ライズでキャラクリしてたら、それだけで一日終わった。
目鼻口の位置まで細かくいじれるのはいいけど色々試し続けた結果、一周回って当たり障りのない無個性な顔になってしまった模様。
狩り?何それ?
「ガアアァァ!?」
球磨の骨が砕ける寸前、横っ面に大きな衝撃を受けた怪物は思わず球磨を取り落とす。
放り出された球磨は受け身も取れず無様に地面を転がり、うつ伏せの状態でようやく止まる。
だがそんなことすら細事とばかりに圧力から解放された身体は倒れたまま新鮮な空気を求めて必死に呼吸を繰り返す。
「ゲホッゴホッ!!ハアッ、ハアッ、ハアッ、ハアッ………………い、生きてるクマ……。た、助かった……のは、何でクマ?」
視界が回復してきた球磨は、首だけで周囲を見渡す。
本当なら起き上がりたかったが、全身に残る痛みで身体を起こすことすら出来ないのだ。
そこには頭を軽く振りながら体勢を整える怪物と、球磨を守ろうと小さな体で必死に怪物に立ち塞がる木曾の姿があった。
怪物が球磨を噛み砕く寸々に何があったのかと言うと、木曾が怪物の顔面に飛び掛かり勢いそのままに渾身のパンチをお見舞いして怯ませたのだ。
バキッという音はその際のものである。
「木曾!?木曾が助けたクマ!?何で出てきちゃったクマ!?あのまま隠れていれば見つからずに済んだのに!」
「ウゥゥ!」
木曾を守ろうとする球磨は怪物に立ち向かおうとする木曾を咎めるが、振り返った木曾の目を見てようやく全てを理解した。
「そっか……球磨が木曾を守りたいように、木曾も球磨のことを守りたいクマ。」
「ガウ!」
木曾の献身に心打たれた球磨は、自分もその心意気に応えるべく痛む身体に鞭を打ってプルプルと震えながらも必死に立ち上がる。
「守るって一方的なことじゃないし、とっても難しいクマね。どれだけ肉体を守っても、相手に心配を掛けていたら心が守れないクマ。木曾は既にママを失ってるクマ、これで球磨までやられたら姉まで奪わせることになっちゃうクマ。球磨だって球磨のことを庇って多摩や大井に北上が死んじゃったら悲しいクマ、心が壊れるクマ。だったらお互いがお互いを守るクマ。球磨が木曾を守って木曾が球磨を守るクマ!一人で全てを守ることは難しくても、二人で力を合わせれば守れないものはないクマ!」
本当に守るべきものが見えた球磨は木曾の横に並び立つと、失ったアギトの代わりに剥ぎ取りナイフを逆手持ちで構える。
ちょっとでも気を抜いたらすぐに崩れ落ちそうな満身創痍の身体、どうして立っていられるのか不思議なくらい最悪のコンディション。
それでも万全だったさっきまでよりもボロボロな今の方が確実に強い。
球磨は強がりでも思い込みでもなく、本当にそう感じていた。
その時……。
「クマッ!?絆石が……?」
「ガウ!?」
「ガアアァァ!!」
今までで一番激しく、そして明るく絆石が光り輝いた。
球磨と木曾には優しく柔らかい暖かな光として、怪物には鋭く眩しい閃光として周囲を包んでいく。
青白い光の粒子の中で、球磨と木曾は不思議な空間にいた。
孤島の崖で怪物と戦っていたというのに、今はまるで球磨と木曾で二人だけの光の世界にいるようだった。
暖かくてふわふわとした無重力のような世界。
「ここは?球磨の心の中クマ?」
「ガゥ?」
球磨には直感で分かった。
この青白い光の空間は己の心の中の世界であると……。
だが自分の心の中というのは当然のことながら自分だけの世界である、だというのにここには木曾がいる。
「そっか、これは球磨の心であると同時に木曾の心でもあるクマ。」
そう、絆石を通して完全に二人の心がつながったのである。
「何だろう、不思議と力が湧いてくるクマ。それに痛みも平気クマ、気にならなくなってきたクマ。」
身体の傷は癒えていない、だがさっきまでとは違い身体に活力が満ちてくる。
ただでさえやる気が溢れているのに、そこに活力までみなぎってくればもはや負ける気がしなかった。
「ガウ。」
「何より木曾と心がつながっているって感じがするクマ、これが絆クマ?そっか、絆石ってこういうことクマ!ただ綺麗なだけの宝石じゃなかったクマ!絆石、球磨のことを認めてくれるクマ?」
球磨が左手の絆石に目を向けると絆石はまるで返答するかのようにチカチカと瞬き、やがて光は収束していく。
光の世界は最初からなかったように消失し、二人は元の世界へと帰ってくる。
長く感じた心の世界も現実から見ればほんの一瞬、邯鄲の夢に過ぎない。
「ガアァ……!?」
光が収まったことで視界が効くようになった怪物の前には、先程までの弱々しく一方的に狩られるだけの二匹の獲物はいなかった。
代わりにいたのは、小さい身体に収まり切れない猛々しく闘志を燃え上がらせる二人の戦士の姿だった。
BGM:風の絆
「ここからが本番クマ!木曾、絶対に勝つクマ!」
「ギャウ!」
怪物へ向かって駆け出す球磨と木曾。
そのスピードは先程までの比ではなく、あっという間に怪物の懐まで到達する。
「木曾ッ、そこでブレイクジャンプクマ!」
球磨の指示を受けた木曾は高く飛び上がり、怪物の脳天目掛けてヒップドロップをお見舞いする。
本来であれば小さな子熊が怪物の巨体に圧し掛かったところで痛くも痒くもないはずだが、子熊の攻撃は的確に怪物の額を打ち抜き怯ませる。
怯んだことで怪物の防御は手薄になる、そこを見逃さず球磨は怪物の脇腹をナイフで切り裂いていく。
アギトより小さく貧弱なナイフが怪物の堅い表皮に傷を付けた、これは奇跡でも偶然でもなんでもない。
これは乗娘とオトモンの絆により起きた現象だ、二人の心がお互いを守るという意識と信頼感によってシンクロしたことで絆の力が高まり戦闘力が大幅に向上しているのである。
そんなことくらいで強くなれるのかという疑問もあるだろうが、それで強くなるのが乗娘という存在なのだ。
生まれたばかりで戦闘経験が全くないの木曾が怪物と戦えているのも同じように能力が底上げされたからである。
乗娘としての戦いは初めてでありながら、球磨が木曾に的確な指示を出せているのも同様に絆の力によるものだ。
心の底からつながり合ったことで木曾がどのようなことが出来るのかを理解し、今まで一度もやったことのないオトモンへの指示をスムーズに出せるようになったのである。
「ゴォオオオ!!」
怪物は顔面に張り付いた木曾を振り落とすと、そのまま大きな足で踏み潰そうとする。
「硬化の構えで迎え撃つクマ!」
球磨の指示と同時に地響きと共に振り下ろされた怪物の足。
ぬいぐるみのように小さな木曾が怪物の巨大な足で踏まれればペチャンコを通り越して赤い水溜まりになってしまうだろう、本来であれば……。
「ギャウゥゥゥ!」
木曾は生きていた。
頭上に両腕を突き出して怪物の足を受け止めた木曾は、重みで下半身が若干地面にめり込んでいたものの目立つダメージもなく耐え切ったのだ。
「さっさとその汚い足をどけるクマァ!」
攻撃を受け止められて動きが止まった怪物、その足に球磨は思い切りナイフを突き立てる。
球磨の攻撃により思わず怪物は後ずさり、その間に球磨は木曾を引っ張り上げて救出した。
「ゴアアアア!!」
ついさっきまで食料としてしか見ていなかった小さく弱い生物が、急に自分を脅かす戦闘力を発揮し始めた。
その事実に動揺したしたのか怪物の動きは徐々に単調になり始める、そんな隙を球磨は見逃さない。
「力任せの攻撃、だったらスピードで対抗するクマ!」
乗娘にはパワーにはスピード、スピードにはテクニック、テクニックにはパワーで相手に立ち向かうと有利に戦えるという三竦みの法則が存在する。
そして有利な攻撃を二人同時にお見舞いすることで、相手の反撃すら許さず大ダメージを与えられる連携技を繰り出せる、これこそがダブルアクションである。
狩娘ではなく乗娘にしか適応されないという特徴こそあるものの、これはアタリハンテイ力学と同じように誰も抗えない絶対的な力を持つルールなのだ。
「うりゃあ!これが球磨と木曾のダブルアクションクマァ!!」
「ギャウ!!」
「グォオオオオ!!」
怪物の攻撃に合わせて駆け出した球磨と木曾の二人は光の矢と化し、怪物の身体を貫いた。
球磨と木曾のダブルアクションに完全に当たり負けした怪物は、反撃どころか防御すら出来ずに吹き飛ばされる。
「怪物がダウンしたクマ!?今こそ決着をつけるときクマ!!」
倒れてもがいている怪物を見た球磨は勝負を決めるべく、絆石を高く掲げる。
すると絆石から光が溢れ、今まで以上に球磨と木曾の身体に力がみなぎってきた。
「うおおおぉぉぉ!!木曾、決めるクマァ!!」
「ガウ!!」
球磨はポーチからあるものを二つ取り出すと、それを空高く放り投げる。
そして二人は物理法則を無視した勢いで飛び上がると投げた物体に食らい付いた。
二人が口に咥えたのはプリプリに太ったとても美味しそうなシャケ。
そのシャケは昨日の球磨の釣りの成果であり、特別なポーチに入れていたお陰で未だにピチピチと釣りたてのように元気よく動いている。
ようやく立ち上がった怪物だが、何をするにしてももう遅い。
シャケを咥えた二人は怪物目掛けて急降下。
貧弱な剥ぎ取りナイフと子熊の弱々しい鉤爪は、絆の力を得たことで伝説の剣にも匹敵する業物と化した。
球磨と木曾は得物を振り下ろした体勢のまま着地する。
確かな手応えを感じた。しかし油断はしない、いや出来ない。
何かあった場合すぐ次の動きに移れるよう、怪物から目を離さない。
「グ……ガ……。」
やがて怪物の身体はグラつき、ドウッという音を立てて崩れ落ちると数回痙攣した後に動かなくなった。
「………………プハーーーッ!緊張で呼吸することすら忘れてたクマ、窒息するところだったクマ。」
怪物が倒れたのを確認すると、球磨と木曾もヘロヘロとその場にへたり込む。
今更になって全身に疲れと痛み、そして恐怖が戻ってきたのを球磨は自覚する。
左手を見れば先程まで眩しいまでに輝いていた絆石の光も収まり、綺麗なだけの宝石に戻っていた。
緊張の糸が切れたのと絆によるブーストが切れたことで、肉体が本来の調子に戻ってしまったのだ。
「ハァハァ……。でもやったクマ、球磨達勝ったクマ……。未だに信じられないクマ……。」
「ガゥ……。」
球磨と木曾はお互い顔を見合わせるとニコッと笑い合う。
二人はもう体も心もクタクタだが、それ以上にお互いの胸にこみ上げる達成感と満足感に包まれていた。
「木曾、結局お前をママのところに連れて行ってあげる約束は守れなかったクマ。ゴメンクマ。」
「グゥ……。」
「でもお前のお姉ちゃんになってあげるっていう約束まで破るつもりはないクマ。」
「ガゥ?」
「鎮守府で球磨と一緒に暮らさないクマ?本当なら野生動物は野生の世界で生きていくべきなんだろうけど、自然っていうのはみなしごが生きていける程優しい世界じゃないクマ。それに球磨としては木曾と一緒にいたいクマ。木曾の中ではもう球磨の家族クマ、球磨の家族なら妹達や提督の家族でもあるクマ。でも無理矢理連れていくっていうのは無しクマ、木曾はどうしたいクマ?」
「……ギャウ!」
球磨の提案を聞いた木曾は嬉しそうな顔で球磨にすり寄ると、そのまま顔をペロペロと舐め始めた。
「あははっ、くすぐったいクマ。それじゃこれで木曾は改めて球磨の家族クマ。」
噛み砕かれる寸前まで行った身体は未だに引き裂かれるかのような痛みが走るが、木曾と家族になれた事実を顧みれば安いものである。
「それじゃ一緒に帰るクマ。木曾の新しい家になるモガ鎮守府へ………………!?」
そう言って立ち上がろうと片膝立ちになった球磨だが、僅かに聞こえた物音に反応しそちらに振り返る。
そこにあったのは怪物の死体………………いや死体だと勝手に思い込んでいたもの。
怪物はダメージを感じさせないスムーズな動きで立ち上がると、球磨達を見下ろす。
そして…………。
悍ましい咆哮と共に怪物の身体は筋肉が膨張したことにより一回り大きくなり、興奮により血の流れが活発化したことで表皮は赤く染まる。
そして口からは吐息に混じって濃密な龍のエネルギーがあふれ出す、その殺気と重圧は先程までの比ではない。
「あっ……あぁ……そ、そんな……。」
立ちはだかる絶望の化身、先程の戦闘で全てを出し尽くした球磨に出来ることは何もない。
戦うどころか逃げる体力すら残されていない、そして何より心が折れていた。
自分の持てる全てを絞り出してようやく倒せたと思っていた相手、だというのに怪物はこれからが本番だと言わんばかりに持てる力を開放したのだ。
これに抗うなど時間の無駄であり、出来るのは無様に震え上がることのみである。
「それでも、それでもっ!せめてこの子だけは守るクマ!!」
球磨は木曾に覆い被さった、しかしこれはハッキリ言って無駄な行為である。
抵抗が出来ない以上、先に球磨が食われてその後に木曾が食われるだけだ。
「グルル……。」
球磨達に打つ手なし、怪物もそのことを理解したのか嘲笑を上げるように喉を鳴らす。
そして動けない球磨の背中に牙を突き立てるべく頭を下げた。
次の瞬間、怪物は呻き声と共につんのめって球磨達の頭上を通り越し、それと同時に巨大なヒルのような物体がドシンと音を立てて先程まで怪物が立っていた場所に落下した。
それは怪物の尻尾、球磨を食べようとして周辺への注意が疎かになった隙を突かれ何者かに背後から尻尾を切断されたのだ。
「全く、あれだけ森の様子が変だと忠告してやったのに……。とはいえここまでよく頑張ったな。」
「て、提督……?どうしてここに?」
怪物改めイビルジョーが尻尾を斬られた痛みでのたうち回っている間に、球磨達を庇うように現れたのはモガ鎮守府の提督だった。
肩には斧形態のヘリオスクラッシャーを担いでおり、これでイビルジョーの太い尾を切断したのである。
「部下が帰ってこなかったんだ、探しに来るのは上官として当然だろ。それに言っただろう?お前は俺の大切な狩娘で、替えの利かない俺の家族だって。家族の心配をしないやつがあるか。」
提督は安心させるように球磨の頭をポンポンと軽く叩く。
「ここからは俺に任せろ。上位個体のイビルジョー程度俺の敵じゃねぇ!」
提督はヘリオスクラッシャーを変形させると、武器に敢えてエネルギーを過剰に充填させる。
至る所から蒸気を噴出させ、バチバチと黒い龍のエネルギーを刀身から迸らせるヘリオスクラッシャー。
更に武器を剣から斧へと戻しつつその場でブンブンと振り回しながら、今度は自分自身の気を高める。
「これが剣鬼形態、そしてテンペストアクスだ!今まで俺が本気で戦うところ見たことなかっただろ、いい機会だ。球磨、よく見てろ。お前の提督の強さと、スラッシュアックスの戦い方っていうものをな。」
「ゴオオォォォ!!!」
自身の尻尾を切断した提督を獲物ではなく完全に敵だと認識したイビルジョーは、球磨達と戦っていた以上のスピードで提督に接近すると大顎で食らい付く。
「それで攻撃のつもりなのか?遅いな、あくびが出るぜ!」
「ゴガァ!?」
相手の方が先に攻撃を繰り出したにも係わらず、後から提督が振り下ろした斧の一撃の方が先に届く。それはまさしく電光石火の早業。
斧はイビルジョーの頭部に叩き付けられても勢いが止まることはなく、そのまま自分より遥かに巨大な相手を大地に捩じ伏せた。
「おねんねにはまだ早いな、これからが本番だ!いくぜ!」
提督は斧を凄い勢いで振り回し、体勢が崩れたことで丁度いい位置にあるイビルジョーの顔面にまるで往復ビンタでもするかのように連撃を叩き込んでいく。
殴られるたびに折れて飛び散る牙、イビルジョーは抵抗すら出来ず完全にされるがままだ。
だがトランスラッシュの連続攻撃はこんなもので終わりはない。
すぐさま武器を剣に変形させた提督は、そのまま龍エネルギーの残像しか見えない高速の斬撃を無数に繰り出す。
「ガアアァァ!!」
非常に硬質なイビルジョーの頭殻、だが提督の放つ斬撃の前ではそんな防御力など無いに等しい。
あっという間に切り刻まれ、切れ目から悪臭を放つ体液を垂れ流す。
「こいつでトドメッ!」
提督は息も絶え絶えとなったイビルジョーの口内に剣の切っ先を勢いよく突っ込むと、圧縮させて限界以上に溜め込んだ龍のエネルギーを一気に開放させた。
「属性解放突きィ!!!」
解き放たれた莫大な龍のエネルギーとイビルジョー自体が持つ龍のエネルギー、それらが反応したことで凄まじい大爆発が引き起こされる。
爆発の規模は軽く見積もっても半径5メートル以上はあり、その威力は離れた位置にいた球磨達すら爆風で吹き飛ばされそうなほどだった。
「クマッ!?て、提督はどうなったクマ!?」
提督の安否が気になり、自分が満身創痍なことすら忘れて思わず立ち上がる球磨。
爆発こそ収まったものの、残された龍の煙で爆心地の様子は全く見えない。
爆風だけであれだけの威力だというのに、提督はあろうことかあの大爆発の中心にいたのだ。
心配にならない方がおかしい。
「なんだ、それだけ傷付いていながら人の心配か?なに、心配せずとも俺は無事だ。」
斧の一振りで煙を振り払い姿を現したのは戦闘後だというのに傷どころか埃一つ付いていない提督、そして…………。
爆発に巻き込まれたことで上半身を醜く焼けただれさせ、力なく地面に倒れ込むイビルジョーの姿であった。
イビルジョーはそのままビクビクと数度痙攣したのち、目を見開いたまま完全に息絶えた。
「お前に悪意が無いのは分かっている、お前もただ生きるのに必死だっただけなんだろう。だが俺も大切な部下を喰われるワケにはいかないんでな。それにこの島はお前が生きていくには狭過ぎる。命の調和を守るのもカリュード諸島で働く提督の大事な任務の一つだ。悪いがお前のことは狩らざるを得ないのさ、恨んでくれていいぞ。」
提督はそっとイビルジョーに近寄ると、優しい手付きでその瞼を閉じさせた。
「提督~~~ッ!無事でよかったクマァ~!」
「ギャウ~!」
両腕をブンブン振り回し、全身で喜びを表現する球磨と木曾。
「全く、俺を何だと思ってる。自分で起こした爆発だぞ、そんなものでくたばるかよ。とはいえ心配させて悪かったな。」
「ううん、お礼を言うのはこっちの方クマ!提督はあの怪物をあっという間にやっつけてくれたクマ!ありがとうクマ!」
「何言ってやがる、俺はトドメを刺しただけに過ぎない。お前達がコイツを弱らせたからこそだ。」
「だとしてもクマ!凄かったクマ!カッコよかったクマ!!感動したクマ!!!流石は提督クマ!」
「そんなことよりもだ。」
「クマ?」
不自然なくらいに饒舌な球磨、露骨に早口になっている。
だが提督は球磨の話を遮ると、両肩に優しく手を乗せ目を合わせた。
「球磨、あまり無理をするな。」
「む、無理?そんな……球磨、無理なんて……。」
球磨は一瞬表情を強張らせると、声を震わせながら視線を逸らす。
提督はそのまま球磨を優しく胸元で抱きしめると、今度は敢えて目を合わせずに耳元で優しく囁く。
「もう一度言う、あまり無理をするな。」
「うっ、うぁ…………うわあああああああぁぁぁぁぁぁ!!!」
緊張の糸が切れたのか、球磨はボロボロと大粒の涙をこぼす。
「怖かったクマ!何度も、何度も死んじゃうって!!球磨はここで終わりなんだって!!でも、でもっ!なによりも!守るって誓ったのに……木曾のこと、あれだけ守るって誓ったのにっ!!会ったばかりの木曾をなんで命がけで守ってるのかって!!木曾を見捨ててっ……囮にして逃げれば!そしたら球磨だけは助かるかもって!そんなことを、ちょっとだけでも考えてっ!!家族だって……言ったのに!!多摩も、大井だって、北上すら!家族だ妹だって言っても!都合が悪くなったら……球磨はきっと見捨てる!!最低の狩娘だって!!」
「分かってる、分かってるさ。大丈夫、お前はそんな奴じゃない。考えるだけなら自由だし、誰だって自分の命は惜しい。それでもお前は行動に移さなかった。安心しろ、ここには俺しかいないんだ。思い切り泣け、泣くのは恥ずかしいことじゃない。全部吐き出せ。」
「あああああぁぁぁぁぁ!!うわあああああああぁぁぁぁぁぁ!!!わあああああぁぁぁぁぁ!!」
「ぐすっ……えへへ。一生分くらい泣いたクマ。提督、制服汚しちゃってゴメンクマ。大泣きしたの恥ずかしいから妹達には秘密にしといてほしいクマ。」
「大泣き?何のことだ?俺は何も知らないな。これは雨で濡れただけだ。」
「雨が降ったのは昨日クマ。それに胸だけがベチョベチョになる雨なんて降るワケないクマ。でも提督、ありがとうクマ。」
「がうぅ!」
提督の胸元から顔を上げた球磨の目元は赤く腫れており鼻水まで垂れていたが、表情自体はとても明るく清々しいものになっていた。
隣で心配そうに見ていた木曾も、元気になった球磨の様子に一安心である。
「提督、球磨は弱いクマ。」
「そうだな。」
「うぐっ、自分から言い出したとはいえちょっとくらい否定して欲しかったクマ。それで提督、球磨は別に最強になりたいワケじゃないクマ。でも手の届く範囲物にあるものを守れるくらいの強さは欲しいクマ。もう今日みたいな悔しい思いをしたくないクマ。」
「そうか。」
「こんな弱くて情けない球磨でも強くなれるクマ?」
「なれるさ。もうお前は強くなるために必要なものを持っている。だが、それでも不安なら……。」
「提督?」
提督は球磨の剥ぎ取りナイフを拾うと、イビルジョーの亡骸へ歩み寄る。
そして亡骸にナイフを突き立てると、あるものを剥ぎ取った。
「この爪を持っていろ。もし辛いことがあればこの爪を見て今日の事を思い出せ。その守りたいという気持ちを決して忘れるなよ。」
そう言って提督が渡してきたのはイビルジョーの足に生えていた鉤爪、それも二本。
そして提督は何食わぬ顔で球磨の腰に着けた鞘にナイフを挿す。
「でもこれって提督が剥ぎ取ったものじゃ……?」
本来狩人や狩娘同士で素材の取引は禁止されている。
「何言ってやがる?これはお前のナイフで剥ぎ取ったものだ、ということはこれは最初からお前のものだ。だからなんの問題もない、いいな?それに今のお前の体調じゃコイツの硬い爪を剥ぎ取るのは無理だ。自分の代わりに剥いでもらったと思っとけ。」
「ふふっ、詭弁クマ。」
「それとこれも渡しておく。」
そう言って提督は自分のポーチから赤と黄色の二枚のお札を取り出すと、球磨に押し付けるように渡す。
「これは?」
「これは力の護符と守りの護符だ。これだけでも効果はあるが、その爪と組み合わせてみろ。必ずお前の今後の成長の助けになってくれるだろう。」
「こんなに高いものまで……提督ありがとうクマ!」
「礼などいい。それよりそろそろ帰るぞ、みんな心配しているからな。」
「く、クマッ!?」
そう言うが早いか、あっという間に提督は球磨をお姫様抱っこで抱えてしてしまった。
「て、提督!?何してるクマ!こんなの恥ずかしいクマ!」
「何言ってやがる?お前全身ボロボロの上に骨のあちこちにヒビまで入っていて、立ってるだけでもキツイんだろ。さっきからずっと痩せ我慢してるみたいだが、俺の目は誤魔化せねぇぞ。そんな奴を歩いて帰らせるほど俺は鬼畜じゃない、大人しく抱かれてろ。そっちのチビ助は木曾っていったか?お前も一緒に来い。球磨の家族になったんだろう?だったら俺の家族でもあるからな。」
「がぅ!」
そのまま提督は赤面する球磨を抱いたまま歩き出し、木曾はその後ろをトコトコと付いていく。
「最初はおんぶしてやろうと思ったんだが、あいにく俺の背中はヘリオスクラッシャーが使用済みでな。そういやお前のアギトはどうした?出掛ける際には持ってただろ?」
「アギトは、あの戦いの最中に崖から海に落として失くしちゃったクマ……。」
「失くした?やれやれ、狩娘にとって武器は命綱だと教えたんだけどな……。」
「ごめんなさいクマ……。」
「いや、別に謝らなくていい。ワザと捨てたワケじゃないんだろう?あの状況でお前はよくやったよ。海底に沈んでいっちまっただろうし、もう探すのは無理だな。よし、いい機会だ。今日頑張ったご褒美に一つだけ俺が武器を買ってやろう。」
武器を無くしたことを恥じる球磨だが、提督は責めることなくむしろ頑張ったと褒め、新しい武器を買ってやるとまで提案する。
「何でもいいクマ?」
「おう、何でもいいぞ。店売りの物限定だけどな。」
「だったら、ボーンアックスがいいクマ。」
球磨の欲しがった武器、その予想外の答えに提督はキョトンとする。
「お前、大剣じゃなくていいのか?今回は特別だからオオアギトどころかゴーレムブレイドだって買ってやるぞ?」
不思議に思った提督は今の球磨には手の届かない高額な武器を提案するが、それでも球磨の答えは変わらない。
「ううん、球磨は提督と同じスラッシュアックスが使いたいクマ。」
「だったら精鋭討伐隊剣斧とかパワーブロウニーのような強力な武器でもいいんだぞ。」
「いきなり強い武器を使っても使い手が未熟なら本来の威力を発揮出来ないどころか使い手の成長まで妨げる、提督が以前言ってたことクマ。」
「ハハッ、こりゃ一本取られたな。そうだ、武器が強いだけで自分まで強くなったワケじゃない。使い手と一緒に成長していく、それが武器の正しいあり方ってもんだ。よし、分かった。ボーンアックスを買ってやる、楽しみにしてろよ。」
球磨の答えに満足した提督はそのまま歩み続ける。
一方の球磨は提督に抱かれているこの状況で、あることに気が付き目を瞑る。
(球磨、今凄いドキドキしてるクマ。提督にこうやってくっついているだけで幸せを感じてるクマ。今までこんなことなかったのに……。)
球磨は今まで提督のことを、木曾によく似たその外見から実質球磨型の一員として扱っていた。
上官ではあるが、ある時は妹、ある時は弟、ある時は兄というなんとも不思議でなおかつ気安いポジションに収まっていたのだ。
決して軽んじているわけではない、それでも球磨にとっては上司及び家族の関係でしかないのだ。
(これって恋クマ?でもどうして提督に恋なんか?)
球磨は決してピンチのところを提督に助けられたから恋に落ちたワケではない。
安っぽい創作物のように危機の際に颯爽と助けに来た白馬の王子様に憧れるような頭の軽い女ではないのだ。
(球磨は提督の背中に憧れたんだクマ。何かあってもこの人がいれば大丈夫、不安を吹き飛ばしてくれるこの力強い背中に男を見たんだクマ。)
今までもそうだった、提督として働くその姿に頼もしさを感じたものだった。
家族として見ていたつもりも、その姿に少しずつ男としての意識を積み重ねていた。
それでも家族だから気のせいだと思っていた、思い込もうとしていた。
しかしその重ね続けた想いは今回の出来事で遂に決壊した、そして一度あふれ出した想いはもう止められない。
(北上や大井が提督に惚れた理由が分かったクマ、雌は強い雄に惹かれるものクマ。球磨達は姉妹、惚れる男の条件だって同じで当然クマ。)
「提督……。」
「ん、どうした?」
「大好きクマ。」
「はぁ?急にどうした?」
「ううん、何でもないクマ。ちょっと愛の告白をしたくなっただけクマ。」
「ハッ、抜かせ。」
「あっ、本気にしてないクマ!いいもん、これから本気を出すクマ。毎日好き好き言ってやるクマ!」
「はいはい、言ってろ。」
(北上、大井、ごめんクマ。これから球磨も提督争奪戦に参加するクマ。恋は戦争、いや狩猟!球磨の狩りのテクニックを見せてやるクマ!)
しかし流石の球磨も、北上に提督ハーレム計画を提案されるとは夢にも思っていないのであった。
BGM:生命ある者へ
孤島の海の風景をバックに雄大な音楽と共にスタッフロールが流れる、そしてそれを唖然とした表情で眺める天龍。
「どうだったクマ?面白かったクマ?」
「えっとこれ、球磨と木曾の出会いの話だよな?」
「厳密には木曾との運命の出会いと、球磨がスラッシュアックスを使うことになった切っ掛けと、球磨が提督に恋をした、球磨の新しいアイデンティティーが産まれた記念日の話クマ。」
「濃厚過ぎて胸焼けするかと思った……。」
ふと球磨の方を見てみれば首元に紐で下げられた赤とオレンジの二本の爪飾りが目に入った。
出会ったときからずっと身に着けていたそれ、当初は単なるオシャレだと思っていたがこの映画を見た今なら分かる。
これがあの怪物の爪と護符を組み合わせて作ったお守りなのだろうと……。
「それにしてもイビルジョーっつったか?あんな怪物今まで見たことないんだけど、マジでいるの?フィクション?」
「この映画はノンフィクションクマ!アニメじゃなくて本当のことクマ!球磨も流石にあんなのと出会ったのはこの一回のみだけど、この島には数多くの巨大生物が生息してるクマ。天龍も巨大生物見たことないクマ?」
「デッカいピンクのゴリラなら……。」
「ピンクのゴリラ?何それ?」
「オレにも分からん……。」
球磨に可哀想な人を見る目で見られたが、頭がおかしいのはオレじゃなくてお前の方だと声には出さないものの心の中でそう思う天龍であった。
「あれ?なんか周囲の風景が歪んでるんだが……。」
「あっ!これはそろそろ目覚めるっていう合図クマ。」
「もうそんな時間!?」
映画館の内装が溶けるように崩れていき、それと同じくして白い霧が周囲を覆い始めた。
「まだスタッフロールの途中なんだから目覚めちゃダメクマ~!」
「そんなこと言われたってどうしようもないだろ!大体このスタッフロール、ほとんどお前の名前しか出てきてないじゃねーか!」
「そりゃ本物の映画と違って球磨の記憶を再生しただけだから、スタッフもスポンサーもいるわけないクマ!」
「うわっ、足元が崩れた!呑み込まれる~!?」
「待つクマ~!まだ起きるなクマ~!」
こうして天龍は奈落の底へと消えていった。
「うーん、むにゃむにゃ……ふぁ?あっ、マジで目が覚めた!」
天龍が目を覚ましてみれば、そこは当然ながらモガ鎮守府の睦月型用の小屋。
周囲を見渡せば、三人仲良く同じベッドで寝ている文月とPT小鬼群達の姿が見える。
「うーん、あれは本当にオレの夢に入り込んだ球磨の仕業だったのかなぁ?単に慣れない環境で変な夢見ただけじゃないのか?夢に入るとかそんなことが現実にあり得るのか?」
着替えを済ませた天龍は欠伸をしながら、文月達を起こさないようにそっと小屋から出る。
「天龍、おはようクマ~!」
「おはようございます。」
球磨型の小屋からは球磨と大井が姿を現した。
「よう、おはようさん!」
「あっ、そうだ!タイミングもちょうどいいし、天龍に面白いモノ見せてやるクマ!」
「面白いモノ?」
「大井~、隣に来るクマ。」
「はい?」
面白いモノを見せると言った球磨は、大井を呼ぶ。
何のことか、心当たりは全くないものの取り合えず言われた通りに球磨の隣に並ぶ大井。
「えいっ!」
球磨は何を思ったか、大井の手の甲を思いっきりつねり上げる。
すると次の瞬間……。
「あ゛っ♥あ゛ぁ゛~~~っ❤んっ♥んっ♥」
大井は恍惚の表情を浮かべながら膝をガクガクさせ始める。
目の焦点もちゃんと合っているのか怪しく、心ここにあらずといった感じである。
「どうクマ?面白いクマ?」
「お、おう……。」
一方で朝っぱらから急にそんなものを見せられた天龍は面白いどころかドン引きである。
「あ゛っ♥あ゛っ♥くうっ♥……ふぅ………………球磨姉さん何するんですっ!!」
数回ビクビクと全身を震わせた後に、正気に戻った大井は容赦なく球磨の脳天に拳骨を振り下ろす。
「あ痛ーーーっ!!天龍、大井が本気でぶったクマ!」
「当たり前です!っていうか何で球磨姉さんが私の弱いところ知ってるんですか!?」
(そういや夢の中で大井を性的に開発したとか言ってたな……。)
頭を押さえてうずくまる球磨と、本気で怒る大井。
そんな二人のやり取りを眺めながら夢だけど夢じゃなかった、夢で終わらせたいと内心で頭を抱える天龍なのであった。
こうしてモガ鎮守府での研修を終わらせた天龍は、潮風丸の交易船に乗りクロオビ鎮守府への帰路に着いた。
「潮風の香りが心地良いゼヨ!」
「はぁ~~~。」
「どうしたゼヨ、疲れた顔でため息なんか吐いたりして。そんなに研修キツかったゼヨ?でも美味しい空気を吸えば気分も爽快ゼヨ、リフレッシュゼヨ!」
呑気な潮風丸を尻目に天龍は今回の研修を思い出す。
自分の鎮守府では得られない貴重な体験が多く、特に他所の狩娘との合同狩猟は間違いなく天龍を狩娘として一歩成長させただろう。
だがそれ以上に今回はくたびれることの多い研修だった。
当たり前のようにデカい熊を連れて狩猟に赴く狩娘に、自分の妹に意味不明な洗脳ソングを歌わせる狩娘、挙句の果てに起きて早々に自分の妹の破廉恥なシーンを他人に見せてくる狩娘……あれ、これ全部球磨じゃね?
とにかく色々と気が休まらない研修だった、しかし天龍が一番疲労を感じたのは上記のことではない。
「ずっと夢を見ていたせいか眠りが浅くて辛い……。何で球磨は平気そうにしてんだよ、おかしいだろ?」
「ゼヨ?」
一晩中夢を見続けた天龍は疲れが取れておらず、ぐったりとしている。
一方で同じく夢を見せ続けた球磨は何事もなかったかのようにピンピンとしていた。
球磨に振り回され続けた今回の研修を振り返り、天龍はこう誓うのであった。
ライズを遊び倒す予定なので元々遅い投稿速度はなおさら遅くなるでしょう。(予言)
これは作品のネタを拾うための取材行為であり、サボりではない。
いいね?
おまけ:モガ提督の装備
武器:ヘリオスクラッシャー
頭:木曾Xヘルム
胴:木曾Xメイル
腕:木曾Xアーム
腰:木曾Xフォールド
足:木曾Xグリーヴ
護石:天の護石
スキル:業物、舞踏家、挑戦者+2、ボマー
業物で斬れ味の消費を減らし、舞踏家で回避と攻撃を両立し、挑戦者で更なる火力の底上げをするというガンガンいこうぜを地で行く狩猟スタイル。
ボマーは雷巡の木曾の装備ということでついでに発動した。
尤もG級狩人の提督にとって今更ボマーが発動したところで、ほとんど旨味はないので実質死にスキルと化している。