気をつけるつもりではいますが、今後もこんなことがありましたら、またご指摘して頂けると幸いです。
(あー、これはやばい。死ぬ。死んじまいますわ。だってめちゃくちゃ睨んでくるし。ぼかぁ、こういうギラギラしたのは苦手だってぇのに。やっぱり慣れないことすんじゃあなかったなぁ。・・・あ。そういや、机の中におはぎ入れたまんまでさ。来る前食べてくりゃあ良かった)
なんてため息を吐きつつ、花厳は心の中で一人ごちた。
生命の危機と言っても過言ではない状況だが、彼の顔に焦りの色は見えない。どころか、おはぎのことを考えているのだから、案外余裕があるのかもしれない。
いや、実際はそんなことはない。このまま殴り合えば確実に花厳が死ぬのだから。いくら彼が鬼道においては圧倒的才能を誇る者であろうと、相手は死神最強の護廷十三隊総隊長だ。真っ向から戦えば彼とて死は間逃れない。
この場にいる全員を巻き添えにしていいのなら、元柳斎を殺すことも出来なくはないが、その場合辺り一面が更地になる。恐らくはルキアや恋次も巻き込まれるだろう。彼女を助ける為に来たのに、止めを刺しては何の意味もない。
と、なれば花厳が出来ることはただ一つ。
「破道の三十三、『
「─む、」
撹乱、そしてそれからの逃亡。
一瞬にして、元柳斎を取り囲むようにして青い光が爆ぜた。その数はなんと十。詠唱破棄に複数使用で三十番台の鬼道を使用可能なのは彼くらいだろう。
もっとも、元柳斎がこんな事で死ぬような相手ではないことは分かっている。だから、これはただの撹乱。
蒼火墜を発動させた瞬間、花厳は瞬歩で一気に遠くまで逃げ去った。
「逃げろ逃げろー。あんなバケモノとやってられるか」
花厳という男は、元来臆病な死神である。死にたくないし、痛い思いをするのはもっと嫌だ。ルキアのように死を受け入れることなんて出来やしない。せめてあのおはぎは食べて死にたい。
本人は気づいていないが、こういうところが剣八に嫌われる原因だったりする。
「ひゅー、しかし言うようになったねえ。花厳くん」
崖から急落下していると、背後から茶化すような口笛が聞こえた。先ほどの花厳と元柳斎のやり取りのことを言っているのだろう。恐らくは京楽だ。落下しながら身体を反転させると、浮竹が京楽に抱えられている様子が見える。必死にもがいているところを見ると、どうやら自分の意思で逃げてきたようではないらしい。
「待ってくれ、京楽!まだ俺の部下が!」
「ちょ、正気ですかい、浮竹さん。今からあそこに戻るなんて自殺行為でさぁ」
「っ、それでも!」
どうにか、京楽の手から逃れようとする浮竹を横目で見て、花厳は思わず顔を引き攣らせた。
双極の丘には、まだ浮竹の部下が二人いる。双極の破壊に一役買ったのであれば、生かせて貰えるはずがない。ましてや、あそこには砕蜂がいる。規律に厳しい彼女は何をするか分からない。
心配な気持ちは分かるが、あそこで元柳斎とドンパチやるほうがよっぽど危険だ。
「落ち着け、浮竹。あんなとこで山じいと戦ってみろ、それこそ皆巻き込まれて死んじまう。・・・二人なら大丈夫さ」
何を根拠の無いことを、と言いかけた浮竹は、はたと動きを止める。遅れて花厳もそれに気づいた。
「感じないか?──ここへもう一人、僕らの味方が近づいてるのを」
いつもならば、瞬時に気がつくような隊長クラスの膨大な霊圧が双極の丘へ駆けてきているのに、京楽に言われるまで分からなかったのだ。浮竹だけではなく、花厳も冷静さを失っていたのだろう。
「さ、もうすぐ地面だ。しっかり踏ん張れ」
はぁ、と再び深いため息をつき、花厳は着地の用意をした。
■ ■ ■
「──逃げたか」
草履で地面の砂利を苛立った様子で踏みつけて、砕蜂はそう呟いた。裏切り者三人が爆炎に紛れて姿を眩ませた後、当然の如く元柳斎は無傷で現れ、この場を砕蜂に任せて瞬歩で彼らを追いかけた。賢明な判断だろう、旅禍は白哉が相手をしているし、死神きっての実力者三人が裏切ったというならばそちらの
砕蜂にとって、こうして何も語られず、裏切られ、置いてきぼりをくらうのはもう二度目だ。
一度目は、心から尊敬していた自分の元上司。そして今回は、数十年の付き合いになるあのちゃらんぽらんな男。
友と認めた覚えはない。彼が何処で死んでいたって関係なんてない。そもそも、彼とは反りが合わない。あの間抜けな面が気にいらなくて、人を小馬鹿にしたような喋り方も気に食わない。
──だというのに。
「なんだ、これは」
砕蜂の思いを置いて、頭をガツンと鈍器で殴られたような、ショックが身体を貫いた。心臓の音がやけに大きく感じ、手足は痺れるように震えている。
──これでは、まるで自分は彼に裏切られて傷ついているようではないか。
そこまで考えてから、砕蜂は頭を左右に振って思考を止めた。これ以上考えてもマイナスな方向にしか行かないと感じたのだ。
しかし、それでもぐつぐつと、腹の中でマグマが煮立つような、激しい怒りが込み上げる。
何もかもが腹立たしい。裏切った彼も、そんな彼を少しでも信頼していた自分も。
そこで、
「・・・ああ、まだ居たのか」
カタカタと震えた手で斬魄刀を握る浮竹の部下、虎徹清音と小椿仙太郎の存在に彼女の意識が向く。
素直に逃げていればいいものを、鼻で笑い。しかし目元は虫けらを見るような冷徹に。
「──シッ」
一息に子椿の元まで距離を縮めて、鳩尾にタックルするように掌底。肺から空気を吐きながら、仰向けに倒れた彼を踏み台に清音に飛びかかり、首を掴み締め上げた。
これが、僅か数秒のこと。
「・・・うっ、ぁぁ」
「貴様らは、殺す。・・・奴も私がこの手で殺す」
苦しげに踠く彼女を見て、少し気が楽になるようだった。きっと花厳も殺したら楽になる。心が、軽くなるはずだ。
なら、元柳斎に彼が殺される前に追いかけなければ。
冷めた目つきで、首に力を込めた次の瞬間。
「──な」
──訳も分からず、砕蜂は崖から突き落とされていた。否、一人ではない。砕蜂を下敷きにするように、彼女の腹の上に女が乗っている。覆面で顔は見えないが、体型から見るに女で間違っていないだろう。後頭部で一つに束ねられた髪も長い。
四方から身体を圧迫する風で、熱くなっていた頭が冷えていく。体勢を立て直そうとするものの、先ほどとは逆転して砕蜂の首を女が掴んでいるため、脱出も不可能。
「お硬いのも、素直じゃないのも、昔と変わらずか。相変わらずじゃの、砕蜂」
「──き、さまは」
顔に巻いていた布が風に煽られ、女の顔が露わになる。褐色の肌に猫に似た目を釣り上げて彼女は獰猛に笑った。
「──挨拶代わりじゃ。受け取れ」
左手に溜め込んでいた、破道を砕蜂に打ち込んだ。
砕蜂はそれに見向きもせず、込み上げる感情を大地を震わせる振動として、声に変換する。
「何故、貴様がここに居るのだッ、四楓院夜一!!」
──砕蜂にとっての最初の裏切り者が、『四楓院夜一』が砕蜂に襲いかかった。
■ ■ ■
「結構離れたねぇ」
「ああ。ここまで来れば他に危害も及ばないだろう」
「・・・そもそも、戦わないってぇ選択肢はないんですかね」
「ちょっとー、花厳くんから売った喧嘩じゃないの」
一方、人気のない場所まで飛んでくるようにやって来た三人は、そこで一度足を止め、背後を振り返った。元柳斎が来ている様子はまだない。
危機感のないやり取りを京楽としていると、遅れて八番隊副隊長『伊勢七緒』が瞬歩で追いついた。玉の汗を額に浮かべて、肩を揺らして呼吸する七緒に、京楽が笑い混じりに言った。
「七緒ちゃん、ビーリー」
「たっ、隊長たちが速すぎるんです!」
「や、後ろからバケモンが迫ってくるってぇ思ったら、速くもなるでしょうや」
そういう花厳もあれだけ飛ばしたというのに、息一つ乱れていない。鬼道衆とはいえ、彼が死神の中でもトップクラスの実力者であることは間違いないだろう。
七緒はそんなふうに分析しつつ額の汗を拭い、ヘラヘラ笑う京楽に何か一言言おうとするが、しかしそれを花厳の低い声が遮った。
「──来やしたな」
す、と空を見上げる花厳は数歩前へ出て、珍しくその顔から笑みを消した。
いつものアホくささは何処へやら。花厳は黒い杖を握りしめて月光を閉じ込めたような瞳を、ゆっくり細める。普段とは違う彼の纏う覇気が、その場の酸素を奪い尽くすような不思議な圧迫感を与えた。
「ぁ」
口から、息を吐くような短い音が零れ、七緒は初めて、彼の事を『怖い』と思った。
普段のほほんとしている花厳は、それでも鬼道衆を束ねる長であり、強者であるから大鬼道長の名が与えられているのだ。
知らずのうちに後ずさりしていたようで、京楽の胸板に頭が当たり、そのままへたり込んでしまう。
京楽は安心させるように七緒の頭を撫でてから、彼女を抱えて遠くまで一瞬で瞬歩。七緒を安全な場所に移動させて戻ってきた。
「ちょっと花厳くん。あんまり、うちの七緒ちゃんをビビらせないであげてよ」
「え、あぁ、いや、あはは」
本人はどうやら無意識だったようで、先ほどの殺意を瞳の裏に隠し、花厳は乾いた笑みを零した。
後に語るが、この時の花厳はただ単に元柳斎にビビって、必要以上に威嚇していただけである。もっとも、それは元柳斎には何の意味も成さず、代わりに七緒に被害がいったわけだが。
だが、結果的に見ると、七緒をここから避難させたのは正解だったかもしれない。彼女も副隊長ではあるが、今から行われるのは正しく、人外同士の戦い。副隊長
「で、元柳斎さん。話し合いで解決・・・とかは、出来たりしますかね」
「話し合いの余地を自ら捨てたのはお主じゃ、花厳。・・・お主のとった行動は、鬼道長として許されることではない」
「・・・年寄りは頭硬くて面倒ですなぁ」
言葉を交わす気など端からない、と言わんばかりの元柳斎に花厳は肩を竦めた。
一拍遅れて、元柳斎の手に握られた杖が音を立てて燃え出す。中から現れたのは元柳斎の斬魄刀。
──つまりは開戦の合図だ。
「元柳斎、先生」
「何も言うな。──もはや、問答は埒もなし」
浮竹を、黙らせて「抜け」と元柳斎は声を押し殺して言う。そして、続けざまに斬魄刀を解放。辺りを紅蓮の炎が包んだ。
「世界の正義を蔑ろにする者を、儂は許さん。教えたはずじゃ」
「生憎、ぼかぁ正義なんて目に見えないもんは、分かりゃしません。・・・ただ、ぼくの大事な子たちには笑っててほしい、それだけでして」
──守りたい者が沢山出来た。親同然に慕っていた、先代鬼道長が行方を眩ませてから。
守りたいから、力をつけた。否、守りたいのではなく、花厳がもう二度と一人になりたくないだけかもしれない。
『男なら、一度決めたことは突き通しなさい』
尊敬する彼は、まだ何も無い、空っぽで枯れた花のようだった花厳にそう教えてくれた。
だから──。
「──あの子たちの笑顔を守る為なら、ぼかぁ、あんたさんと言えど容赦ぁしやせん」
そして、彼らの笑顔を守る為に花厳はこんな所で野垂れ死ぬわけにはいかなかった。
──元柳斎風に言うならば、これが花厳なりの『正義』だろう。
(あ、でも死んじまったら骨くらいは拾ってほしいなぁ)
・・・どこまでも締まらない彼だった。
勝手ながらしばらく更新を中断させていただきます。
詳しいことは活動報告のほうに書きましたので、そちらをご一読ください。