真・恋姫†無双 ~天命之外史~   作:夢月葵

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第十七章 青州解放戦・中編・7

 さて、一方の袁紹軍は、流石にこの状況で南下する事は無く、北へと向かっていた。

 袁紹軍は、出発時の一割にあたる一万に近い損害を出した事もあり、このまま徐州へ向かうという雰囲気ではなくなっている。

 しかもここは“敵地”である兗州。またいつ、どこからか敵襲があるかも知れないと考えるのも無理からぬ事。一刻も早く冀州へ帰りたいと将兵達が思うのも、脱走兵が出るのも、仕方が無い事であった。

 また、悪い報せというものは得てして続くものであり、この時袁紹にもたらされた報せは、彼女にとっては華琳に“裏切られた”事に次ぐ驚愕の報せだった。

 

「鄴が……公孫賛軍に攻められた、ですって…………!?」

 

 所々傷を負った兵士が語った事は、突如現れた公孫賛軍によって鄴は混乱した事、敵はそれ程多くなかったものの、混乱していた為に少なからず損害があった事、投獄されていた田豊と陳琳に助けを求めるも、その時には既に公孫賛軍はどこかに消えていた事、などであった。

 話を聞く限り、鄴が盗られたという訳では無い。

 だがそれでも、袁紹の本拠地が襲われたという事実は、袁紹自身が思うよりも大きかった。

 既に触れているが、袁紹はこの漢における名門一族の出である。

 三公というこの国で上位の役職に何人も就いた事があるというのは、実際の所、凄いという一言で言い表せない程の実績である。名門と呼ばれるのは伊達ではないだろう。

 だからこそ袁家にたてつく者は今まで居なかった訳で、それだけに今回、公孫賛が袁家に攻撃を仕掛けた事がどれだけ衝撃的な事か。将兵たちの動揺はなかなか治まらなかった。

 だがここで一つの疑問が生じる。何故公孫賛は鄴を攻めたのか、だ。

 袁紹軍が曹操軍の攻撃を受けたのは、兗州に無断で入り、警告を受けても一向に出ず、それどころか通過して徐州に向かおうとしたからである。厳密にはそこに華琳と涼とが結んだ同盟も加わるが、袁紹たちはそれを正しく把握していないので割愛する。

 一方、袁紹は公孫賛と敵対していた訳ではない。むしろ真名を預け合っている程、相手を認めている。下に見ているのは間違いないが、それは決して差別的なものではない。

 そうした状況で、何故公孫賛が攻めてきたのか。袁紹は全く理由を見つけられなかった。

 ただ一人、軍師の許攸こと明亜は、憶測でしかないが、と前置きしてから話した。

 

「恐らく、曹操はこういった事態に備えて、あらかじめ公孫賛と手を組んでいたのでしょう。」

「こういった事態って何だ?」

 

 文醜こと猪々子が訊ねると、明亜は簡潔に答えた。

 

「袁紹軍が兗州、もしくは徐州に攻め込もうとした時、つまり今よ。」

 

 そこまで簡潔に言われれば、いくらお馬鹿な猪々子でも解る。曹操も公孫賛も、袁紹軍が暴走した際にどうするかという手を打っていたのだと。

 相手が強大な袁紹軍とは言え、兗州を我が物顔で通過されては曹操の面目が立たない。が、今の曹操軍の戦力では袁紹軍と正面から戦うのは難しい。ならばどうするか。その答えが他の諸侯との同盟だ。

 一対一で戦うのが無理なら、二対一、三対一に持ち込めば良い。敵より多く味方を集めよという兵法とも合致する。至極当然の方法だ。

 曹操のメリットは分かった。では、公孫賛にメリットは何かあるのか。勿論ある。

 一つは名声。兗州の危機、ひいては徐州の危機をあの袁紹から救ったとなれば、公孫賛の名声は鰻登りに上がるであろう。

 しかも公孫賛は、無理に袁紹軍と戦う必要はこの際、全く無いのである。

 袁紹が留守にしている鄴をそれなりに攻めるだけで良い。そうすれば、袁紹は鄴に戻るしか選択肢が無くなるからだ。

 本拠地が攻められたのに何もしなかったら、袁紹という人間の器、性格、その他諸々が疑われてしまう。よって、この場合に袁紹が採るべき道は、「徐州遠征を中止して鄴に戻り、急ぎ復興に尽力する」事しかない。

 もし、このまま徐州遠征を続けたり、曹操と戦ってしまっては、将兵達の心は離れてしまうだろう。殆どの将兵達の家族は鄴に居る訳で、その鄴が攻められたと聞いた今、彼等は居ても経ってもいられない心境なのだろうから。

 袁紹もそれは理解していたので、このまま帰還する様に命令する筈だった。だがここで、またも郭図が余計な事を言ってしまった。

 

「鄴に戻られるのは致し方ないでしょう。ですがこのまま何もしないで帰っては、袁紹様の沽券に関わります。」

 

 郭図は続いて、「せめて曹操と一戦し、ある程度の仕置きをしてから帰るべき」と述べた。当然ながら周りから異論が噴出した。当然である。ここで戦うなど、愚の骨頂でしかないのだから。

 だが、郭図が一旦袁紹のプライドを刺激した以上、一戦交えなければならなくなったのは、これまでの経緯を見れば明らかであり、結果的にそうなってしまった。

 許攸たちは思った。

 

『無事に帰れたら、郭図は殺す』

 

 全く持って、邪魔でしかない存在。袁紹軍の名立たる将兵達は皆、郭図に対してその様に思い、憎悪を向けていた。それに全く気付かない郭図はある意味大物なのかも知れない。

 袁紹は部隊を再編し、追撃してくるだろう曹操軍を迎え撃つ為に移動を始めた。この間にも逃亡兵は増えており、兵の数は日に日に減っていった。


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