《獣人のこども》おねしょ敬太くんの大ぼうけん   作:ケンタシノリ

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その6

「おっかあ、ただいま! 今日もヤマノイモをいっぱい掘ってきたよ!」

「敬太くん、今日はヤマノイモを6本も掘ってきたのね! これだけあれば、3日ぐらいは山の中へ晩ご飯を探さなくても済むね」

 

 敬太はヤマノイモを両手で持ちながら、いつものように元気な声でおさいに報告しました。おさいも、ヤマノイモを掘ってきてくれた敬太にやさしく接しています。これなら、しばらく晩ご飯を探しに行かなくても大丈夫です。

 

「これだけいっぱい掘ってきたことだし、今日は奮発してヤマノイモを2本も使おうかな。敬太くんには、味噌汁にヤマノイモのどでかい団子をいっぱい入れるからね」

 

 おさいは、今日の晩ご飯にヤマノイモの団子入り味噌汁を作ります。

 

「おっかあ、いつもありがとう! ぐぐうううっ~」

「あっ、敬太くんのお腹が鳴ってる~」「お腹の音、ぐうぐうぐう~」

「でへへ、今日もお腹の音が元気に鳴っちゃった」

 

 敬太は、いつもヤマノイモのどでかい団子を味噌汁の中に入れてくれるのでうれしそうです。

 

 そのとき、敬太のお腹から元気いっぱいの音が鳴りました。お腹から元気な音が鳴るのは、おいしい晩ご飯をいっぱい食べることができる何よりの証拠です。

 

 おさいが晩ご飯を作り始めると、敬太もいつも通り焚き口での火おこしを行っています。敬太は少しずつ薪を入れながら火吹き竹で吹続けています。

 

「おっかあ、いつもおいしい晩ご飯を作ってくれてありがとう!」

「敬太くん、いつも晩ご飯の火おこしをしてくれて本当にありがとうね。敬太くんは、朝から晩まで家の手伝いをいつもしてくれるし、三つ子の面倒もよく見てくれるやさしいところが大好きよ」

 

 敬太は、おさいにいつも晩ご飯を作ってくれることに感謝しました。おさいも、家のお手伝いをしてくれる敬太に感謝の気持ちを伝えました。

 

 ご飯と味噌汁ができると、敬太とおさいは板の間の囲炉裏へ持って行きました。板の間では、かよが三つ子と手遊びをしているところです。

 

「さあさあ、かよちゃんも三つ子も晩ご飯ができたから、囲炉裏の周りにおいで」

「おっかあ、すぐ行くよ」

「わ~い、晩ご飯!晩ご飯!」「楽しい楽しい晩ご飯~!」

 

 かよや三つ子はおさいの呼ぶ声を聞くと、晩ご飯を食べるために囲炉裏の周りへやってきました。今日の晩ご飯は、麦や雑穀が入っているご飯とヤマノイモの団子入り味噌汁です。

 

「敬太くん、ヤマノイモのどでかい団子をたくさん入れたからいっぱい食べてね」

「おっかあ、いただきます」

 

 敬太は、味噌汁の中に入っているヤマノイモのどでかい団子をほおばっています。ヤマノイモの団子を口の中に入れるたびに、敬太は満足そうな顔つきになっています。

 

「敬太くんは、あたしたちのためにお手伝いとかを一生懸命やってくれるから大助かりしているよ。ヤマノイモのどでかい団子をいっぱい食べて、明日もまたがんばろうね」

「かよちゃん、どうもありがとう! ご飯も味噌汁も残さずにいっぱい食べるよ!」

 

 かよは、お手伝いを一生懸命にやってくれる敬太を励ましました。敬太とかよが楽しそうに話している様子を見て、おさいは微笑ましそうに見守っています。

 

「団子、おいちい(おいしい)!」「おっかあ、晩ご飯ありがとう!」

 

 三つ子も、おさいが作ってくれた晩ご飯をおいしそうに食べています。

 

 敬太はヤマノイモのどでかい団子を食べながら、イノシシ山へ行った時の様子をおさいに話し始めました。

 

「イノシシ山でヤマノイモを探す途中で、どう猛な大イノシシがいたよ。でも、ぼくは大イノシシなんか全然恐くないから、そのまま持ち上げて投げ飛ばしたよ!」

「村人たちが恐れている大イノシシと堂々と戦ったんだね。だって、敬太くんはいつも力持ちで元気いっぱいだもの」

 

 敬太は、どう猛な大イノシシと戦ったことをおさいに言いました。これを聞いたおさいも、敬太の力強さと元気さに目を細めています。

 

 そこへ、三つ子が自分たちも言いたいような顔をしながら割り込んできました。

 

「おっかあ、おっかあ、山の中に春太郎くんがいたんだよ」

「おうちにいたときの春太郎くんとそっくりだったよ」

「春太郎くんがイノシシ山にいたの? それで、イノシシ山のどこにいたのかな?」

「う~ん、分からないよ」「遠くへ行ってしまったの」

 

 おさいは、春太郎がイノシシ山のどの辺にいるのか聞きました。しかし、三つ子は春太郎が遠くへ行って見失ったのでどこにいるのか分かりません。

 

 そのとき、かよは黙ったままで板の間の隣にある寝室へ行ってしまいました。

 

「いつもだったら明るい笑顔を見せるのに、どうしたのかな?」

「かよちゃんは春太郎くんの話が出るとふてくされたり、黙って他のところに行ったりするようになったのよ」

 

 敬太は、黙ったままで寝室へ行ったかよのことが少し気になりました。おさいも、春太郎が家を出て行ってからのかよの様子を見て心配そうな顔をしています。

 

「おっかあ、かよちゃんと春太郎くんとの間に何かあったの?」

 

 すると、おさいは敬太に春太郎に関することについて重い口を開きました。

 

「敬太くんがここに初めてきたときに、私の子供は5人いると言ったけど……。実は、春太郎くんだけは私が産んだ子供じゃないの……」

 

 おさいは春太郎のことを思い出したのか、話している途中で涙をこらえることができませんでした。涙を手で拭き取ると、おさいは春太郎のことについて話を続けました。

 

「庄助さんは、私と結婚する前に別の女の人と一度結婚したことがあったの。その女の人のお腹から生まれた子供が春太郎くんなのよ。でも、その女の人は春太郎くんを見ることなく、春太郎くんを産むのと同時に息を引き取ってしまったのよ……」

 

 春太郎は、庄助が過去に結婚した女の人との間に生まれた子供です。しかし、その女の人は春太郎を見ることなくそのまま死んでしまいました。

 

「私が庄助さんと初めて会ったときも、春太郎くんは庄助さんの体にへばりついて離れようとしなかったわ。それでも、しばらくすると春太郎は私を母親と思って抱きついてきたのよ」

 

 春太郎にとって、自分を産んだ母親の顔は全く知りません。それでも、春太郎は新しいお母さんであるおさいに甘えてきました。

 

「私がおっぱいを出すと、春太郎くんはおっぱいをおいしそうに飲んでいたよ。産みの親を知らない春太郎くんにとって、私が本当のお母さんと感じたわ」

 

 おさいが庄助と結婚してからは、春太郎を愛情を持って育てていきました。春太郎も、2人の愛情を受けながらすくすくと育っていきました。

 

「私も庄助さんも、春太郎くんには気にしなくてもいいよとやさしくしていたのよ。おねしょをした春太郎くんも、腹掛け1枚だけで明るい笑顔を見せていたわ」

「でへへ、ぼくと同じように春太郎くんもおねしょをいつもしていたのか」

「ふふふ、敬太くんもいつも朝起きたときに元気いっぱいのおねしょをお布団にしちゃうもんね」

 

 春太郎は11歳になるまでおねしょが治らなかったので、庭の物干しには春太郎がやってしまったおねしょ布団がよく干されていました。それでも、春太郎はおねしょしたときも元気で明るい笑顔を見せていました。

 

「春太郎くんが13歳になったころから、庄助さんといっしょに山へ入って木こりの手伝いをするようになったわ。でも、庄助さんは春太郎くんにとってつらいことを言っていたの……」

 

 庄助は、春太郎の産みの親が別の人であるということを伝えました。春太郎は庄助の言ったことに少し驚きながらも、表向きは冷静な表情を変えませんでした。

 

 このことは、おさいにも伝えました。庄助の姿を見たおさいは、苦渋の決断だったことを感じていました。

 

 春太郎は、子供たちの前ではいつものように明るくて元気な姿を見せていました。しかし、自分だけが産みの親が別の人という事実が心の中から消えることはありませんでした。

 

「庄助さんが獣人に殺されてしまい、生まれたときから唯一の肉親を失ったことへの責任を春五郎くんは誰よりも感じていたわ。そして、春太郎くんは自分が強くなるまで山の中へこもると言い残したままで家を出て行ったのよ……」

 

 おさいは、春太郎が山の中へこもってしまったことを声を振り絞りながら敬太に言いました。そして、心の中で春太郎のことを思い出しながら両目に涙を浮かべています。

 

「おっかあ、春太郎くんがイノシシ山にいるというのが本当なら、さらに奥のほうに春太郎くんがいるかもしれないよ!」

「あれだけ恐ろしい大イノシシとお友達になったのなら、敬太くんがイノシシ山へ入っても大丈夫だと思うよ」

「でも、大イノシシ以外のどう猛な動物がいるかもしれないから、気をつけないといけないよ」

「おっかあ、どう猛な動物が襲ってきたときであっても、ぼくは絶対にやっつけて見せるよ!」

「ふふふ、どんなに大きな動物であっても敬太くんは逃げないで堂々と戦うんだね」

 

 敬太は、どう猛な動物が現れても絶対にやっつけると元気な声で言いました。明るくて元気いっぱいな敬太の様子に、おさいはどう猛な動物に出くわしても大丈夫だと確信しています。

 

「おっかあ、三つ子がぐっすりと眠っているよ」

「今日は三つ子もイノシシ山へ行ったし、水遊びもしたから疲れてしまったのかな」

 

 三つ子は遊び疲れたのか、囲炉裏の周りでぐっすりと眠っていました。

 

「敬太くん、もう日が暮れて暗くなってきたから、そろそろ寝ないといけないね」

「おっかあ、板の間にお布団を敷いたら寝るよ」

 

 敬太は、板の間に自分と三つ子のお布団と掛け布団をそれぞれ敷きました。そして、敬太とおさいはぐっすり眠っている三つ子をお布団に寝かせました。

 

「おっかあ、おやすみなさい」

「敬太くん、おやすみなさい」

 

 敬太とおさいは、お互いに寝る前のあいさつをしました。そして、敬太はすぐに布団の中へ入ってぐっすりと眠りました。

 

 

 

 次の日の朝がやってきました。おさいの家の真上には、青く晴れ渡った空が広がっています。おさいの家の庭では、今日も敬太が物干しの前で少し照れながらもいつものように元気な笑顔を見せています。

 

「でへへ、ぼくは今日もお布団にでっかくて元気いっぱいのおねしょをやっちゃったよ」

「ふふふ、敬太くんの朝は元気いっぱいのおねしょがあいさつ代わりになるね。でっかいおねしょは、元気な子供であれば当たり前のことだよ」

 

 敬太の横にある物干しには、今日もでっかいおねしょをしちゃったお布団が干されています。そのおねしょ布団は、敬太がいつも元気な子供である立派な証拠でもあります。

 

 おさいにとっても、いつも明るくて元気な笑顔の敬太を見ることがいつも楽しみです。

 

「敬太くんのおねしょは、元気いっぱいの子供である証拠だよ。これからも敬太くんのおねしょを楽しみにしているからね」

「おっかあ、明日も元気いっぱいのおねしょのお布団をおっかあに見せるようにがんばるよ!」

 

 おさいは、お布団におねしょをしちゃった敬太を褒めました。これを聞いた敬太も、元気いっぱいの明るい声で言いました。

 

「ぼくたちのおねしょも見て見て!」「でっかいおねしょをしたよ」

「でも、敬太くんのおねしょのほうがでっかいね」

 

 おねしょをしたのは敬太だけではありません。三つ子のほうも、いつものように3人そろっておねしょをしていました。三つ子のおねしょ布団は、敬太のおねしょ布団の隣に3枚も干されています。しかし、元気いっぱいのでっかいおねしょをした敬太のお布団にはかないません。

 

「わ~い! 三つ子も元気いっぱいのおねしょがいっぱい出たね!」

「ふふふ、三つ子も敬太くんに負けないように元気なおねしょをしちゃったね」

 

 敬太とおさいは、元気いっぱいのおねしょをしちゃった三つ子を褒めました。褒められた三つ子は、おねしょ布団の前で足をピョンピョンさせながら大喜びしています。

 

 敬太は田んぼの水路の中に飛び込むと、おねしょをした腹掛けやお尻などをきれいに洗いました。そして、2つの桶の中に水をいっぱい汲むと敬太はすぐにおさいの家へ戻っていきました。

 

「おっかあ、田んぼの水路の水を汲んできたよ」

「敬太くん、いつも水を汲んできてくれてありがとう」

 

 敬太は、水を汲んできた2つの桶を持ってきました。1つはたらいのそばに、もう1つは三つ子がいる庭の真ん中へそれぞれ置きました。

 

 たらいの中に桶の水を入れた敬太は、すぐに三つ子のいるところへ行きました。

 

「わ~い! 敬太くん、早く洗って、洗って!」

「ちょっと待ってね! おねしょでぬれたところをふきふきするからね」

 

 敬太は、薄緑色の布を桶の水の中に入れました。その布を両手で絞ると、三つ子がおねしょでぬれているお尻などを拭いています。

 

 でも、敬太と三つ子が一番楽しみにしているのはこの後です。

 

「それじゃあ行くよ! それっ!」

「わ~い! 敬太くん、気持ちいいね!」「ちょっと冷たいけど、気持ちいい!」

 

 敬太は、桶の中に入っている水を三つ子の体にかけました。三つ子は、敬太から水をかけられるのが気持ちよくて大喜びしています。この様子を見たおさいも、やさしい眼差しで見守っています。

 

「おっかあ、敬太くん、これから寺子屋へ行ってくるよ」

「かよちゃん、行ってらっしゃい。気をつけて行くのよ」

 

 かよは寺子屋へ行くためにあいさつをすると、すぐに家を出て寺子屋のある方向へ行きました。

 

「おっかあ、これからイノシシ山へ行って春太郎くんを探しに行くよ!」

「ぼくも敬太くんといっしょに行く!」「敬太くんといっしょ!いっしょ!」

「ふふふ、三つ子は敬太くんといつもいっしょにいるのが好きなんだね」

 

 敬太はイノシシ山へ行くところですが、三つ子が敬太の体にへばりついて離れようとしません。

 

「しょうがないね。三つ子も敬太くんといっしょに行ってもいいけど、十分に気をつけて行くのよ」

「わ~い! わ~い!」「敬太くんといっしょ!いっしょ!」

 

 三つ子もイノシシ山に行けることになったので、足をピョンピョンさせながら喜んでいます。

 

「おっかあ、イノシシ山へ行ってくるよ!」

「敬太くんも、山の中には大イノシシ以外にもどう猛な動物がいるかもしれないから気をつけるのよ」

 

 敬太はおさいにあいさつをすると、三つ子もいっしょに連れてイノシシ山へ向かって行きました。

 

「敬太くんといつもいっしょ、楽しいな~♪」

 

 三つ子は、歌を歌いながら大好きな敬太の後をついて行きます。

 

 しばらくすると、敬太と三つ子は昨日と同様にイノシシ山へ入って行きました。敬太がどう猛なイノシシとお友達になったので、昨日は恐がっていた三つ子もイノシシ山の奥へ堂々と入って行きました。

 

「ねえねえ、春太郎くんはどこにいるかな」「春太郎くんに会いたいよ~」

「う~ん、春太郎くんはイノシシ山の奥にいるかもしれないから、みんなで山のもっと奥のところまで探そうか」

 

 三つ子は、少しでも早く春太郎に会いたがっています。敬太と三つ子は、イノシシ山のかなり奥の方へ行こうと山道を上っています。

 

 敬太は山奥の傾斜が険しくても、明るい笑顔を見せながら楽々と歩いています。でも、いっしょにいる三つ子は山道を上って行くうちに歩き疲れてしまいました。

 

「敬太くん、おんぶ! おんぶ!」「抱っこ抱っこ!」

「しょうがないなあ。よ~し、みんなをおんぶと抱っこをして山道を上ろうかな」

「わいわいわ~い」「敬太くん、早く行こう!」

 

 三つ子は、敬太におんぶや抱っこをしてほしいと言い始めました。敬太も、三つ子を守るためだったらおんぶや抱っこの請求があっても喜んで引き受けます。

 

 敬太はおんぶや抱っこをしている三つ子を抱えながらも、険しい山道を上っていきました。すると、山道の途中で何やら足跡らしきものを見つけました。

 

「この足跡って、ぼくの足跡よりも少し大きいぞ」

「これ、春太郎くんの足跡かな?」「春太郎くんに早く会いたいよ!」

 

 その足跡は、敬太がはだしで歩くときの足跡よりも少し大きい足跡となっています。三つ子は、近くに春太郎がいるかもしれないとワクワクしながら明るい表情を見せています。

 

 敬太たちは、その足跡をたどりながら山道をさらに上りました。すると、足跡らしきものが今までよりもかなり多くなってきました。

 

「あれっ、この足跡は人間みたいだけど、なんか少し違うぞ。もしかして……」

 

 敬太は人間と思われる少し大きい足跡だけでなく、人間の足跡に似ているが少し違う足跡が地面にありました。よく見ると、その足跡には両足の5本指の先に鋭い爪の跡もくっきりと残っています。

 

「この足跡は、もしかしてツキノワグマの足跡?」

「敬太くん、近くにクマがいるの?」「ク、クマが恐いよ~」

「大丈夫だよ。ツキノワグマが目の前に現れても、ぼくがやっつけて三つ子を守るからね!」

 

 三つ子は、ツキノワグマという言葉を聞いて恐がっています。そんな中にあっても、敬太は三つ子を守りながらツキノワグマをやっつけると約束しました。

 

 しばらく山道を歩くと、人間の足跡がクマの足跡と分岐しているところがありました。敬太はおんぶや抱っこをしていた三つ子を地面に下ろすと、人間の足跡の方向に向かって歩き始めました。

 

 人間の足跡をたどりながら歩いていると、少し先に小さい小屋らしきものが見えてきました。

 

 その小屋は、外観がボロボロになっているところがあります。普通に考えると、小屋の中に人がいるはずがありません。

 

 しかし、人間の足跡はその小さい小屋のところまで続いています。敬太たちは、小屋の手前にある大きな木に隠れながら人がいないかどうか確認しています。

 

 敬太と三つ子は、手前の大きな木から小さい小屋へ行きました。その小屋には、小さい窓らしきものがあります。

 

 小さい窓は、敬太の身長でもギリギリ届くかどうかのところにあります。当然ながら、三つ子の身長では届くことができません。

 

 敬太は、両足の指先だけで立ちながら必死に小さい窓から中の様子をのぞきました。

 

 小屋の中は、1つの板の間に囲炉裏があるだけです。その小屋の中には、1人の少年らしき姿がかすかに見えました。

 

 敬太はもう一度小さい窓からのぞき見ると、その少年は袖なしで丈の短い着物を着ています。しかし、その少年は小屋の奥のほうでうつむいたままで座っているように見えます。

 

「ねえねえ、春太郎くんがいたの?」「早く会いたい会いたい!」

「小屋の中に誰かいるみたいだから、入る前に僕が呼んでみるよ」

 

 三つ子は、早く自分の目で春太郎に会いたいとだだをこねています。敬太は、三つ子を連れてすぐに小屋の板戸の前へ行きました。

 

「失礼いたします。すいませんが、どなたかおられますか?」

 

 小屋の中には少年らしき姿がいるのを確認しましたが、小屋からは返事が全くありません。敬太はもう一度呼びましたが、相変わらず返事はありません。

 

「返事がないなら、ぼくが小屋の板戸を開けるよ!」

 

 敬太は、片手で小屋の板戸を開けようとしました。しかし、板戸を開けようとすると、誰かが板戸を開けられないように手で強く閉めているようです。

 

「もしかして、ぼくたちが中に入ったら困るような理由があるのかも……」

 

 敬太は、入ってほしくない理由があるから板戸を開けられないようにしているのではと思いました。そこで敬太は、無理やりにでもこの板戸を開けようと試みます。

 

「うぐぐぐっ、うぐぐぐっ、うぐぐぐぐぐっ、え~いっ!」

 

 敬太は、両腕を使って板戸を必死に開けようとします。そして、敬太が両腕の力を振り絞るとようやく板戸を開けることができました。

 

 敬太のあまりにも強い力によって、板戸を手で閉め続けていた少年は思わず後ろへ倒れこみました。

 

「大丈夫ですか?」

「うわっ、うわっ、こっちにくるな! くるな!」

 

 敬太は、後ろに倒れこんだ少年を起こそうとしました。しかし、その少年は少し恐がった様子で小屋の後ろのほうへ逃げようとします。

 

 すると、三つ子がその少年の顔を見るとすぐに思い出したように言いました。

 

「あっ、春太郎くんだ!」「春太郎くん、春太郎くん、ぼくだよ!」

「藤吉、藤助、藤五郎……。どうしてここに……」

 

 三つ子は、少年の顔を見ただけですぐに春太郎ということが分かりました。春太郎は、三つ子がイノシシ山のかなり奥の方にある小さい掘っ立て小屋にきていることに戸惑っています。


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