真・恋姫†無双 ~天命之外史~   作:夢月葵

117 / 148
第十九章 帰還、それから・5

 その夜、自室で深い眠りについていた筈の涼は唐突に目が覚めた。

 

「……いま何時だっけ…………深夜3時くらいかな。」

 

 涼は寝台のそばに在る台の上に置いている腕時計を見ながら、そう呟いた。

 もちろん、この世界には現代の様な時計が無いので、腕時計に表示されている日付と時刻はこの世界のものではない。涼がこの世界に来てからの長い時間で見てきた太陽の昇り沈み、季節の移り変わりを感じた結果、今が何時か、どんな季節かを大体ながら把握出来る様になっていた。先の言葉はその成果である。

 

「何でこんな時間に……疲れてるはずなのになあ……。」

 

 そう言いながらも、涼は何となくその理由がわかっていた。

 昼間にあったちょっとした騒ぎ、桃香の気持ちや雪蓮たちとのこれからについて、思うところがあったのだろうと。

 

「これから先、どうするべきなのか、な。」

 

 柄にもなく、そんな事を呟く。

 普段の涼は楽天的な性格である。それは元の世界に居た時から基本的に変わっていない。その性格の為に、ともすれば呆れられそうな言動をした事も一度や二度ではない。

 だが、元の世界とは文化レベルから何から、余りにも違うこの世界に来て約二年。そんな涼もたまには物事について深く考える事もある。例えば今の様に。

 

(雪蓮たちと婚約してるから、普通に考えればいずれ結婚するんだろうけど……。)

 

 本当にそれで良いのか? という声がどこからか聞こえてくる。

 それで良い、という声と、良い訳無い、という声。それと、どうでも良いじゃないか、などといった様々な声が聞こえてくる。どの声も涼にとってはよく聞いた声だ。

 

(桃香の気持ちを、知っちゃったからな……。)

 

 ふう、と一つ、息を吐く。

 続いて、桃香だけじゃないか、とも思った。

 涼に好意を向けている者は、桃香や雪蓮たちだけではない。勿論、そこには単純な好意だけでなく、様々な思惑もあるだろう。

 事情があって劉燕(りゅうえん)として生きている張宝(ちょうほう)こと地和(ちぃほう)は、恐らく純粋に好意を向けている。愛紗や鈴々の好意はあくまで義兄に対するものだが、桃香の例を考えればこれからどうなるか分からない。

 董卓こと月たちや、顔良(がんりょう)こと斗詩(とし)たちも悪意無く接していると思われる。呂布(りょふ)こと(れん)、というかその周りの者たちの様に、あからさまな思惑を持っていた者も居る。その中には華琳も含まれるだろう。

 だが、そのいずれにしても結婚という可能性が残っているのは確かであり、現代の一般的な日本人である涼には無縁だった政略結婚が政治手段として存在するこの世界に於いては、無縁どころか却って身近なものになっていた。

 桃香がいずれ伴侶を決めなくてはならない様に、涼もまた伴侶を決める日がやってくる。しかも、涼の場合は少なくとも三人は既に決まっているのだ。

 正室だ側室だはたまた愛人だと立場は違うが、男である涼はこの様に複数の女性と婚姻関係を結んでいく可能性がある。いっその事、全員と結婚した方が却って上手くいくかも知れない。

 美人や美少女とそんな仲になれるなんて羨ましい限りだと、普通は思うだろうが、考えてもみてほしい。仮に結婚しても、そこに愛情やら何やらが無いかも知れないのだ。そんな結婚生活をしてみたいだろうか?

 もし愛情があったとしても、政略結婚である以上は普通の結婚生活は送れないと思われる。果たして、現代人の涼にそんな生活が送れるのだろうか。

 

「……大変そうだ。」

 

 政略結婚の結婚生活を想像してみた涼はそう呟いたが、実際、大変なのである。

 例えば、江戸幕府の初代将軍である徳川家康はかつて今川家の人質であり、松平元康という名前だった。

 当主、今川義元による政略結婚で瀬名姫、いわゆる築山殿を正室に迎えたが、彼女は年上で気が強かったとも言われており、今川家が滅んだ後は、家康にとっては義父にあたる関口親永が切腹になった事もあって、夫婦仲は険悪になったとも伝わっている。

 また、家康は後に豊臣秀吉から天下統一の為の策として、妹の朝日姫(旭姫)を継室にあてがわれたりもした。この時家康45歳、朝日姫は44歳であった。朝日姫との結婚生活については詳しく伝わっていないが、程なくして朝日姫が病死している事は確かである。

 やはり政略結婚は、基本的に夫婦仲が良くないのかも知れない。

 とは言え、涼が政略結婚をする事は既に決まっている。

 それに、涼の場合は先に挙げた例と比べたらマシな方だ。少なくとも、雪蓮たちは思惑だけで婚約した訳では無いし、涼もまた彼女達に対して思った以上の好意を持っている。

 その様な例も勿論有る。義元の嫡男、今川氏真は、今川と北条、武田との同盟、所謂「甲相駿三国同盟」の成立後、北条家から早川殿を妻として迎えた。政略結婚ではあったが、夫婦仲はとても良かったと伝わっている。

 桶狭間の戦いで義元が討ち死にし、多くの家臣を失い、離反者も多く出て、戦国武将としての今川家が滅亡した後も早川殿は氏真に付き従った。この時代、同盟関係が失われた場合には、実家に呼び戻される事が普通にあったし、一時は早川殿も氏真と共に北条家に身を寄せていたが、夫を邪魔物扱いする実家に怒り、出ていったとも伝わっている。

 また、家康は天正壬午(てんしょうじんご)の乱の後に北条家と同盟を結び、娘の督姫を北条氏政の嫡男、北条氏直に嫁がせていたが、北条家と秀吉が対立し小田原合戦が起きて北条家が滅亡した後、氏直は高野山に謹慎となった為、秀吉に赦免されるまで一時的に二人を離さざるをえなかった。なお、赦免後の氏直と督姫はまた二人で暮らせる予定だったが、氏直が病死した為に叶わなかった。督姫はその後、後に姫路宰相と呼ばれる池田輝政に再嫁している。

 古代中国史だけでなく日本史にも詳しい涼は当然それ等を知っている。知っているだけに、その良し悪しもわかっている。だが、だからといって自分がその渦中に投げ込まれると戸惑ってしまう。予め覚悟はしていた筈でも、ただの学生だった身には大変だろう。

 そんなこんなで珍しく悩み始めた涼は、気分転換に散歩をする事にした。部屋に籠って考えても良い答えは出てこないと、涼は生まれて約二十年の年月で培った経験から判断した。

 ここ下邳城は徐州に来てからずっと暮らしている、言わば涼達の「家」である。どこにどんな部屋が在るか、誰が居るか等を把握しきっている。

 今は雪蓮や華琳たちが来ているので、来客用の部屋を彼女達に宛がっている。その部屋は涼達の部屋とは少し離れているので、こうして散歩をしても足音で眠りを妨げる事も無いし、気づかれる事も無い。筈だった。

 

「……涼?」

「蓮華?」

 

 不意に声を掛けられた涼は少なからず驚きながらも、声の主が判って安心する。

 姉に似た顔立ちをした、だがまだ幼さを残した少女、孫権こと蓮華がそこに居た。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。