真・恋姫†無双 ~天命之外史~   作:夢月葵

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決意した少年少女たちは前を向いて進む。

例えどんなに苦しくともやり遂げると胸に秘め。

今日も仕事を片付けていくのであった。

2019年11月5日更新開始
2019年12月10日最終更新


第二十二章 いざ、連合へ・1

 (りょう)小蓮(しゃおれん)を連れていくと決めた後に開かれた軍議で、徐州牧(じょしゅう・ぼく)である劉備(りゅうび)こと桃香(とうか)と、その補佐役を務める涼が今回の連合参加の真意を告げたのだが、諸将、特に徐州古参の者はやはりというか混乱をきたした。

 当然であろう、下手をすれば桃香たちだけでなく徐州全てが火の海になるかも知れないのだ。“反董卓連合(はん・とうたく・れんごう)に参加しつつ董卓たちを助ける”という事は。

 初めに、糜竺(びじく)こと山茶花(さざんか)が考え直してはくれませんか、と言った。二人は首を振った。

 次いで、孫乾(そんかん)こと霧雨(きりゅう)が何故そのような決断に至ったのですか、と(たず)ねた。二人は話せる事を全て話した。

 最後に、陳珪(ちんけい)こと羽稀(うき)が決意は固いのですね、と確認した。二人は深く頷いた。

 そこで古参の徐州軍諸将は溜息を吐き、だがどこかスッキリした表情になったかと思うと皆一様に拝礼し、二人の決意への賛同を示した。

 程昱(ていいく)こと(ふう)はその光景を見ながら、まずは風たちの読み通りになりましたね、と小声で二人に言った。

 こうして、意外なほど呆気なく徐州軍の軍議は終わった。

 

 

 

 

 

「なんだか、拍子抜けしちゃったね。」

 

 出発前に片付けなければならない書類を整理しながら、桃香は誰ともなしに言った。

 ここは桃香がいつも居る徐州牧の執務室。今この場には彼女の他には義兄(あに)である涼と、二人の軍師である諸葛亮(しょかつりょう)こと朱里(しゅり)と風が居る。

 涼は桃香と同じ様に書類に(しょう)、つまりは判子を捺しながら桃香に応える。

 

「まあ、風たちが言った通りになったというか。取り敢えず、ここで(つまず)かないで良かったよ。」

 

 ペタン、ペタンと涼と桃香が章を捺し終わった書類を手にした風は、その書類を確認しながら常ののんびりとした口調で喋る。

 

「ほんとうですねえ~。もしここで反対されたら出兵すらままならなかったでしょうし、仮に強引に出兵しても火種を残すところでした。はい、朱里ちゃん。」

 

 確認が終わった書類を朱里に手渡すと、朱里はそれを種類別に振り分けていき、竹簡に確認と振り分けが終わった事をメモしていく。

 

「風ちゃんの言う通りです。後ろから刺される危険性がありましたし、最悪、三万にも満たない兵で河内(かだい)に行くはめになるところでした。」

 

 そう言いながらまた一枚、風から書類を受け取り、やはり同じ様に振り分け、メモをする。

 州牧とその補佐である桃香と涼の仕事は当然ながら多い。特に最近までは遠征などで二人が徐州から離れていた事もあって、仕事が溜まっていた。

 優秀な軍師を始めとした文官達が居なければ、いまだに大量の書類・書簡が彼等の前に存在していただろう。

 涼は最後の書類に章を捺しながら朱里に訊ねる。

 

「実際に連れていける兵はどれくらいになりそう?」

 

 朱里は書類を振り分けながらその質問に答える。

 

「先の青州(せいしゅう)遠征及び外交遠征に参加した兵士さんの(ほとん)どは今回お休みですね。流石に疲労や怪我が快復しきっていませんし、他の兵士さんの練度を上げる為にも今回は前回留守居を守っていた兵士さんを中心に選ぶ事になると思います。あ、青州黄巾党の降兵さんは論外です。練度も忠誠心もまだまだ足りませんから。」

「……それで大丈夫なのかな?」

 

 桃香が背筋を伸ばしながら疑問を口にする。その際、偶然か必然か大きな胸が揺れて図らずも注目を集めた。

 その桃香の胸をいろんな感情で見ながら、彼女の疑問に答えたのは風だった。

 

「勿論、それだけではダメですねえ。真偽はともかく、相手はこの国の首都・洛陽(らくよう)を支配しているのです。当然ながらその兵力はどんなに少なく見積もっても二十万を超えます。」

「二十万……青州遠征でうちが動員した数の倍だね。」

「はい~。しかもそれは、以前の情報を元に精査して予測した最低限の数です。何故か董卓軍の情報は余り入ってきませんからねえ。手に入った数少ない情報には、董卓軍には呂布(りょふ)将軍や張遼(ちょうりょう)将軍といった名将が居るとあります。この二人に率いられる兵は恐らく今の徐州軍の精鋭と同じか、それ以上の実力でしょうねえ。」

(れん)(しあ)の部隊か……。」

 

 涼は風の説明を聞きながら、以前洛陽で会った二人の少女の事を思い浮かべる。

 十常侍誅殺(じゅうじょうじ・ちゅうさつ)の際に会った二人とは、二人の上官であった丁原(ていげん)の取りなしもあって友好的な関係を築けたと涼は思っている。この世界では命と同等ともいえる真名(まな)を預けてもらったからだ。

 だが、その二人はどうやら今、董卓軍に居るらしい。噂によると丁原は病死し、その跡を呂布こと恋が継ぎ、張遼こと霞がその補佐をしているという。

 涼が知る史実や演義では、丁原は病死ではなく呂布に殺されている。そうした違いに若干戸惑いながらも、「恋が丁原さんを殺す訳ないしな」と結論付けた。恋の本意ではないものの、この世界でも呂布が丁原を殺したという事実を涼は知らない。

 だが同時に、そんな二人の部隊は強敵になるだろうとも理解していた。これもまた、涼が知る史実や演義による予測である。

 

「出来ればその二人の部隊とは戦いたくないな。本来の目的ってのもあるけど、多分戦ったら甚大な被害が出ると思う。」

 

 涼がそう呟くと、桃香達はまるで図ったかの様に皆一様にゴクリと唾を飲んだ。

 ここに居る四人は、誰一人として呂布と張遼、それぞれが率いる部隊を見た事はない。だが涼は十常侍誅殺の時に霞の鬼神ともいうべき戦いぶりを見ており、残る三人も両者の噂は聞いていた。

 

 曰く、『黄巾党(こうきんとう)の残党、約三万をこの二人の部隊だけで殲滅した』などである。

 

 こうした噂には大なり小なり嘘が含まれているのが常であるので鵜呑みには出来ないが、呂布が「三国志最強の武将」という知識を知っている涼はどこか納得していた。この世界ならそういう事もあるかも知れないとも思いながら。

 また、張遼も三国志にその名を刻んでいる名将であり、とある戦いに於いては演義より史実の方が凄まじい活躍をしているという、こちらも呂布に負けず劣らずな猛将である。

 その二人が今度の戦いでは敵として出てくるのだ。楽観できる筈はない。楽観視する人が居たらそいつは間違いなく馬鹿である。

 そしてここには楽観視する馬鹿は一人も居なかった。

 

「お兄さんの懸念は当然なのですよ~。黄巾党征伐、十常侍誅殺で活躍したというこの二人は一騎討ちは勿論、部隊の指揮も優れていると言われています~。また、その中核を成す騎馬隊の強さは西方の馬一族(ば・いちぞく)羌族(きょうぞく)と遜色ないとも~。」

 

 馬鹿は居ないが、緊張感が無い口調の者は居た様だ。

 馬一族とは、光武帝(こうぶてい)の家臣にして後漢の名将、馬援(ばえん)の子孫である馬騰(ばとう)やその子、馬超(ばちょう)たちの事を指す。なお、本当に馬援の子孫かは分からない。

 彼等は皆、馬の扱いに長けており、外敵との戦いでも活躍していたという。その外敵の一つが羌族であるが、馬騰の母はその羌族出身である為、馬超たちには羌族の血が流れている。その為か、羌族と結んでいた事もあったという。

 そんな馬一族と羌族に匹敵するかも知れない騎馬隊を擁しているかも知れないのが呂布隊、張遼隊なのだ。何度も言うが楽観視は出来ないだろう。

 

「ま、まあ、私達の部隊が呂布隊や張遼隊と戦うかはまだ分かりません。何せ今回の連合には沢山の諸侯が参加する様ですからね。」

 

 楽観視はしていないが、青くなっている涼と桃香を安心させる為に朱里はそう言った。

 確かに、確率で言えば朱里の言う通りだろう。だが、桃香はともかく涼にはその慰めは通じなかった。繰り返しになるが、彼には三国志の知識があるからである。

 

(朱里の気遣いは嬉しいけど、演義だと関羽(かんう)張飛(ちょうひ)、そして劉備が呂布と戦っているんだよなあ。この世界は演義準拠のところが多い事を考えると、なあ……。)

 

 涼は内心で深い溜息を吐いた。

 劉備、関羽、張飛対呂布。俗に言う「三英戦呂布」であり、反董卓連合及び三国志序盤の名場面である。

 もっとも、この時期の劉備たちは実際には反董卓連合に参加していないと正史では考えられているし、仮に参加していても大した地位も役職もない劉備たちが活躍できるとは思えず、演義の創作と言われている。

 一方、朱里の気遣いによって少しは元気を取り戻した桃香は、可愛い軍師に応える様に語気を明るくして言葉を紡いだ。空元気も元気とどこかの隊長も言っていたが、まさにそれである。

 

「そ、そうだね! 今はただ連合で上手くやれる様にしないとね。」

 

 そう言って胸の前で両手の拳を握る。その際、大きな双丘が元気に弾んだのを他の三人はそれぞれ違った感想を抱きながら見つめていた。


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