真・恋姫†無双 ~天命之外史~   作:夢月葵

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第四章 黄巾党征伐・前編・3

 それから数刻後。

 太陽はとうの昔に地に沈み、世界には夜の(とばり)が降りていた。

 この日の夜空は一面を雲が覆っていて、月の光は地上に届いていない。

 その為、辺りは漆黒の闇に包まれており、黄巾党の天幕の周りに立てられた篝火による明かりだけが、この闇夜に浮かんでいた。

 見張りに立っている黄巾党の男達は、余程眠いのか先程から欠伸を繰り返している。

 だがそれも無理は無い。現在の時刻は、現代でも未だ草木も眠る丑三つ時と呼ばれる深夜。つまり、午前二時半なのだから。

 この場に居る黄巾党は四万弱。その九割九分が既に眠りについており、残りの一分が見張りについていた。

 更にその一分の八割が睡魔に襲われている中で、異変は起こった。

 

「な、何だあれは!?」

 

 黄巾党の見張りの一人が、とある方向を指差しながら叫んだ。

 その指の先には、漆黒の闇に浮かぶ幾つもの鬼火。その数は百や千では追い付かず、万を軽く超えていた。

 

「何なんだよ、あの鬼火は……! ま、まさか……‼」

「か、官軍の総攻撃だあっ‼」

 

 鬼火を見ていた見張りの一人がそう叫ぶと、黄巾党の男達は味方を起こしに走ったり武器を手に取ったりと、右往左往していった。

 深夜に奇襲を受けた黄巾党は、次第に混乱の度合いを深めていった。

 そこへ、更なる混乱の火種が文字通り飛んできた。

 漆黒の闇夜を切り裂く様に放物線を描き、それは黄巾党の陣内に雨の様に降り注ぐ。

 そして、動きが止まると同時に草や天幕を燃やし始め、瞬く間に一面を火の海に変える。

 起きたばかりで満足に動けない黄巾党は、何が起きたのか理解する間も無く炎に包まれていく。

 

「う、うわああぁっ‼」

「熱い、熱いいぃっ‼」

「た、助けてくれええぇっ‼」

 

 轟々と燃える炎の音と、助けを求めて叫ぶ黄巾党の声が辺りに響く。

 だが、彼等を助ける者は誰一人として居らず、その殆どが炎の中に消えていった。

 辛うじて後方に脱出した者も居たが、その数は微々たるもの。

 また、混乱して方向を間違えたのか、後方以外の方向に逃げた者も居たが、その者達には沢山の矢と剣と槍が襲いかかった。

 命辛々逃げてきた黄巾党だったが、逃げ出すのに体力を使い果たした者が多く、武器も持たないで逃げてきた者も数多く居たので、誰もその攻撃を防ぐ事が出来なかったのだ。

 結局、炎や攻撃によって死んだ黄巾党の数は三万人を遥かに超えていた。

 それから更に数刻の時が流れた。

 燃やす物が無くなった炎は次第に勢いを弱め、やがて鎮火した。

 草木は燃え尽き、天幕は焼け落ち、数刻前迄黄巾党だった者は黒焦げになって固まっていた。

 

「うっ……!」

 

 涼は思わず手で鼻と口を塞いだ。

 馬に乗ってその場に近付くにつれて、草木が燃えた臭いと、肉が焼けた臭いが風に乗って漂ってきたからだ。

 

「酷い臭いだ……。出来れば、二度と嗅ぎたくは無いな。」

「そう願いたいのだ……。」

 

 涼と同じく馬に乗って近付いた愛紗と鈴々も、手で鼻と口を塞ぐ。

 

「ですが、火計は見ての通り、使い様によっては非常に有効な策です。戦場に身を置く限り、いつかはまた経験するでしょう。」

「そうね。……まあ、この臭いが生理的に嫌なのはボクも同意見だけど。」

 

 やはり馬に乗って近付いてきた雪里と賈駆も、同様に鼻と口を塞いでいた。

 

「……へうっ!」

「……きゃあっ!」

 

 董卓と桃香も馬に乗って近付き、やはり鼻と口を塞いでいたのだが、そこかしこに転がっている黄巾党の焼死体が目に入る度に、小さく悲鳴をあげていた。

 慌てて目を逸らすが、その先にも焼死体が有るので、悲鳴は中々止まなかった。

 何とか臭いや光景に慣れてきた涼達は、兵を動員して黄巾党の生き残りの捜索や、この先に居る筈の張宝の動きの監視、そして黄巾党及び連合軍の戦死者の弔いをそれぞれ行った。

 

「それにしても、こんなに上手くいくとはな……。」

 

 埋葬される黄巾党の遺体に手を合わせながら、涼はそう呟いた。

 心なしか、その表情には陰りがある。

 

「大勝の直後にその表情……もしやそれは、罪悪感ですか?」

 

 涼の右隣に立って同じ様に手を合わせながら、雪里が尋ねる。

 

「そりゃあ……幾ら敵でも、こんな光景を見ちゃったらな……。……悪いか?」

「いえ。……(むし)ろ、その罪悪感は持ち続けた方が良いかと。」

「……どういう事だ?」

 

 疑問に思った涼が尋ねると、雪里は背を向けて話し始めた。

 

「……間接的にとは言え、清宮殿が沢山の人間を殺した事に変わりはありません。」

「……ああ。」

「ですが、清宮殿は今、戦場に身を置いています。その様な状況で、戦う度に罪悪感に囚われていては、何れ心を壊してしまうでしょう。」

「つまり、割り切れ……って事だよな。」

「そうです。」

 

 弱々しく呟いた涼に対して、雪里は冷たく、そしてハッキリと言い切った。

 今更ながら、涼は自分の決意が甘く弱い事を痛感していた。

 平和な現代の日本で生まれ育ったのだから、戦いに対する考え方は比較的普通なのだが、この世界で生きて行くには普通ではいけない。

 解っているのに、解りたくなかった。

 それは、未だ自らの手を血で染めていない事からも、充分過ぎる程に表れている。

 

「ですが……時々は割り切らなくても良いと、私は思います。」

「えっ……?」

 

 驚いた涼が顔を上げると、背を向けていた筈の雪里はこちらを向いて微笑んでいた。

 

「割り切る事は大切です。一軍の指揮官なら尚更に。ですが、余りにも割り切り過ぎると人間としての大切な物……“心”を何れ失ってしまうでしょう。」

「心を失う……。」

 

 雪里の言葉を涼が反芻すると、雪里は一度空を見上げ、言葉を紡いだ。

 その内容は、独裁によって多くの民を犠牲にした始皇帝についてだった。

 

「……歴史上、この国を初めて統一した(しん)始皇帝(しこうてい)は、(まつりごと)に関してはとても優れた人物だったと伝えられています。ですが、優れ過ぎていた為か国の事ばかりを考え、民の事は蔑ろにしました。……結果、世は乱れ、劉邦(りゅうほう)項羽(こうう)といった英雄が世に出る事になったのです。」

「劉邦は解るけど、項羽も英雄と言って良いのか?」

 

 雪里の言葉に違和感を感じた涼が、そう尋ねる。

 

「清宮殿は高祖(こうそ)・劉邦と項羽について御存知なので?」

「まあ、少しは。」

 

 軽く驚いた表情をしながら雪里が聞き返すと、涼は平然と答えた。

 実は涼が子供の頃、三国志に関する書物を読み漁っていた際、項羽と劉邦に関しても興味を持ち、そのまま読破したという経緯があったので、それなりに知識は有るのだ。

 そんな事は当然知らない雪里は、多少疑いながらもそれ以上追及せず、項羽についての自らの考えを口にした。

 

「確かに、漢王朝の礎を築いた高祖・劉邦と、戦上手ながら傲慢で人心を得ようとしなかった項羽を較べては、同じ英雄という言葉を使って良いのか躊躇うのは解ります。ですが……。」

 

 一旦言葉を区切ると、帽子を取って長い銀髪を風に靡かせながら、再び言葉を紡いだ。

 

「項羽も元は、暴政を強いた秦に抵抗していた武将であり、その強さは一騎当千、国士無双。歴史にもしもは有りませんが、もしも項羽が人心を得る術を持っていたら、漢王朝では無く楚王朝がこの国を治めていたでしょう。そうした事から、項羽も英雄だと評したのです。」

 

 負ける事が多かった劉邦と、戦いの殆どを勝ってきた項羽。

 戦いの実績では圧倒的に項羽が優れていたが、最終的に勝利したのは劉邦だった。

 

「始皇帝と項羽……共に類い希なる才を持ちながら、最も大切な“人心”を得なかった為に破滅へと突き進んでいってしまった……。始皇帝は、折角統一した王朝の寿命を縮め、項羽は天下を統一出来る実力を持ちながらその機を得る事が出来なかった。……ここ迄言えば、私が先程言った事の意味は解りますよね?」

 

 帽子を両手で持ちながら、雪里は真っ直ぐに涼を見つめ、尋ねた。

 

「……普段は敵を殺した事を気に病まずにいても良いけど、それに慣れて人を殺す心の痛みを忘れてはいけない……。」

「……その通りです。」

 

 涼の答えに満足したのか、雪里は微笑みながら帽子を被り直した。

 

「人を殺す事は、この戦乱の世で生き抜く為に必要な事です。ですが、だからといって人を殺す事に何の躊躇いも無くなってしまっては、その者は鬼畜にも劣る愚かな存在になり果てるでしょう。……私は、貴方や桃香様にそんな道を歩いてほしくありません。」

「……解った。有難う、雪里。そうならない様に気を付けるよ。」

「頼みますね。」

 

 涼と雪里は互いにそう言葉を交わし、笑みを浮かべた。

 その直後、一足早く陣営に戻って軍議をしていた筈の桃香が、馬に乗ってやってきた。

 何故かその表情は少し慌てている様だ。

 

「どうした?」

 

 疑問に思った涼と雪里が駆け寄ると、桃香は下馬して報告を始めようとする。

 だが桃香は息を切らしており、話し出す迄数十秒を要した。

 

「えっと……愛紗ちゃんと董卓さん達と軍議をしていたんだけど、急にお客さんがやってきて……。」

「お客さん?」

 

 自分の陣営に戻っていた盧植が来たのかと思った涼だが、それならば桃香がこんなに慌てる必要は無い。

 そう思うと一体何があったのか不安になる涼と雪里だったが、その不安が収まらない内にその声が耳に届いてきた。

 

「貴方がもう一人の指揮官?」

 

 声のした方を見ると、見知らぬ二人の少女が馬に乗って近付いていた。

 一人はフードを被った小さな少女、もう一人は今声を掛けてきた金髪の小さな少女だ。

 

「そうだけど……君は?」

「あら、失礼したわね。」

 

 そう言うと金髪の少女は下馬し、フードの少女も倣って下馬した。

 

「私の名は曹孟徳(そう・もうとく)、曹軍の指揮官よ。」

 

 金髪の少女は堂々とそう名乗った。

 その名前を聞いた涼は一瞬思考が停止したが、やがて思考が元に戻ると、驚きながら尋ねた。

 

「曹孟徳って……君があの曹操(そうそう)なのか!?」

「えっ? ええ……そうだけど……。」

 

 驚きながら尋ねた所為か、曹操は戸惑いながら答えた。

 

(鈴々の時も驚いたけど、まさかあの曹操迄こんなに小さい女の子になってるとはね……。)

 

 曹操と名乗った金髪の少女は、涼より遥かに背が低く、鈴々よりは明らかに大きいという具合の背丈だった。

 もっとも、三国志における曹操も比較的背は低かったという記述が有るのを涼は知っているので、何処かで納得していたりもする。 納得しながら、涼は曹操を見続けた。

 髪型は、髑髏の髪飾りで左右に纏めた所謂ツインテールで、その金髪はクルクルとした巻き髪になっている。

 碧い眼は大きく、強い意志が見てとれた。

 ノースリーブの服は胸元が開いているが、胸は余り大きくない。それでも鈴々よりは大きい様だ。因みに配色は服の上部が白色、襟元と胸から下は黒色、白いフリルがついたミニスカートは薄紫色という感じ。

 また、腹部には紫色の鎧、その下には鬼の顔の様な形の腰当てを付けている。

 二の腕から伸びている袖には、やはり白いフリルがついている。袖の色は黒色で、二の腕には銀色の腕当てを付けていた。

 足には白いオーバーニーソックスと黒いブーツ。太腿と足首には紫色と銀色で構成されている足当てを付けていた。

 

(小さい娘だけど、格好や雰囲気は確かに曹操らしいな。……しかし、髑髏ってまるっきり悪役じゃん。)

 

 そう思いながら、「三国志演義」では劉備が正義で曹操が悪という構図になっていたので、有る意味納得していた。

 そんな事を思っていると、フードの少女が突然、

 

「ちょっとアンタっ! 義勇軍の大将如きが華琳(かりん)様を呼び捨てにするなんて生意気よ! それと、華琳様が美しいからってジロジロ見ないでよ、穢らわしいっ‼」

 

と、涼を物凄く罵倒をした。

 涼は目を丸くしながら声の主に目を向ける。

 すると今度は、

 

「何よ、男如きがこっちを見ないでよ! 妊娠しちゃうじゃない‼」

「するかっ‼」

 

と、更に突拍子もない事を言ったので、涼は思わずツッコミをいれた。

 一応説明するが、人間は見られただけで妊娠したりしない。

 

「お止めなさい、桂花(けいふぁ)。」

「ですが華琳様っ!」

「……桂花。」

「は……はい。」

 

 曹操が窘めると、フードの少女は途端に大人しくなった。

 まあ、曹操の部下が曹操の命令に逆らえる訳は無いので、当然ではある。

 

「失礼したわね。あの娘は優秀な軍師なのだけど、私の事になると少し冷静さを欠いてしまうのよ。」

(少し……か?)

 

 戸惑いながらもその疑問は口にしなかった。

 

「まあ、確かにビックリしたけど、曹操に謝られたから気にしない事にするよ。」

「助かるわ。」

 

 涼の言葉を受けた曹操は笑みを浮かべた。

 一方、フードの少女は罵詈雑言こそしなくなったものの、さっきからジーッと涼を睨みつけていた。

 目を合わせたらどうなるか解らないと察した涼は、余り目を合わさない様にしながらその少女を観察した。何とも器用だ。

 その少女は、肩に付かない長さの、ふんわりとした栗色の髪を、猫耳みたいな形の黄緑色のフードで隠している。

 碧色の瞳は今鋭く光っているが、本来はもう少し穏やかなんだろう。多分。

 首元には碧色の丸い宝石をあしらった黒いリボン。服はフードと同じ色で、袖にはやはり同色のフリル。

 上着は薄紫のコートっぽい服。両方の二の腕辺りが楕円形に空いており、そこには黒い紐が×字状に結んである。

 その×字状の紐は上着を留める為にも使われているらしく、ボタンやチャック代わりにしている様だ。

 ズボンは所謂かぼちゃパンツ……なのか? 因みに色は黒色。

 靴下は履いておらず、素足に栗色の靴を履いていた。

 

「えっと……ビックリして言い忘れたけど、改めて自己紹介するね。俺は清宮涼、一応この義勇軍の指揮官の一人だ。」

「そして、“天の御遣い”でもある、でしょ?」

 

 曹操はニヤリとしながら涼の言葉に付け加えた。

 

「まあね。」

「……確かに服は見た事の無い生地を使っている様だし、雰囲気も違うけど、それだけでは信じられないわね。」

 

 曹操は涼の全身を見回しながらそう言った。

 涼の服装は明らかにこの世界には無い物だが、それだけなら外国の服と見る事も出来るだろう。

 

「まあ、そうだろうね。……そういや、君の名前は?」

 

 涼はフードの少女を見ながら尋ねる。

 やはりと言うか、フードの少女は不機嫌な表情をして口を開いた。

 

「……何でアンタなんかに言わなきゃいけないのよ。」

「だって、名前解らないと呼べないから。さっき曹操が言った名前は真名だろうから言えないし。」

「残念。うっかり言えば遠慮無く殺せるのに。」

「恐い事を言うね。」

「神聖な真名を勝手に呼ばれたら相手を殺しても良いのだから、これくらい普通よ。」

「……ホント、凄い世界だな。」

 

 そう呟きながら、この世界に来たばかりの頃を思い出した。

 知らなかったとはいえ、張飛の真名を呼んだ為に、愛紗に青龍偃月刀を向けられた時は、正直生きた心地がしなかった。

 それだけ、この世界では真名が大切な物だという事だ。

 

「仕方ない。教えてくれないのなら、君の名前を当てるとするか。」

「えっ?」

 

 涼の言葉に、フードの少女は小さく声をあげて驚いた。また、曹操や桃香、雪里も同様に驚いている。

 

「何人か候補は居るんだけど……多分、荀彧(じゅんいく)かな?」

「なっ!?」

「……凄いわね、当たりよ。」

 

 名前を当てられたフードの少女――荀彧は目を見開いて驚き、曹操も冷静な表情のまま驚きを口にした。

 

「そっか、君が荀彧か。なら曹操が優秀だと評するのも解るよ。」

 

 涼は納得しながら二人を見る。

 相変わらず驚いているが、ピタリと当てた所為かその表情には不審の色が混じっていた。

 

「アンタ……一体何者?」

「何者って……一応天の御遣いの清宮涼、それ以上でもそれ以下でも無いよ。」

 

 睨みつけながら尋ねる荀彧に対し、涼はどこかで聞いた事があるフレーズを、飄々とした口振りで言って答えにする。

 勿論それで納得はしなかったが、涼がそれ以上言うつもりが無いと解ると追及しなかった。

 

「そういや、曹操達がここに来たのは何か用が有るからじゃないのか?」

「え、ええ。すっかり忘れていたわ。」

 

 涼の言葉で本来の目的を思い出したらしい曹操は、小さく咳払いをしてから本題に入った。

 

「今回の策、見事だったわ。数的不利のあの状況では、草が多いこの地形を利用した火計は最善策よ。この策を考えたのは誰かしら?」

「ああ、それは……。」

「劉玄徳様と清宮涼様のお二人です。」

「「えっ!?」」

 

 曹操の質問に涼が答えようとすると、その前に雪里が答えてしまった。

 しかもその答えが涼や桃香とは違っていた為、二人は同時に驚きながら雪里を見た。

 

「雪里ちゃん、それは違うでしょっ。」

「違わないと思いますが?」

「確かにあの策は俺達も考えたけど、雪里は既にその策を考えていただろ。」

「確かに私はそう言いました。ですが、その際に自らの口で策の詳細を言っていないので、やはりこれはお二人の策かと思います。」

 

 そう言って雪里は、帽子の唾を摘んで笑みを浮かべる。

 それを見た涼は、何かに気付いたらしく雪里に近付いて尋ねた。

 

「……謀ったな、雪里?」

「何の事でしょうか?」

 

 未だに笑みを浮かべたままの雪里に対し、涼は小声で言葉を繋いだ。

 

「俺達に策を考えさせる事で、俺と桃香の名声をより高めようって事だろ?」

「……御名答。」

「けどこれは、一つ間違えば指揮官か軍師のどちらか、もしくは双方の名が落ちる。違うか?」

「……違いませんね。」

 

 適切な策を思いつく指揮官は名が上がるが、指揮官に献策出来ない軍師は名が落ちる。

 また、見る人間によっては同じ策を考えられる、優れた人物ばかりと評される可能性があるが、逆に、同じ策しか考えつかない平凡な人物ばかりだと評される危険性もある。

 

「それが解っていて何故……。」

「……時には賭けに出る事も必要だという事ですよ。」

 

 そう言って帽子を被り直すと、雪里は曹操の前に出た。

 

「それで曹操殿は、策を考えた人物に何か訊きたい事があるのですか?」

 

 そうして曹操と話し始めたので、涼はそれ以上何も言えなかった。

 

「ええ、誰がどういった策を考えたのか、とだけね。」

「成程。では桃香様、清宮様。折角ですから曹操殿に説明してさしあげましょうか。」

「あ、ああ。」

「う、うん……。」

 

 結局、涼と桃香は最後迄雪里の勢いに押されたままだった。

 その後、焼死体の臭いが残る場で話し続けるのはどうかという事もあって、全員天幕に戻る事になった。

 今は天幕への道すがら、各員馬に乗って移動している。

 

「……それで、それからどうなったのかしら?」

「えっと、確か……。」

 

 先頭を行く涼と桃香に挟まれて進む曹操が、右隣を進む桃香に尋ねる。

 それを受けた桃香は、昨日の会話を思い出しながら説明していった。

 

『黄巾党の数は私達より多いから、まともに攻めるよりは奇襲が一番成功すると思うの。それも夜遅くにね。』

『成程。ですが、それだけでは少し弱いですね。』

 

 桃香の案に雪里は頷きながら、後一押しを催促した。

 

『うん。だから、千人くらいの兵隊さん達に、十把を一つにした松明を持たせて、その人達を先頭にして進軍するの。』

『ふむ……松明の火でこちらが大軍だと錯覚させる訳ですね?』

『そう。深夜なら判断力は鈍るだろうし、誰か一人でも誤認して騒いだら一気に大混乱になるかなあって。』

『恐らく……いえ、間違いなく大混乱に陥るでしょう。相手は只の賊の集まりでしかありませんから、一度混乱すれば収拾はつかないでしょうね。』

『良かったあ……。名付けて“夜叉行進の計”という策なんだけど、どうかな?』

 

 そこ迄が、桃香が考えた策だった。

 

「ふむ……訓練を受けている部隊には通用しないでしょうけど、黄巾党相手ならそれで充分でしょうね。」

「あはは……手厳しいね。」

 

 曹操の評価に桃香は苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

「フフ……それで、次は貴方の番という訳ね。」

 

 曹操は桃香のそんな表情を、微笑みながら見てから涼に向き直り、話の続きを促した。

 

「そうだな。確か……。」

 

 そう言って涼は話し始めた。

 

『黄巾党が陣を張っている辺りには、長い草が深く覆い茂っている。これを利用するのが一番だ。』

『ふむ……では、具体的にはどの様にするのですか?』

『単純にあの草を燃やせば良いよ。草は枯れてはいないけど、この辺りは最近晴天に恵まれて乾燥している様だし、一ヶ所でも火が付けば一気に火が回るだろう。何なら、油が入った瓶を投げ込むのも良いかもな。』

 

 涼の説明を聞いた雪里は暫くの間考えた。

 

『火矢を使って草を燃やし、火の勢いが足りなければ油瓶を投げ込む。成程、悪くないですね。』

『その口振りからすると、未だ足した方が良いかな?』

『ええ、未だ足す余地は有りますよ。』

 

 笑みを浮かべながら答える雪里と、それを受けて考え込む涼。

 だが、考える時間は一分にも満たない程短かった。

 

『なら、桃香の策を実行する前に敵陣の両翼に部隊を展開しておこう。』

『具体的には?』

『右翼には愛紗を、左翼には鈴々と雪里を配置して、火計から逃れ陣地から出て来た黄巾党を討ってもらう。因みに俺と桃香は、松明隊とその後方に配置する部隊の指揮かな。』

『私を鈴々殿と同じ部隊に配置する理由は?』

『左右に展開する部隊は、敵に気取られない様に静かに速く移動しないといけない。愛紗は安心して任せられるけど、鈴々はあの性格上ちょっと心許ないし。』

『つまり私は、鈴々殿のお守りをすれば良いのですね?』

『まあ、そんな所。』

 

 涼は苦笑しながら頷いた。

 説明を聞き終えた雪里は暫く考え、やがて満足した様な笑みを浮かべて口を開く。

 

『流石です、清宮殿。先程の桃香様の策と合わせれば、私が考えていた策と全く同じになります。』

 

 それが、昨日あの場所で話した内容だった。

 

「……って感じで策を考えて、陣地に戻ってからは攻撃部隊を弓兵中心にするとか、詳細を詰めていったんだ。」

「成程……ね。」

 

 涼の説明を聞き終えた曹操は、暫く考えてから後方に居る軍師を見る。

 但し見ていたのは荀彧ではなく、雪里だった。

 

「中々優秀ね、貴方達は。」

「有難う。」

 

 涼がそう言った所で、丁度本陣に着いた。

 それから涼達は、今後についての軍議を開いた。

 今回の奇襲で死んだ黄巾党の遺体を調べた結果、敵将らしき者は居なかったという。

 つまり、あの陣地に居た敵将は逃げ失せたという事。涼達連合軍は四方中三方に陣取っていた為、逃げた先は残りの一方である後方、つまり張宝が居る本陣に逃げたと推測出来る。

 張宝がどう出るかは解らないが、ここで逃がす訳にはいかない。

 

「私達曹軍も連合軍に参加するわ。」

 

 曹操がそう言うと、涼達は驚きながらも歓迎した。

 曹操軍が加わった事で、連合軍の数は張宝率いる黄巾党と互角以上の数になった。

 

「次で、決めよう。」

 

 涼が皆に向かってそう言うと、桃香達は勿論、董卓達や曹操達も頷き、軍議は終了した。

 決戦は、近い。




第四章「黄巾党征伐・前編」をお読みいただき、有難うございます。

今回は月と詠、華琳と桂花の原作キャラに加え、盧植といった未登場キャラも登場させました。
尚、自分は基本的に携帯から投稿しているので、携帯では表示されない環境依存文字には代用漢字を用いています。例えば荀「彧」なら、似た漢字の「或」をあてる、という具合です。御了承下さい。
展開は今回も「横山光輝三国志」を参考にしています。お陰で桃香が原作より頭良かったり(笑)
この作品は原作よりシリアス分を多めにする予定で書いているのですが、ラブコメやドタバタもちゃんと入れないといけないよなあと思い、時々入れています。上手く書けてるかは判りませんが←

うろ覚えですがパロディネタ。
「何者って……一応天の御遣いの清宮涼、それ以上でもそれ以下でも無いよ。」→「私の名はクワトロ・バジーナ、それ以上でもそれ以下でもない。」
ガンダムシリーズに登場する赤い何とかさんが四つ目の名前の時に言った台詞ですね。恋姫自体パロディネタの宝庫ですから、これからも
こうしたネタは仕込んでいく予定です。

因みにこの章の執筆時は次の章の様な展開は考えていませんでした。次はどんななのか、未読の方はごゆっくりお楽しみ下さい。
では、第五章編集終了後にお会いしましょう。


2012年11月26日更新。

その後、スマホの普及によって名前は可能な限り原作に合わせる事ができる様になりました。
2017年4月9日掲載(ハーメルン)

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