鬼道衆最強、のんびり鬼道長さん   作:もちふじ

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お久しぶり(小声)


空のベッド

 

 

 

 

 

「──そういう訳で、花厳さん。頼みますよ」

 

「はあ、まあ・・・。それが護廷十三隊(そちらさん)の見解なら」

 

 

 

昼下がり。四番隊舎の応接室で、花厳は煎茶を喉に流し込んで曖昧に頷いた。

 

尸魂界に一時的に平穏が戻ったとはいえ一定数の負傷者がいる以上、治療部隊である四番隊と鬼道衆は日夜慌しい。

そんな中、両部隊の長達がどうして白昼堂々茶会を開いているかといえば理由はただ一つで。今回最も大きな被害を受けたと言ってもおかしくない、五番隊副隊長『雛森桃』の治療を四番隊から九花厳率いる鬼道衆へ受け渡そう、というものだった。

 

治療、といえど、雛森の身体に怪我はなく卯ノ花が言っているのはつまるところ彼女の心のケアのことである。

しかしながら、当然花厳にカウンセリングの真似事など出来る訳がない。彼に出来るのはあくまで、雛森を『護廷十三隊』ではない『鬼道衆』という別の環境を与えることだけだ。そしてそれこそが、護廷十三隊・・・四番隊隊長卯ノ花烈の目的だった。

 

 

『雛森副隊長は、真面目で責任感の強い方です。五番隊舎に戻せば、きっと今までの分を挽回しようと、より自分を追い詰めるに違い無いでしょう。・・・ですが身体の傷は治りましたが、心はまだ回復しきっていません。彼女に必要なのは時間と環境です。ゆっくり時間をかけて、心を休ませてあげなくてはなりません。───そして、それは私達にはできない事です』

 

 

花厳は話を聞いているうちに、口の中の最中がだんだん苦くなっていくように感じた。荷が重い。重すぎる。

食べ終わった和菓子の包み紙を綺麗に折りたたんで、ううんと唸っているとニッコリ微笑んだ卯ノ花と目が合った。

 

『お願い、出来ますか?』

 

荷が重いです、そう言いかけた口をぎゅっと結んで花厳はこくこく頷いた。長いものに巻かれろ、長く生きるためには必要な知恵である。決してビビった訳じゃない。本当に。

 

 

 

 

そうして話は冒頭に戻る。

 

頼まれたからには花厳にはそれを実行しなければならない義務があるし、さて雛森を鬼道院に連れていこうと腰を上げかけた時に、卯ノ花に声をかけられた。

 

 

「──それはそうとして、花厳さん。貴方は・・・彼らと共に現世に行かなくて宜しかったのですか?」

 

 

花厳に気を使っているのか、その口調はいつも以上に優しい。暖かい色をした卯ノ花の眼差しを正面から受けて、花厳は小さく笑う。

 

 

先日長らく行方を眩ませていた四楓院夜一が生きていたことで、同様に浦原喜助、そして先代鬼道長『握菱テッサイ』の生存も確認された。会いに行かなくて良いのかと、そう言いたいのだろう。監視付き、数日で戻ること、幾つか条件はあるものの新たに入れ替わった四十六室から、既にその許可は下りていた。

百年前、罪人として尸魂界から永久追放された彼ら・・・特に握菱テッサイは花厳の親代わりであったことを卯ノ花は知っているのだ。

 

会いたいか、会いたくないかで言えば勿論会いたい。けれど今の花厳は鬼道衆という集団の長で、あの子達を守らなくてはならない責務がある。任務を与えられて現世に赴くような事があれば会いに行くだろうが、鬼道衆を放置してまで彼の元に行く気はなかった。

 

「四番隊ほどではないとはいえ、鬼道衆(うち)も今はそれなりに忙しいんで。今現世に行ったら、鬼道長として自覚が足りないってテッサイさんに怒られちまいまさぁ」

 

正座で長時間彼の説教を受けた記憶が蘇って、花厳は苦笑混じりに言った。

テッサイの説教は長くくどい上に、その殆どが正論過ぎて反論出来ない。あの巨体に目の前で仁王立ちされて怒られる恐怖といったらないのだ。

 

「驚きました。意外に吹っ切れているのですね」

 

「まあ、あれだけ憎かった四十六室も死んじまいましたしね。時間が解決することも、あるんでしょうや。ぼくがそうだったんだから、きっと雛森ちゃんも」

 

勿論それだけではないけれど。花厳には支えてくれる友がいたから。彼のお陰でもあるのだ。

 

──時間と雛森の周囲の者が、彼女の冷え固まった心を少しでも溶かせるといい、そう思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──そう、思っていたのだけれど。

 

 

「・・・こりゃあ、想像以上に根が深い問題というかなんというか」

 

 

四番隊舎の一室で、()()()の白いベッドを前にして花厳は呆然と呟いた。

 

手が空いていた四番隊の隊員に案内された病室は他と違って一人部屋で、ぽつんと置いてあるベッドがやけに寂しい。窓際に飾られた花が唯一部屋を色づけている。

けれど、部屋の簡素さは今は全く関係なく。問題というのは、この部屋にいなくてはならない存在が何処にもいないということだった。

 

もしかしたら、と思ってベッドの下をのぞき込んで見たけれど、当然そこにも彼女はいなかった。そらそうだ、自分で自分に突っ込んで、しゃがみ込んだまま・・・俗に言うヤンキー座りで花厳は頭を抱えた。

 

「あー、えーっと、この場合ぼかぁどうすりゃいいんでしょうや」

 

もう一度ベッドを見つめたけれど、やっぱりそこには誰もいない。

 

───この部屋で療養中の筈の、雛森桃がいないのだ。

 

 

まずいことになった。非常にまずいことになった。

 

部屋が荒れた様子はないし、誰かに無理やり連れていかれたり、殺害された可能性は皆無に近い。だから考えられるのは自らの足でここを抜け出したということだけだ。

となると、より面倒くさくなる。自分の意思で抜け出したのなら、仮に彼女の姿を見つけたとしても素直にこちらに戻らないだろうから。

 

「力技で連れ戻すか、上手く説得するか・・・どっちも自信がないですなぁ」

 

どこへ向かったかはおおよそ予想がつく。

探しに行くべきか、と花厳は重い腰を上げて鬼道衆の者に伝令神機で『まだ帰れない』という内容を伝えた。

 

 

──なお、鬼道衆からの返信は『迷子ですか』だったので、彼らの中での花厳のポジションについて後でしっかりと話し合う必要があると思う。

 

 

 

 


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