真・恋姫†無双 ~天命之外史~   作:夢月葵

133 / 148
第二十一章 それぞれの決意・8

「……月、今報告が来たわ。」

 

 洛陽(らくよう)のどこか、相国となった董卓こと月と、その補佐を務める賈駆こと詠の為に用意された屋敷の一室に、二人は居た。

 何かの報せを伝えに来た詠の表情は明るくなく、むしろ暗い。良い報せで無いという事を、月は理解した。

 詠もまた、上司であり親友である彼女がその事に気づいている事に気づいた。出来るなら知らせたくないと思うが、彼女の為、自分の為に意を決す。

 

「ボク達を倒す為の連合軍が組まれたそうよ、差し詰め、“反董卓連合”とでも言うのかしらね。」

「詠ちゃん……。」

 

 まるで呆れているかの様な口調で告げた詠の名を、月は寂しげな瞳を向けつつ呟く。

 月は自分の今の立場を身分不相応と思っている。そしてそれは間違いではないが、かといって全くの無能という訳でもない。もし無能だったらいくら詠でもこの場には居ないかも知れない。……居るかも知れない。

 自分に出来る範囲で動き、黄巾党討伐などの実績がある月は、詠が知らせた事の重大さを当然ながら理解している。

 だからこそ、彼女は詠に報告の続きを促す。

 

「詠ちゃん、連合にどんな人達が参加してるか、分かるかな?」

「……ええ。読むわね。」

 

 詠は月の心情を理解し、同時に沈痛な思いになりながらもそれを表情に出さず、ただ月の言う通りにした。手にしていた紙を広げ、常より少し声を凛々しくしてそこに書かれている名前を読み上げていく。

 

「袁紹、袁術(えんじゅつ)馬謄(ばとう)孔融(こうゆう)公孫賛(こうそんさん)劉表(りゅうひょう)劉焉(りゅうえん)………………孫堅、曹操、そして……劉備・清宮。」

「……っ! …………そう……なんだね…………良かった。」

「月……?」

「だって……これで皆さんは私と違って逆賊として殺されなくて済むから……ね。」

「月……っ!」

 

 詠はそこで初めて表情を崩した。我慢していた涙が止めどなく流れ落ち、自分の無力さとこの世の理不尽さを呪った。

 一体、月が何をしたというのだ。彼女はいつも自分より他人の為に動いてきたではないか。その彼女が何故、こんなにも苦しい立場にいて、こんなにも悲しげな表情をしなければならないのか。

 詠は床に膝をついた。手にしていた紙はぐしゃぐしゃになっている。床には涙が点々と落ちている。このままではその点が大きくなるのも時間の問題だろう。

 月は詠の、親友の姿を見てやはり自分の無力さを呪った。だが彼女は、この世を呪う事はしなかった。こんな状況になっても、彼女はいつも通りの少女で居続けている。だからこそ詠は苦しんで、悲しんでいるのだ。そしてそれも、月は理解していた。

 月は詠の肩に手を置き、小さく息を飲むとそのままの姿勢で言葉を紡いだ。

 

「……詠ちゃん、後の事はお願い。私は陛下の許に行ってくるね。」

「……うん。」

 

 詠の短くもハッキリとした返事を聞いた月は、心の中で謝りながら部屋を出ていった。

 一人になった詠は声をあげて泣いた。反董卓連合。その様なものが出来てしまった以上、董卓の名声は地に落ちたも同然となった。

 例えこの連合を倒したとしても、連合が帝を助ける為に結成されたという名目の為、「帝を意のままに操り続ける悪逆・董卓」という印象は拭えない。第二、第三の反董卓連合が組まれるかも知れないし、刺客を放って月の命を狙う者も出続けるだろう。連合に負ければもちろん、死しか待っていない。

 

「何で月がこんな目に遭わないといけないの……そうよ、あいつ等が来たから。……あいつ等の所為で……あいつ等の所為で月は……!」

「お呼びですか? 賈文和(か・ぶんわ)。」

 

 誰も居なかった筈の場所から聞こえてきた男性の声。その声を聞いた詠はそれまで以上に怒りを露にし、声の主を睨み付けながらその男性の名前を口にした。

 

于吉(うきつ)……!」

「そう恐い顔をしないでくれませんか。私は貴方達の味方ですよ?」

「どうだか。少なくともボクにはそう思えないけど?」

「残念ですねえ。私は貴方や董卓さんが幸せになれるお手伝いをしているだけですよ?」

「その結果がこれって訳?」

 

 詠は怒気をはらみながら、反董卓連合に名を連ねた諸侯の名前が列挙されている紙を、于吉に見せる様にヒラヒラと揺らした。だが、于吉はそれを一瞥するだけで特に反応はしない。

 

「ええ。この漢に於ける有力諸侯が一同に会する機会が来るのです。これは董卓さんにとって大きな機会だとは思いませんか?」

「大きな機会?」

 

 この男は一体何を言っているのだろうと、詠は思った。いや、正しくは「理解は出来るがしたくない」と言うべきかも知れない。彼女はそれだけ優秀なのだから。

 だからこそ、容赦なく言い放つ于吉の言葉に過剰に反応してしまう。

 

「ええ。有力諸侯を滅ぼし、この漢の皇帝になる機会ですよ。」

「な……っ!?」

 

 月ーー董卓が皇帝になる。それは凄い事ではあるが、月本人は絶対に望まない事だと詠は分かっている。そしてまた、于吉の言う事が実現可能だという事も。

 

「ここで四世三公の袁家を始めとした諸侯を滅ぼせば、後に残るのは力を失った漢王朝のみ。しかも現皇帝は幼く、政を行う事は事実上不可能。ならば……。」

 

 そこで于吉は一度言葉を切り、ジッと詠を見据えた。苦手な動物にでも見られている様な錯覚を詠は覚えた。

 

「相国となった董卓が皇帝になり、新たな王朝を建国する事が出来る! どうです? 貴方の大切な董卓さんが皇帝になれるんですよ?」

「そ……それは簒奪(さんだつ)じゃない!」

「そうですが何か?」

「そんな事、出来る訳ないじゃない!」

 

 簒奪。要は時の権力者を追放、もしくは弑する事でその座に座る事。成功はしなかったが、日本史で言えば本能寺の変が近いかも知れないし解り易いかも知れない。

 それを月が望まない事だと詠は知っている。だからこそ彼女は于吉の言を否定し拒絶したが、当の于吉はあっけらかんと、それでいて極めて冷徹に表情と声音を変えていく。

 

「これは可笑しな事を言うものですねえ。この国の歴史は簒奪によって作られているではありませんか。()に代わって天下を治めた子履(しり)も、殷に代わって天下を治めた姫発も、前の施政者を追放、または殺害して新たな施政者となっていますよ? これも立派な簒奪と言えるのでは?」

「そ、それは、本来国を治めるべき一族が徳を無くしたから、天が新たな施政者を選んでいるのよ。」

易姓革命(えきせいかくめい)、ですか。残念ながら私は、孟子について貴方と論戦する気は今のところありませんね。」

 

 そんな論戦は私の趣味ではない、とばかりに于吉は言いきった。詠はそんな于吉に対して次は何を言うべきか思案している。そんな彼女を見据えながら、于吉は言葉を並べていく。

 

「ですが、仮に孟子の言う通りなら、これからの戦いに勝利すればそのまま皇帝になる資格があると言う事になりますね。」

「そ、それは屁理屈よ!」

「そうでしょうかねえ。そもそも、この漢も成り立ちは()羋心(びしん)を葬った項羽を討った劉邦が皇帝になったから。その後、王莽(おうもう)の簒奪によって前漢が滅び(しん)が起った……ああ、これが一応、この国初めての簒奪でしたね。」

 

 尤も、その新はあっという間に滅ぶ事になる。

 

「その新も劉秀(りゅうしゅう)によって滅ぼされ、今の後漢に繋がる……と。こうしてこの国の歴史を見ても、結局は力のある者が簒奪してきたと言えるのではありませんかねえ。」

 

 不適な笑みを浮かべながら于吉はそう言い、次いで詠を見据えた。詠は何も言い返せなかった。聡明な彼女は解っているのだ。天が新たな施政者を選ぶなどと言い方を変えているだけで、結局は于吉の言う様に力ある者が天下を獲ってきたという事を。

 でも、詠はそれを認める訳にいかなかった。認めてしまえば、月が簒奪しても良いと、それは正しい事だと思ってしまう。もしそうなってしまえば、詠は月の心を裏切る事になると彼女は理解している。

 月は地位や名誉などを望んでいない。ただ、周りの人達が幸せになってほしいと、その為なら自分は頑張れると思い、ここまでやってきたのだ。決して、皇帝になろうとは思っていないのだ。

 だからこそ詠は悩んでいた。于吉が言っている事は認められない。だが、反董卓連合が組まれた以上、戦うしか道は無く、しかも負ける事は許されない。だが、想定数十万の兵を相手に勝てる確率は限りなく低い。董卓軍も数十万の兵を動員できるが、士気や質、将の実力と数を考えれば絶望的といえるだろう。

 そう考える詠を見据え、そして友好的な笑みを浮かべた于吉が、やはり友好的な声音で提案をする。

 

「そうそう。もし気になる事があるなら計画を少し変更しましょう。」

「変更……?」

 

 一体何を言うつもりだと、詠は身構えた。だが、それは結局無駄に終わる事になった。

 

「何、些細な事です。諸侯を滅ぼす際に“清宮涼だけは命を助ける”事にするのです。これなら、董卓さんも安心でしょう?」

「っ!?」

 

 于吉の提案に詠は心を揺さぶられた。

 月の懸案事項の一つは、紛れもなく清宮涼の事である。

 かつて共に戦い、真名を預けた男性。身内以外では唯一の真名を預けた男性である涼を、月は好ましく思っている。そしてそれに詠は気づいている。

 

「……そんな事をしても、月は喜ばないわ。きっと、清宮も。」

「そうですかねえ。……まあ、どうするかは貴方達で決めると良いでしょう。私はそのお手伝いをするだけですから。」

 

 于吉の言葉に詠は何も言わず、于吉もまた詠の言葉など待たず、部屋を出ていった。詠は于吉が居なくなったのを確認すると、大きく息を吐き、次いで頭を押さえて何度も首を振ったのだった。

 

 

 

 

 

 コツ、コツと足音が廊下に響く。夜だからか、場所が場所だからか、近くには誰も居ない。

 こんな時、普通は思わず鼻歌でも歌いそうになるかも知れないが、于吉にそんな趣味嗜好はなく、ただ静かに歩いていた。

 尤も、頭の中ではこれからの事を考えていて静かではなかったが。

 そんな于吉に声を掛ける者が居た。于吉と同じ様なデザインの導師服を着た短髪の男性である。

 

「相変わらず、えげつない事をするのだな、貴様は。」

「誉め言葉として受け取っておきますよ、左慈(さじ)。」

 

 音も無く後ろから現れたその男性を、于吉は左慈と呼んだ。顔だけ左慈に向けている于吉は心なしか嬉しそうに見えるが、当の左慈は何だか嫌そうな表情である。

 于吉はそんな左慈に向き直ると、自身の考えを述べていった。

 

「人の心、特に恋心というものは強く、そして脆いものです。それを利用しない手はありません。」

「理屈は分かるがな。」

「おや、ひょっとして左慈はあの二人に同情しているのですか?」

「寝言は寝て言え。何故俺が“人形”ごときに同情せねばならんのだ。」

 

 人形。それは詠たちの事だろうか。何故そんな風に言ってるかは解らないが、だとしたら酷い言い種だ。だが、左慈はその言を当然の様に言い放ち、罪悪感などはまったく無い様に見える。

 左慈は続けて、先程の于吉の問いに答えた。

 

「俺はただ、こういったまどろっこしいやり方が気に入らんだけだ。」

「成程。ですが左慈、今の私達はそう贅沢を言えません。」

 

 于吉は珍しく表情を暗くしている。左慈はというと常の仏頂面ではあるが、若干変化している様にも見える。

 

「“北郷一刀(ほんごう・かずと)”が外史に現れて以降、私達の仕事は一気に増えました。」

「ああ。いくつかの外史は潰したが、それより多くの外史が生まれ、俺達の望まぬ結末をいくつも迎えている。」

 

 「北郷一刀」に「外史」。聞き慣れない言葉を口にする二人。前者は恐らく日本人の名前だろうが、その様な人物は少なくとも日本史の中には出てこない。

 

「本来の私達の仕事も、あまりにも外史が増えすぎた為に人手不足ですからね。最近ではご老体たちも自ら出ていったりしてるとか。」

「ふっ、運動不足解消には良いのではないか。」

 

 左慈は良い気味だと言わんばかりの表情を浮かべながら言ったが、于吉はそれに同調せず、却って険しい表情を浮かべて口を開く。

 

「それだけ逼迫しているのですよ。……私たち“管理者”は。」

 

 その一言に、左慈もまた険しい表情になる。暫しの沈黙の後、于吉を見ながら尋ねた。

 

「……貴様も能力は戻ってないのか?」

「残念ながら。勿論ある程度は戻っていますが、初めて北郷一刀と戦った時の様には“傀儡”を出せませんね。」

「物量作戦は難しいか。ちっ……何故こんな事になっているのだ?」

「分かりません。分かっている事は、“能力に制限がある”事、“かつての様に人形達の心を操る事は出来ない”などですかね。」

「だからこそ、こんな回りくどいやり方をせねばならんのだがな。」

「ええ、お陰でかつての様に曹操を操ったりして戦わせるなどは出来ません。」

「俺も若干だが攻撃時の威力が落ちている。このままだと、五虎将(ごこしょう)などが相手の場合は苦戦するやも知れん。」

「幸いにもまだこの外史では、五虎将も揃っていませんし三国鼎立も起きていません。尤も、他の外史がそうである様にこの外史も展開がどうなるか分かりませんが。」

「いずれにしても、忌々しい事だな。」

 

 左慈はそう言うと踵を返し、今来た道を帰っていった。

 

「まったくです。」

 

 于吉はそんな左慈の後をついていき、そしていつの間にか二人とも居なくなっていた。




第二十一章「それぞれの決意」を読んでいただきありがとうございます。
今回も更新が遅くなりました。

プロットは昨年の1月、まだ入院していた時に出来ていましたし、本文も7割近く出来ていたんですが、退院後もなかなか完成しませんでした。
いろいろ書いていたら矛盾があったり、説明が長くなりすぎたりとありましたが、なんとか完成しました。この過程でシャオを連れていく事が追加されていたりします。元々は留守番だったのでいろいろ書き直さないといけません。

次は反董卓連合に参加するまで数日間の話になって、その次がいよいよ本戦、の予定です。
恋姫二次創作はこの反董卓連合の途中で終わると言われているので、そうならないように頑張ります。次回の更新は平成中に出来たら良いなあ。

よろしければ次回もお読みください。というかお願いします。
ではでは。



2019年3月28日最終更新

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。