『それじゃあ、トゥリファスの時計塔の下で待ち合わせましょう。出来るだけ早く来なさいよ?』
エウリュアレがそう言って城塞を出たのがつい5分前のこと。
一緒に出るのではなく待ち合わせをしたいという彼女の要望に応えたは良いものの、先に待たせるというのは悪手だったのではと思わなくもない。
常日頃から無茶振りが大好きな彼女のことだ。私より先に着いていないとはどう言うことか。とか言われてしまう可能性もあった。
「ま、心配してもしょうがないか」
ため息一つ。身に付けている肩掛け鞄には財布と通信機、そして一応作っておいたお弁当を入れておく。
とはいえ町を散策するだけなら、適当な店で食べるので必要はない。
それでも一応入れておくのは、やはり彼女の無茶振りへの対応だ。
「……時計塔までどれだけかかるかな」
向こうはアビートラベルで一瞬で、こちらのBBトラベルは気まぐれだ。どこに落とされるか分かったものじゃないのが問題だろう。
ならば、と心に決め、準備を済ませてBBを呼び出す。
* * *
本日は快晴なり。雲一つ無い青空は、迫る春を伝えてくるものの、空気だけは立派に冬のまま。むしろ春の風が冬の寒さを誇るので体感は気温より低いだろう。
そんなトゥリファスの時計塔の下で、予想としては10分待っているであろうエウリュアレは、一体どんな顔をしているのか。
予想の中で一番怖いのは無表情だが、大方満面の笑みで迎えてくれるだろう。無茶振りと共に。
そんな彼女を見つけるために時計塔の下を見回っても、なにやら一ヶ所に人の壁が出来ているだけで、エウリュアレの姿はない。
何かイベントでもあるのだろうかと考え、冷静になって集まっている人物を見る。
「……まさか」
見る限り男性しかいない。そして口々に何かを話しているのだけは見ることができ、そして、そのほとんどがナンパ文句であることを察する。
人垣に近付き、男性達の目を見て予想が的中したことに、何とも言えない複雑な気持ちになるも、
「今日一つ目の無茶振りですかねこれは」
そう呟き、人垣を押し退けながら、中心の人物を助けに行く。
当然のごとく、そこにいるのはエウリュアレ。
だが、いつもの服装とは違い、クリーム色のセーターに、明るい茶色のロングスカート。黒いブーツを履いており、伊達メガネを掛けていつものカチューシャを付け、髪を降ろしていた。
出ていく前に一度見たどころか、その準備を手伝っていたとはいえ、やはり可愛いことに変わりはなく、一瞬硬直する。
すると、エウリュアレはこちらに気付きいたずらな笑みを浮かべると、
「ごめんなさい皆さん。私の彼がもう来てしまったみたい」
そう言って腕を掴まれ、引き寄せられる。
直後突き刺さる全方位の殺意に、自分でもわかるほど笑みが引きつっている。
「それじゃ行きましょ。エスコートはお願いね?」
「この状況でも笑顔でそう言えるエウリュアレ様は素敵ですね……!!」
拳や足が飛んでくる前に人垣を割きながら、エウリュアレを連れてその場から逃げ出す。
* * *
しばらく逃げ続け、落ち着いたところで逃げる途中で抱えたエウリュアレをおろす。
すると、彼女はとても満足そうな笑顔を浮かべながら、
「それで、愛しのマスターさんは私をどこに連れて行ってくれるのかしら」
「いとっ……わざとやってるでしょ」
「あら、事実を言っただけで責められるいわれはないわ? だって、これだけ親身になって尽くしてくれるのよ? ちょっとくらいご褒美をあげてもいいじゃない」
「……本当にエウリュアレ?」
「そ、その言い分はひどくないかしら。気が乗っただけなのに。もうやらない方が良いみたいね」
「ごめんごめん。どうもいつものエウリュアレから想像できなくて。でもそういうのも全然いいと思うし可愛いと思うよ」
「っ……貴方、わりとすぐそういうこと言うわよね……」
「そりゃ、言わないより言う方が何倍もいいでしょ」
「そうだけど……もういいわ。それより、どこに行くの?」
パタパタと手で扇ぎながら聞いてくるエウリュアレ。
「そうだね……買い物に行くとかどう?」
「……ピクニックとか行くんじゃなかったかしら」
「結構散歩したような気もするけど」
「二人では無いじゃない?」
「ん……まぁ、そうだけども。じゃあ行こうか。レジャーシートだけ買わなきゃ」
「準備悪いわね」
「流石にカルデアから持ってくるわけにはいかないでしょ……遊びではないのだし」
「今までの活動からそんな言葉が出る方が驚きなのだけど」
「レジャー用品持ち込みはやばいでしょ……ルルハワみたいなバカンスじゃないんだから」
「……じゃあ、現地調達?」
「そ。だからエウリュアレが好きなものを買いに行こうか」
そういうと、エウリュアレはどことなく嬉しそうな笑みを浮かべ、
「ふふっ、私もいつの間にか、懐柔されちゃってるわね」
「うん? どういうこと?」
「だって、そうかもしれないなって思って、用意しちゃったんだもの」
「……めちゃくちゃ楽しみにしてくれてたんだね?」
「あら、嫌だった?」
「いや? むしろ嬉しいですけど。それじゃ、行きますか」
「えぇ。行きましょう」
そう言って、エウリュアレの手を引いて町の外へと向かう。
* * *
「ここからでも、意外と町が見れるのね」
「見える……? 壁しかなくない……?」
「心の目で見る感じで」
「無茶苦茶だね。視力強化とかじゃなく?」
「……正直、壁でもいいじゃない。私は楽しいもの」
「……それは、確かに」
そう言って、用意したサンドイッチを食べるエウリュアレ。
自分もそれを食べつつ、遠くにある壁を眺める。
「それにしても、空がきれいだよね」
「どこまでも青い空よねぇ……」
「風も心地いいし、お昼寝には最適では?」
「そうねぇ……寝ちゃおうかしら」
「それで一日終わっちゃうよ?」
「……それは困るわね。貴方を独占できるのも制限時間付きだもの」
「……食べ終わったらお買い物ですかね」
「遊べそうなところもないもの。色々見て回って、のんびりお茶して帰りましょう」
「賛成。じゃ、どんなところ回ろうか」
そう言って二人でトゥリファスの地図をのぞき込む。
すると、エウリュアレが、
「ここね。ここのお菓子は見てみたかったの」
「お菓子魔神ですか。お菓子を追い求めてどこまでも行くというあの」
「何よそれ。適当に作ったでしょ」
「うん」
「でしょうね。で、ここに行っていいの?」
「そりゃ当然。行くに決まってるじゃん。エウリュアレの要望だし」
「要望がなければ行かなかったの?」
「うん? 最初から行く予定だったけど」
「……予定に組み込んでるじゃない……どうしてそんな面倒なことをするのかしら」
「だってほら、考えていたプランも大事だけど、喜ばせたい本人の意思を尊重する方が大事じゃない?」
「そうかもだけど……私としては貴方のプランを聞きたいわ」
「……じゃあ、散策しようか。トゥリファスの市街もそんなに見てなかったし。買い物とか、普通に行きたいしね」
「そう。じゃあ行きましょ。今日は貴方次第よ」
「……もう開幕のピクニックでだいぶ時間持っていかれてますが」
「それはそれよ」
食べ終わった弁当をしまい、嬉しそうにほほ笑むエウリュアレ。
それを見て熱くなる顔を背けながら、片づけを終える。
* * *
「ん~……色々悩むわね」
「おいしいお菓子をお願いね」
「……全部買っていい?」
「まぁ、買えるとは思うけど……」
「じゃあ買っちゃいましょ」
「えぇ……まぁ、お土産だし是非もなしか」
そう言って、お財布の中身を確認する。
人理修復の給料は残っているので、割と散財しても許されるだろう。
「じゃあ、これとこれと、あとこれで」
「ハイハイ。じゃ、買いますよ~」
選ばれたお菓子を持っていき、会計をする。
その間もエウリュアレはしっかりと腕を掴み、離さないようにしていた。
「……なんでそんなピッチリとくっついてるわけ?」
「……なんだかカップルって感じがしないじゃない」
「あれ、カップルでいいんですか」
「あら、嫌なの?」
「……何を言っても殺される雰囲気」
「大丈夫よ。ここでの出来事は私たちだけの秘密だもの」
「……じゃあ、そういうことで」
「えぇ。後でBBの首は落としておくわ」
「うわ、殺伐」
「だって移動の時に使ってたのなら隠れてみてるだろうし」
「……まぁ、そんな気はするけど」
「じゃあ、始末しとくべきよね」
「死なないくらいでね」
「……メドゥーサがやってくれるわ。たぶん」
雑だね。と答えながら、袋詰めをしてもらったお菓子を受け取る。
そのまま店を出て次のところに向かう途中で、
「ねぇ、あれ」
「うん?」
途中で見かけた小物店を指差すエウリュアレ。
近づいてみると、そこにはキラキラと輝く装飾品。
その中の一つのネックレスを見ていたエウリュアレは、
「……これ、ちょっと気になるのだけど」
「それは、ローズクォーツと呼ばれる石です。お手に取ってご覧ください」
そう言って現れたのは黒髪の女性。
にこやかに笑う彼女に言われるがまま、手に取って眺めるエウリュアレ。
「柔らかいバラ色のその石は、古くより愛と美を司ると言われております。特にお客様のようにお美しい方にはよくお似合いの石かと思われますが」
そこまで聞いたエウリュアレは、難しそうな顔をした後、
「……アフロディーテの石なのよねぇ……」
「苦手?」
「そういうわけじゃないわ。別に、面識とかないもの」
「じゃあいいんじゃないの?」
「ん~……宝石の類は、毎度逸話が邪魔なのよね……」
「気にしなくてもいいんじゃないの?」
「気にしたくなくても気になっちゃうものなの。どうしたものかしら」
そう言って悩むエウリュアレに、
「これ、おいくらですか?」
「そちらは――――ですね」
「じゃあ、購入させていただきます」
「そんなあっさり!?」
「承知いたしました。それでは中に入りまして少々お待ちください」
そう言って、店の奥に入っていく店員。
店の中に入っていくと、エウリュアレは慌てた様子で、
「ほ、本当に買うの? 正気なの?」
「だって、欲しいんでしょ? そもそも、人理修復の報酬は割と法外だから……これくらい使ってもそんな減らない……」
「どんな大金よ……逆に怖いのだけど」
「一般人なら普通に暮らしていけるレベルじゃない……?」
「確かに尋常じゃなさそうね……」
そう言って納得するエウリュアレ。
自分でも直視できないほどの額ではあるので、あまり触れないでいたが、今回ばかりは別だった。
「付けていく?」
「構わないけど……大丈夫? 後で何か言われないかしら……」
「可愛いんだし問題ないでしょ。というか、凄い人間っぽくなってきたね」
そう言った途端、雷が落ちたかの如く硬直するエウリュアレ。
「……それ、私としては不味いんじゃないかしら」
「まぁ、可愛いだけで十分すぎるしいいんじゃない?」
「いえ、女神っぽくないっていうのがもう問題なの。だってそれ、もう女神じゃないってことじゃない」
「別に、エウリュアレが女神じゃなくなっても構わないけど」
「私にとっては大問題よ……! あぁもう、どうしましょう……全然気づかなかったわ……」
そう言って慌てた様子のエウリュアレに、オオガミは首を傾げ、
「そもそも、ギリシャの神はすごい人間臭いのに、どうして今更気にしてるわけ?」
「……それもそうね?」
なんで悩んでたのかしら。と我に返るエウリュアレ。
そして、ネックレスを購入してすぐに付けると、
「ふふっ、どうかしら。似合ってる?」
「そりゃもう最高に。写真撮ってもいい?」
「後でね。行きましょ?」
「ん。じゃあ後で撮るね」
そう言いながら店を出る。
* * *
「気付いたらもう暗くなるのね」
「外食にする? ミレニア城塞に帰って作る?」
「ん~……どんなのを作ってくれるのかしら」
「どんなのを食べたい?」
「そうねぇ……シェフのおすすめコースで」
「了解。それじゃ、帰って作るとしましょうか」
そう言いながら、嬉しそうなエウリュアレを横目に黄昏時の道を歩いて帰るのだった。
…………………?(思っていたのとなんか違う物が出来てしまって不思議そうな顔
なんか砂糖足りなくねぇか……? くっ、力不足を感じる……! なんとなく退化している感じ……!! 悔しいなぁ……!
でもまぁ、エウリュアレは終始彼女状態なんですよね……う~ん……これでどうして砂糖が足りないのか……不思議だぁ……