《獣人のこども》おねしょ敬太くんの大ぼうけん   作:ケンタシノリ

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その6

 ある日の朝、いつもそばにいるはずのお父さんとお母さんがいません。

 

「おっとう、おっかあ、どこどこ?」

 

 敬太は、山の中へ入って何回も大声で叫んでいます。しかし、どこを探してもお父さんとお母さんの姿は全く見えません。

 

「ぐうううっ~」

「おっとう、おっかあ、お腹すいた……」

 

 敬太は、朝から何も食べていないのでお腹がすいてきました。すると、椎の木の枝に実をつけているのを見つけました。

 

 敬太は、椎の木にしがみつきながら登ろうとします。しかし、敬太が登ろうとしてもなかなか登ることができません。

 

 その後も、敬太は少しずつ手足を使って木に登るようになりました。でも、木に登る途中でそのままお尻から落ちてしまいました。

 

「でへへ、おちり(お尻)から落ちちゃった」

 

 敬太は、お尻から落ちても泣くような子供ではありません。ちょっと失敗しても、敬太は木登りの挑戦をやめようとしません。

 

 敬太はもう一度木にしがみつくと、再び手足を使いながら木を登り続けています。そして、椎の木の枝を見つけると、敬太は小さな手で椎の実を何個もつかむことができました。

 

 そして、敬太が椎の木の枝をゆらゆらと揺らすと、椎の実が何十個も地面に落ちていきました。

 

 木から降りた敬太は、手に持っている椎の実の殻を割りました。敬太は椎の実を食べると、甘みがあっておいしく食べることができました。

 

 敬太は、再び山道に出るところを探し始めました。しかし、山道だと思って行ってみても、行き止まりや崖崩れで行くことができないところばかりです。

 

 なかなかお父さんやお母さんが見つからないことに、敬太は心細くなってきました。それでも、手に持っている椎の実の殻を割って食べたりしながら山道を探し続けます。

 

 しばらくすると、山の中に光が差し込んできたので、敬太はその方向へ歩いていきました。

 

 すると、敬太の目の前から突風が吹いてきました。まだ2歳の敬太にとっては、目の前が安全なのか危険なのかは分かりません。

 

 敬太は、そのまま光が差し込んだところへ出ました。しかし、そこは目の前から下を見ると切り立った岩壁となっています。一歩でも踏み外したら、そのまま崖の下へ落ちてしまいます。

 

 敬太は、現在いる場所から下を見るたびに怖くなってきました。すると、目の前の崖が少しずつ崩れるにつれて、大きな割れ目が敬太の足元にも迫ってきました。

 

 そして、敬太が地面を何回もバタバタしていた場所が突然崩れました。敬太は、崖崩れとともにそのまま落下して行きました。

 

 しかし、敬太はその途中で岩壁から生えている木の枝に両手でつかまることができました。

 

 何とか木の枝につかまることができた敬太ですが、その場所は下を見ると地面からかなり高い場所にあります。

 

「うわーん、こわい、こわい」

 

 敬太はあまりの高さに怖くなり、ついに泣き出してしまいました。それと同時に、地面真っ逆さまに落ちてしまう恐怖感に敬太の両足が震え始めました。

 

 すると、両手で持っていた木の枝がバキッと折れてしまうと、敬太はそのまま真っ逆さまに落ちていきました。

 

「おっとう、おっかあ、たすけて~」

 

 敬太は、目の前からいなくなって探しているお父さんとお母さんに助けを求めるべく大声で叫び続けました。

 

 

 

「……大丈夫か、大丈夫か」

「……う、うん。ここは、どこ?」

 

 誰かの声がするのを聞いた敬太は、目を開きながら答えました。

 

「おおっ、ようやく気づいたか!」

「……ここは、ぼくの……おうち……。も、もしかして、じいちゃがぼくを助けたの?」

 

 敬太は、気がついたときには、自分のおうちのお布団の中に寝かされていました。外からは、太陽の光がすこしずつ入り始め、小鳥のさえずりがチュンチュンと聞こえてきました。

 

 どうやら、敬太は崖のある岩窟から真っ逆さまに落ちてから、お布団の中で気がつくまで半日以上が経過していました。

 

 そして、敬太が寝ているお布団の目の前には、60代前半ぐらいの初老の男性が座っていました。

 

「あれだけ高い岩窟から落ちれば、大人であっても死んでいるはず。だけど、お前さんは真っ逆さまに落ちたにもかかわらず、かすり傷だけで済んだなあ。まさに、奇跡としか言いようがないよ」

 

 初老の男性は、岩窟から落ちて倒れていた敬太を見てとても驚きました。まだ小さい男の子なのに、かすり傷だけで済んでいたからです。敬太の胸に耳を当てると、「ドックン、ドックン」と心臓の音が聞こえています。

 

 初老の男性は、自分の背中に敬太を抱えてそのまま敬太のおうちまで連れてきました。

 

「じいちゃ、ありがとう! でも、どうしてぼくのおうち、分かったの?」

「実はなあ、お前さんの父ちゃんとは山の中で木こりをしているときに、いっしょに仕事をしたことが何回もあるんじゃよ。そのときに、父ちゃんからお前さんのことをいろいろ聞いているよ」

「じいちゃ、おっとう、知ってるの?」

「お前さんの父ちゃんだけでなく、母ちゃんのことも知っているさ」

 

 初老の男性は、お父さんとお母さんのことを知っていることを敬太にやさしく語りかけました。

 

「じゃあ、おっとう、おっかあ、どこどこ?」

 

 敬太は、初老の男性にお父さんとお母さんがどこにいるのか聞いてみました。

 

 すると、その言葉を聞いた初老の男性は、思わず言葉を詰まらせました。そして、いろいろ考えた挙げ句にようやく口を開いて答えはじめました。

 

「お前さんに、どうしても言わないといけないことがあるんだ」

「じいちゃ、じいちゃ、なあに? なあに?」

「実はなあ、お前さんの父ちゃんと母ちゃんなんだが……」

 

 初老の男性は、敬太のお父さんとお母さんについて少しずつ話し始めました。

 

「わしは、お前さんをお布団に寝かせてから、近くの田んぼや畑を探したり、山の中や森の中をくまなく探してみたけど……」

 

 初老の男性は話していくうちに、少し険しい顔つきになっているようです。そして、敬太にはつらいことも言わなければなりません。

 

「お前さんにはつらいかもしれないけど、お前さんの父ちゃんと母ちゃんは、2人とも死んでしまったんじゃ……」

「おっとう、おっかあ、死んだの?」

 

 敬太は二度とお父さんとお母さんに会うことができないことに、大声で泣き始めました。

 

「え~ん、え~ん、おっとう、おっかあ、会いたい、会いたい!」

「よしよし、あまり泣くもんじゃないよ。それじゃあ、今日からわしがお前さんの父ちゃんになってもいいかな?」

「じいちゃ、おっとう、わ~い、わ~い!」

 

 おじいちゃんのやさしい言葉に、敬太はすぐに泣きやみました。敬太は、お父さんと同じようにやさしいおじいちゃんのことがすぐに大好きになりました。

 

「わしの家にはやさしいおばあちゃんもいるし、にぎやかだぞ」

「じいちゃ、ばあちゃ、だいちゅき(大好き)、だいちゅき(大好き)!」

 

 敬太にとっては、おじいちゃんだけでなくおばあちゃんもいっしょに暮らせるので大喜びです。

 

 おじいちゃんは、敬太が寝ているお布団の掛け布団をめくりました。

 

「おおっ、敬太はお布団に描いたおねしょがでっかくて元気いっぱいだぞ」

 

 敬太のお布団と腹掛けには、いつものように大きくて元気なおねしょをやってしまいました。敬太はお布団から起き上がると、少し顔を赤らめながらも元気な笑顔で喜んでいました。

 

「でへへ、おねしょ、べっちょり出ちゃった」

 

 敬太のおねしょ布団を見たおじいちゃんも、元気な男の子に育ってほしいと笑顔で見守っています。


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