「フ、フフ……これは、うまいな。お前もそうは思わぬか」
「え、あ、は、はい……そうでござるな……」
「フフフ……愉快、愉快。このワイバーンなるものも、酒の肴としてとても良い……フフフ、フ」
「それは、良かったでござる」
そう言って、黙々と料理を食べる千代女。
だが、どうしても横に座っている伊吹童子に緊張してしまい、料理の味などさっぱりわからなかった。
「時に、甲賀の」
「ひゃい! な、なんでございましょう?」
「そう緊張せずとも良い。ただ、マスターは、あまり見かけぬが、息災か?」
「それは――――当然でござる。親方様に何かあればすぐに知らせが来るはず」
「ふむ、そういうものか」
そう言って、伊吹がまた一口日本酒を口に含んだ瞬間、
「マスターが倒れてた!」
「医療班! 至急マスターの確保!」
「現場はどこですか!」
「新しい病気かもしれん。俺も行こう」
「今度は何が原因じゃ?」
「どうせエウリュアレさんに血を抜かれ過ぎたとかですよ」
「お菓子の作りすぎて過労とかどうですか姉上」
「うはは! どっちもありそう! しかもどっちもエウリュアレ関係じゃな! ハハハ!」
「でも今エウリュアレはアナと一緒にシミュレーションルームよ」
「……野次馬をしに行くか」
「僕も行きます!」
急に慌ただしくなる食堂。
その様子を見ながら伊吹は、
「あれは、一大事ではないのか」
「お、親方様ならきっと大丈夫でござろう……」
「ふむ、そういうものか……人の子はわからぬな……」
「拙者も、もう自分がわかりませぬ……」
見たいような、聞きたくないような、何とも言えない気持ちの千代女。
伊吹はその様子を見て、
「ふむ……ならば、見に行くとするか。だが、余には人の子の見分けは付かぬ。匂いが混ざればなおのこと。故に、甲賀の。見分けろ」
「は、はぁ……わかり申した。ですが、見分けが付かぬのなら今すぐでなくとも良いのでは……」
「ほぅ、余に物申すと。フフ、だが良い。此度は余にも理由がある。用があるのはマスターの方ではなく、女の方だが」
「女の……あぁ、エウリュアレ殿でござるな。それなら――――」
「ちょっと、バカなヤツが倒れたって聞いたんだけど!」
「ちょうどあそこに」
オオガミが倒れたという噂をどこからか聞き付けたらしいエウリュアレ。
その姿を見るなり、まるで瞬間移動をしたかのようにエウリュアレの前に移動する伊吹。
それに対してエウリュアレは不遜な態度で、
「何の用かしら」
「まぁ、そう睨むな。余は、ただ問いたいことがあるだけだ」
そう言われたエウリュアレは、首をかしげながら、
「あなたに対して私が教えられることなんてあるのかしら」
「名前を覚えていない故、伝えるのもままならぬのでな。あの時共にいたもので、覚えている匂いはお前のものだけだった」
「あの時……? どの時かしら。最初に会った時は小さかったし……」
「食べ物だ。甘いものだったのだが、それしか覚えてない。だから、名を知りたい」
「食べ物……食べ物……あ、あぁ。チーズタルトね。あれはカーマがもしかしたら隠し持ってるかしら……どちらにせよ、今すぐには用意できないのだけど良いかしら」
「構わぬ。楽しみにしている」
「えぇ。用意しておくわ」
そう言うと、エウリュアレは医務室に向かっていくのだった。
それを見送り、元の席に戻ってきた伊吹は、
「ふむ。ちーずたると、というのか」
「チーズタルト……それをお探しで?」
「そうだ。あの味、中々良いものであった」
そう言って、少し嬉しそうに笑う伊吹を見て、釣られたように千代女も笑みを浮かべるのだった。
伊吹童子を書きたくて、悩んだ末に犠牲となった千代女ちゃん。しかしその性能を活かせず案の定エウリュアレの恐ろしさが悪化しただけだった。