真・恋姫†無双 ~天命之外史~   作:夢月葵

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第三章 旅立ち・3

 涼の体調が良くなり、旅立ちを翌日に控えた夜、涼達は桃香の家に集まっていた。

 

「今更ながら確認するけど、皆俺に付いて来てくれるんだね?」

「当然です。私達は義兄妹・義姉妹なのですから、常に一緒です。」

「もし鈴々達を置いてったら、直ぐに追い掛けるのだっ。」

「そうだね。涼兄さん、私達を置いて行っちゃダメですからね。」

 

 愛紗、鈴々、そして桃香の三人は微笑みながらそう告げる。

 

「解ってるよ。……三人共、有難う。」

 

 涼はそんな三人に深く感謝しながら頭を下げた。

 

「桃香達はこう言ってるけど、君達はどうなんだい?」

 

 続いて、桃香達の反対側に座っている三人に確認をとる。

 

「私は、先日の黄巾党討伐の時から清宮殿について行くと決めていました。失礼ながら、この街の義勇兵の隊長では、私の実力を発揮出来ない様ですしね。」

 

 イタズラっぽい笑みを浮かべながら、徐福も同行すると宣言する。

 

「勿論、あたい達もあんたについて行くよ。何せ、あんた達はあたい達の希望だからな。」

「うん……頑張って下さい。」

 

 続けて、張世平と蘇双の二人も同行すると宣言した。

 すると、彼女達の視線は自然と涼に集まっていた。

 皆の視線を受けた涼は、全員をゆっくりと見渡してから告げる。

 

「皆、本当に有難う。心強い仲間が出来て、俺はとても嬉しく思ってるよ。」

 

 そして深々と頭を下げ、感謝の意を示す。

 すると、涼が頭を下げたので、桃香達も同様にして頭を下げた。

 そうして互いに顔を見合わせると、柄にもない事をした所為か自然と噴き出してしまった。

 

「まあ、固っ苦しい挨拶はこれくらいにして、これから頑張っていこう。勿論、俺も頑張るからさ。」

「解りました。我が青龍偃月刀(せいりゅうえんげつとう)に誓って御主人様をお守り致します。」

「鈴々も、丈八(じょうはち)蛇矛に誓うのだっ。」

「わ、私も靖王伝家(せいおうでんか)に誓うもんっ。」

 

 固っ苦しい挨拶は無しと言った傍から誓いだす三人。

 しかし、その気持ちは嬉しいので素直に受け取る涼だった。

 

「三人共有難う。けど、俺もいつか皆を守れる様に強くなるからね。」

「うん、期待してるよ、涼兄さん。」

「ですが、我等が主は行き当たりばったりな上に、直ぐ体調を崩される様ですからな。今は私達が主を守らなければいけないのが現状ですね。」

「まったくです。」

「……それを言うなよ。」

 

 折角の決意が揺らぎそうな事を言う徐福と愛紗であった。

 

「さて、では私からも一つ申し上げても宜しいでしょうか?」

「……何?」

 

 涼が軽くへこんでいるのを知ってか知らずか、徐福はマイペースに尋ね、そして話し出す。

 

「実は先程、清宮殿にお仕えするにあたり、名を改めたのです。」

「えっ、名前を!?」

 

 淡々と喋った割には内容が予想外だった為、涼だけでなく桃香達も驚いた。

 そんな涼達に対し、徐福はあくまでマイペースに話し続ける。

 

「はい。兼ねてから、仕えるべき主が現れた時に名を改めようと思っていましたので。」

「そうだったのか。それで、何て名前にしたの?」

 

 先程は忘れていたので驚いたが、「三国志演義」を知っている涼は勿論その名前を知っている。

 だが、当然ながら桃香達は知らないので一応聞いてみた。

 

「徐福の“福”を“庶”に改め、“徐庶(じょしょ)”にしました。」

「徐庶ちゃんかあ、良い名前だねっ。」

 

 笑顔を浮かべた桃香が、徐福改め徐庶を見つめる。

 

「有難うございます、劉備殿。……折角ですから改めて自己紹介をしましょうか。私の姓は“徐”、名は“庶”、字は“元直(げんちょく)”、真名は“雪里(しぇり)”と申します。以後、お見知り置きを。」

 

 そう言って徐庶は深々と頭を下げる。

 

「ああ、こちらこそ宜しく、雪里。」

 

 涼は早速徐庶を真名で呼び、改めて挨拶を交わした。

 

「それじゃあ、あたい達も改めて自己紹介しとくか。」

「ええ。」

 

 雪里に触発されたのか、張世平と蘇双も自己紹介を始めた。

 

「あたいの姓は“張”、名は“世平”、真名は(よう)”だ。宜しくな。」

「私の姓は“蘇”、名は“双”、真名は“(けい)”です。宜しく。」

 

 そう言って頭を下げる張世平と蘇双。

 そうして二人の自己紹介が終わると、桃香達も改めて自己紹介をして親睦を深めていった。

 

「それじゃあ、心機一転した徐庶や、張世平達が真名を預けてくれたお祝いに、今夜は宴なのだーっ。」

「これ鈴々っ。確かに雪里殿達の事は目出度い事だが、今日宴を開くなら、それは主に我等が主の出立を祝ってだろう。」

「あ、そうだったのだ。」

 

 楽しそうに提案するも、愛紗に注意されてハッとする鈴々。

 

「まあまあ、今日はお母さんが腕によりをかけて料理を振る舞うって言ってたから、楽しくいこうよ♪」

 

 桃香がそう言うと、鈴々は子供の様にはしゃいだ。

 ……まあ、見た目も子供ではあるが。

 結局その日は、涼達の旅立ちを祝って盛大な宴が夜遅く迄続いた。

 

「ん…………。」

 

 宴が終わり、今は誰もが寝静まっている真夜中。

 そんな時間に、涼は不意に目が覚めた。

 

「うぅ……頭が痛い…………。」

 

 どうやらまた酔い潰れたらしいと思いながら、額を抑え、そのまま辺りを見回した。

 今居るのは先程迄皆で御馳走を食べていた部屋。

 涼自身は毛布一枚かけていただけで、着ている服は寝間着ではなく普段着のままだった。

 

「……またかよ。」

 

 よくよく見れば、部屋には愛紗、鈴々、雪里、葉、景の五人が毛布にくるまって寝ている。

 何だか最近見た光景だなあと思いながら、涼はゆっくりと立ち上がり部屋を出た。

 別に何かしたくて部屋を出た訳では無い。

 只、女の子が寝ている部屋に居るのが少しばかり居心地悪かっただけだ。

 

(また誤解されても困るからなあ。)

 

 そう思いながら自然と体が震える。

 どうやら、愛紗の一撃は体が覚える程に痛かったらしい。

 

(ん……?)

 

 そんな事を考えながら廊下を歩いていると、とある部屋から人の話し声が聞こえてきた。

 

(この声は……桃香か?)

 

 そう言えばさっきの部屋には居なかったなと思いながら、涼は声がする部屋に近付いていった。

 

「……遂に、この日がやってきたのですね。」

 

 続いて聞こえてきたのは、桃香の母の声だった。

 

「劉勝の末裔である貴女は、いつかは国の為民の為に立ち上がらなければなりませんでした。その為に私は、貴女に人として王としての生き方を教えてきたのです。」

「そうだったんだ……。けど、人としては兎も角、王としての生き方は教えて貰ってない気がするんだけど?」

 

 桃香は母に尋ねた。

 確かに、桃香が自分自身を劉勝の末裔だと知ったのは最近の事であり、それ迄は普通の少女として育ってきた筈だった。

 

「そんな事は有りませんよ。……桃香や、王に必要なものが何か解りますか?」

「王に必要なもの? ……う〜ん……やっぱり、誰にも負けない強さと、類い希な精神力とかじゃないかなあ?」

 

 強くなければ敵から国や民を守れないし、精神力もプレッシャー等に打ち勝つ為に必要だ。

 

「確かにそれも大事です。ですが、強さや精神力だけでは駄目なのです。」

「じゃあ、何が必要なの?」

 

 暫く考えていた桃香だったが、結局解らなかったらしく答えを求めた。

 桃香の母は答える。

 

「それは、民を思う心と、民に愛される事です。」

「民を思う心と、民に愛される事……。」

 

 桃香は母の言葉を反芻(はんすう)した。

 

「国とは民あってのものであり、決して王だけのものではありません。それを忘れてしまっては、王たる資格はありません。……残念ながら、今の漢王朝はその事を忘れています。」

 

 だからこそ漢王朝は腐敗し、そして黄巾党が現れた。

 それからの事は皆が知る通り。

 黄巾党の乱を鎮圧すべき官軍は頼りにならず、本来は国や民の為に立ち上がった筈の黄巾党は、単なる賊に成り下がった。

 そして、そんな世の中を変えようと沢山の人々が立ち上がっている。

 

「貴女を、儒学者の廬植(ろしょく)先生の許で学ばせたのも、その事を知ってもらいたかったからです。」

「確かに、廬植先生には色んな事を教わりました。……それに、掛け替えのない友達も出来ました。」

 

 母の言葉を聞いて当時を思い出したのか、桃香は微笑んだ。

 涼はそんな桃香の声を聞きながら考える。

 

(桃香の親友……劉備が廬植の許で学んでいた時に知り合った人物と言えば、やっぱり公孫賛(こうそん・さん)の事だろうな……。)

 

 公孫賛、字は伯珪(はくけい)

 史実や演義で、旧知の仲である劉備を迎えた武将で、北方の勇である袁紹(えんしょう)と戦った歴戦の勇士である。

 

「伯珪ちゃんの事ですね。彼女も今は幽州(ゆうしゅう)太守として活躍している様です。」

「はい、私も白蓮(ぱいれん)ちゃんの噂はよく聞いています。」

 

 桃香の母が伯珪ちゃんと呼ぶ。やはり、公孫賛も女の子の様だ。

 

「何れは、伯珪ちゃんと共に戦うのも良いでしょう。あの娘は中々利口な娘でしたからね。」

「ええ。私も、白蓮ちゃんと一緒に戦えたら良いなって思います。」

 

 そう話す桃香の声はとても明るく、それだけで公孫賛の人柄がよく解った。

 

「ならば、先ずは伯珪ちゃんが居る城を目指すと良いでしょう。その道中に居る黄巾党を倒していけば貴女達の評判も上がり、伯珪ちゃんも温かく迎えてくれる筈です。」

「はい、解りました。絶対に白蓮ちゃんの所に行きます。」

 

 そう言って桃香は母に頭を下げる。

 そこ迄聞いてから、涼は踵を返した。

 

(これ以上盗み聞きは出来ないな。……戻ろう。)

 

 本当は盗み聞き自体が駄目なのは涼も解っているが、何だか聞き入ってしまっていた。

 多分、暫くの間離れ離れになる親子の会話に興味があったのだろう。

 それは、無意識の内に自分自身の家族の事を思っていたからかも知れない。

 涼もまた、家族と離れ離れの身なのだから。

 涼はその後、部屋に戻って再び寝る事にした。

 女の子が雑魚寝している部屋に戻るのは少し気が引けたが、ここで別室に移っても却って誤解されそうな気がしたので、結局そのまま寝る事にした。

 一応、少し離れてはみた様だが。

 

(それにしても……。)

 

 再び毛布にくるまりながら涼は思う。

 

(皆、ちょっと無防備過ぎるよなあ。ひょっとして、俺が男だって事を忘れてるんじゃないか?)

 

 そう思いつつ周りを見る。

 そこに居る愛紗達は皆酔い潰れたらしく、着の身着のままの姿で寝ていた。

 毛布にくるまっているとはいえ、寝相で毛布がはだけ、胸元や足が見えたりしている娘も居る。

 涼は思春期真っ盛りの男の子であり、そんな光景を見せられてはかなり困ってしまうのだが。

 

(まあ、それだけ信頼してくれてるって事かな。……うん、そう思う事にしよう。)

 

 余り考え過ぎてもいけないな、と結論付ける。

 考えても答えが出ると限らない場合は、下手に考えない方が良い。

 今迄そうしてきたので、これからもそうするだろう。

 そう思いながら、涼は再び眠りにつく。

 暫くして、誰かが涼の隣に寝たのだが、その頃には熟睡していたので気付かなかった様だ。

 翌朝、涼が目覚めた時には既に全員が目覚めていた。

 

「お早いお目覚めですね。」

 

 と、雪里に言われたりもした。

 よっぽど遅く迄寝ていたのかと思ったが、丁度朝食の時間だったのでそんなに遅い訳ではない。

 だから何でそんな風に言われたのか、涼には解らなかった。

 皆で集まって朝食をとると、何とお風呂が用意されていた。

 この世界は毎日お風呂に入れる訳ではない。

 現代みたいに蛇口を捻って水を汲む訳ではないし、お湯を沸かす為にガスを使う訳でもない。

 自ら水を汲んで風呂桶を満たし、薪を焚いてお湯を沸かす。その行程はかなり大変だし、水が貴重な世界だから週に一回入れれば良い方だ。

 夏だと川で水浴びとか出来るらしいけど、今は未だ季節じゃないから無理だし。

 そんな貴重なお風呂に入る事が出来る。

 勿論、一度に入る訳じゃ無いので、入る順番を決めないといけない。

 桃香達は主である涼が先に入るべきだと主張し、その涼は女の子が先に入るべきと主張した。

 どちらも譲らないまま数分が経過した所で、雪里が多数決を提案した。

 

「こら待てっ。それは……!」

「清宮殿が最初だと思う方は挙手を。」

 

 勿論、結果は涼が入る事になった。

 

「多数決が数の暴力とは、よく言ったものだよ。」

 

 風呂から上がり、取り敢えず寝間着に着替えた涼は、縁側に座りながらそう呟いた。

 涼の後に桃香が入り、以降は愛紗、鈴々、雪里、葉、景の順番で入っていった。

 そうして皆が風呂に入っている間に、桃香の母によって服は洗濯されている。

 洗濯機も乾燥機も無い世界で、あの人数分の衣服の洗濯は大変だろう。

 なので、涼達も手伝うと申し出たが、旅立つ前に疲れる事はしなくて良いと言われ、断られている。

 今日は天気も良いし風も適度に吹いている。これなら、昼過ぎには乾くだろう。

 衣服が乾く迄の間、涼達は当面の基本方針を話し合った。

 義勇軍を旗揚げするとはいえ、人数は百人ちょっと。しかもその殆どが、実戦経験が余り無い農民達だ。

 ちゃんと行動しないと、あっという間に全滅してしまう。

 

「そこで、私の出番という訳です。」

 

 いつもの様に自信満々に話し出したのは、涼率いる義勇軍唯一の軍師、徐庶こと雪里だった。

 

「清宮殿達には、先日捕縛した黄巾党の男から有益な情報を得た事は話しましたよね? 実はその情報には、幽州に点在する黄巾党の拠点や人員等の詳細が含まれていたのですよ。」

「それは凄いな。なら、人数が少ない所から叩いていけば……。」

「黄巾党の数は減り、我等は名声を得る事になりますね。」

「そしてそうなれば、自然と人や物が集まってくる、と。」

「そう上手くいくかは解らないけど、可能性は高いと思います。」

 

 雪里の報告を聞くと、涼達の話は一気に盛り上がっていった。

 

「けど、ずっと戦っていたら疲れるしご飯も無くなるのだ。鈴々達だけじゃ、その内お腹が減って戦えなくなるよ?」

「ああ、その点なら大丈夫だよ。」

 

 鈴々が疑問を口にすると、桃香が笑顔を鈴々に向けながら話し出した。

 それは昨夜、桃香と桃香の母が話していた内容だった。

 

「幽州の太守は公孫賛って人なんだけど、この人は私の幼馴染みなの。だから、戦功を挙げていればきっと快く受け入れてくれると思うんだ。」

「ですが、いくら友達とは言え相手は太守です。そう易々と受け入れてくれるかどうか……。」

 

 桃香の説明を聞いていた愛紗が不安を口にする。

 だが桃香は、そんな愛紗の不安を無くすかの様に、笑顔を向けて話していく。

 

「大丈夫だよ、愛紗ちゃん。白蓮ちゃんは優しくて良い娘だから、きっと私達を受け入れてくれるよー。」

 

 義姉(あね)である桃香にそう迄言われては、義妹(いもうと)である愛紗はそれ以上何も言えなかった。

 

「……解りました。では御主人様、私達の当面の目標は、公孫賛殿が居る城に向かいつつ黄巾党を討つ……で、宜しいでしょうか?」

「ああ、それで良いよ。」

 

 愛紗が確認すると、涼はあっさりと決めた。

 難しい事が苦手なのと、当初の目的としては充分だと思っていたので、反対する理由が無いからでもある。

 それから詳細を決めていき、終わった時には丁度昼食の時間になった。

 これが、桃香にとって一先ず最後になる母の手作りご飯。

 次に食べられるのは何年後になるか解らない。

 だからだろうか、桃香は一口一口を噛み締める様に食べていった。

 勿論、その様子を皆に悟られない様に、出来る限り普通に振る舞っていた。

 昼食を終えた頃、洗濯していた衣服が乾いた。この季節にしては暑かったのが早く乾いた要因らしい。

 涼達は直ぐに着替え、続けて武器や道具を身に付けていく。

 桃香は宝剣「靖王伝家」を、

 愛紗は大薙刀「青龍偃月刀」を、

 鈴々は長矛「丈八蛇矛」を、

 武器を持たない雪里は「大きな中華鍋」、

 葉は「巨大算盤」、

 景は「巨大巻き尺」をそれぞれ携える。

 そして涼はと言うと、旅の準備中に街の鍛冶屋に造らせた、外見が全く同じ二振りの剣、所謂「雌雄一対の剣」と、借りていた「靖王伝家(予備)」を持つ事になった。

 本当は「雌雄一対の剣」が出来た時に「靖王伝家(予備)」は返すつもりだったのだが、桃香の母が、

 

『未だ返さなくて良いですよ。武器は使われてこそ意味が有りますから。』

 

と言い、桃香も、

 

『何だかお揃いみたいで嬉しいですっ。』

 

と笑顔で言っていたので、何となく返しそびれていた。

 そのお陰で、涼は三つもの剣を持つ事になってしまっている。

 

「外見だけは立派な剣士ですな、清宮殿。」

「どうせ俺は弱いですよー。」

 

 桃香を除いた残りの全員は今、桃香の家の門前に集合し、そんな事を話して待っていた。

 やがて、家の中から桃香と母が出て来る。

 

「それじゃあ……行ってきます。」

「ええ……気を付けるのですよ。」

 

 短く言葉を交わすと、桃香は深々と御辞儀をし、涼達の許に向かった。

 涼達は桃香が合流すると同時に、桃香の母に向かってやはり深々と御辞儀をする。

 

「皆さんも、どうか無事に帰ってきて下さいね。」

 

 涼達は、桃香の母にそう言われて送り出された。

 桃香の母に見送られた涼達は、一路街の広場へと向かう。

 そこには、涼達と共に義勇軍に参加する者達が主の到着を待っていた。

 集まった義勇兵は百人以上。殆どは農民や商人の次男や次女だが、中には先の黄巾党征伐に参加した軍人も居り、涼達に対する期待の大きさが窺える。

 涼達が広場に着くと、到着を待ちわびていた人々から大きな拍手が巻き起こった。

 

「す、凄いな……!」

「う、うんっ……!」

「お二人共、何を驚いているのですか。」

 

 拍手に驚いている涼と桃香を、雪里が窘める。

 

「先日の黄巾党征伐の時には、もっと沢山の兵が居たではないですか。」

「それはそうなんだけど……。」

「この人達全員が俺達が率いる兵だと思うと、何だかプレッシャーが……。」

「ぷれっしゃあ?」

 

 涼が言った言葉の意味が解らず、キョトンとした顔で聞き返す雪里。

 

「えっと……つまりは“精神的重圧”って事。」

「成程。しかし、これからは何千何万もの兵を率いる事もあるのですよ。これくらいの事で萎縮していては困ります。」

「そりゃあそうなんだけどさあ……。」

 

 戦争の無い国で生まれ育った涼には、些か荷が重い状況だろう。

 

「大丈夫ですよ、御主人様、桃香様。私達もついているのですから、御安心下さい。」

 

 そんな涼と桃香を愛紗が励ますと、鈴々達も同意するかの様に頷く。

 その様子を見ていた雪里は、はあ、と溜息をつきながら愛紗に言う。

 

「愛紗殿達は、直ぐにそうやって清宮殿と桃香様を甘やかす。」

 

 だが、愛紗も負けずに言い返す。

 

「そうか? 私には、雪里が少しばかり厳しい様に見えるがな。」

「軍師とは、主に媚びへつらうだけでは意味がありませんからね。これは性分みたいなものです。」

 

 愛紗の指摘にも表情一つ変えずに答える雪里。

 それを見た愛紗は、納得した様な表情を浮かべながら言葉を続ける。

 

「成程。まあ、私もお二人が今のままで良いとは思っていない。少しずつでも我等が主として成長してもらわないとな。」

 

 そう言うと、愛紗は二人の主にそれぞれ目をやる。

 その視線が鋭かったからか、涼と桃香はビクッとしながら声を発した。

 

「えっと……頑張ります。」

「わ、私も頑張るよっ。」

 

 そう答えながら、情けないなあと思う二人だった。

 

「では、参りましょうか。皆がお二人のお言葉を待っています。」

 

 愛紗に促され、涼達は前に進んだ。

 左右に分かれた義勇兵達の間を、涼と桃香を先頭にして、続けて愛紗、鈴々、雪里、葉、景の順に歩いていく。

 進んだ先には、直方体の台座が設置してあった。

 数日前には無かったので、今日の為に作ったのだろう。

 その台座に、涼達は義勇兵達から見て左から景、葉、鈴々、桃香、涼、愛紗、雪里の順に並んでいく。

 そうして並び終わると、涼は改めて辺りを見渡す。

 目の前には武装した義勇兵約百人。そしてその後方には、その様子を見ている街の人や旅人の姿がある。

 その表情には、涼達に対する期待と、子供や友達を送り出す不安が同居していた。

 

(もしかしたらこれが今生の別れになるかも知れないんだから、当たり前だよな……。)

 

 愛紗にああ言った手前、頑張らないといけないのだが、責任の重さが急激に襲いかかってくるのを涼は感じていた。

 普通の高校生が他人の命を預かる事等は先ず無いのだから、その事で不安になるのは仕方ないだろう。

 

「……さんっ。涼兄さんっ。」

「えっ?」

 

 声を掛けられている事に気付き、涼はハッとする。

 

「大丈夫ですか? 何だか急に暗い表情になっていましたけど……。」

 

 声を掛けていたのは、隣に立つ桃香だった。

 心配そうに見つめる桃香を安心させないといけないと思った涼は、表情を取り繕って答える。

 

「大丈夫だよ、ちょっと考え事をしてただけだから。」

「それだけには見えなかったんだけど……」

 

 尚も心配する桃香。そんな桃香の気を逸らそうと、涼は話題を変える事にした。

 

「それよりほら、愛紗が皆に話しているんだから、ちゃんと聴こうよ。」

 

 涼がそう言う様に、今は愛紗が義勇兵達に対して義勇軍の心構えを説明していた。

 

「我等義勇軍には黄巾党という無法者共とは違い、鉄壁の規則が有る。私がこれから言う規則を、皆は守れるか?」

 愛紗の問いに、義勇兵達は雄叫びで答えた。

 

「良かろう、では……。」

 

 愛紗はコホンと咳払いをしてから、規則を一つ一つを凛とした声でハッキリと説明していく。

 

「一つ、将の命令を守る事! 一つ、目の前の利益に惑わされずに大志を抱く事! 一つ、自らより国を思う事! 一つ、略奪や弱者を傷付ける事は禁止! 一つ、軍規を乱す者は追放! ……以上だ‼」

 

 愛紗が規則を言い終わると、暫くの間辺りに静寂が訪れたが、やがて、先程よりも大きな雄叫びが湧き起こった。

 雄叫びがあがったという事は、どうやらここに居る義勇兵は皆規則を守れるという事らしい。

 

「では桃香様、皆に一言お願いします。」

「えっ、私っ!?」

 

 尚も雄叫びが続く中、急に話を振られた桃香は驚いた。

 自分には無理だと言って断っていたが、桃香も義勇軍の指揮官の一人なので、結局話さなければならなくなった。

 

「落ち着いていけば大丈夫だよ、桃香。」

「う、うんっ。」

 

 涼に励まされて少し緊張がほぐれた桃香は、ゆっくりと前に立ち、義勇兵達の雄叫びが止むのを待ってから語りかけた。

 

「えっと……殆どの人はこの街の人だから私の事を知っていると思うけど、一応自己紹介しますね。私の名前は劉備玄徳、中山靖王劉勝の末裔です。」

 

 桃香がそう言うと、結構大きなどよめきが起きた。

 考えてみれば、桃香自身も自分の出自を最近知った訳で、それからも殊更に話し回ってはいなかった。

 先日の黄巾党征伐の折に少し話してはいたものの、参加していない人に迄は余りその出自が知られていなかった様だ。

 

「今の世の中は間違っています。ほんの一握りの人達だけが我が物顔で暮らしていて、それ以外の多くの人達は苦しい日々を送っています。」

 

 初めは緊張気味だった桃香だが、話している内に緊張がほぐれてきたらしく、段々と饒舌になっていった。

 

「私は、この世の中を変えたい。誰もが笑顔で生きていける世の中にしたい。……けど、幾ら私に中山靖王の血が流れていても、一人では何も出来ない。」

 

 桃香はそう言うと一度目を瞑り、両手を胸に添えながら話を続ける。

 

「けど、私には仲間が居る。私と義姉妹の契りを交わした関雲長ちゃんに張翼徳(ちょう・よくとく)ちゃん、とっても頼りになる軍師の徐元直ちゃん、いつも元気で明るい商人の張世平ちゃんに蘇双ちゃん、そして……。」

 

 そこで一旦言葉を区切ると、後ろに居る人物に向かって振り返り、その手をとった。

 

「そして、そんな私の……ううん、私達の力になってくれる人。その人がこの、“天の御遣い”こと清宮涼さんっ。」

 

 桃香に引っ張られる様にして前に出た涼は、躓きそうになるも何とか耐えた。

 そして感じた。皆の注目が、桃香から自分へと移っていったのを。

 そんな視線を交わす様に、涼は小声で桃香と話す。

 

「桃香、俺を紹介するのは良いけど、急に引っ張らないでくれよ。」

「ゴメンね、涼兄さん。一人じゃこれ以上耐えられそうになくて……。」

「そうは見えなかったけど……。」

「けどそうなのっ。」

 

 桃香はそう言うと、何故か顔を紅くしてそっぽを向いた。

 未だ何か言おうとした涼だったが、義勇兵達に向かって桃香が再び話し始めたので、結局言えなかった。

 

「知っている方も多いでしょうが、清宮涼さんはこの大陸に平和をもたらす為に、天から遣わされたのです。そして先日の黄巾党討伐で、早速私達を勝利に導いてくれましたっ。」

(いや、あれは別に俺は何もしていない様なものだけど……。)

 

 涼はそう思ったが、義勇兵や街の人達は桃香の話を鵜呑みにしたらしく、涼に対して歓声を送っていた。

 

(いやいや、この中にはあの時参加してた人も居るよね?)

 

 そんな涼の心のツッコミも、義勇兵達には当然聞こえない訳で。

 その歓声は暫くの間止む事は無かった。

 

「私達は、そんな御遣い様と共に立ち上がるのです。そして、いつか必ず平和を取り戻し、家族や友が待つこの街に戻ってきましょう!」

 

 右手を高々と上げてそう言うと、義勇兵達は更に大きな歓声で応えた。

 桃香はそんな義勇兵達を心強いと思いながら、隣へと視線を移す。

 

「それじゃあ涼兄さん、最後に一言お願いします。」

「やっぱり?」

「うん♪」

 

 笑顔で答える桃香に涼は何も言えなかった。

 立場上何か言わないといけないとは解っていたものの、沢山の聴衆の前で話した経験が殆ど無い涼は、何を話したら良いか解らなかった。

 と、そこで、義勇兵達がざわついているのに気付いた。

 聞こえてくる声から察するに、涼の服装や剣に注目している様だ。

 この世界の人間は誰もコートやジーパンなんて見た事無いだろうから、それは仕方ないだろう。

 しかも、腰の左右には雌雄一対の剣を下げ、背中には靖王伝家(予備)を背負っている。

 その姿と先程の桃香のスピーチで、涼がかなりの実力者だと思っているのかも知れない。

 実際には未だ一人も斬った事が無いというのに。

 

「えっと、皆さん初めまして。只今、劉玄徳から紹介された清宮涼です。」

 

 取り敢えず涼は、挨拶から始めてみる。

 

「彼女が言った通り、俺はこの世界の人間ではありません。だから、天の御遣いという説明は解り易いとは思っています。」

 

 そう言うと表情を引き締め、前を見据える。

 

「けど、だからと言って俺は万能じゃ無い。何でも出来るなら黄巾党は勿論、あらゆる悪党をとっくに殲滅している訳だしね。」

 

 そう言った瞬間、義勇兵達はざわめいた。どうやら、涼が不思議な能力を持っていると思っていた者が多かった様だ。

 

「けど、俺が皆に無い能力(ちから)を持っているのは確かだ。それはここに居る義勇兵や後ろで聴いている人達、そしてここに居る劉玄徳達は勿論、この世界の誰も持っていない能力だ。」

 

 能力と言ってはいるものの、ファンタジーによくある魔法の様な不思議な能力じゃない。

 天界ーーつまり現代の知識や道具を使えるに過ぎない。

 だが、そんな事ですらこの世界の人々は驚いてしまう。それは以前、桃香達に携帯電話や携帯ゲームを操作してみせた時に実感していた。

 だから、涼にとっては当たり前の事でも、この世界の人々にとっては不思議な事なのだ。

 

「俺はその能力を皆の為に使う。そして、より効果的にする為には皆の協力が必要なんです。」

 

 そこ迄言うと、ふうと息を吐き呼吸を整える。

 

「皆さん、どうか俺達に力を貸して下さい! そして、先程劉玄徳も言った様に、いつか必ず平和を取り戻し、俺達と共にこの街に戻りましょう‼」

 

 涼は拳を握り締めながらそう言った。

 そして暫くの沈黙の後、桃香の時よりも大きな歓声が辺りを包んだ。

 その歓声が、涼達に対する期待の表れだというのは解る。

 だが、自分の言葉に何故こんな風に反応してくれたのか、涼自身はよく解っていなかった。

 力強くは無く、頼りにもならない言葉だったんじゃないかと思っていたのに。

 それなのに、目の前では皆が手を天に突き上げて涼達の名を叫び、絶叫にも似た歓声があがっている。

 涼にとってその光景は、まったく現実感がない光景に感じていた。

 

「それだけ、皆が世の中を憂いているという訳ですよ。」

 

 隣に立つ愛紗が、前を見据えたまま呟く様に話し掛ける。

 

「苦しいからこそ、自分達を助けてくれる人を求めているのです。」

「俺は……俺達は、彼等の期待に応えられるのかな。」

「何を今更言うのですか。」

 

 名前を呼ばれた愛紗は義勇兵達に手を振りながら、視線だけを涼に向けて話す。

 

「たった今、御主人様は皆に約束したのですよ。“皆で平和を取り戻してここに戻ってこよう”、と。」

「……そうだったな。」

 

 前から考えていた言葉ではない。直前に桃香が言っていたから、心に残っていたのかも知れない。

 だけど、言ったのは間違いなく清宮涼本人であり、それは変えようのない事実だ。

 だったら、自分の言葉に責任を持たないといけない。

 少なくとも、精一杯頑張って結果を出せる様にしないと駄目だ。

 

「……愛紗、これから宜しくな。」

「それこそ今更ですよ、義兄上(あにうえ)。」

 

 愛紗は微笑みながらそう答える。

 その笑顔に思わず赤面してしまう涼。

 普段の凛とした表情も可愛いのだから、笑顔も可愛いのは当然ではある。

 多分、普通の感性を持つ男性なら皆、この笑顔にクラッとくるだろう。

 ……いや、下手をしたら女性もクラッとくるかも知れない。

 

「そ、それもそうだな、愛紗。」

 

 平静を装いつつ、前を向いて義勇兵達の声援に応える涼。

 顔が紅くなっているのを自覚しつつ、何とか気付かれない様にしていく。

 幸いにも、愛紗には気付かれずに済んだらしく、その場はそれで終わった。

 只一人だけ、そんな涼の様子に気付いていた人物は居たのだが。

 それから涼達は義勇兵達を各部隊に振り分けた。

 因みに部隊は涼や桃香達を守る部隊、愛紗が率いる部隊、鈴々が率いる部隊、雪里が率いる部隊、の四つだ。

 振り分けが終わると、涼達と一部の義勇兵達は馬に乗って行進を始めた。それ以外の義勇兵達は、勿論徒歩での行進となる。

 本当は全員分の馬を用意したかったのだが、葉達のサービスを含めても流石に全員分の馬を調達する事は出来なかった。

 馬を用意するだけなら何とかなるが、馬の飼料代とかを考えると予算を大きくオーバーしてしまうのだ。

 生き物を飼うって結構大変なんだよね、これが。

 そうして隊列を成した涼達は今、街の大通りを通り街の外に向かっていた。

 隊列の先頭には、異なる旗を持った二人の男性――つまり旗手が並んで歩いている。

 旗の一つは緑と白を基調とし、中央の丸の中には黒い筆文字で「劉」の一文字。

 もう一つの旗は青と白を基調とし、中央の丸の中に黒い筆文字で「清」の一文字が入っている。

 どちらもこの数日の間に作った旗の一つ。因みにこの二つは大将旗なので、普通の旗より一回り大きく作られている。

 その後ろには三列になって進む歩兵が居て、少し後ろに涼と桃香が馬に乗って並んで進んでいた。

 

「玄徳ちゃん、しっかりねー。」

「あ、有難うございまーす♪」

「御遣い様、どうかこの国をお願いします。」

「はい、任せて下さい。」

 

 道行くすがら、集まった人々から声を掛けられる一同。

 その声一つ一つに、丁寧に応えていく涼達。

 そうしてゆっくりと行進する隊列の真ん中に、愛紗と鈴々が馬に乗って進んでいる。

 愛紗は姿勢を正しくして真っ直ぐ前を見ている。

 だが、鈴々はキョロキョロと辺りを見回していて落ち着きが無い。

 その様子に気付いた愛紗が声を掛けた。

 

「どうした、鈴々?」

「な、なんでもないのだっ。」

 

 鈴々はそう答えるも、やはり周りをキョロキョロし続ける。

 

「寂しいのか?」

「そ、そんな事無いのだっ。……ただ……。」

「ただ?」

「おばちゃんと離れ離れになるのが、ちょっと嫌なのだ。」

 

 そう言うと、鈴々はあからさまに表情を暗くした。

 幼い頃に両親を亡くしている鈴々にとって、おばちゃんーー桃香の母は母親代わりだ。

 そんな大切な人と離れるのだから、寂しくない訳がない。

 

「大丈夫だ、私達が功を上げれば呼び寄せる事も出来る。直ぐに会えるさ。」

「……うんっ。」

 

 愛紗が言った一言で鈴々は少しだけ元気になる。

 功を上げる事が簡単じゃないのは鈴々も解っているが、それでも元気になる理由には充分だった。

 だから、潤んだ瞳を腕で拭って前を見る。

 情けない姿を見せたら、心配させてしまうから。

 それだけは絶対にしたくなかった。

 そんな二人の少し後ろには雪里が、その後ろには葉と景が並んで馬に乗って進んでいる。

 また、その少し後ろには、「関」「張」「徐」の旗を持った騎手が並んで進んでいる。

 因みに「張」は張飛ーー鈴々の旗で、張世平の旗ではない。

 張世平ーー葉と蘇双ーー景は戦いに参加しないので旗は作っていないのだ。

 それから三列に並んで歩いている歩兵が続き、最後尾を騎兵が二列になって進んでいく。

 百名程の義勇兵達だが、皆が武装し行進している姿はそれなりに迫力がある。

 だからだろうか、街の人達の声援は止む事が無い。

 そんな声援を受けながら、涼と桃香は街と外を区別する門を潜る。 桃香はその瞬間、何気なく振り返った。

 それは、暫く離れる事になるから最後に一目だけでも、と思って振り返っただけだった。

 けど、桃香は振り返って良かったと思った。

 桃香の視線の先に、よく見知った姿があったからだ。

 その姿は、大通りに集まった人達の中にあったのではない。近くに在る丘にあった。

 勿論、遠くてハッキリと見える訳じゃない。

 だが、そこに居るのは一人の大人の女性で、何より髪型、服装、佇まい。そのどれもがあの人と同じだった。

 

(お母さん……っ!)

 

 思わず泣きそうになったが、何とか堪えた。

 鈴々と同じで、情けない姿は見せたくないから。

 例え、遠くて涙が見えなくても、泣く訳にはいかなかった。

 

「桃香、大丈夫か?」

 

 桃香の異変に気付いた涼が声を掛ける。

 それに対し、桃香は零れかけた涙を手で拭って答えた。

 

「……大丈夫だよ。覚悟はしていたし、それにこれが今生の別れって訳じゃ無いんだから。」

 

 そう言うと、表情を引き締めて前を見据える。

 涼はそんな桃香を見て、それ以上何も言わなかった。

 下手に言っても逆効果になるし、何より掛ける言葉が思い付かない。

 涼自身も親と離れているし、自由に帰る事が出来ない状況だから。

 

(……俺はいつ帰れるんだろう? この大陸が平和になったら帰れるのか? けど、だったら……。)

 

 一体何年掛かるんだろう、と不安になる涼。

 この世界が「三国志」や「三国志演義」を基にした世界なら、大陸が平和になる迄何十年も掛かるんじゃないだろうか。

 「三国志」や「三国志演義」に詳しい涼は、そんな事を考える。

 

(ま、深く考えても仕方ないか。なる様になるさ。)

 

 そう思い直し、涼は馬を進める。

 これが、長く厳しい旅の始まりだった。




第三章「旅立ち」を読んでいただき、有難うございます。

今回はタイトル通り、涼達の旅立ち迄のお話です。
原作では未登場の張世平、蘇双を登場させたり、徐福を徐庶に改名させたりと、「三国志演義」や「横山光輝三国志」を参照にしたエピソードを出しました。
張世平と蘇双の出番がこれ以来殆ど無いのは誤算でした。ホントは色々活躍させる予定だったのですが。近い内に再登場させたいです。

それにしても、ルビ打ちは結構大変ですね。どれに振れば良いか迷います。
次は第四章の編集終了後にお会いしましょう。


2012年11月26日更新。

2017年4月7日掲載(ハーメルン)

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