《獣人のこども》おねしょ敬太くんの大ぼうけん 作:ケンタシノリ
「敬太、もうそろそろ寺子屋に行く時間だぞ」
「じいちゃ、すぐ行くから」
おじいちゃんが敬太に寺子屋に行く時間であることを伝えると、敬太はすぐに寺子屋に行く準備をしました。
おじいちゃんもおばあちゃんも、敬太にはきちんと読み書きができるようになってほしいから、敬太を村の中心にある寺子屋に通わせています。寺子屋で使う筆やそろばんなどは、全部おじいちゃんのお下がりです。
でも、おじいちゃんのお下がりといっても、いまでもちゃんと使える大切なものばかりです。敬太は、おじいちゃんに「いつもありがとう」と感謝すると、おじいちゃんも「これからも大事に使ってね」とおやさしい言葉で敬太に言いました。
「じいちゃ、ばあちゃ、それじゃ行ってくるよ!」
「気をつけて行ってね」
敬太は、寺子屋へ行くためときにおじいちゃんやおばあちゃんと言葉を交わすと、すぐに山道を駆け下りて行きます。敬太の家は村の中心からさらに山の中に入ったところにあるので、村の中心にある寺子屋まではかなり遠いところにあります。
しかし、敬太は寺子屋へ行くために、晴れた日はもちろん、雨の日も雪の日もはだしで山道を走って駆け下ります。
敬太が寺子屋にくると、他の子供も次々と寺子屋にやってきました。
寺子屋の子供たちにも腹掛けを付けている子供は多いのですが、敬太以外は普段から着物を着ている子供ばかりです。でも、この寺子屋では着物をを着て通ってもよいし、敬太のように腹掛け1枚だけ付けて通ってもよいのです。
「康之助先生、おはようございます」
敬太は、この寺子屋の先生であり師匠の康之助先生にあいさつをしました。
「敬太、きょうもがんばろうな。今日の朝もでっかいおねしょだったかな?」
「康之助先生、今日も元気いっぱいのおねしょをしちゃったよ。すごいでしょ!」
康之助先生は、敬太がいつもおねしょしてもやさしい笑顔で接しています。敬太もこれに応えるように、康之助先生にお布団におねしょしたことを自慢するように言いました。
寺子屋では、読み書きそろばんのほかに、剣術や相撲なども行われています。今日は、みんなで相撲をすることになりました。相撲をするときは、着物を着ている子供たちは必ず着物を脱ぎます。
着物を脱ぐと、小さい子供たちは敬太と似たような腹掛け1枚だけの格好になっている子供もいますが、年上の大きい子供になるとふんどしをつけています。
寺子屋の外には、簡単な造りの土俵があります。基本的に小さい子は小さい子同士で、大きい子は大きい子同士で取組が行われますが、力の強い子供は小さい子と大きい子との取組も行われます。
取組みがしばらく進むと、いよいよ敬太が土俵の上に立ちました。相手は、五吉という12歳の農民の子供です。五吉は、敬太よりも一回り大きい男の子でふんどしを付けています。
年齢が離れていても2人は友達ですが、土俵の上では真剣そのものです。
「はっけよい、のこった」
敬太と五吉は土俵の上でぶつかり合うも、敬太は五吉の胸を思い切り「えいっ!」と手のひらで強く突っ張りました。敬太の突っ張りはあまりにも強かったのか、五吉はあっという間に土俵の外に突き倒されてしまいました。
「小さい子供なのに、ものすごく強くなっているぞ」
五吉は、敬太の相撲がかなり強くなっているのに驚いている様子でした。
とはいえ、腹掛け1枚だけ付けている小さい子供に負けているようでは、年上としてのメンツが立ちません。
他の年上の子供たちも次々と敬太に土俵で挑みました。しかし、自分なら勝てるだろうと思って相撲を取っても、敬太の前では全くかないません。
敬太は、この寺子屋で一番相撲が強い男の子ということになります。しかし、そこに待ったをかけようとする人が現れました。
「敬太、それじゃあ、先生とお相撲をしようかな?」
敬太の目の前に現れたのは、師匠である康之助先生です。康之助先生は、大きな町で剣術や相撲で大人の相手を次々と倒したことがあります。それ故に、康之助先生の前では敬太も簡単に負けてしまうのではと考えるのも無理ありません。
「康之助先生、絶対に負けないようにがんばるよ!」
「でも、敬太は大人に勝てるかな?」
敬太は康之助先生と相撲をするのが楽しみだからこそ、絶対に負けないという気持ちがあります。康之助先生も、今まで大人相手の相撲で強さを発揮しているから負けるわけにはいきません。
康之助先生は、自分の着物を脱いでふんどしだけの姿になると、すぐに土俵の上に立ちました。そして、敬太も再び土俵に上がりました。
周りにいる子供たちは、大人相手に勝ち続けてきた康之助先生には敬太もかなわないと思っています。
「はっけよい、のこった」
敬太と康之助先生は土俵の上でぶつかり合います。お互いに相手を土俵の外へ出そうと一進一退の状態が続きます。
すると、康之助先生を必死に持ち上げようとする敬太の姿がありました。
「えいっ、えいっ、え~いっ!」
敬太は、自分よりも二周りも大きい康之助先生を吊り上げることができました。そして、敬太は康之助先生の内股を跳ね上げると、そのまま土俵の外へ投げました。
土俵の外へ出てしまった康之助先生は、自分が負けたことに悔しさを感じながらも、敬太が大人にも勝てるほど強くて元気な子供であることに感心しました。
「敬太は本当に強い男の子だなあ。大人の体を吊り上げるくらいの力持ちの子供は見かけたことがなかったし」
康之助先生はすぐに立ち上がると、土俵から下りてきた敬太と握手を交わしました。
「大きな米俵を自分で持ち上げるように、康之助先生も両腕に力こぶを入れて持ち上げることができるよ!」
相撲で勝った敬太は、両腕の力こぶを見せながらうれしそうな表情で言いました。
「敬太があれだけ力こぶがあれば、さすがの私もかなわないよ、わはははは!」
「わはははは!」
康之助先生が敬太の強さを笑いながら称えると、周りの子供たちも土俵で戦った2人に対して拍手が沸きました。