真・恋姫†無双 ~天命之外史~   作:夢月葵

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第十八章 青州解放戦・後編・3

 その結果、討死、または降伏する青州黄巾党が増えていった。桃香はそれを見ながら息を呑みつつ、地香を自分の傍に呼び、手拭いを渡しながら小声で話し掛けた。

 

「地香ちゃん、髪が元の色に戻っているから、これを頭に巻いて。」

「あ、濡れて色が落ちちゃったのね。この雨だから仕方ないけど。」

 

 素の“地和(ちぃほう)”として会話をしながら、地香は桃香の手拭いを頭に巻いた。

 “地香”としての彼女の髪は茶色であり、ストレートである。水色にサイドテールという、本来の髪型では、万が一の事があるかも知れないという判断により、髪型を変えている。

 だが、この大雨で染めていた髪が元に戻っている。桃香が地香を呼び寄せたのは、その髪を隠す為だった。

 その間も徐州軍の猛攻は続き、残るは、管亥(かんがい)率いる本隊と少しの部隊だけとなった。

 だが、管亥は圧倒的に劣勢なこの状況下で、何故か笑っていた。いや、喜んでいたと言った方が良いかも知れない。

 

「あれは……間違いない!」

 

 管亥は何かを確信してそう叫んだ。周りの部下達が怪訝な顔をするが、気にせず一方を凝視している。

 

(地和ちゃんだ……生きていたんだ!)

 

 続いた言葉は、心の中で叫んだ。無意識の内に部下を気にしたのかは分からない。

 そう、管亥が見ていたのは、遠くに布陣する徐州軍。その中に居る一人の武将、劉燕。そしてその正体は元黄巾党の首領の一人、張宝(ちょうほう)こと地和である。

 繰り返しになるが、地和は今、涼達の取りなしもあって名を変え、桃香の従妹として徐州軍の一角を担っている。武力は無いが、かつて黄巾党を率いていたからか思ったより部隊指揮を苦にせず、戦闘では主に後方支援や伏兵として活躍している。

 名と姿を変えている為、彼女が張宝だという事は気づかれていない。彼女の正体を知っているのは、涼や桃香といった、地和が仲間になった経緯を知っている者か、朱里や雛里といった、その事を知らされている徐州軍の一部だけである。

 やはり元黄巾党である廖淳(りょうじゅん)こと飛陽(ひよう)ですら、地香が地和だという事に気づいていない。まあ、飛陽は余り地和の傍には居なかったらしいから、それも仕方ないかも知れない。

 だが、かつて張三姉妹の親衛隊をしていた管亥は地香が地和だと気づいた。今の地和は地香と名を変え、髪を染め、髪型を変えていて、服装も前とは全く違う。更には距離が離れているのに、気づいたのだ。

 それは管亥に残った、かつての張三姉妹親衛隊としての想いの為せる技だったのかも知れない。

 だが、管亥が続いて思った事は、親衛隊時代は決して思わなかった事であり、この男が只の賊に成り果てた事を表すものであった。

 

(これは良い……ここで地和ちゃんを捕まえて、俺の女にしてやる!)

 

 何とも下卑(げび)た表情と思いだが、これが今の管亥なのである。最早、昔の様にはなれない。恐らく、なる気も無いだろう。

 管亥は部隊に突撃を命じた。敵である徐州軍には勢いがあり、数も多い。その命令は死にに行けという事である。当然ながら反対意見が続出した。

 それに対し管亥は近くに居た者を斬り殺し、地香を指差しながら「旗を見る限り、あそこに居るのは敵の大将に違いない。あの女を捕まえれば、まだ勝機はある!」と言い放った。

 だがそれは、余りにも非現実的な考えとしか言い様がない。

 管亥達の目の前には、関羽隊、諸葛亮隊、趙雲隊の大軍が壁の様に立ちはだかっている。しかも、後続の部隊が援軍として続々と集まってきているのだ。

 桃香達が居るのは目の前の徐州軍の向こう側であり、突破するのは至難の業、というより無理である。兵の数だけならまだ互角だ。数だけなら。

 だが、その大半は既に戦意喪失しており、非戦闘人員も多い。(むし)ろ、非戦闘人員の方が多いのだ。勝敗は決していると言って良い。そんな中での突撃は、無謀でしかないだろう。

 だが、今の管亥にとっては最早、青州黄巾党がどうなろうと関係ない。只、自分の欲望の為に動いている。青州黄巾党が何人死のうが、殺されようが、どうでも良い。

 今の管亥には、地和を自分のものにするという目的しかない。その為には、仲間である筈の黄巾党も単なるコマでしかない。いや、それはもっと前からだったのかも知れない。

 管亥は部下達を睨みながら再び命じる。今度はそれぞれの部隊は大人しく従った。逆らえば殺されるという事実が目の前で起きた事で、彼等の思考を混乱させた為だ。恐怖による思考支配は、冷静さを失わせ、本来なら選択出来る事を選択させないという特徴がある。

 今回の場合なら、部下達は管亥を殺して降伏すれば命は助かったかも知れない。だが、そうした考えに至らなかったのは、恐怖によって支配されたからである。

 かくして、不幸にも部下達は徐州軍への突撃を開始しなければならなくなった。既に数的、士気的等々で不利になった状況での突撃の為、多くの黄巾党の命が無為に散っていった。

 だが、その文字通り必死な突撃により、徐州軍の兵士達の一部が動揺する事になった。

 その動揺した所に、青州黄巾党が襲い掛かり、僅かながら穴が出来た。その穴を広げる様に別の部隊が突撃し、遂には一部隊が通り抜ける事が出来る道が出来た。

 

「てめえら、よくやった‼」

 

 管亥はそう言いながら自らの部隊を率いて突撃を仕掛けた。目標は勿論、地和こと張宝が居る徐州軍の本陣である。

 部隊の殆どを黄巾党鎮圧の為の総攻撃に出している為、手薄と言えば手薄だった。また、この豪雨で周りの音がよく聞こえず、ある程度の接近を許してしまったのは、徐州軍にとって不運だった。只、兵数は圧倒的に上回っている。桃香は多少慌てながらも、迎撃を命じた。

 徐州軍は弓矢を構え、向かってくる管亥達に容赦なく放った。

 一人、また一人と、管亥の部隊から脱落者が出ていく。それでも、管亥は止まらない。周りの者達も、そんな管亥に()てられたのか、自棄になっているのかは分からないが、同じ様に止まらない。矢を受けてもそのまま向かってきた者は一人や二人ではなかった。

 その異様な突撃に、徐州軍本隊も動揺を見せた。地香はそれを見て前に出て、兵達を鼓舞する。そのお陰か、多少なりとも動揺は治まった。

 だが、それを見た管亥はますます地香を地和と認識してしまった。

 

(あの堂々とした指揮……やっぱり間違いねえ!! 生きていたんだ!!)

 

 大声を上げてその感情を爆発させたい管亥だったが、それは何とか押し留めた。部下達が地和に気付いていない今、わざわざ教える必要は無いと考えていた。もし教えたら、この戦に勝って地和を手に入れても余計な奴等が出てくる、と思ったのだ。

 どうやら独占欲が強いらしく、地和を自分だけのものにしたいと考えている様だ。だから、ここで余計な事は言わない。

 管亥がやる事は、このまま地和を捕まえ、この場から逃げる事だけなのだ。その為にはいくら犠牲が出ても構わないと思っている。今や、青州黄巾党の命は、管亥にとって虫や草と同じかそれ以下の存在になっていた。

 

「どけええっ!!」

 

 管亥が得物を振るう度、徐州兵の命が消えていく。賊とはいえ、青州黄巾党は精強な兵が多く集まっていた部隊であり、それらを纏めてきた管亥は当然ながら強い。一般兵がやられるのも無理からぬ事だった。

 その結果、地香への道が拓けてしまった。地香の馬捌きでは逃げるのは間に合わない。それを察した地香は桃香に逃げる様に叫ぶ。桃香は地香にも逃げる様言うが、地香は首を振り、腰から得物を抜いた。


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