《獣人のこども》おねしょ敬太くんの大ぼうけん   作:ケンタシノリ

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その7

「春太郎くんがいないとさびしいよ~」「会いたかったよ~」

 

 三つ子は、春太郎のところに駆け寄りました。三つ子は春太郎の体にへばりつくと、そのまま離れようとしません。

 

「春太郎くん、おうちへ帰ろう~」「いっしょに帰ろうよ~」

「誰が言おうと、おいらは自分が強くなるまで山から下りないぞ! この三つ子がおいらに会いたいというのは分かるけどな」

 

 三つ子は、春太郎に家へ帰ってほしいと強く願っています。けれども、春太郎は自分の強い信念からその願いを受け入れようとしません。

 

「それはそうと、お前は初めて見る顔だな。お前の名前は何だ?」

「ぼくの名前は敬太という名前だよ! 力持ちでいつも元気いっぱいの7歳児の男の子だよ!」

 

 春太郎は、三つ子のそばにいる敬太を疑いの目で見ています。そんな状況にあっても、敬太は自分の名前を元気いっぱいの明るい声で言いました。

 

「お前の名前は敬太というのか。まだ7歳なのに力持ちというのは本当か?」

「ぼくはどう猛な大イノシシを持ち上げたり、重い石うすを持ち上げることだってできるぞ!」

「敬太くんは、本当に力持ちなんだよ」

「ぼくたち3人をおんぶしたり、抱っこしたりするんだもん」

 

 敬太は、自分が力持ちであることを春太郎の前で言いました。それでも、春太郎は敬太の言っていることを信じようとしません。

 

「敬太が本当に力持ちというなら、おいらと相撲で勝負しろ!」

 

 春太郎は着物を脱ぎ捨てると、うぐいす色のふんどしだけの姿になりました。14歳の少年が、7歳児の男の子に負けてしまっては面子が立ちません。

 

 春太郎は、絶対に敬太に勝って見せると自信をのぞかせています。

 

「春太郎くん、ぼくはお相撲をするのが大好きだから絶対に負けないよ!」

 

 敬太にとっても、一回り大きい相手とお相撲をすることがとても楽しみです。

 

 敬太たちは掘っ立て小屋から外へ出ました。そして、敬太は折れた枝で線を引きながら簡単な土俵を作りました。

 

 土俵を作ると、ふんどし姿の春太郎と腹掛け1枚だけの敬太が土俵に上がりました。2人は、お互いに向かい合っています。

 

「ぼくはお相撲が大好きだから、春太郎くんに負けないようにがんばるぞ!」

「そういうことが言えるのも今のうちだぞ! 一回り大きい体つきのおいらが、敬太よりも力があることを思い知らせてやるぞ!」

「はっけよい、のこった」

 

 敬太と春太郎は取組が始まると、土俵の上でぶつかり合っています。春太郎は敬太の赤い腹掛けをつかみますが、どんなことをしても敬太はぴくともしません。

 

 すると、敬太は春太郎のうぐいす色のふんどしをつかみました。そして、上手から「え~いっ!」と力強い声を上げながら春太郎を軽々と投げました。春太郎は、敬太に上手から投げられて土俵の外に出てしまいました。

 

「今は、たまたま敬太に負けただけだい! 次は、敬太に絶対勝つぞ!」

「ぼくは、お相撲ではどんな大きな相手だって負けないよ!」

 

 敬太と春太郎は、再び土俵に上がって何度も相撲を取り続けました。しかし、いずれも最後に相撲に勝つのは敬太のほうです。

 

「敬太って、口だけでなく本当に力持ちで強いんだ……」

 

 春太郎は相撲の取組でことごとく負けてしまったので、自分の力は敬太には遠く及ばないことを思い知らされました。

 

「わ~い、敬太くんが春太郎くんに勝ったぞ!」「敬太くん、強い! 強い!」

「でへへ、ぼくは一回りも二回りも体が大きい人間や動物であっても絶対に負けないよ!」

 

 三つ子は、敬太が相撲で春太郎に勝ち続けたのを見て大喜びしています。結果的に、敬太は自らの力強さが本物であることを春太郎の前で改めて見せつけました。

 

 しかし、春太郎は人間以外の大きな動物にも負けないと言う敬太にまだ納得していません。

 

「ほほう、敬太は大きい動物と相撲を取っても絶対に負けないと自慢しているけど、本当なのか?」

「ぼくは、イノシシ山のどう猛な大イノシシだってやっつけたぞ! 春太郎くんも大きな動物をやっつけたことがあるかな?」

「お、おいらだって、大きな動物をやっつけることぐらいできるさ!」

 

 敬太が大イノシシと戦ってやっつけたことを聞いて、春太郎も大きな動物をやっつけることぐらいできると言いました。

 

「春太郎くん、すごい! すごい!」「一度見てみたい!」

 

 三つ子は、春太郎が本当に大きい動物をやっつけるところを見たがっています。しかし、春太郎はまずいことになってしまったと心の中で思い始めました。

 

 春太郎は、掘っ立て小屋の中に戻って着物を再び着ました。すると、春太郎は板戸の前で立ち止まってしまいました。

 

「どうしておいらはあんなことを言ってしまったのか……」

 

 春太郎は敬太にどうしても負けたくないという思いから、大きな動物をやっつけることができると言ってしまいました。しかし、春太郎には小さいころから続く「ある出来事」が心の中でよみがえってきました。

 

「春太郎くん、外に出ていっしょに遊ぼう!」「春太郎くん、遊ぼう!遊ぼう!」

 

 外では、三つ子がいっしょに遊ぼうと春太郎を呼んでいます。これを聞いた春太郎は、すぐに板戸を開けて外へ出ました。

 

「春太郎くん、どうしたの? ずっと小屋の中にいたけど、何かあったの?」

「何でもないよ。ちょっと考えごとをしていただけ……。はははは……」

 

 敬太は、春太郎の様子を不思議そうに見ています。この状況に、春太郎は作り笑いをしながらその場をやり過ごしました。

 

「春太郎くん、おんぶ! おんぶ!」「抱っこ! 抱っこ!」

「分かった、分かった。それじゃあ、順番におんぶや抱っこをしようかな」

 

 三つ子は、春太郎におんぶや抱っこをせがんできました。春太郎は三つ子を1人ずつ順番におんぶをしたり、抱っこをしたりしています。

 

 春太郎は、三つ子の前ではできるだけ笑顔を見せようとしています。しかし、おんぶや抱っこの最中でも春太郎は時折そわそわしています。

 

 敬太は、掘っ立て小屋の近くにあるブナの大きな木を何本か見つけました。そこには、ブナの木に登ったと見られるツキノワグマの爪跡が木の幹に無数にありました。

 

「うわっ、すごいなあ! クマが鋭い爪を使って、木を軽々と登っているなあ! でも、どんなに強いツキノワグマであっても、ぼくは絶対に逃げないでお相撲で勝ってみせるぞ!」

 

 すると、敬太の耳元にガサガサという音が聞こえてきました。そこには、かなり大きいツキノワグマが草むらから突然現れました。ツキノワグマは、敬太と比べて二回りも大きくてどう猛な動物です。

 

「おい、おれに対して絶対に勝って見せると言ったのは誰だ?」

 

 ツキノワグマは敬太を鋭い目でにらみつけると、いきなり鋭い爪を使って敬太に襲いかかりました。しかし、敬太はツキノワグマの攻撃をすぐにかわしました。

 

「ぼくは敬太という名前だよ! 力持ちでお相撲が大好きな元気いっぱいの7歳児の男の子だぞ!」

「お前は7歳児のくせに生意気なことをおれに言いやがって! お前には、おれの力強さを思い知らせてやるからな!」

 

 敬太はツキノワグマの目の前で、元気いっぱいの声で自己紹介をしました。しかし、ツキノワグマは自分よりも力持ちと言った敬太のことが気に入りません。

 

「おれから先に行くぞ! どりゃあああ!」

 

 ツキノワグマは左足で小さく飛び跳ねると、目の前にいる敬太を体全体で地面に押しつぶしました。しかし、クマは自分のお腹が誰かが持ち上げていることに違和感を感じています。

 

「うぐぐぐぐっ、うぐぐっ、うぐぐぐっ!」

「うわっ、お前はおれが体全体で押しつぶしたはず……。なのに、お前はどうやってこのおれを持ち上げているんだ……」

 

 敬太は素早くツキノワグマの大きなお腹を受け止めると、両腕に力こぶを入れながら必死に持ち上げようとしています。

 

「うぐぐぐっ、うぐぐっ、ツキノワグマめ、どうだ!」

「うわわっ、お前はまだ7歳児なのに、こんなにすごい力があるとは……」

 

 敬太は、あれだけ重いツキノワグマを自らの手で持ち上げました。

 

「ほいっ! ほいっ! ほいっ!」

「わわわっ、やめてくれ! やめてくれ!」

「それじゃ、これでやめるよ」

 

 敬太は、真上まで持ち上げたツキノワグマを何回も軽く上げました。いつ地面に落とされるのか分からない状況に、クマは敬太にやめてくれと何度も叫びました。

 

 すると、敬太はツキノワグマを軽く上げるのをやめました。これで助かったと一息ついたツキノワグマですが、それもつかの間のことです。

 

「うわっ、うわっ!」

 

 ツキノワグマは、自分を支えてくれるはずの敬太がいないことに気づきました。この状況に、ツキノワグマはあわてて手足をバタバタさせましたが、最後は地面のほうへ落下してしまいました。

 

 クマは、地面に背中を強く打ってとても痛そうな表情をしています。

 

「どうだ! ツキノワグマめ、参ったか!」

「イタタタタッ! おれを地面に落としやがって! 今度はお前を倒すために本気で行くぞ!」

 

 ツキノワグマは、痛々しい表情を見せながらも再び立ち上がりました。これを見た敬太は、両手を再び握りしめました。

 

「どりゃああああっ!」

「んぐぐぐぐっ、んぐぐぐぐぐっ!」

 

 敬太とツキノワグマは、お互いに正面から向かって行きました。敬太がクマのお腹のところをつかめば、クマも敬太の赤い腹掛けをつかみました。

 

 敬太もクマも本気を出して相手を倒そうとしますが、なかなか倒すことができません。

 

「んぐぐぐぐっ、んぐぐっ!」

 

 そのとき、敬太はツキノワグマの一瞬の隙を見つけました。そして、すかさず両腕に力こぶを入れながらクマの上手を引きました。

 

「えーいっ! ええーいっ!」

 

 敬太はツキノワグマのお腹に腰を入れると、勢いをつけながら思い切って投げつけました。あれだけ力強いツキノワグマも、敬太の腰投げによって地面へ叩きつけられました。

 

 これを見た敬太は、すぐにクマの右膝に膝十字固めをしました。膝十字固めをかけられたクマは、顔をゆがめて死にそうなほど痛がっています。

 

「いたたたたっ、いたたたたたっ! 参った、参った、お前の力にはかなわないよ!」

 

 ツキノワグマにとっては、敬太が物凄い力を持っていることがいまだに信じられません。それでも、自信があった相撲で負けたので、敬太の前ですっかり降参してしまいました。

 

 そこへ、三つ子が敬太とクマがいるところへやってきました。

 

「敬太くん、クマをやっつけたの?」「クマとお相撲したの?」

「でへへ、ぼくはこんなに大きいツキノワグマをやっつけることができたよ!」

 

 敬太は少し照れながらも、ツキノワグマをやっつけたことを三つ子の前で言いました。すると、ツキノワグマが敬太に何か言い始めました。

 

「おれよりもはるかに強い人間を見たのは初めてだぜ。それも、赤い腹掛け1枚だけ付けた子供であるお前がおれに勝つとは……」

 

 ツキノワグマの目は、心のやさしい穏やかな目つきに変わりました。そして、クマは右手を出して敬太の左手を軽く握りました。

 

「ツキノワグマ、ぼくと友達になるの?」

「ああ、そうだとも。お前の力強さを認めたからこそ、おれはお前と握手するのさ」

 

 敬太と握手を交わしたツキノワグマは、どうしても言わなければならないことを伝え始めました。

 

「お前のその力強さがあれば、あいつと対等に戦うことができると期待しているんだ。だけど、あいつは化け物みたいな凄まじい強さを持っているぞ」

「ツキノワグマ、それってぼくよりも強いやつ?」

「おれは、あいつの姿を繁みの中に隠れながら見たことがあるんだ。外見や顔つきは鬼と同じだけど、人間が着るような短い着物やふんどしをしていたな」

 

 ツキノワグマは、化け物みたいな凄まじい強さを持っているある存在のことを伝えました。それを聞いた敬太は、自分が生まれ育った村の山奥で戦った獣人のことを思い出しました。

 

「それって、もしかして獣人のことかな? ぼくは、その獣人と戦ってやっつけたことがあるんだ!」

「敬太がやっつけたという獣人は、おれが言ったような体つきだったのか?」

「ぼくと戦った獣人はツキノワグマが言っていたような体つきだったよ!」

 

 敬太は、獣人がどういうからだつきをしているのかをツキノワグマに伝えました。

 

「そうか。だが、お前が獣人と一度戦って勝ったからと言っても、次も勝つとは限らないぞ。獣人だって、お前のことが他の獣人たちに伝わっている可能性が高いだろうし」

「ぼくは獣人が目の前にきても、いつものように絶対にやっつけることができるようにがんばるよ!」

 

 敬太はツキノワグマから忠告を受けても、力強さを見せつけて獣人をやっつけることに変わりありません。

 

「はっははは! 普通の人間だったらすぐにでも逃げ出しそうな獣人であっても、いつも元気いっぱいのお前だったら正面から戦って行くだろうと思っていたよ。まあ、獣人をやっつける可能性があるのなら、敬太みたいに立ち向かって行くしかないからな」

 

 ツキノワグマは相変わらず明るくて元気いっぱいの敬太を見ていると、獣人とは戦うなと言うことはできません。獣人に少しでも勝つ可能性があるなら、獣人を倒したことのある敬太の力に賭けようと思いました。

 

「ツキノワグマ、どうもありがとう! それじゃあ、今日からぼくと友達になってもいい?」

「お前がこのおれと友達になってほしいと言ってくれるとは……。おれにとっても、友達になることは本当にうれしいぜ」

 

 敬太は、友達のしるしとしてツキノワグマに右手を出しました。ツキノワグマも、敬太が友達になってほしいと言ったことに感激すると、すぐに自分の左手で敬太の右手を軽く握って握手しました。

 

「それじゃあ、おれは再び山の奥へ戻っていくぜ。お前に何かあったら、すぐにでも助太刀に行くぞ」

「ツキノワグマ、また会えるのを楽しみにしているよ!」

 

 ツキノワグマは、敬太と握手すると再び山奥の方へ戻っていきました。敬太は、新しい友達になったクマに手を振りながら別れました。

 

「敬太くん、イノシシもクマもお友達になったね」

「強くてやさしい敬太くんが大好き! 大好き!」

 

 三つ子にとって、動物に対する思いやりや心のやさしさを持っている敬太のことが大好きです。

 

 

 

「敬太くんは、春太郎くんを見つけることができたのかな?」

 

 洗濯した着物などを物干しに干し終わったおさいは、敬太が春太郎を見つけることができたか気になっています。

 

 そのとき、家の外から声がかすかに聞こえてきたので、おさいは家の庭から外へ出ました。すると、近くで村人たちがすすり泣く声に、おさいは急いで村人たちのいるところへ行きました。

 

「ううううっ、また村人が獣人に襲われて殺されてしまった……」

「あいつを止めなかったのがいけなかったんだ……。どう猛な大イノシシがいるから行くなと言っても、あいつは今日の晩飯を探してくると言ってイノシシ山へ行ったんだ。あいつのあの言葉が最後の言葉になるとは……」

 

 村人たちの周りには、ムシロで巻かれている若い男性の遺体がありました。その男性の遺体には、赤紫色に変色するほどの殴られた跡や大きく引っかかれた傷跡がありました。

 

 おさいも村人たちの中に入って、その男性の遺体を見ようとします。すると、村人がおさいに何やら話しかけました。

 

「おさいもここへきたのか。これはお前さんのご主人と同じ殺され方だぞ」

 

 村人が言ったのを聞いて、おさいは男性の遺体を見ました。そこには、庄助が殺されたときと同じような引っかき傷の跡が多数ありました。

 

「これは、お前さんのご主人が1ヶ月半前に殺されたときと同じように殺され方だよ。こんなことをするのは人間でもないし、大イノシシが人間を殺すときもこんな殺し方はあり得ないよ」

 

 村人の言葉を聞いたおさいは、すぐにイノシシ山の方へ向かって走り出しました。

 

「おいっ! おいっ! あの山へ行ったら、お前さんのご主人みたいに殺されてしまうぞ」

 

 おさいが走っている途中、イノシシ山へ行くのをやめるように忠告する村人の声がありました。しかし、親としても何とか子供たちを助けたいという親心があるからこそ、おさいはイノシシ山へ向かって走り続けています。

 

 

 

「ところで、春太郎くんはどこにいるのかな? さっきまで、ずっと三つ子をおんぶしたり抱っこしたりしていたけど」

「それが、春太郎くんが急にいなくなったの」「春太郎くん、どこへ行ったの?」

 

 敬太は、三つ子といっしょにいた春太郎がなぜかいません。三つ子も、春太郎が急にいなくなったので少し心細くなりました。すると、敬太の目の前にある大きな木の上から声が聞こえてきました。

 

「お~い……。あれはもう向こうへ行ったのか……」

 

 敬太がその木の上を見ると、そこには春太郎の姿がありました。春太郎は誰かにおびえているのか、体が震えています。

 

「春太郎くん、ぼくが木を登って助けてあげようか?」

「うるさい! ぼ、ぼくは1人で木から降りることが……」

 

 敬太は、すぐに木に登って春太郎を助けようとします。春太郎は敬太の助けを断ろうとしますが、下の方を向くと高いところにいる春太郎は足がすくんでしまいました。

 

「うわっ、何でおいらは自分で降りられないところまで登ってしまったんだ……。敬太にあんなことを言うとは……」

 

 春太郎は自分1人で降りるのが恐いのに、高い木に登ってしまったことを今更ながら後悔しています。

 

 敬太は、すぐに春太郎がいる大きな木に登り始めました。木登りに慣れている敬太は、そのまま手足を使って上へ登って行きました。

 

「春太郎くん、助けにきたよ。さあ、いっしょに木から降りようよ」

「お、おいら、木から降りるのが恐い……」

「降りるのが恐いの? それだったら、目をつむっていれば恐くないよ」

 

 春太郎は、木から降りるのが恐くて二の足を踏んでいます。これを見た敬太は、目をつむっていれば恐くないと言いました。

 

「本当に目をつむっていれば大丈夫なのか?」

「ぼくが春太郎くんの体を両手で支えて守るから大丈夫だよ」

 

 春太郎は少し不安を感じつつも、敬太の言葉を信じて木から降りることにしました。

 

「春太郎くん、ぼくが言うまでは目を開けたらダメだよ」

「わ、分かったよ」

 

 敬太は、目をつむった春太郎を下へ落ちないようにしてから両手で春太郎の体を支えました。

 

「よいしょ、よいしょ」

 

 敬太は春太郎が木から落ちることのないように、少しずつ慎重に木から降りて行きます。春太郎も、敬太が木から降りるのに合わせて自分の手足を使って降りています。

 

 2人が地面の上に降りると、敬太は春太郎に目を開けてもいいよと言いました。春太郎は、恐る恐ると目を少しずつ開けました。すると、自分が木から降りて戻ってきたことにひとまず安堵しました。

 

 そして、春太郎は両手で隠しながら泣き出し始めました。

 

「うええええ~ん、うえええ~ん」

「春太郎くん、いきなり泣き出したけど、どうしたの?」

 

 強気なイメージの春太郎がいきなり泣き出したのを見て、敬太は少し驚いています。

 

「春太郎くん、泣かなくてもいいから、小屋の中へ戻ろう」

「分かったよ……」

 

 敬太たちは、春太郎が泣きやむといっしょに小屋のほうへ戻りました。

 

「春太郎くん、どうして泣いてしまったのか話してくれないかな?」

 

 小屋の中へ入ると、春太郎は次第に落ち着きを取り戻しました。そして、しばらくすると春太郎は自分が泣き出した理由について重い口を開け始めました。

 

「ぼ、ぼくは人間が相手なら、相撲とかやるときに大きい相手だって勝つことができるんだ。でも、でも……」

「春太郎くん、それからどうしたの?」

 

 春太郎は途中で言葉が詰まってしまい、その後の言葉がなかなか出ません。

 

「……でも、大きい動物とかに出会うと、その動物の顔を見ただけで腰を抜かしたり、すぐに逃げてしまったりするんだ……」

「春太郎くん、もしかして、さっき木の上にいたのもそういうことなの?」

「ツキノワグマの姿を見ただけで恐くなって、自分で降りることができない木の上まであわてて登ってしまったんだよ……」

 

 春太郎は、ツキノワグマやイノシシなどの大きい動物の姿を見ただけで逃げ出してしまいます。

 

「大きい動物を見ただけで逃げ出すおいらが、敬太よりも力があることを思い知らせてやるぞと言ってしまうなんて……。自分自身が本当に情けないよ……」

 

 春太郎は、大きい動物が恐くて逃げ出してしまう自分の情けなさに涙を流しながら言いました。さらに、春太郎は自分自身の幼少時代を振り返りながら言い続けました。

 

「おいらは、まだ小さいころに山でいきなり襲ってきたイノシシに恐い思いをしたことがあるんだ。そんなことがあってから、おいらは目の前に大きな動物が現れるとすぐ逃げ出してしまうんだ」

 

 春太郎は、幼少時代に大イノシシに襲われたときのトラウマが現在も続いています。そして、そのトラウマは夜中寝ているときの夢の中にも現れました。

 

「寝ているときに、イノシシに襲われる夢を何度も何度も見てしまうんだ。小さいときにはその夢を見るたびに、おいらはでっかいおねしょを自分の布団と腹掛けにいつもやってしまったよ」

 

 春太郎はイノシシに襲われたときの夢を見てしまって、お布団にでっかいおねしょをしたことがありました。

 

「ぼくは、朝起きたときにでっかくて元気いっぱいのおねしょを描いているよ! 元気な子供だったらおねしょをするのは当たり前だぞ!」

「あれだけ強い敬太も、まだまだ赤ちゃんみたいなところがあるんだな」

「でへへ、ぼくはこれからもでっかくて元気なおねしょを物干しに干せるようにがんばるぞ! そのときには、春太郎くんにもぼくのおねしょ布団を見せてあげるよ!」

 

 敬太は、自分が毎朝やってしまうおねしょのことを元気な声で言いました。これを聞いた春太郎は、敬太の最大の弱点が毎朝のおねしょであることに大笑いしました。

 

 いつも明るい敬太の顔を見て、春太郎は今までの険しい表情から一転して明るい顔つきで笑いました。敬太も、春太郎の明るい顔つきにうれしそうな表情を見せています。

 

「春太郎くん、ぼくたちといっしょに家へ帰ろうよ! おっかあだって、春太郎くんのことをとても心配しているよ」

「おっかあがそんなに心配しているのか……。おいらがわがままばかり言って山へこもると言ってしまったばかりに……」

 

 敬太は、おさいがずっと心配していることを春太郎に伝えました。これを聞いた春太郎は、自分のわがままで心配をかけてしまったことを後悔しています。

 

「敬太がそんなに言うのなら、おいらもいっしょに家へ戻ってもいいよ」

「それじゃあ、みんなでいっしょに帰ろう!」

 

 春太郎は、敬太たちといっしょに掘っ立て小屋から出ました。敬太たちは、おさいの家へ戻ろうとイノシシ山の山道を下り始めました。

 

 すると、その途中で誰かの声が山道の下のほうからかすかに聞こえてきました。

 

「……敬太くん、春太郎くん……」

「もしかして、山道の下からの声はおっかあ?」

 

 敬太はおさいの声ということに気づくと、そのまま山道を駆け下りていきました。あまりの速さに、春太郎や三つ子はついて行くことができません。

 

「敬太くん、待ってよ~」「そんなに走ったら追いつかないよ~」

「ははは、敬太は本当においらのおっかあのことが大好きなんだな」

 

 敬太は、おさいに何か言おうとすぐに口を開きました。

 

「おっかあ、春太郎くんを見つけることができたよ!」

「敬太くん、よく無事に戻ってきたんだね。もしかしたら、敬太くんたちが獣人に襲われたのではと心配していたのよ」

 

 おさいは、敬太が無事に戻ってきたことを喜んでいます。そこへ、春太郎と三つ子も少し遅れてやってきました。

 

「おっかあ、おいらが勝手に家を出て行くようなことをして、本当にごめんなさい!」

「春太郎くんがいない間、どうしているのか本当にとても心配したのよ」

「うえええ~ん、おっかあ、ごめんよ! ごめんよ!」

「いいのよ。春太郎くんがちゃんと私のところへ戻ってきただけでもうれしいよ」

 

 春太郎は、自分がわがままを言って心配をかけたことをおさいの前で謝罪しました。そして、おさいの胸に飛び込むと同時に泣き出しました。これを見たおさいは、春太郎にやさしい言葉をかけました。

 

 敬太も三つ子も、春太郎が戻ってきたことに何よりもうれしそうです。

 

 そのとき、敬太は自分のお尻が徐々にムズムズしてきました。

 

「プッ、プウウウウウッ~」

 

 その音は、敬太のでっかくて元気いっぱいのおならの音です。その音は、おさいたちにもはっきりと聞こえる音です。

 

「あっ、敬太くんの元気なおなら~」「敬太くんのおなら~、おなら~」

「でへへ、元気いっぱいのおならが出ちゃった」

「敬太くん、でっかいおならが出たね。もしかして、もうすぐうんちが出るのでは?」

 

 おさいは、もしかしたら敬太のうんちが出る前触れとふと感じました。その間にも、敬太は急にお腹が痛くなって顔をゆがめるようになりました。

 

「グリュグリュゴロゴロゴロッ、ギュルギュルギュルゴロゴロゴロゴロッ」

 

 敬太の苦しそうな顔は、おさいが見てもすぐに分かりました。

 

「おっかあ、うんちがもうガマンできないよ~」

「敬太くん、ここで思いっきりお腹とお尻に力を入れるのよ!」

「おっかあに元気なうんちがいっぱい出ることができるようにがんばるよ!」

 

 おさいは、元気いっぱいのうんちが出るように敬太を励ましました。それを聞いて、敬太は近くの大きな木のところでしゃがみ込みました。

 

「う~んんっ、プウウウウウッ~」

 

 敬太は踏ん張った瞬間、再びでっかい音のおならをが出てしまいました。

 

「でへへ、またおなら出ちゃった」

「ううう~んっ、うううう~んんっ、ううううううう~んんんっ、う~んんっ」

 

 敬太はさらにふんばり続けながら、いきみ声を上げ続けました。その間、敬太の顔つきも少し赤くなっていました。

 

「おっかあ、ぼくのうんちを見て! 今日も元気いっぱいのすごいうんちが出たよ!」

 

 敬太は全部出し切ってすっきりすると、いつもの元気で明るい笑顔に戻りました。そして、敬太はおさいに出たばかりのうんちを見せようとします。

 

「敬太くんのうんちは、今まで見た中でも一番でっかくて元気いっぱいなんだね」

 

 おさいは、敬太のいる近くの大きな木へ行きました。すると、敬太の足元にでっかくて元気なうんちがありました。敬太のうんちは、今日も元気いっぱいのバナナうんちがいっぱい出ました。

 

「敬太くんは、昨日の夜にヤマノイモのどでかい団子をいっぱい食べたんだよね。そのおかげで、今日もでっかいうんちがたくさん出たね」

「でへへ、昨日もヤマノイモの団子をいっぱい食べすぎちゃって、今日も元気なうんちがこんなに出ちゃったよ」

 

 うんちがいっぱい出るのは、元気な子供のシンボルでもあります。それは、敬太が普段から好き嫌いしないで何でも食べるからです。

 

「敬太くんがいつも元気なうんちがたくさん出るのは、ご飯を何でも残さずに食べているおかげだよ。ご飯をいっぱい食べて、でっかいうんちが出るのは、敬太くんが元気な男の子である証拠だね」

「おっかあ、これからもご飯を残さずにいっぱい食べて、元気いっぱいのうんちが出るようにがんばるよ!」

 

 敬太は少し照れながらも、元気なうんちがいっぱい出るようにがんばると言いました。

 

「わ~い、敬太くんのうんち! うんち!」「敬太くんのでっかいうんち!」

 

 三つ子は、敬太の出たばかりのうんちを見て喜んでいます。

 

「ははは、敬太はうんちもでっかくて元気いっぱいなんだな。敬太は力は強くて頼もしいけど、おねしょとうんちが出ちゃうのはまだまだ赤ちゃんっぽいなあ」

「でへへ、春太郎くんにでっかくて元気なうんちが出たところを見られちゃった」

 

 力強くて頼もしい敬太ですが、おねしょと同様に元気なうんちが出る赤ちゃんぽさがまだ残っています。それでも、敬太はいつも通りの明るい笑顔を見せています。

 

「おっかあ、お尻をうんちでいっぱい汚れちゃった」

「ふふふ、敬太くんのお尻にはうんちがまだいっぱいついているね。おうちへ帰ったら、お尻をきちんと洗おうね」

 

 敬太は、おさいの前で後ろ向きになりました。敬太のお尻を見ると、うんちでべっとりと汚れています。

 

「おっかあ、きょうもヤマノイモのどでかい団子を味噌汁の中に入れてね!」

「きょうは春太郎くんも戻ってきたことだし、晩ご飯にヤマノイモのどでかい団子をいっぱい作ろうかな」

 

 おさいは、家へ戻ったらいつも以上に晩ご飯を作ろうとはりきっています。


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