夕暮れ時のそろそろ18時になる頃。オオガミとエウリュアレは、アビゲイルの店の前にいた。
白い半そでのシャツに藍色のエプロン。頭にはタオルを巻いて髪の毛が入らないようにしているアビゲイルを見て、昔屋台でこんな格好のいかついお兄さんがいたなぁ、などと思いながら、
「アビー、本当に食べられそうな料理やってるね」
「約束は守るわ。でも、ちゃんと特別な焼きそばもあるわ!」
「……特別なのは売れてる?」
「……20は売れたわ」
「内訳を知りたいけど怖いから聞きたくないな……」
海鮮とソースがジュージューと焼ける音と匂いに、ぐぅ、と悲鳴を上げるお腹。
「……特別な焼きそば、食べますか?」
「普通の焼きそばで」
「むぅ……意外と好評よ? 食べた人には」
「正気を保ったまま食べられるなら美味しいんだろうけどね。アビーの料理の腕もかなり上がってるし」
「褒めたって、マスターは最近食べてくれないもの。悲しいわ?」
「食べられるもので作ってるなら食べるよっていってるでしょ。普通の焼きそば二つね」
「おまけで特別な焼きそばは?」
「いらないよ」
「むぅ……残念。でも、食べてもらえるなら作るわ。ちょっと待っててね」
そう言って、出来立ての焼きそばをパックに詰め、輪ゴムで蓋を閉じて割りばしと一緒に差し出す。
「800QPよ」
「ありがと。800QPね」
「受け取ったわ。エウリュアレさんも、感想聞かせてね?」
「えぇ、ちゃんと帰ったら感想を聞かせるわ。特別な方は食べてあげられないけど。ごめんなさいね?」
「いいえ、大丈夫よエウリュアレさん! 特別な焼きそばは、ジークさんがおいしいって言ってくれたもの! それだけで十分よ!」
「そう、それならよかったわ」
そう言って、ふふっ、と笑みを浮かべるエウリュアレ。
「じゃ、頑張ってね」
「えぇ。今回もいっぱい売って、美味しいっていっぱい言ってもらうわ!」
オオガミはそう言って、手を振りながらアビゲイルの焼きそば屋を後にする。
そして、人混みから離れた湖畔近くまで移動すると、
「ふぅ……なんだかんだアビーのところも売れてるみたいでよかったよ」
「いつもは怖いもの見たさの客しかいないのにね。普通の客も入っているようで安心したわ」
「うん、良かった良かった。楽しそうにしてるのが一番だよね」
「そうね。アビーもだけど、結構遊べて楽しかったわね」
「まだ終わりじゃないけどね?」
「えぇ、時間にしたらまだ半分くらいかしらね?」
「まぁ、そんな感じかなぁ。って言っても、もう5時間も遊んだからなぁ……」
「金魚すくいでずっと子どもサーヴァントと争ってたものね。ジャックには勝てなかったけど」
「ジャックには無理。あれは勝てないって……店主の龍馬さんも困ってたし……」
「そうね。あのままなら金魚が一匹も無くなる勢いだったもの」
そう言って、器に入りきれず逃げ出す金魚が大量発生していたのを思い出しながら、エウリュアレは言う。
オオガミも一緒に思い出しながら苦笑するが、
「まぁ、おかげで簡単なのかなって思った人たちが集まって惨敗してたから、いい感じなのかな?」
「結局誰も持って帰らなかったもの。でも、意外と以蔵がうまかったのよね……」
こんなの簡単だろう? と言いたげな顔でどんどんすくいあげていっていた以蔵。
思い出しても、どうしてあそこまでいいドヤ顔ができるのか不思議だったが、目の前でジャックがどんどん積み上げていくのを見て顔を青くさせていく様子は、隣で見ていたエウリュアレにはかなり面白いものだったらしい。
「あれは傑作だったわ。どんな気持ちだったのかしらね。あれは」
「すごい泣きそうな顔だったよね。そのあと同じことをやろうとして財布の中身空っぽになってたのは流石に可哀想だったかなって思ってる」
「暇になってあそこにいたんだろうし、いいんじゃないかしら。これ以上下手に出歩く方が被害が大きいでしょうに」
「まぁ、確かに」
そう言って、笑うオオガミ。
すると、エウリュアレが、
「それにしても、召喚した覚えのないサーヴァントが何人か紛れてたわよね。出店もやってたし」
「ん、あぁ……あれは――――」
答えようとした直後、嫌な予感が全身を駆け巡り、とっさに上を向くオオガミ。
そこには聞きなれたローディング音を流しながら浮かぶ謎の球体。半透明のそれは、ローディングが終わると同時、
『レディースアーンドジェントルメン!!』
会場に響くその声はとても聞き覚えのある声で、そして、今は裏方作業で忙しいはずの人物。
『始まりましたね夏祭り! 屋台に引かれて入りびたり花火を待つのも構いませんがぁ? どうせなら派手にやろうということで!! センパイに内緒でサーヴァントを集めました!!』
映像のない声だけの状態ではあるが、言っている本人――――BBはおそらくとっても良い笑顔をしているであろうことは想像に難くない。
『あ、屋台が増えているなと思ったそこのあなた方は正常ですよ? 安心してください!! そして――――』
直後、湖に見逃せないほど大きな何かが落ちてくる。
あまりにも突然現れたそれは、水着のネロが宝具時に顕現させる黄金劇場にそっくりだった。だが、着水したにもかかわらず波一つ起こさず、まるで最初からそこにあったかのような違和感があった。
そして、
『これから始まるはサーヴァントによる歌の祭典! カルデアの全サーヴァントから厳選された声のツワモノ達がこの夏を震わせます! さぁ、四方から刺されそうなそこのセンパイも! ようやっとリア充っぽい事をし始めたセンパイも! このイベントを楽しんでいってください!!』
一息で言い切った後、息を吸う音と、一拍。
『出張版BBチャンネル夏の特別回! 題して、【Fate/
その声とともに、パン、パン! という発砲音と白煙が宙に花を咲かせる。
そんな開会宣言を聞き、オオガミは、
「正直聞いてないよね。こんなことになるなんて」
「ふふっ、そんな嬉しそうな顔をしてるんだもの。想定外なのはわかるわ」
「そんなわかりやすい顔してる……?」
「えぇ、してるわ。それじゃ、見に行きましょうか」
そう言って、エウリュアレはオオガミの腕を抱きしめるようにして見やすそうな位置を探して引っ張っていくのだった。
夕暮れから始まるライブ。こちら詳細は向日 葵様の方で。
次は21時の花火本番……ま、間に合え……!!