真・恋姫†無双 ~天命之外史~   作:夢月葵

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第十九章 帰還、それから・7

 孫家の姫だから、母を助け、姉を補佐し、妹を守ると、幼少期から現在に至るまでの人格形成で蓮華の性格はそのように形作られた。その結果、「堅物」とか「真面目」とかも言われているが、後悔はしていないし気にしてもいない。

 だが、蓮華と比べると自由奔放な母や姉、妹を見続けてきた為に、自分はこのままで良いのかという疑問と不安が生じた。根が真面目なだけに、一度不安になるととことん不安になる。誰かに相談するという事も、相手を不安がらせてはいけないと思い、しないできた。

 そんな彼女が、何故か涼には不安を、理想を打ち明けた。計らずも婚約した仲だからかどうかは彼女自身にも判らないが、歳が近くて、異性で、しかも天界出身なので価値観が絶対的に違う筈の涼に訊いてもらいたかったという思いを、彼女も知らない内に抱いていたという可能性は捨てきれない。

 事実がどうであれ、蓮華は涼に打ち明けた。そして涼はそんな蓮華に対し自身の考えを口にした。

 

「蓮華のやりたい様にやれば良いんじゃないかな?」

 

 字面だけ見ると、何とも投げやりな感じに見えるが、その口調は意外にも真剣そのものだった。

 それだけに蓮華は当惑し、慌てながらも反論した。

 

「その、私のやりたい事が判らないからこうして相談しているのだけど。」

「判らないって言っても、さっき言った様に理想はあるんでしょ。」

「それはそうだけど……。」

「なら、その通りに動けば良いと思うよ。なーに、理想と現実がかけ離れている事なんて、別に珍しくもないよ。」

「それはそうだけど……。」

 

 蓮華は同じ言葉を返す。

 涼が言っている事は理解できる。人は誰しも理想通りに生きていける訳では無い。

 「仕官するなら執金吾、妻を娶らば陰麗華」と言って本当に陰麗華を妻とし、執金吾どころか皇帝にまでなった光武帝の様な人物の方が少ないだろう。

 だが、人はどこまでも理想を追い求めるものではないだろうか? とも彼女は思うのだ。そうでなければ人は、いつまで経っても進歩しない生き物になってしまうのではないかと。

 それは恐らく正しいのだろう。人は、美味しい物を食べたいと思うから料理の腕を上げ、川を渡りたいと思ったから船を造り、空を飛びたいと思ったから飛行機を造ったのだ。その夢は、理想は果てしなく、今や人類は宇宙の果てにまで目を向けている。尤も、当然ながら蓮華はそんな事までは知らないが。

 理想を追い求める事、それは決して諦めてはいけない事だと、彼女は思っている。

 だが、理想と現実の違いや差を実感している蓮華は、自分が姉や母の様に出来るか不安になっている。

 姉、雪蓮は常々言っている。「自分に何かあったら、貴女が孫家を継ぐのよ」と。

 聡明な蓮華は、頭では理解している。だがまだ十代半ばの少女である彼女にとって、母も姉も居なくなる時が想像できない。父が居なくなった時はまだ幼かった事もあり、また妹の小蓮が物心つく前だった事もあって、現状認識が追いつかなかったという事実もある。

 そんな自分が、万が一の時に孫家を引っ張っていけるのだろうか。その為にはもっと成長しなければ、という焦りが、今の蓮華にはある。

 なるほど、確かに雪蓮は蓮華にとって理想と言えるかも知れない。

 母・海蓮の武勇をそっくりそのまま受け継いだかの様なその強さは、先ほど蓮華が述べた理想通りである。海蓮には程普(ていふ)こと泉莱(せんらい)を始めとした、いわゆる「孫堅四天王」が居り、雪蓮には四天王という異名がついた者は居ないものの、周瑜を始めとして優秀な武官・文官が数多くいる。

 今、蓮華の傍にも同じ様に優秀な者は多いが、先の四天王や周瑜たちと比べたら劣っている、と、少なくとも蓮華は思っている。実際には、その差は経験の差であって実力や将来性は同じくらいかそれ以上なのだが、残念ながら蓮華はまだその事に気づいていなかった。

 涼が言った「理想と現実の違い」に、彼女は正面衝突していた。真面目ゆえに柔軟性が無く、誰にも相談してこなかった蓮華は今、ようやくその打破に向けて一歩を踏み出せる可能性に手が届きかけているのだが、果たしてそれに気づくのだろうか。

 蓮華は暫し考えた後、疑問をぶつけてみた。

 

「……涼は、今までどうしてきたの?」

 

 それは、単なる興味からだったのかも知れない。

 同年代の、異性の、婚約者がどうやってここまでやってきたのか、気になっただけかも知れない。

 それでも、聞いてみたくなった。ひょっとしたらそこから何か得られるかも知れないと思った。孫家の中だけでは自分の悩みは解決出来ないと思ったのかも知れない。

 果たして、涼の答えは蓮華の役に立ったかどうか。

 

「俺は……皆に助けられてばかりだよ。俺がやってきた事なんて、大した事じゃない。」

 

 それは、涼の偽らざる本心だった。

 天の御遣いとかいろいろ言われている涼だが、彼自身はそんな大層なものではないと思っているし、何かとてつもない大きな事を成し遂げたとも思っていなかった。

 十条侍誅殺の時に二人の皇子を助けた事は間違いなく大層な、とてつもない事なのだが、涼にとってこれは、実質的に敵に止めをさした愛紗による手柄だと認識している。それが世間の認識と大きく違っているという事は理解しているが、涼にとってはそういう事になっていた。

 涼にとって、総大将は桃香であって自分ではなく、また、中心人物とも思っていない。中心人物は桃香であり、愛紗であり、鈴々であり、朱里たちであると思っている。涼はあくまで彼女たちをサポートする立場だと思っているのだ。

 それでいて今の自分の「価値」についてはある程度認識しており、だからこそ今回の遠征で孫家の三姉妹と婚約した。使う事は無かったが、華琳との交渉でも、万が一の時はその手を使うという覚悟も一応はあった。

 そうした、涼自身がどうすれば良いかという事に対しては、彼も周りも納得する行動をとってきているが、それは全て徐州の為、桃香たちの為であり、涼の私欲の為では無い。

 武将の様な武力は無い、軍師の様な頭脳も無い、有るのは「天の御遣い」という肩書きのみという自分自身の立場を理解している涼は、今までそうしてきた。それは多分、これからも変わらないだろう。尤も、周りが涼をどう見るかは別問題である。

 

「自分に出来る事なんてそう多くないよ。だけど、出来る事は必ず有る。俺はそれをやっていくだけさ。」

「出来る事をやっていくだけ……。」

 

 蓮華は涼の言葉を繰り返した。極々普通の、当たり前の事を涼は言っただけである。

 だがそれは、意外にも彼女にとっては思ってもみなかった事だった。

 蓮華は先程こう言った。

 

『雪蓮姉様の様に強くなって、人を導く事が出来る様になるのが、私の理想よ』

 

と。

 それは単に理想を述べただけに過ぎない。だが、理想の為に何をすべきかは実際の所解っていなかった。だからこそ今、こうして涼に相談していたのである。

 その答えとも言うべき言葉を、いとも簡単に涼は口にした。勿論それはただの偶然に過ぎない。だがそれでも、答えを探し求めていた蓮華にとっては大事な一言であり、何でもない言葉の筈のそれは彼女が探し求めていた答えになろうとしていた。

 恐らく、蓮華は母や姉という目標の高さに目眩がしそうな思いであったろう。三姉妹、または三兄弟の真ん中というのは、上にも下にも見られ、その為に中途半端な責任を押し付けられる事もしばしばである。

 蓮華はまさにその三姉妹の真ん中であり、妹で、同時に姉であった。


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