真・恋姫†無双 ~天命之外史~   作:夢月葵

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第十八章 青州解放戦・後編・7

 それから数日間、徐州軍は臨淄に滞在し、捕縛している黄巾党の扱いや戦後復興について青州側と話し合い、紆余曲折を得て徐州軍の目的はほぼ全て達成された。

 その、唯一と言っていい青州側が難色を示した事は、やはり捕縛している黄巾党の処遇についてだった。

 青州側としては、多くの人を傷つけ、苦しめた黄巾党は皆殺しにしてもし足りない程、憎んでいた。今も憎んでいる。

 だから、本当は捕縛した黄巾党を今すぐ皆殺しにしたいと思っている。ここ臨淄の住民も、少なからず犠牲になっている。その遺族の事を考えれば、皆殺しにするのは当然の流れであり、この時代の賊に対する考え方としてはおかしくないのである。

 だが、青州側は今回の解放戦において「助けられた」側である。強くは言えない立場であった。その為、徐州側の要求である“青州黄巾党を徐州で工事などに駆り立て、重労働の刑に処する”という事に納得出来ないまま、受け入れてしまったのだった。

 既に袁紹が触れていたが、この処遇はこの世界、時代では甘く、考えられない事である。賊は罪人である。しかも沢山の人を殺している重罪人である。普通は法に則って死罪や百叩きなどの刑に処し、生き残った者には、その顔や腕に罪人の証である黥を入れるのが当たり前なのである。

 徐州側も、そうした常識は持ち合わせており、また、青州側も気持ちも解るので、青州黄巾党の幹部クラスの者は青州側の好きにして良いという事にした。

 それでも、何十万もの黄巾党が生きたままというのは、度し難い事である。だが、それは口に出来ない。

 

玄徳(げんとく)殿のその厚意、いつの日か仇で返されるかもしれませんぞ』

 

 孔融(こうゆう)がそう言うのが精一杯であった。

 

 

 

 

 

 徐州側に出来る事が全て終わり、後は青州の仕事だけになったのを確認してから、徐州軍は帰還する事にした。

 その前夜、徐州軍の宿所のとある部屋で、二人の少女が話し合っていた。劉燕こと地香と、その部下である廖淳こと飛陽である。

 地香はまだ体調がすぐれないのか寝台に横たわっており、その傍らの椅子に飛陽が座っている。

 

「……つまり、地香様は本当は、鉄門峡の戦いで生死不明になったはずの地和様だと、言う事、ですか……?」

「まあ、そうなるわね。」

 

 地香から自身の正体についての説明を受けた飛陽は、暫し呆然としていた。

 嬉しくない訳ではない。かつて主君として仰ぎ見た三人の内の一人が生きていたという事実は、元黄巾党の一員である飛陽にとって感涙すべき慶事である。

 だが、それは同時に、傍に仕えていながら今まで気づかなかった飛陽自身の迂闊さを示す事であり、飛陽は自身を恥じた。恩人がすぐ傍に居たのに気づかなかったのだから、そうした彼女の感情は解らなくもない。

 尤も、そうした感情は時間が経つにつれて自然と冷静さへと変わっていき、やがて素直に事態を受け止め、涙を流しながら地香の手を取った。

 

「地和ちゃんだろうと地香様だろうと、貴女が生きていらした事だけで充分に嬉しいです! これで……これでまた、恩返しが出来ます。」

「そう言えば、初めて会った時も似た事を言っていたわね。」

 

 そう言って、地香は飛陽と初めて会った時の事を思い出す。

 徐州の街を警邏(けいら)している時、後を()けてくる不審な人物。それが飛陽であり、附けていた理由は、地香がどことなく地和ちゃんに似ていたから、だった。

 思えば、その時に飛陽を仲間にした事で、いつかはこんな日が来るのは決まっていたのかも知れない。

 

「それにしても地和ちゃ……いえ、地香様は先日の戦以来体調がすぐれない様ですが、大丈夫なのですか?」

「平気平気。久々に妖術を沢山使ったから、体が悲鳴を上げただけよ。明日の出立には影響無いから、心配しないで。」

「妖術……管亥を倒した一撃の時の光は、やはり妖術だったのですね。」

「そ。あとは、大雨を降らせて火を消したり、風を操って矢を防いだり。まあ、ここら辺は鉄門峡でもやってた事だけどね。」

 

 そう言って昔を懐かしむ様に視線を彷徨わせる地香。黄巾党を率いていたというのは、決して褒められた過去では無いが、当時の地香こと地和もまた、今の地香を形作る大事な一欠片なのである。

 飛陽は、あの戦いの最中の地香の行動を思い出していた。

 桃香たちと合流する前、地香は部隊を指揮しながら何かを呟いていた。恐らくそれが妖術の呪文詠唱だったのだろうと思いながら、目の前の地香を見つめる。

 飛陽は妖術について詳しくない。だが、地和が妖術を使えるという事は、当時の黄巾党なら誰でも知っている当たり前の事だった。

 ひょっとしたら、張三姉妹が管亥の様な好戦的な男達から身を守れたのは、彼女を守る親衛隊の存在だけで無く、男達が地和の妖術を警戒していたからかも知れない。尤も、それを知る事はもう永久に無い。

 

「……地香様、私決めました!」

「決めたって、何を?」

 

 急に何かを決意した表情になった飛陽を、地香はポカンとしながら見つめ、訊ねる。

 飛陽は一呼吸してから、その決意の内容を言葉にした。

 

「地香様が名を変えた様に、私も名を変えたいと思います!」

「え、ええっ!?」

 

 それは、地香にとって全く予想外の言葉だった。

 慌てた地香は軽々しく名前を変えるものじゃないと(なだ)めたが、飛陽の決意は固いらしく、結局翻意させる事は出来なかった。

 諦めた地香は、仕方なく飛陽に訊ねる。

 

「……それで、何て名前にするの?」

「はい! 廖淳の“淳”を、変化の意味を込めて“化”に変えて、“廖化”にしようと思ってます。」

「りょうか、ね……うん、良いんじゃない?」

「あ、ありがとうございます!」

 

 地香が飛陽の新しい名前を褒めると、飛陽は感涙し、頭を下げた。

 廖化。三国志に於いては中盤から後半にかけて、演義に於いては初期から後半にかけて登場する武将である。

 主に関羽の許で活躍し、その関羽の危機の際には単身救援を求めて走り、劉備が蜀漢(しょくかん)軍を率いると従軍し、諸葛亮が蜀漢の実質的後継者になってからは、五虎将(ごこしょう)が居なくなった蜀漢における軍事の一角を担う活躍を見せた。

 なお、元黄巾党という経歴は演義にのみ記されており、史実に於いてはどうなのかは判っていない。

 飛陽は、その廖化と同じ名前にした。史実に於ける廖化がいつ改名したかは、おおよその時期しか判っていないが、それと比べても飛陽はだいぶ早く改名した事になる。

 二人はその後、暫しの間歓談した。

 黄巾党の事が主な話題だったが、そこに悲壮感は無かった。二人とも、過去を乗り越えたのだ。特に地香はその為に青州まで来たのだから。

 そんな元黄巾党の二人の会話は、同時に欠伸が出て互いに顔を見合わせて笑うまで、長く続いた。

 

 

 

 

 

 翌日、徐州軍全軍は青州を発った。

 青州の人々は皆、自分達を救ってくれた徐州軍に感謝しており、帰還の途につく彼等に声を掛けてそれを伝えていく。

 将兵達もそれに応えて手を振ったりし、自分達のやってきた事に誇りを持った。

 賊が相手とはいえ、連戦を生き延びた彼等は間違いなく成長しており、これからの徐州軍を支えていくだろう。

 そんな徐州軍の総大将、劉備こと桃香は馬上で民衆に向かって手を振りながら、隣を進む地香に声を掛ける。

 

「地香ちゃん、お疲れ様。」

「それは桃香達の方でしょ。私は最後にちょっと参戦しただけだし。」

 

 そう言って照れる地香。そんな彼女に対し、桃香は首を振りながら言葉を続けた。

 

「その最後の活躍が無かったら、私は死んでいたかも知れない。ううん、私だけでなく、愛紗ちゃんや朱里ちゃん、そして大勢の兵士さん達も……。皆を助けたのは、間違いなく地香ちゃんだよ、ありがとう。」

「わ、分かったから。」

 

 更に照れる地香の顔は真っ赤である。

 その様子を微笑ましく思いながら桃香は馬を寄せ、今度は小さな声で地香に話し掛ける。

 

「隠していた妖術まで使って助けてくれた事……本当にありがとう。それと、ゴメンね。」

「……! ……別に良いわよ。あの場合はああするしか無かったし、気にしないで。」

「うん、分かった。」

 

 桃香はそう言うと、少し先に馬を進め、再び民衆の声援に応えていく。

 そんな桃香の後ろ姿を見ながら地香は思った。

 

(やっぱり、どことなく天宝(てんほう)お姉ちゃんに似てるな……。)

 

 今は亡き姉、張角(ちょうかく)こと天宝を思い出す地香。

 確かに、髪が長かったり、どこか抜けてたり、胸が大きかったりと共通点は多い。姉妹想いな所も似ているだろう。

 顔はそんなに似ていない。ちょっと怠け癖は似ているが、天宝ほどではない。

 それでも桃香に姉を感じてしまうのは、実の姉妹がこの世に居ないという寂しさを埋める為か。それとも、偽の従姉妹を演じている内に、本当の血縁者の様に感じてきたのか。

 地香にはどちらが正しいか分からない。また、分からなくて良いと思っている。

 

(何にせよ、桃香は今の私には大切な従姉だしね。)

 

 地香はそう思いながら口元を緩めると、桃香の隣に移動した。

 

「どうしたの?」

「どうもしないよ、桃香姉さん。」

 

 桃香は地香の応えに暫し驚くも、「そっか♪」と言って笑みを浮かべた。地香も同じく微笑んでいる。

 桃香達の青州遠征は、こうして幕を閉じたのだった。




「第十八章 青州解放戦・後編」、お読みいただき、ありがとうございます。

青州編の締めとなる後編、2ヶ月かけて何とか終わりました。まあ、この後青州編のエピローグを書くんですが。

今回は、黄巾党を倒す事で地香(地和)を成長させる、という内容にする予定でしたので、何とか上手く出来てれば良いなと思います。
何故最初から従軍してないのか、と訊かれたら、本文にもある様に徐州を守って欲しいからです。その後で結局徐州を陳珪(羽稀)に任せてますが、この時は揚州から一時的に涼が帰ってますし、その後の遠征も比較的近いし、同盟が成立して敵が来る危険性も少なくなったので任せる事が可能になったのです。

地香が唱えた呪文は、スレイヤーズのドラグスレイブが元ネタです。
尤も、このネタはアニメ版のネタを取り入れたので、自分の考えではありません。
ただ、このネタを使うと決めた事で、地香が管亥を倒す方法が出来ました。アニメ版様、ありがとうございます。

飛陽(廖淳)の改名ネタは当初入れる予定はありませんでした。
ただ、地香が過去を振り切ったのだから、同じ元黄巾党の飛陽も何かないかと思い、廖化になってもらいました。
まあ、今しないと当分ないですからね。

さて、次回は先程も書いた通り、青州編のエピローグです。
どういった話にするかはまだ決めてませんが、次のシリーズに繋がる内容になる筈です。
最初の数千字は早めに投稿するので、皆さんどうか今暫く、かつ気長にお待ちください。

では、次回またお会いしましょう。


2016年6月21日最終更新

誤字脱字の修正と文章の追加をしました。
2017年7月14日掲載(ハーメルン)

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