真・恋姫†無双 ~天命之外史~   作:夢月葵

118 / 148
第十九章 帰還、それから・6

 涼は訊ねた。

 

「こんな時間にどうしたの?」

 

 至極当然の質問だった。涼の予想ではあるが今の時間は深夜三時くらいであり、深夜三時というのは真夜中である。仮に時間が正しくなくても、日の入りからの感覚では少なくとも六時間以上は経っていると思われる。だとすればこの時代の人間は勿論、そうでない現代人でも眠っていておかしくない時間だ。

 この世界には当然ながら深夜番組も動画サイトも無い。現代で灯りの元になっている電気は無く、この世界で灯りに使う油などは無駄遣いできないので、非常時以外は夜更かしをする事も殆ど無い。

 そもそも、蓮華は客人である。彼女が住んでいる揚州の屋敷ならまだしも、徐州という余所の屋敷で好き勝手は出来ない。それは雪蓮や華琳たちも同じなので、宴が終わった後は皆、風呂で汗を流した後、程なくして就寝している。

 蓮華もそうやって寝床についた筈であった。尤も、いくら婚約者とは言っても彼女の行動を涼が逐一把握している訳では無いので、あくまで想像でしかないが。

 そんな涼の疑問に、蓮華は簡潔に答える。

 

「眠れなくて、少し散歩を、ね。」

 

 そう言った彼女は、少し空を見上げた。その視線の先には月が浮かんでいた。

 

「いくら同盟関係にあるとは言え、護衛もつけずに散歩って、ちょっと不用心だと思うけど。」

「それだけ信頼してるのよ。」

 

 蓮華のその言葉に、涼は少なからず違和感を抱いた。

 涼と蓮華は、会った日数はそれ程多くない。確かに婚約はしたし、その時にそれなりに会話はした。だが、彼女が「信頼」という言葉を口にする程、濃密な日々を過ごしてきた訳ではない。

 そもそも、姉である雪蓮と違って生真面目な蓮華は、初めて会った時から涼を警戒していた。仮にも孫子の末裔を名乗る孫家の姫としては、それくらい慎重になるのは当然である。雪蓮がちょっと軽いのだ。

 そんな彼女が、信頼を口にしたのは何故か。

 涼はしばし考えるが適当な答えが出ず、仕方ないのでありきたりな答えを選んだ。

 

「……何か、悩んでいるのか?」

「……っ。」

 

 当たりか、と胸中で呟く涼。

 ポーカーフェイスが得意な雪蓮と違い、蓮華は涼に言われるとすぐに表情を変化させた。素人の俺にも判る様だと、雪蓮にからかわれるぞ、なんて思ったのは勿論口にしない。

 

「良かったら俺に話してみないか? 悩み事って、人に話すと楽になるって言うし。」

 

 勿論、蓮華が良ければだけど、と付け足しながら、涼は近くの東屋(あずまや)に体を向けた。

 涼の提案に一瞬躊躇った蓮華だったが、結局は彼の後についていった。

 一、二分ほど歩いた所にその東屋は在る。なお、東屋とは庭園などに眺望、休憩などの目的で設置してある簡素な建屋の事を言い、四阿(しあ)とも呼ぶ。基本的に屋根と柱だけで造られており、壁は在っても簡素な物になっている。

 ここに在る東屋もその例に漏れない。尤も、城の中に在るからその分豪華な感じに造られてはいるが。

 涼と蓮華は対面する様に座った。円卓を挟んで見つめる二人。とは言え、何ら良いムードにならない。これも二人の関係性によるものであり、尚更先程の蓮華の「信頼」という言葉の違和感が強くなっていく。

 暫しの沈黙の後、先に言葉を発したのは蓮華だった。

 

「私の悩みは……ね、これからどうすれば良いのかって事なの。」

 

 涼はそれを聞いてキョトンした。あれ、何かつい最近聞いた事があるぞと。

 聞いた事があって当然である。つい先程まで涼自身が同じ事で悩み始めていたのだから。

 それに気づいた涼は苦笑した。その様子を見た蓮華は自分が笑われたと思い不快感を露にしたが、涼から理由を聞かされると素直に納得した。

 

「貴方も、私と同じ様に悩んでいたのね……何だか意外だわ。」

「俺だって、たまには悩むよ。」

 

 そりゃあ、普段はあんまり悩まないけどさ、と思いつつも、涼は蓮華に話を振った。

 

「どうしたら良いかって言うけどさ、蓮華のやりたい様にすれば良いんじゃない?」

「それが出来れば悩んだりしないわよ。」

「そりゃそうか。」

 

 人間が悩むのは、得てして自分の現状や行動が理想と違うからだったりする。本当なら勉強が出来ている筈だとか、スポーツが上手い筈だとか、モテモテな筈だとか、そういった「理想」と「現実」がかけ離れていたりするから、人は悩むのである。

 なら、蓮華の理想は何だろう? と涼は思った。思ったからには訊きたくなるのもまた人間だ。

 涼から「蓮華にとっての理想」は何か? と訊かれた蓮華は、さほど間を置かずに答えた。

 

「雪蓮姉様の様に強くなって、人を導く事が出来る様になるのが、私の理想よ。」

 

 蓮華の言葉に涼は納得した。最初に会った時はただの乱暴者だった雪蓮だが、今では冷静になる事を覚え、思慮深くもなっている。母である孫堅こと海蓮が居るのでまだ目立たないが、「三国志」を知っている涼はいずれ雪蓮が飛躍する事を知っている。

 そしてそれは、今目の前に居る蓮華も同じだという事も。

 だが今はまだ、悩める女の子でしかない。少なくとも涼はそう思った。

 考えてみれば、涼と蓮華は一つしか年齢が違わない。世が世なら、同じ学校の先輩後輩でもおかしくはないのだ。

 だからだろうか、いつの間にか涼は後輩の悩みを聞く感じになっていた。幸いにも、涼にはそうした経験があった。両肘を卓に載せて少し前のめりになり、蓮華の理想と悩みを更に訊き出そうとする。

 この辺りは、涼の楽天的な性格が良い方に出ているかも知れない。楽天的というのは、一見すると何も考えていない様に見えるが、言い方を変えれば常に前向きになれるともとれる。そしてそれは、今の蓮華には無いものである。

 蓮華は涼と話していく内に、悪くない気持ちになっていった。それは話相手が婚約者だからとか、天の御遣いだからとかでは勿論なく、涼の話し方、聞き方が上手いからだろう。

 蓮華と涼は揚州での会談時もそれなりには話しているが、何故か今の様に話が弾んではいない。聡い蓮華は涼と話しながらその理由を考えた。その結果、ここが揚州ではないから、という答えに辿り着いた。

 揚州は現在、孫家の物と言って良い。勿論、対外的には揚州は漢王朝より賜った領地であり、孫家は漢王朝によって任命された揚州の官吏であり、我が物顔で揚州を扱って良い訳ではない。

 だが、漢王朝の命脈が尽きかけている今、それを律儀に守っている者は殆ど居ない。ひょっとしたら、この徐州の州牧である桃香くらいかも知れない。

 そんな状況の揚州では、孫家は揚州の支配者と言って良い。揚州の他の豪族や山越などの問題はあるが、今の孫家ならそれもいずれ解決出来ると蓮華は思っている。

 よって現在の孫家は揚州に於ける一番高貴な一族であり、周りの目は良くも悪くも集まる事になる。それは揚州ならどこでもであり、孫家の屋敷の中でもだ。

 だが、そういった事がここ徐州ではない。厳密に言えば勿論あるのだが、揚州で受ける注目やプレッシャーの度合いと比べれば遥かに少ない。その為、蓮華はここが他所の場所にも係わらず意外とリラックス出来ているのだ。

 次に、涼の自覚か無自覚かは判らないが、その口調が蓮華と話していく内に彼女を一人の普通の女の子として扱う様になっているからだろう。

 前述の通り、蓮華は孫家の人間であり、現当主の海蓮の娘なので、言うなれば「姫」である。実際、一部の家臣からはそう呼ばれているし、それを蓮華も受け入れている。それが普通だったからだ。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。