一同が鈴々に注目する中、涼が尋ねる。

 

「道を造るって、具体的にはどうするんだ?」

「そんなの簡単なのだ。あそこを登れば良いのだっ。」

 

 元気にそう言いながら鈴々が指差したのは、右後方に聳える断崖絶壁だった。

 

「まさかあの崖を登ると言うの?」

 

 荀彧が驚きながら尋ねると、鈴々は笑顔で肯定した。

 驚いたのは荀彧だけではない。曹操も盧植も董卓も、その場に居る殆どの者が驚いていた。

 

「これだから義勇軍の武将は……。いい? あんな崖を何万人もの兵が登れるのなら苦労はしないし、もし登れるのなら張宝だってあそこに兵を配置して守っているわ。けどあの崖を登るのは不可能だし、それが解っているから張宝も兵を配置していないのよ。」

「けど、登れそうな所から登っても意味が無いのだ。だからもし、鈴々達があの崖を登って攻めたら、きっと黄巾党は慌てると思うのだ。」

 

 荀彧の反論にたじろぎもせず、鈴々は逆に反論していく。

 その言葉には説得力が有ったのか、荀彧も多少慌てるが、負けずに崖を登る危険性の高さと成功率の低さを論じていった。

 そんな論戦が暫く続いていると、おもむろに涼が口を開いた。

 

「……確かに無理かもな。」

 

 その言葉で鈴々の表情は曇り、荀彧は複雑な笑みを浮かべる。

 納得がいかないのか、鈴々は涼の(もと)に駆け寄った。

 

「お兄ちゃんもあの崖を登るのは無理だって思うの?」

 

 さっき迄の元気が嘘の様に、鈴々の声は弱々しかった。

 涼は鈴々を真っ直ぐ見ながら言った。

 

「ああ。……全員はな。」

 

 その言葉に鈴々は勿論、曹操達も疑問符を浮かべた表情になった。

 

「どういう事? ……まさか!?」

 

 荀彧は涼に尋ね、そして理解した。

 

「アンタまさか、少人数なら可能だとか言うんじゃないでしょうね!?」

「残念ながら、そのまさかだよ。」

 

 荀彧にそう答えると、涼は皆を見回してから言葉を紡いだ。

 

「全員が崖を登る事は出来なくても、少人数……少なくとも五百人が登れたら、奇襲は成功する筈だ。」

「馬鹿言わないでっ! あんな断崖絶壁、幾ら少人数で良いといっても不可能よ! こんな危険な事に華琳様の兵を使わせられないわ‼」

「解ってる。だからこの策は義勇軍の兵だけでやるよ。その間、曹操達にはここで敵の注意を引きつけておいてほしいんだ。」

 

 涼は、あくまで反対する荀彧に冷静に対応し、曹操達に指示を出していく。

 尚も反対しようとする荀彧だったが、そこに涼が言葉を繋いで遮った。

 

「それに、俺の世界じゃ、ああいった崖を登るスポーツがある。」

「すぽーつ?」

「えっと……運動競技って言えば良いかな? まあ兎に角、遊びで登る人も居るって事。それも、あれより大きな崖をね。」

 

 その言葉に全員驚き戸惑ったが、同時に、策が成功するのではという思いも出始めていた。

 

「……解ったわ。なら、詳細を詰めていきましょう。」

「か、華琳様っ!?」

 

 曹操もその一人だったらしく、その表情は自信に満ち溢れている。

 勿論、荀彧は慌てて曹操に考え直す様に言ったが、結局曹操が考えを変える事は無かった。

 その後、盧植や董卓も涼の考えに賛同したので、崖を登る人員は直ぐに決まった。

 大半は涼達義勇兵で占められたが、曹操軍、董卓軍、盧植軍からも数名から数十名が選ばれた。

 義勇兵が中心という事もあって、奇襲部隊の指揮官には愛紗、鈴々に決まった。

 そこで終わりかと思われたが、二人の言葉で軍議は更に長引く事になる。

 

「言い忘れたけど、俺も行くよ。」

「も、勿論私もっ。」

 

 二人がそう言った瞬間、その場に居る全員が驚いたが、その中でも愛紗と鈴々が特に驚いていた。

 

「二人共、本気なのですか!?」

「お兄ちゃんもお姉ちゃんも、無理しちゃダメなのだっ。」

 

 そんな風に慌てる二人だが、当の二人――涼と桃香は実にあっけらかんとしている。

 

「本気だよ。俺は鈴々の提案に乗ったんだし、最終的には俺が決めたんだ。なら、俺も行かないとダメだろ?」

「私も、涼兄さんと同じ義勇軍の指揮官だから一緒に行くよ。」

 

 二人の決意は固いらしく、その瞳には迷いが無い。

 それに気付いた愛紗と鈴々、そして曹操達は引き留めるのを止めた。

 すると、涼はそんな彼女達の前に出る。

 

「董卓と曹操、そして盧植さんにはここに残って本隊の指揮をお願いします。」

「解りました。」

「解ったわ。」

「お任せ下さい。」

 

 そう言って董卓達に本隊を任せると、義勇軍の中核で唯一ここに残る彼女に向き直った。

 

「雪里、君にはここで皆の補佐を頼みたい。」

「解りました。……皆さん、お気をつけ下さい。」

「ああ。」

 

 最後に雪里にそう指示すると、涼は桃香達と共に奇襲部隊へと向かった。

 鉄門峡の戦いは、こうして始まった。


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