狩人「狩らせろ。」
モンスター「ハンターっていつもそうですね…!調和のことなんだと思ってるんですか!?」
「新種の未確認深海棲艦ンンン?マジで!?」
早朝のクロオビ鎮守府。
執務室に呼び出された天龍は思いもよらぬ話をされて素っ頓狂な声を上げた。
「いえ、まだ深海棲艦と決まったワケではありませんが……。」
天龍の早とちり、それをやんわりと否定するのは秘書艦の神通。
「この鎮守府がある島からすぐ近くの海域に
「雪と氷の島ねぇ………………一年中!?いやちょっと待て、それはおかしいだろ!?」
「おかしい?何がですか?」
再び突然大声を上げる天龍だが、何がおかしいのか分からない神通は首を傾げる。
「だってその島はここのすぐ近くなんだろ!?だけどオレはこの島にいて寒いなんて思ったことないし、雪だってまだ一度も見てないぜ?そんなに寒い島が近くにあるんなら、こっちの島だってちったぁ寒くならなきゃおかしいだろ!?」
「それがカリュード諸島ならではの環境です。ここではいわゆる島と島をつなぐ海域の境界線、そこを超えた途端環境が激変するんですよ。理解は出来ずともそういうものだと納得して下さい。」
「お、おう。」
「話を戻しますが近頃は深海棲艦、野生生物共に徐々に活性化の兆しが見られます。今まで大人しかった動物が活発的となり、深海棲艦は活動範囲を広げつつある。ただの偶然で一斉に生物が活性化するはずがありません、何か理由があるはずです。私は長門さんに一週間、氷雪島の生態調査と写真撮影をお願いしていました。島に住まう生物達にどのような変化が見られるか調べるためです。そして現地で長門さんが撮った写真にこのようなものがありました。」
神通は机の引き出しから数枚の写真を取り出すと机の上に並べていく。
多少のブレは見られるものの、そこにはまるで海を泳ぐかのように雪をかき分けて進む正体不明の黒光りする背ビレが写っていた。
「カリュード諸島に生息している深海棲艦には、背ビレや角など本土の深海棲艦にはない部位を持ったものも多数見受けられます。ドスイ級などの中型駆逐艦に多く見られる特徴ですね。」
「なるほど、神通の言いたいことが分かったぜ。」
「察しが良くて助かります。」
つまりこの雪の中を進む黒い背ビレの持ち主が、はたして深海棲艦なのかどうなのかを確かめてきてほしいということだった。
「先程申しましたようにこの背ビレの持ち主が本当に深海棲艦かどうかは分かりません。ですがこの黒光りする外皮は深海棲艦の持つ特徴と一致するものですし、万が一深海棲艦が陸上に適応していたとなれば一大事です。」
「りょーかいりょーかい、任務とありゃ行くさ。とはいえオレは氷雪島なんて行ったことないし、オレなんかに任せて大丈夫か?長門はもう鎮守府に帰ってるんだろ?」
「心配せずとも流石に一人では行かせません。頼りになる助っ人を用意してありますよ。」
そのセリフと共に神通はパチンと指を鳴らす。
その指の音に合わせて執務室の天井の一角がパカッと開き、そしてそこから一人の狩娘が飛び降りてきた。
「とうっ!川内、参上!」
華麗にスーパーヒーロー着地を決めたのは神通の姉である川内。
「今回の出撃には姉さんを付けます。この出撃は姉さんのリハビリも兼ねているんですよ。」
「リハビリ?どっか悪いのか?」
リハビリだと神通は言うがパッと見たところ川内にはどこもおかしなところはないし、別に今まで怪我や病気をしていたという話も聞いたこともない。
「ご存じだと思いますが、姉さんはこれまでずっと夜型生活を続けていました。」
川内は公式で夜戦バカと呼ばれるほど夜戦が大好きな艦娘である。
その夜戦好きな性質は狩娘となった現在でも変わっておらず、昼の間は寝て過ごし、夜になると起きて出撃をしているのだ。
「ですが先日の長門さんの騒動で、姉さんの生活スタイルを矯正するキッカケを得られたんです。」
長門さん騒動とは、長門と入れ替わったコンガを長門本人と勘違いして鎮守府で面倒を見ていたという一連の騒動のことである。
日中に寝ていた川内は鎮守府にコンガがいることを知らなかったので、夜間に廊下にいたコンガを不審者と思い込み抜き足差し足で後方から接近したところ放屁の直撃を受け、そのあまりの悪臭により気絶したのだった。
神通は川内が気絶したのをこれ幸いと昼夜逆転生活の矯正に利用したのである。
ちなみに長門がたった一人で氷雪島に送られたのは、この騒動に対するお仕置きも兼ねているのだとか……。
「姉さんは本当はとても強い狩娘なんですけど、夜型生活を続けていたせいか日が出ている間だと戦闘力が激減するんです。」
「は?何だそれ、吸血鬼にでもなったのか?」
吸血鬼は日が出ている間だと戦闘力が低下するのではなく灰になって死亡するのだが、細かいことは言いっこなしである。
「私は姉さんのリハビリとして危険度の低い日中のクエストに出撃してもらい、クエストをクリアするたびに少しずつ難易度を上げていきました。そしてこれはリハビリの仕上げです。姉さんには天龍さんと共に氷雪島へと向かってもらいます。姉さん、大丈夫ですね?」
「心配性だな神通は~。私を誰だと思ってるの!そのくらいお茶の子さいさいだよ!」
心配そうに確認する神通だが、川内は自信気に胸を張る。
「そういうわけですので改めて天龍さんと姉さんには氷雪島の黒い背ビレの調査を依頼します。更にこのクエストは天龍さんのランク3への昇格試験も兼ねています。クエストの成否は背ビレの持ち主を特定すること、討伐の有無は問いません。もちろん討伐が可能なのであれば討伐してほしいですが、情報を持ち帰るだけでも構いません。対象が深海棲艦なのか、単なる野生動物なのか、それをハッキリさせることが最重要です。」
「昇格試験か、腕が鳴るぜ!それじゃあさっさと準備を終わらせて出発だ!」
自分の昇格が掛かったクエストと聞いてよりやる気が湧いてきた天龍は、興奮冷めやらぬまま執務室を飛び出していった。
鎮守府を出発した天龍と川内は氷雪島を目指してモーターボートに乗って進んでいた。
ボートに乗った状態で深海棲艦の襲撃を受けると、ボートに損傷が出ることがあり少々厄介である。
なので深海棲艦の少ない比較的安全な海路を選んでいたのだった。
「う~、寒っ!本当に神通の言った通りだ。ある一定のラインを抜けた途端寒くなってきた!」
「氷雪島周囲の海域は流氷が増えてくるからこれ以上ボードで進むのはちょっと危ないんだって。だからこっから先は徒歩で行くよ。ボートは連装砲ちゃんがここに停めておいてくれるから、調査終わったらまたここに戻ってこようね。」
島に近付くにつれ徐々に肌寒さを感じるようになり、それと同時に少しずつ流氷も目立つようになってきた。
流氷の漂う海をボートで進むのには危険が伴う、なのでボートに乗って進むのはここまでとなる。
しかし無人のボートを海に放置していくわけにはいかない。
そこで鎮守府で色々な雑用を担当している連装砲ちゃんのうち一人にボートに同乗してもらっており、天龍達がいない間の留守を預かることになっている。
連装砲ちゃんにボートを任せた天龍と川内はそのまま海面に飛び降りると、氷雪島を目指して歩き出した。
歩き始めて五分前後、島まであと数㎞程。気温はますます下がってきた。
「クシュン!どんどん寒くなってきたな。」
「氷雪島の寒さはこんなもんじゃないらしいよ。私も上陸するのは初めてだけどさー。」
「ったく、二人とも初見とか大丈夫なのかよ…………ん?」
だべりながら進む中、天龍はふとあることに気付いた。
「揺れてる?地震か?」
「地震?ここ海の上だよ、地震なんて起きるわけないでしょ?」
「でもホラ、揺れてるだろ?」
天龍に言われて川内も足元に注意を向ける。
「ホントだ、僅かにだけど確かに揺れてる!」
「だろ?海の地震なら海震って呼ぶのか…………うおっ!?」
「何この揺れ!?危ない!」
先程まで意識しなければ気付かなかった程度の軽い揺れ。
それが突然激しさを増し、海面にはもはや立っているのがやっとなレベルの波が発生していた。
「うおぉぉぉ!?足元見ろ足元!」
「足元?うわっ、何アレ!?」
荒れる海を覗いてみると、海の底から巨大な黒い影が浮上してきているのが見えた。
影は見る見るうちに大きくなっていき、波で身動きの取れない二人の足元にまで迫っている。
「来るぞッ!備えろ!」
ちょっとした山ほどもあるヌメリを帯びた黒い巨体、遠くからでも目立つ黄色い光を放つ大きな目玉。
天龍と川内は足元から現れた黒い物体に押し上げられるような形で乗ってしまっていた。
「な、なんだよコイツ!?この色、この形、そしてこの目!深海棲艦か!?放射能を浴びて巨大化したフラグシップのヌ級か!?」
慌てる天龍だが川内は落ち着いた様子でポーチから一冊のノートを取り出すと、パラパラとページをめくっていく。
「おっ、あったあった!天龍、コイツ深海棲艦じゃないよ。これウミウシだ!ウミウシボウズっていうとっても珍しいウミウシ!私達今ウミウシの背中の上に乗ってるんだぁ!すごぉい!!」
「ウミウシ?これがぁ?」
ウミウシと言われて天龍が真っ先に思い浮かべたのは、アオウミウシと呼ばれる人の指の爪くらいの大きさしかない、青くて小さいナメクジのような生き物である。
しかし足元の生命体はクジラをも凌駕する正真正銘の巨大生物であり、一般的なウミウシのイメージとはかすりもしない。
恐る恐る背中の上からウミウシの全体像を見渡してみれば、どうやら黄色い目のようにみえたのは身体の模様であり、それとは別にちゃんと二本の触角が生えた頭部を見つけたことで、ようやくウミウシのイメージと一致したのであった。
「ふむふむ。普段は夜行性で、夜になると餌のイカを求めて浮上してくるんだって。獲物を求めて夜の海に繰り出すなんて私と同じだねー、この子も夜戦が好きなのかなぁ?えへへ、シンパシー感じちゃうなー。へぇー、日が昇っている内に活動することは滅多にないんだ。日中に出現したのは神通が言ってた異常ってのが関係してるのかなぁ?ほぅほぅ、性格は大人しい上に、見た目と違って意外にも人懐こいみたいだから危険性はかなり低いみたいだね。元々かなり珍しい生き物みたいだから、日中に見られた上に背中に乗ることまで出来た私達ってとってもラッキーだよ!」
未知の体験に怯える天龍とは対照的に、マイペースにノートを読み進めていく川内。
「ついでに写真も撮っとこ!」
ノートに続いて川内が取り出したのは、見るからに高級感漂う一眼レフカメラ。
迷うことなく足元のウミウシボウズの写真を撮っていく。
「お、おい。さっきから読んでるそのノートはなんだよ?それにそのカメラ、お前の私物か?」
「え?このノート?これは長門の調査と撮った写真をもとにして、提督と神通と竜人妖精さんが作った氷雪島の生物についてまとめた生態ノートだよ。そしてこっちは現地の生物を撮るための鎮守府の備品のカメラ、私の私物じゃないよ。私に写真の趣味なんてないし、写真撮ってる暇があったら夜戦に行くね!そもそもこれって神通から調査のために渡されたものだよ。ノートが無いと現地の生き物の詳細が分からないし、カメラが無いと新種の生物を見つけた時に困るでしょ?天龍がさっさと会話を切り上げて執務室を出てっちゃったから私が持つことになったんだよ。これがなかったら始まる前から任務失敗になってたんだから感謝してよねー!」
「お、おうスマン……。」
知らない間に任務失敗の危機に陥っていたらしい。
天龍は反省しながらもウミウシのスベスベした背中から滑り台のように滑って降りる。
ここで「滑り台だけにな!」とダジャレでも言おうと思ったが、言う前に察したのか川内が懐疑的な目で見てきたので素知らぬ顔で口笛を吹いて誤魔化したのであった。
氷雪島とは、神通の説明にあった通り一年中雪と氷で覆われた島である。
この島の雪と氷が解けることはほとんどなく、気温は常に氷点下という極寒の地である。
この島は大抵猛吹雪に見舞われているのだが、本日は珍しく天候に恵まれており、カラッと晴れた気持ちのいい青空が見える絶好の調査日和である。
しかし吹雪いていないとはいえそれでも気温は氷点下のままであり、とてもじゃないが生身の人間が動き回るには厳しい環境下である。
そしてそんな凍て付いた島に、何の準備もせず普通に上陸した天龍と川内がどうなったのかというと……。
「あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛さ゛む゛い゛よ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛!!」
「な゛ん゛な゛ん゛た゛よ゛こ゛の゛し゛ま゛は゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!」
それはもう面白いくらいに凍えていた。
寒さのあまり唇は青く染まり、身体はガタガタと震え、奥歯はガチガチと音を立てる。
鼻水に至っては拭っても拭っても次から次に垂れ落ちる。
「ど゛う゛す゛ん゛だ゛よ゛お゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛!?こ゛の゛ま゛ま゛し゛ゃ゛ち゛ょ゛う゛さ゛の゛ま゛え゛に゛こ゛お゛っ゛ち゛ま゛う゛そ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛!!」
「こ゛こ゛の゛ち゛か゛く゛に゛な゛か゛と゛か゛つ゛く゛っ゛た゛ヘ゛ー゛ス゛キ゛ャ゛ン゛フ゛か゛あ゛る゛ら゛し゛い゛か゛ら゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!ま゛す゛は゛そ゛こ゛ま゛て゛ひ゛な゛ん゛し゛よ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛!!」
「わ゛か゛っ゛た゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!」
まだ島に上陸しただけで戦闘どころか調査すら始まっていないというのに、再びクエスト失敗の危機に陥った天龍と川内。
恥も外聞もかなぐり捨ててベースキャンプに駆け込む情けない二人の調査、果たしてうまく進むのか?
それはこの大自然だけが知っている………………のかもしれない。
人間の手が入らないと調和を保てない大自然の脆さヤバい。
人間の手が入ることも織り込み済みで調和を保とうとする大自然のしたたかさ超ヤバい。