神様「誤ってお前を殺してしまったから転生させてやろう。ついでに1つだけチート能力も授けてやる。」
転生者ビシュテンゴ「こうして俺は胸元から無限に柿を取り出せるチート能力を手に入れたのだ。」
みんなも転生する時はこの能力を頼もうね!
手のひらから無限に唐揚げを生み出せる能力と違って油っぽくならないから便利だぞ!
「今日もいいお湯だったねー。ユーちゃんはどうだった?身体の芯まであったまった?」
「うん、最高だった!」
ホカホカと全身から湯気を上げつつ廊下を歩くユクモ鎮守府御一行。
ユー達は洗いっこをしたり、お湯の掛け合いをしたり、湯船にゴムのアヒルならぬゴムのガーグァを浮かべたりと思い思いに温泉を楽しんだ。
「それじゃもう特にすることないし、そろそろ寝よっか?」
「えっ、もう!?」
いきなり睡眠を提案してきたトモちゃんに驚くユー。
先程夕食を食べたのが夕暮れ時で、今まで温泉に入っていた時にようやく日が落ちた。
寝るにはいささか早い時間である。
「びっくりするよね?でもここの鎮守府だとみんないつもこのくらいの時間に寝てるんだよ。」
「起きていても特にすることないのね。それにここの鎮守府は早寝早起きが基本なのね!」
「まぁ明日の準備とかあるからすぐさま寝るわけじゃないけど、それが終わったら結局寝るだけでち。」
次々にここは早寝だと説明する狩娘達。
「それじゃあ寝室までご案内しますね、そこで寝巻きに着替えましょう。」
そして大鯨がユーを案内しようと前に出た…………丁度その時。
突如として鎮守府中にけたたましい鐘の音が鳴り響く。
「えっ!?な、何!?」
突然の騒音にビックリしたユーは動揺を隠せず周囲をキョロキョロと見渡す。
それに対しゴーヤ達はハッとした顔をしたのち、全員揃って同じ方向へと走り始めた。
「あっ、みんな待ってー!!」
そしてワンテンポ遅れてトモちゃんも走り出す。
「………………ハッ!?ま、待って!ユーも行きます!置いてかないで!」
最後にようやく我に返ったユーもトモちゃんの背中を追って走り出した。
走り続けて辿り着いた場所は鎮守府の玄関入り口、そこで全員が唖然とした表情で空を見上げていた。
釣られてユーも空を見上げてみれば、そこにあったのは波のようにうねりを打つ、稲光を伴った黒く分厚い雲。
ビュウビュウと強い風も吹いており、湿った空気の匂いも伝わってくる。
「えっ?なんでこんなに天気悪いの?」
先程温泉に入っていた頃は雲一つない、穏やかで美しい星空が見えていたのをユーは覚えている。
季節によって天気の変わりやすい日があるというのは知っているが、これはいくら何でも唐突過ぎる。
温泉に入ってからまだ10分も経っていない、その短時間でどこからあれだけの量の雲がやって来たというのか?
「まさか、よりにもよって今日だなんて……。皆さん、必要最低限の物を持ったら急いで例の場所に行って下さい!」
大鯨の宣言と共に再び走り出す狩娘達とトモちゃん。
「ユーはゴーヤと一緒に来るでち!」
状況が呑み込めていないユーの片手を掴んでゴーヤも駆け出し、引きずられるようにユーも駆け出した。
「えっとえっと、何が起きたの!?」
「説明は後でち、今は本当に時間がないの!」
ゴーヤはユーを連れたまま自室に飛び込むと、置いてあったポーチを掴んで大慌てで中に物を詰め込んでいく。
「油断したでち!こんなことなら前もって用意しとくんだったでち!」
ゴーヤはある程度私物を入れたポーチを身に着けると、再びユーの片手を掴んで走り出す。
「あ、あのっ!?部屋にまだ物が残ってたけど?」
「全部持ってく時間なんてないし、これから行くところに荷物を全部置くスペースもないでち!」
ユーは残された物のことが気がかりだったが、ゴーヤはそんな時間も場所もないと一蹴する。
そのまま走り続けた二人はやがて鎮守府の裏口まで到達した。
「ちょっと危ないけど一旦こっから外に出るでち!」
裏口から出てみれば風はさっきよりも強くなっており更に雨まで降っているが、ゴーヤはそんなこと意にも介せず外に飛び出し、ユーも戸惑いながらも後に続く。
「ここでち!」
辿り着いたのは金属製の小屋、いわゆるシェルターであった。
夜の帳と降り続く雨によって視界が悪く気付けなかったが、どうやら目的地は裏口から数メートル程度しか離れていなかったようで想像よりも早く到着した。
「このシェルターは奮発して素材にエルトライト合金を使った特注品!もの凄く高かったけど、その代わり中に入れば安心でち!ほら、ユーも早く入って!」
「お、お邪魔します……。」
シェルターというだけあって壁や扉は重く頑丈な作りとなっているが、内部は八畳程度の広さで窓すらない。
八畳と言うとそこまで狭くは聞こえないかもしれないが、ここには鎮守府のメンバーが全員集まることになっており、更には洗面所や荷物置きなども込みでの八畳なので普通に狭い。
中には既にイクとしおい、むるれんとヒラオカ、そして尖った耳の見慣れない妖精さんが十人前後くらい待機していた。
全員少しずつ荷物を持っており、ソワソワと落ち着かない様子である。
「あれ、トモちゃんは?トモちゃんはまだ来てないでちか?」
「ちょっと遅いけど、しっかり者の大鯨が一緒にいるから心配いらないのね。ほら、噂をすれば……。」
ゴーヤは未だ姿の見えない大鯨とトモちゃんを心配するが、丁度そのタイミングでシェルターの扉が開き、大鯨とトモちゃんが入ってきた。
「とうちゃーく!!全員いる?いない人は返事してねー!」
「いない人は返事しませんよ、とはいえ全員いますね。では扉を施錠します!」
大鯨はシェルター内のメンバーを確認すると、扉に厳重なロックを掛けた。
開いた扉から見えた外の天候は先程よりも更に荒れており、二人とも全身ずぶ濡れになっている。
「いやー、濡れた濡れた。ぶえっくしょい!」
洗面所から取ってきたタオルで頭を拭きながら持ってきた荷物を下ろすトモちゃん。
その荷物の量は、他の狩娘達の倍以上はあった。
「そんなに持ってこなければもう少し早く避難出来たんですよ!それにそんなに多くの荷物、どこに置くつもりですか!」
「だって~!みんなの記録が残ったアルバムとか大事でしょー!」
「だからって自分の身を危険に晒してどーするんですか!?」
滅多に怒らない大鯨も今回ばかりはプリプリと怒る。
「あの、ちょっといいかな?」
おずおずと片手を上げて発言を試みるユー。
そのまるで授業中の学生のような動きに、怒っている大鯨や怒られているトモちゃんも含めた全員の視線が集まる。
別にそんなことをしなくても普通に喋っていいのだが、まだ着任してから半日も経っていない新人のユーはどのように会話を切り出していいのか迷っており、このような感じになったのである。
「さっきまで晴れていたのに、何で急に嵐になったの?それにみんな避難手馴れてたけど、いつもこんなことしてるの?」
「えっと……非常に言いにくいんだけど、ここユクモ鎮守府は大体月に一回は嵐に襲われるんですよ。そして見ての通り、唐突に嵐が起こります。天気予報や直前までの空模様なんて全く当てになりません。こんな感じでここの鎮守府は頻繁に嵐に襲われているので、裏手には防災シェルターなんてものがあるし、避難もやり続けていれば嫌でも上手くなりますよ。」
「月に一回!?」
大鯨の説明に対して、そんなことがあるのかと驚きを隠せないユー。
ユーもヤーパンは非常に台風が多い国だということは知っている。
だとしても月に一回、それも突然の嵐に見舞われるというのは流石に異常事態である。
「この嵐はね、天津禍津神が引き起こしているんだよ!」
「天津風?」
「違―う!アマツマガツチ!!あのね、ユクモ鎮守府の近くには霊峰と呼ばれているとても高い山があるんだよ。そして霊峰の山頂付近には常に雨雲が渦巻いているんだー。その雨雲の中に潜んでいるのが何を隠そう、嵐を司る天空の神様アマツマガツチなんだぞー!」
突然電波なことを言い出すトモちゃん。
そんなトモちゃんの様子に、また始まったかと言わんばかりの表情をするゴーヤ達。
「アマツマガツチは嵐の神格、ユクモ鎮守府が突然嵐に襲われるのはアマツマガツチが自分の能力で嵐を生み出しているからなんだぞー!神様の異能で作られた嵐だからいきなり発生するし、誰も発生を予知出来ないんだよー!」
「神!?レーホーという場所には本物の神がいるの!?」
ヤーパンには八百万の神という考え方があるということをユーは知っている。
言葉の意味はよく分かっていないが、ヤーパンには他の国よりもたくさんの神がいるそうだ。
800万柱もの神がいるなら近所の山にも神の一柱くらいいるのだろう。
「まーた適当なこと言ってるでち。ユーが鵜呑みにしたらどうするの?」
「嘘じゃないもん!私見たもん!!ホントだもん!!!ユーは信じてくれるよね?私の体験談話したげるから!」
ゴーヤはそれをあっさりと否定するが、トモちゃんは駄々っ子のように喚いた後、コホンと軽く咳払いをしてから語りだす。
そう、あれは私がユクモ鎮守府に着任するという記念すべき日に起きたことだった。
「わーっ!もう、なんだってこんな大事な日にこんな天気になるのー!?」
私は連装砲ちゃんが御者を務めるガーグァの荷車に乗ってユクモ鎮守府を目指していた。
その日は酷い大雨で山道はぬかるんでおり雨で視界も利かず、ときおり雷鳴も聞こえる。
他の日ならまだしも今日に限って悪天候に見舞われるなんて……と己の運の悪さを呪っていると、突然目の前に閃光と轟音を伴って雷が落ちてきた。
いや、それは落雷ではなかった。全身から青白い雷光を放つジンオウガだったのだ。
無双の狩人ジンオウガ、ユクモ周辺に生息する大型モンスターである。
基本的に深い森の奥や標高の高い山に生息しており、めったに人前に姿を現すことはない。
私も見るのはこれが初めてどころか、こんな生物が存在しているということすら今の今まで知らなかった。
実際、私はこの時点では謎の大型生物としか認知しておらず、後で調べたことでようやくジンオウガという名を知ったのだ。
「クワッ!?」
「えっ?きゃあっ!?」
天敵であるジンオウガに驚いたガーグァは体勢を崩し、それによって私は荷車から投げ出される。
「いったぁ~……ヒッ!?」
泥まみれになりながら転がる私は硬いものにぶつかることでようやく止まる。
しかし私がぶつかったのはよりにもよってジンオウガの太い足、鋭い鉤爪を備えた強靭な足は一振りで大木すら薙ぎ倒すだろう。
絶対的な捕食者の足元にいるということで私は震え上がったが、ジンオウガにとって弱者である私は路傍の石に過ぎないのか目をくれることすらなく空へ向かって遠吠えを続けている。
「荷車は……あそこだ!ええいっ、男は度胸!女も度胸!48の狩技の一つ、トモちゃんダイブ!やあーーーっ!」
崖下を走る荷車を見つけた私は覚悟を決めて飛び降りる。
いつジンオウガの気が変わって、こちらに襲い掛かってくるかも分からない。
そのくらいなら無理して崖から飛び降りた方が、まだ生存率は高そうだと判断したまでだ。
ちなみに狩技の数は日によって変わる。ようはその場のノリで適当に言ってるだけであり、そもそもこれは技ですらない単なるジャンプである。
「ぐうっ!?生きてる?やった、私生きてるッ!!」
決死のダイブであったが、上手いこと荷車に飛び移ることに成功した。
着地の際の衝撃はクッション代わりになった荷物とおっきなお尻が軽減してくれたようだ。
それにしてもジンオウガは何に向かって咆えているのか、ふと気になった私はお尻をさすりつつもジンオウガの咆える先へと目を向けた。
そこで私は嵐を物ともせずに雲をかき分けながら優雅に空を舞う天空の神を見た。
白と黒に塗り分けられた巨体をくねらせながら、艶めく羽衣をなびかせる雅な姿。
翼も無いのに自由自在に天翔けるその様は、古くから伝説に語られる龍そのもの。
ジンオウガが狼王ならば、あれは龍神。
王ですら悔しげに咆えるしかない、隔絶した力の差がそこにはあった。
「こうして私は無事に鎮守府に辿り着いたわけなんだけど、あの時見た龍のことが頭から離れなくて全然仕事に手が付かなかったんだよねー。だから仕事をほっぽり出して色んな情報を調べた結果、とうとう古い文献に嵐の神アマツマガツチについての記述を見つけたんだー!」
トモちゃんはこう言っているが今でも仕事の効率は良くなく、提督のくせにいてもいなくてもあまり変わらないというのは鎮守府全員の常識である。
いわゆる無能な働き者であり、提督のくせにお茶汲みや掃除などの雑用ばかりさせられているのであった。
「嵐を用いて全てを破壊し尽くす荒ぶる神、嵐龍アマツマガツチ。古くからユクモの地では、嵐に乗って空を飛び回るアマツマガツチの姿が何度も目撃されていたんだらしいんだ。ユクモの人達は幾度となくアマツマガツチの巻き起こす嵐の被害に遭っていたみたいで、それで滅んだ村も決して少なくないんだってー。私が見たのも絶対にアマツマガツチだよ!嵐に乗って空を飛ぶ龍だもん、間違いないよー!」
興奮気味に語るトモちゃんだが、見守るみんなの目は生暖かい。
「でもガーグァ台車を運転してた連装砲ちゃんはそんなの見てないって言ってたでち。それにゴーヤも霊峰で渦巻く雲を双眼鏡で眺めたことあるけど、そんなの影も形もなかったよ。昔の人はそういう自然現象に神様を見出していただけで、神様も龍も本当は実在しないんだよ。」
「でも無双の狩人ジンオウガは実在したんだよー!だったら嵐の神アマツマガツチだって絶対に実在するよー!」
トモちゃんは力説するものの、全員の反応を見る限り誰一人信用していないということが見て取れる。
「ぶーぶー!いいもん、いつか私が霊峰に登ってアマツマガツチを狩ってみせるもん!そうすればユクモに平和が訪れるし、私は龍退治を成し遂げたスーパー狩人だ!いつかやってやるぞー、エイエイオー!」
「いや、それはやめといたほうがいいのね……。」
「自然現象に立ち向かうだなんて、ただでさえトモちゃん弱いのにそんなの無茶だよ。そもそも山頂に着く前に遭難しちゃうって!」
ユーもアマツマガツチの存在には半信半疑だが、もしトモちゃんが神殺しや龍殺しを目指すのであれば北欧神話に語られるジークフリートやベオウルフといった英雄並みの実力が必要なのではと疑問に思のであった。
やがて外から聞こえてくる嵐の音は更に強まっていく。
することのないシェルター内、自然と寝る流れとなり大鯨はクローゼットから全員分の布団を取り出すと順番に床に敷いていく。
「あっ、しまった!ユーちゃんのぶんのお布団がありません!」
広さも物資も限られたシェルターの中には最低限の寝具しか置いていない。
鎮守府内にあらかじめ用意された部屋ならともかく、シェルターにまで新入りのユーの布団が用意されていないのも仕方のないことであった。
「じゃあユーちゃんは私と一緒に寝よっか?」
「ええっ!?」
「布団の中で眠るまでいっぱいお喋りするの!面白そうでしょー。」
自分の布団をパシパシ叩いてユーを誘うトモちゃん。
「えー!しおいも一緒に寝たーい!」
「イクだってユーちゃんと一緒に寝たいし、トモちゃんとだって一緒に寝たいのね!」
それを見たしおいとイクも、トモちゃんの真似をして布団を叩く。
「だったらしおいもイクも、それにゴーヤに大鯨もみんなおいでよ。みんなでお団子になって寝るのもきっと楽しいよー!」
「やれやれ、誘われたからには仕方ないでちね。今回だけは特別にゴーヤも一緒に寝てやるでち。」
「ふふふっ、たまにはこういうのも悪くないですよね!」
トモちゃんの提案で全員が一つの布団に集まった。
「ボクハ?」
「連装砲って硬いし、これ以上は人数が多過ぎるから今回はパス!ごめんねー!」
「ガーンウラ。」
「ジャア代ワリニオイラガヒラオカト一緒ニ寝テヤルゾ?」
「イヤ、ソレハ遠慮シトクウラ……。」
みんなで一つの布団にぎゅうぎゅう詰め合ってのお休み、狭いし暑いし寝苦しい。
なのに不思議と広い布団で一人で寝るより、ずっと心が安らぐ気がする。
初日でいきなり嵐に見舞われ、訳も分からず必死にシェルターに逃げ込みそのまま寝泊りをするというとんでもない経験をしたユー。
しかしユーにはこの狭く暑く寝苦しい布団がその不安を取り除き、安らかな夢を見せてくれるだろう確信があった。
外の嵐は激しさを増すばかり、それに反して狭いシェルターの中にはどこまでも穏やかな空間が広がっているのであった。
転生者ビシュテンゴ「胸元から取り出した柿が腐っていた件について。」
神様「すまん、ワシのミスじゃ!」