真・恋姫†無双 ~天命之外史~   作:夢月葵

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第四章 黄巾党征伐・前編・2

「それでは、現状についての確認から始めましょうか。」

 

 あれから暫くして、涼達は軍議を始めていた。

 涼は何故か体中を痛がっているが、それについては誰も気にしない様にしている。

 よっぽど恐い物でも見たのだろうか。

 何はともあれ、軍議は進んでいた。

 

「ボク達董卓軍には、現在五万の兵が居るわ。もっとも、そこから傷兵(しょうへい)を差し引くと……動かせる兵の数は四万三千といった所かしら。」

「傷兵が七千もですか。」

「これでも少ない方よ。近くで戦っている皇甫嵩(こうほ・すう)将軍や朱儁(しゅしゅん)将軍の部隊は、これより多い傷兵を抱えている様だから。」

「私の部隊も、董卓将軍の部隊と同じ位の傷兵を抱えているわ。」

 

 賈駆や盧植の説明を聞きながら、雪里は頭を捻っていた。

 そんな雪里の様子を見ながら、桃香が尋ねる。

 

「そう言えば、敵将は誰なんですか?」

張角(ちょうかく)の妹の張宝(ちょうほう)よ。」

「ほう、地公将軍(ちこう・しょうぐん)自ら出陣ですか。これはまた大物が出て来たものですね。」

(張宝が妹って事は、張角も女性なのかな?)

 

 敵将が黄巾党の中核である張宝と知って苦い顔をする雪里と、またも女性になっている事に少しだけ驚いた涼。

 事柄は同じでも、考える事は違う二人だった。

 そんな二人とは別に、桃香達もそれぞれ対策を考える。

 だが中々妙案は浮かばず、出るのは溜息ばかりだった。

 

「主力とは聞いていたが、よりにもよって張宝自らが率いているとはな……。」

「今迄にない苦戦になるのは必至でしょう。ですが……。」

「ここで勝てれば黄巾党に大打撃を与える事が出来る、か……。」

 

 そんな中、愛紗と雪里、そして涼が感想を述べ、何とか場の空気を変えようとする。

 すると賈駆が、はあ、と溜息をつきながら口を開いた。

 

「確かにそうだけど、そう簡単にはいかないわよ。」

「だよなあ……。そういや、敵の数はどのくらいなんだ?」

 

 涼が尋ねると、賈駆は表情を更に暗くし、言葉を絞り出す様にして言った。

 

「……およそ二十五万。」

「に、二十五万!?」

 

 こっちの兵数を遥かに超える大軍に、涼は勿論桃香達全員が大きく驚いた。

 

「勿論、この全てが相手では無いわ。現在、皇甫嵩将軍の部隊と朱儁将軍の部隊がそれぞれ四万ずつ、盧植将軍の部隊が二万を相手にしているから、ボク達の相手は残りの十五万。」

「それでも軽く三倍以上じゃんか。」

 

 数が十万少なくなっても、圧倒的不利な状況には変わらなかった。

 董卓軍が四万三千。そこに涼達義勇軍三千が加わっても総数は四万六千で、十五万の黄巾党とは十万四千もの大差がついている。

 兵法では、相手より多くの兵を揃える事が勝つ為の大前提だ。

 残念ながら、今の涼達はその前提通りの状況を作り出せていなかった。

 

「け、けど、それだけの大軍を相手に、今迄持ちこたえていられるなんて凄いですね。」

 

 桃香が場の空気を変えようとしてそう言うと、賈駆は冷静に分析して説明した。

 

「まあね。どうやら、敵は主力とは言っても兵法に通じている者はそう居ないみたい。只数に任せて闇雲に押し寄せてくるだけだから、策を用いれば結構何とかなるのよ。」

「けど、兵力差が明らかなら、怖じ気付いて逃げだす兵も多いんじゃないのか?」

「……死んだ兵の殆どは、そうして逃げだした時に後ろからやられてるわ。だから、逃げても死ぬだけだから最後迄諦めずに戦えって命令はしてるけど……。」

 

 そう言うと、賈駆は今迄以上に表情を暗くしてしまった。

 

「当たり前だけど、それでも戦死者は出るわ。……軍師だから解ってはいるけど、そんな命令を出すしかないのって結構辛いのよ……。」

「詠ちゃん……。」

 

 董卓は心配そうな表情をしながら、賈駆を「えいちゃん」と呼んだ。

 恐らく、「詠」とは賈駆の真名なのだろう。

 

「……なら、次の戦いでは賈駆殿はお休みになられていたら良いかと思います。」

「えっ?」

 

 突然の提案に驚いた賈駆は、思わず間の抜けた声を出しながら声の主の方を見る。

 そこには、静かにお茶を飲んでいる雪里が居た。

 

「……ボクに休んでろって、どういう事かしら?」

「軍師たる者、時には非情な策も講じなければなりません。勿論、それに伴う心の痛みに耐えながら、ね。」

 

 そう言うと再びお茶を飲み始める。

 

「ボクだってそんなの解ってるし、ちゃんとやってるわ。」

「ですが、辛いのでしょう? ならば、後の事は同じ軍師である私に任せ、お休みになられた方が宜しいかと思った迄です。」

 

 言い終わると湯飲みを置き、賈駆に視線を向ける。

 一方の賈駆も負けずに、視線を雪里に向けたままだ。

 

「徐元直、アンタは随分と自信がある様ね。」

「当然です。軍師が自信を無くしては、主君に勝利を捧げる事等出来ませんからね。」

 

 何だか、段々と互いの言葉に棘が出てきている。

 そんな二人を、涼も董卓もヒヤヒヤしながら見ていた。

 

「え、詠ちゃん、徐庶さんは心配してくれてるんだよ。」

「うんうん、そうそうっ。」

 

 董卓も涼も焦りながら賈駆を宥め、また涼は目線を雪里に向けて注意をする。

 雪里は軽く息を吐いてから頷き、賈駆は暫く雪里を睨みつけてからやはり息を吐いた。

 

「まあ良いわ。ボクも、噂に聞く義勇軍の軍師がどんな実力の持ち主か気になるしね。」

 

 賈駆はそう言うと椅子に腰を降ろし、お茶に口を付ける。

 その様子を暫く見てから、雪里は淡々と言葉を紡いだ。

 

「御期待に沿える様、頑張りますよ。」

 

 瞬間、「別に期待してないわよ」と言いたげな表情を見せた賈駆だが、董卓が相変わらず困っていたからか何も言わなかった。

 それから、改めて黄巾党について話し合った。

 涼達が戦う十五万の黄巾党だが、その全てを張宝が率いている訳では無い。

 馬元義(ば・げんぎ)丁峰(ていほう)程遠志(てい・えんし)鄧茂(とうも)といった者が前線で各部隊を率い、それ等を張宝が纏めているという事らしい。

 

「ならば、各個撃破していって数を減らしましょう。」

「簡単に言うね。」

 

 雪里の提案に、涼は少し呆れながらツッコミをいれた。

 

「数で押すしか能が無い相手等、策を使えば簡単に倒せますよ。」

「それは遠回しにボクを馬鹿にしてるのかしら?」

 

 賈駆が眉をピクピクさせながら、棘を含んだ言葉で尋ねる。

 その瞬間、再び場の空気が悪くなる。

 

「そんなつもりはありませんが、そう聞こえましたか?」

「聞こえなくはなかったわね。」

 

 そう言って賈駆が雪里を睨むと、雪里もまた賈駆に視線を向ける。

 マンガだと、視線と視線がぶつかり合い、バチバチと火花が散っているといった、そんな感じだろう。

 

「……雪里。」

「解っています。」

「詠ちゃん……。」

「月ぇ、そんな顔しないでよう……。」

 

 涼と董卓が静かに注意すると、それぞれ素直に従った。

 それから更に作戦の細部を話し合おうとした時、天幕の入り口から声が聞こえた。

 

「お兄ちゃん、お姉ちゃん、大変なのだ!」

「鈴々!?」

「一体どうしたの!?」

 

 少し慌てながら天幕に入ってきたのは、今や義勇軍の将になった鈴々。

 そんな鈴々に、「お兄ちゃん」「お姉ちゃん」と呼ばれた涼と桃香が駆け寄る。

 その途中、鈴々は蛇矛を担ぎながら、真剣な表情で言った。

 

「黄巾党が攻めてきたのだっ!」

「なっ!?」

「黄巾党が!?」

 

 鈴々の言葉に天幕に居た全員が驚いた。

 

「敵の数は!?」

 

 賈駆が鈴々に近付きながら尋ねる。

 鈴々は一瞬答えて良いのか解らなかったが、涼と桃香が頷いているのを確認すると、将らしく引き締まった表情で答えた。

 

「敵の数は約八万らしいのだ。」

「八万……ボク達が戦う相手の約半数か。」

「旗には何と書いてありましたか?」

 

 鈴々の報告を受けた賈駆が考え込み始めると、雪里が椅子に座ったまま尋ねた。

 

「えっと……確か“馬”と“丁”だったのだ。」

「ならば、相手は馬元義と丁峰ですね。他の旗は有りませんでしたか?」

「無かったのだ。」

「成程。……清宮殿、桃香様、急いで迎撃しましょう。」

 

 鈴々からの報告を聞いた雪里は暫く考えた後、二人を見ながらそう進言する。

 勿論、それ自体に異論は無いのだが、何しろ戦力差が有り過ぎる。迎撃に出るだけでは勝つのは難しいだろう。

 

「どうする気なんだ?」

「簡単です。この辺りは平地で、地形を使った策は余り使えません。ですから、方形陣で一撃を防いだ後、中央を後退させて相手を引き寄せて挟撃、しかる後に後退した部隊も反転攻勢に出るのです。」

「基本だけど良い策ね。けど、それだけで敵を殲滅出来るかしら?」

 

 雪里が提案した策を聞いていた賈駆が疑問を投げかける。

 すると雪里は、賈駆に向き直りながら冷静に答えた。

 

「今回の戦で殲滅させるのは難しいでしょうね。ですが、持ちこたえる事は出来るでしょう?」

「当然よ。」

「ならば問題無いわ。今回は防戦にまわり、次の戦いで馬元義と丁峰の部隊を殲滅します。」

 

 雪里がそう宣言すると、愛紗と鈴々は頷き、部隊を指揮する為に天幕を出て行った。

 それを見届けると、今度は涼と桃香に向き直って言葉を紡いだ。

 

「清宮殿、桃香様、お二人の指揮にも期待していますよ。」

「解った。」

「任せといて♪」

 

 そう言って涼と桃香も天幕を出て行く。

 残った雪里は、董卓と賈駆に向かって言葉を投げ掛ける。

 

「それではお二人共。先程話した通り、私が部隊の総指揮をしても宜しいですね?」

「はい……お願いします。」

「大言壮語じゃないと良いけどね。」

 

 董卓と賈駆がそれぞれ答えると、雪里は帽子を被り直しながら宣言した。

 

「まあ、見ていて下さい。今回と次の戦いで馬元義と丁峰を討ちとれるでしょうから。」

 

 雪里はそう言うとゆっくりと天幕を出て行く。

 その後ろ姿は、自信に満ち溢れていた。

 結果、その日は無事黄巾党を追い払う事に成功した。

 勿論犠牲もそれなりに出たが、それ以上に黄巾党に与えた損害は大きかった。

 

「こちらの戦死者が約七百、負傷者が約九百。対する黄巾党は戦死者が約三万八千、投降者が約七千ですか。」

「実質的に、今回襲ってきた敵の半数以上を倒したと言う事だな。」

 

 再び董卓の天幕に集まった涼達は、先程終わった戦いについての報告を兼ねた軍議を行っていた。

 

「黄巾党なんて大した事無いのだ。あのままなら一気に倒せた筈なのだっ。」

「無茶を言うな鈴々。全ての兵がお前の様に戦える訳では無いのだぞ。」

 

 血気盛んな鈴々を愛紗が窘める。

 鈴々は頬を膨らませて不満を露わにするが、桃香が宥めると少しだけ機嫌を直した様だ。

 雪里はそんな三人を微笑ましく思いつつも、それを表情に出さず軍議を続けた。

 

「義勇軍も董卓軍も精鋭揃いなだけあって、こちらの被害はかなり少なくて済みました。これなら、無事に次の戦いに臨めます。」

「けど、具体的にどう戦うの? 雪里ちゃんの事だから、策も無しに只突撃ーっ、て事はしないんでしょ?」

「当たり前です。策を用いない軍師等軍師ではありませんからね。」

 

 雪里が桃香に向かってそう言うと、台に広げられている地図を指差しながら、説明を始めた。

 

「恐らく、敵は今回の敗戦を受けて後方に居る味方に救援を頼むでしょう。ですが、後方部隊には守るべき張宝が居ますから、援軍は余り送れない筈です。」

「そりゃあ、幾ら敵を倒しても自軍の大将が討ちとられては意味が無いからね。」

 

 雪里の説明を聞きながら、賈駆が呟く様に言葉を紡ぐ。

 

「ええ。ですが仮に張宝自らが全軍を率いて合流した場合、敵の総数は約十万。対してこちらは約四万四千、投降してきた黄巾党を自軍に加えたとしても約五万で、依然として数的不利な状況には変わりありません。」

「そんな相手に正面からぶつかるのは愚策中の愚策。なら、当然何か策を練る必要が有るけど……一体、どうする気なんだ?」

 

 涼が尋ねると、雪里は帽子の鍔を摘みながら言った。

 

「それは考えていますが……董卓殿、暫く天幕から離れても宜しいですか?」

「えっ? ……は、はい、良いですよ。」

 

 突然の申し出に董卓は戸惑いつつも了承する。

 

「有難うございます。では清宮殿、桃香様、お手数ですが御同行願えますか?」

「ん? ああ。」

「良いよ。」

 

 董卓同様、突然話を振られた二人は少し戸惑いながらも了承し、揃って天幕を出た。

 賈駆は何か言いたそうだったが、董卓が了承した以上異議を唱える訳にもいかず、只三人を見送るしかなかった。

 

「……それで、鈴々達は何をすれば良いのだ?」

「……取り敢えず、御主人様達が戻られるのを待つとしよう。」

 

 残された愛紗と鈴々は、やはり戸惑いながらも着席し、少し冷えたお茶を口にする。

 そんな二人の呟きは、陣地を歩く雪里達には当然聞こえる筈は無かった。

 それから数分後、涼達は陣地の外れ迄来ていた。

 

「なあ、何処迄行くんだ? このままじゃ陣地を出るぞ。」

「そのつもりですから問題ありません。」

「そのつもりって……何をするの?」

 

 雪里の後を行く涼と桃香は、相変わらず戸惑いながら尋ねる。

 だが雪里は曖昧な答えを返すに止まり、スタスタと歩き続けていた。

 そうして遂に陣地を出たが、それでも雪里は足を止めなかった。

 

「雪里、本当に何処迄行くんだ? このままじゃ陣地から離れ過ぎるぞ。」

「……もう直ぐです。」

 

 涼の更なる問いかけにも一言で返した雪里が漸く足を止めたのは、先程の戦った場所が見渡せる小さな丘だった。

 

「着きました。」

「……此処が何なんだ?」

 

 先程迄居た戦地を一望出来る場所で立ち止まった雪里に、怪訝な表情の涼が尋ねた。

 何故なら、目の前に広がる平原には沢山の死体が未だに残っているからだ。

 大敗した黄巾党の兵士は勿論、勝利した劉備・清宮・董卓連合軍の兵士の死体も未だ野晒しになっている。

 また、折れた剣や矢がそこかしこに散らばり、血溜まりが地面に染み込んでいた。

 

「……っ!」

 

 それは涼も桃香も既に見慣れた光景だが、未だ直視出来ないらしく無意識に目を逸らす。

 雪里もそれに気付いているが、特に注意はせず、右手を前に伸ばして話を続けた。

 

「我が軍と黄巾党の進路を予測した結果、この先が次の戦場になると予想されます。」

「まあ、そうだろうな。」

 

 雪里が指差す方向には、先程の戦場とは違って、一面に腰の高さ迄伸びた長い草が覆い茂っており、その先に黄巾党の物と思われる天幕が幾つか点在していた。

 

「この地形を見て、何か思いませんか?」

「えっ? うーん……。」

 

 雪里に尋ねられた涼と桃香は、目の前に広がる風景を見る。

 雪里が何を言いたいのか解らない涼と桃香は、随分と長い間思案顔のままでいた。

 

「…………あっ、解ったあっ!」

 

 まるで叫ぶ様に言いながら、笑顔のまま右手を高々と挙げたのは桃香だった。

 

「おや、清宮殿が先に気付くかと思いましたが、桃香様が先に気付かれるとは意外ですね。」

「……雪里ちゃん、何気に酷い事言うね。」

 

 歯に衣着せぬ物言いの雪里に向かって、桃香は頬を膨らませながら落ち込んだ。何とも器用な事をやるものだ。

 

「これは失礼しました。それで、桃香様は何が解ったのですか?」

「この地形と黄巾党が居る場所。そこから一つの策が導き出せたんだよ。」

「……ああ、そっか!」

 

 桃香がそう言うと、涼は合点がいった表情を浮かべながら声をあげた。

 

「ほう、清宮殿もお気付きになられましたか。」

「まあね。」

 

 「それが桃香と同じかは解らないけどね。」と、付け加えながら涼は桃香を見る。

 それが何を意味するのか、桃香と雪里には解らなかったが、余り深く考えずに話を続けた。

 

「それでは桃香様、その策について御説明下さい。」

「うん、あのね……。」

 

 雪里に促された桃香は、慣れない口調と身振り手振りで、必死に説明をしていった。

 

「……という策なんだけど、どうかな?」

 

 説明を終えた桃香は不安な表情で雪里を見る。

 一方の雪里は暫く黙考した後、笑みを浮かべて桃香を見据えた。

 

「お見事です、桃香様。それは私が考えていた策と殆ど同じ策ですよ。」

「ホント!?」

 

 雪里に誉められた桃香は、満面の笑みを浮かべて両手を合わせた。

 一応、これでも義勇軍の指揮官の一人である。

 

「因みに清宮殿は、どの様な策を考えていましたか?」

 

 クスクスと笑いながら雪里は涼に尋ねる。

 話を振られた涼は、暫く考えてから口を開いた。

 

「そうだな……大体は桃香と同じだけど、他には……。」

 

 涼はそう言って桃香の策に付け加えた。

 

「流石です、清宮殿。先程の桃香様の策と合わせれば、私が考えていた策と全く同じになります。」

「そうか。」

 

 雪里の言葉を聞いた涼は、笑みを浮かべつつも冷静に接していた。

 「三国志」や「三国志演義」を知っている涼にとって、黄巾党の乱における劉備達の戦い方は一通り理解しているからだ。

 

「なら、決行は今夜か?」

「ええ。ですから兵の皆さんには今の内に休んで貰いましょう。」

 

 雪里はそう言うと(きびす)を返し、本陣へと戻っていく。

 勿論、涼と桃香もその後に続いていった。

 丁度その頃、涼達が居た場所から少し離れた場所に、新しく陣を張っている部隊が有った。

 この部隊は、劉備・清宮軍では勿論無いし、また董卓軍でも無い。

 更に、盧植軍でも無ければ皇甫嵩軍や朱儁軍でも無いし、ましてや黄巾党でも無かった。

 

「――様、部隊の確認は全て終わりました。いつでも出撃可能です。」

「……そう。」

 

 その陣内で、フードを被った少女が、金色の巻き髪を左右に分けている少女に報告すると、金髪の少女は彼方を見つめたまま応えた。

 

「どうかされましたか?」

「私が何を考えているか、貴女なら解るでしょう?」

 

 金髪の少女はそう言うと、ゆっくりとフードの少女に向き直りながら、妖しい笑みを浮かべる。

 笑みを向けられたフードの少女は、何故か顔を紅らめながら答えた。

 

「……はっ。我が軍は精鋭揃いながら、人数では圧倒的に不利。賊が相手なので普通に戦っても勝利は確実ですが、この戦いは如何に兵を損じる事無く勝つかが重要かと。」

「その通りよ。こんな所で苦戦する様では、覇道を歩む事等出来はしないわ。」

 

 フードの少女と自分の考えが同じだと確認した金髪の少女は、遥か彼方を見つめながらそう言葉を紡いだ。

 そんな金髪の少女を、フードの少女は相変わらず顔を紅らめながら見つめ、やがて表情を正しながら口を開いた。

 

「先程戻った物見によりますと、数刻前に劉備・清宮軍と董卓軍が共闘し、黄巾党の馬元義と丁峰が率いる部隊を敗走させたとの事です。」

「劉備に清宮に董卓? どれも知らない武将ね。」

 

 金髪の少女がそう言うと、フードの少女が説明を始めた。

 

「劉備と清宮は共に涿県(たくけん)楼桑村(ろうそうそん)から、董卓は涼州(りょうしゅう)から出てきた武将です。劉備と清宮は未だ義勇軍の将でしかありませんが、董卓は漢王朝の信頼を得る程の急成長を見せている様です。」

「私とした事が知らなかったわ。……それで、その者達は強いのかしら?」

 

 金髪の少女は自分の不勉強を嘆きながら、直ぐ様情報収集を始める。

 

「全て伝え聞いた事でしかありませんが……董卓には賈駆という軍師が居り、その実力は大陸中の軍師の中でもかなりのものと。董卓の急成長には、賈駆の活躍があったのは間違いありません。」

「成程。では、劉備や清宮はどうなの?」

「劉備と清宮は旗揚げから共に戦っていて、義勇軍ながら優秀な武将と軍師が居るらしく、幽州各地で数々の武功を挙げている様です。」

 

 説明を聞いていた金髪の少女は、義勇軍の活躍に興味を持ったらしく、急に目の色が変わった。

 

「義勇軍にそれ程の者が居るの?」

「はっ。名前は未だ知られていませんが、何れも腕の立つ武将と頭の切れる軍師の様です。」

 

 始めは半信半疑だった金髪の少女も、フードの少女の説明を聞く内にその表情が変わっていった。

 そして暫く考えた後、おもむろに口を開いた。

 

「その者達、欲しいわね……。」

「ええっ!?」

 

 金髪の少女の一言に、フードの少女は大袈裟過ぎる程に驚いた。

 そんな少女に対して、金髪の少女は笑みを浮かべながら言葉を紡いだ。

 

「何を驚いているの? 優秀な将や軍師を欲しがるのは当然じゃない。」

「そ、それはそうですが……。」

「まあ、それは黄巾党を殲滅してからの話ね。……全軍に通達。我が軍は劉備・清宮・董卓軍の動きに合わせて進軍する!」

「は……はっ!」

 

 金髪の少女の命を受けたフードの少女は、恭しく一礼してから、命令を伝える為にその場を離れた。

 その後、金髪の少女は空を見上げて微笑んだ。一体、何を思っているのだろう。

 そんな少女の側で翻る牙門旗には、「曹」の一文字が大きく記されていたのだった。


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