Steins;Gate/輪廻転生のカオティック   作:ながとし

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永遠のアガペー

しばらくの間布が擦れた音と、人ごみの中にいるような音しか聞こえなかったが、音の様子からして無事待ち合わせ地点に着いたらしい。

 

『はろー』

 

『待たせたな助手よ』

 

大きな雑音もあるが、聞き取れないことは無い。

 

『で、呼び出したわけは何よ?』

 

『ああ、確か貴様には海外に住む母親がいたな? 日頃の感謝でも込めてお土産でも買って言ったらどうだという崇高な考えのもと―――』

 

『余計なお世話だ。ちゃんと毎回ママへのお土産は買ってるわよ。で、それだけ?』

 

『ぐ、折角なので秋葉のアンダーグラウンドな店を案内してやろうと思っているのだが……どうだ? 電気街などあまりじっくりとみたこともないだろう?』

 

『……ここまで来て何もせずに帰るのも癪だし、しょうがないからついて行ってあげてもいいわよ?』

 

片手を顎に当てて、得意げに微笑む紅莉栖の姿が浮かぶ。余程岡部倫太郎に誘われたのがうれしいのだろうか?

なんとか、岡部倫太郎の我慢が続けばいいのだが。 

 

「紅莉栖ちゃんは素直じゃないんだねー、なんだかこっちまでムズムズしてくるよー」

 

「リアルツンデレキタコレ!! ……まじでオカリン死ね、氏ねじゃなくて死ねぇ!!」

 

「だめだよー、ダル君そんな言葉使ったらー、前にも言ったよね?」

 

エロゲーのテキストを進めるマウスのクリック音の間隔が明らかに早くなった。橋田至はロリ顔で巨乳美人嫁が将来できるんだから少し黙ってほしい。

ニコニコしているまゆりも気のせいかもしれないが目が笑っていない。

 

たった数秒の会話を聞いただけでここまで荒れるとは恐るべし岡部夫婦。

というか、この場所の空気が段々と重くなっている気がする。珍しく致命的な欠陥のない未来ガジェットが完成したと思ったらこんな所に大きな落とし穴があるとは……

 

極力気にしないようにしながら携帯電話の音声に耳を傾けるがほとんど雑音しか聞こえない。

 

途中トイレに行く振りなどして此方に助けを求めてきたがあいにく嫉妬に狂うハッカーと何もわかっていないような二人しかいないのだ。

とにかく頑張れとだけ言っておいた。まゆりも仲良くねーといった事しか言っていない

 

どこかに着くたびに岡部倫太郎が説明したり個人的なオススメなどを言ったりして、それに紅莉栖が興味を示したり示さなかったりしながら街を歩いているようだ。

多分タイムリープマシンの材料を買いに行ったところにも寄ったのだろう。貴重な基盤類などに紅莉栖が興奮する様子も聞けた。

 

岡部倫太郎が紅莉栖を連れ出したはいいが、いつもより異性として意識しているせいで話を切り出すことができないでいるのだろうか。

案内しながらも、歩きながら時間がたつごとに岡部倫太郎が感じる気まずさという空気がなんとなくこちらまで流れてきた。

 

しかし紅莉栖はそういう事情を知らないので何気なく話し掛けていく。

 

『そう言えば全然聞いたことなかったけど岡部の実家ってどこにあるの?』

 

『え、ああ、池袋駅らへんにある。ちなみに言えば親父が八百屋をやっているな』

 

『へぇ、そうなの。今までのあんたの言動からは到底思いつかない事実ね。……自称マッドサイエンティストの実家が八百屋さんってちょっと笑えるわね?』

 

『うるさい! そういう貴様の父親は何の仕事をしているのだ!』

 

『…………』

 

地雷だ。完璧なまでに地雷を踏んだぞ岡部倫太郎。父親と不仲なのは知っているだろうに。

 

ん?待てよ。

 

そういえば、大まかに考えれば原作で紅莉栖をドクター中鉢から守って岡部倫太郎はシュタインズゲート世界線に辿り着いたのだろう?

 

しかし俺の干渉で岡部倫太郎が紅莉栖を守ることなく、過去の俺自身に大量のDメールを送ることでこの世界線にたどり着いた。

この世界線でドクター中鉢―――紅莉栖の父親に刺されていたとすれば、たとえその時の記憶が無くてもおのずと岡部倫太郎は事件の犯人が紅莉栖の父親だと言うことを知るだろう。

 

ならばこの世界線での紅莉栖との出会いはなんだ? ドクター中鉢の立ち位置はどうなっている? どのように世界は収束したんだ?

 

『物理学者よ。でも残念なことに世間では色物発明家として有名ね』

 

『色物発明家?』

 

『ドクター中鉢、知ってるでしょ? 去年記者会見に来てたじゃない』

 

『あのタイムマシン発表会のドクター中鉢か!』

 

『ちょっと、あんまり大きな声で言わないでよ。岡部に話すのだって結構勇気のいる事なんだからな……』

 

『す、すまん』

 

話しぶりからして岡部倫太郎はドクター中鉢からは刺されていないのだろうか。

後ろから聞こえるまゆりの、”お醤油ちゅるちゅるー”や”たいむましん”の緩い響きには少々力が抜けた。

 

『確か……以前父親との仲を取り持つために青森へ一緒に行ってやると言ったよな』

 

『そうなの?』

 

若干間が開いた。岡部倫太郎も記憶の齟齬に気がついたようだ。

 

『……すまない勘違いだったようだ。気にしないでくれ』

 

『もしかして前にも言ってたほかの世界線の記憶?』

 

『……そうだ。でもこの世界線にとっては夢や幻と変わらない。アメリカでも言ったが忘れた方がいい』

 

『……体験してきたっていう岡部が言うことなんだからそれが一番正しいんでしょうけど、私としては今も一緒に来てほしいこともなくはない……なんちゃって』

 

聞く気力がなくなった二人の代わりに悶えながら二人の会話を聞いているとき突如ラボの玄関ドアが開いた。

 

「まゆしぃ! 大丈夫かニャ!?」

 

「ほえ? フェリスちゃん?」

 

フェイリスはまゆりの姿を認めるとすぐに抱き着いた。

 

「うニャー、心配したにゃー。いつもならメールがすぐに帰ってくる時間にメールしても返信が来ないから電話してもつながらなくて、てっきりまゆしぃの犯罪的な体に目を奪われた許されざる者たちに漆黒の門へと連れ去られたかと思ったニャ」

 

「つまり、ハイエースですね分かります」

 

「ダルニャンは、一か月メイクイーン出禁ニャ」

 

鼻血を出しながら絶望を叫ぶ橋田至。

これは仕方ない。でも前向きに考えればメイド喫茶を断って阿万音由季さんと距離を縮めるチャンスだと思うんだ。

 

「ごめんね。今まゆしぃの携帯は紅莉栖ちゃんとオカリンのデートの内容を聞くために使われているのです」

 

「ニャニャ!? クーニャンが凶真とデート!?」

 

すると机に置かれていたまゆりの携帯を取ってフェイリスは大声で、

 

「キョーマァ!! このフェイリスを差し置いてクーニャンとデートとは何事ニャ!」

 

『ぬわぁぁああ!! 耳がぁ!!』

 

硬質な物に携帯がぶつかった音がした。これはまさか落ちたのか?……

 

『ちょっと岡部どうしたの……って携帯?』

 

紅莉栖の声が段々と近づいてくる。

ガサゴソとバーローのあれその2を調べられているようだ。冷ややかな声が響く。

 

『これは無線モジュールね? 岡部、耳見せなさい?』

 

『あの……これは、そのだな』

 

『岡部のバカぁ!』

 

それからのラボメンの行動は速かった。

紅莉栖の怒りに巻き込まれないように即時解散という流れになったのだ。俺もまゆりに抱えられて家に帰されそうになったが、岡部倫太郎に送ってもらうと子供らしくダダこねて帰ってくるまでブラウン管工房でお世話になった。

 

少し日が傾き始めたころ岡部倫太郎が帰ってきた。一緒にラボに入る。

しばらく様子を見ていると、冷蔵庫からドクぺを取り出した後、話し掛けてきた。

 

「なぁ、瀧原―――」

 

おおよそ自分が消えるかどうかの事だろうと当たりを付けて言葉を重ねる。

 

「まだ岡部さんは消えません。まだ少し時間はあります」

 

「いや、そのこともあるんだが……」

 

「なんです?」

 

「俺が紅莉栖と一緒になったら、紅莉栖は幸せだろうか?」

 

「はい?」

 

思わず聞き返す。

 

「俺が紅莉栖と一緒になった後だ。もしその後に俺が消えてしまったら、お前が言っていたように紅莉栖が俺がいたことを覚えていたらそれはとても辛い事だからだ。紅莉栖が俺の事を忘れられるうちに離れてしまった方があいつのためじゃないかって」

 

劇場版と同じだ。あの苦悩を今の岡部倫太郎も感じているのだ。

 

「でも、紅莉栖のこと好きなんでしょう?」

 

「好きだからこそだ! お前だってわかるだろう? 俺を救ってくれたお前なら?」

 

「…………」

 

「なに、私の事が好きだとか勝手なこと言ってくれてんのよ、バカ岡部」

 

声の方向を見ると紅莉栖が仁王立ちしていた。知らぬ間にラボに入られていたらしい。

 

「紅莉栖がなぜここにいる!? 怒ってたんじゃないのか?」

 

「なんであんなことしたのか聞きたくて来たのよ。まったくもうメールぐらい見ろ」

 

俺は紅莉栖に迫られ事情を話すように言われた。子供のようにとぼけたりもしたが完璧にバレてしまったらしい。洗いざらい話してしまった。

……演技がそんなに下手だったか?

 

「なるほどね。またあんたは一人で突っ走って一人で何とかしようとしてるのね。呆れた」

 

「…………」

 

「つまり岡部が消えないように私がそばに居ればいいんでしょう?」

 

「それではお前が―――」

 

「その……ね、私も好き、岡部の事」

 

「なっ」

 

「いいから目を閉じろ」

 

「今ここでやるのか!?」

 

「なによ、人に見られたらいけないってわけ?」

 

そう言っていたずらに微笑む紅莉栖。酔っぱらっていた時のことも覚えていたらしい。

窓から差し込む夕日の中二人の唇が重なる。岡部倫太郎の目は見開かれている。

まるで原作のあのシーンのようだ。

 

顔を離し見つめ合う二人。

 

「もう一回よ、今度はしっかりと覚えてもらうわよ」

 

「海馬に……だったか?」

 

もう一度紅莉栖が背伸びをして岡部に迫った。

 

「もう何処にも行かせないんだから」

 

呆然とその光景を見ていたわけだが、この結末でもいいだろうと俺は思う。

R世界線に行ってしまった岡部倫太郎も俺と同じように、いずれこの岡部倫太郎に統合されるだろうし当初の目的は達成した。

 

俺は二人の邪魔をしないように外に出た後、携帯電話を取り出す。真っ赤な光が俺の影を強く映し出す。

一年間練習したお決まりのアレだ。

 

「ああ、全ての任務が完了した。これで俺も呪縛から解放されるというわけか……ああ、分かっている。後は彼らの選択に任せるとしよう」

 

―――エル・プサイ・コングルゥ

 




番外編もお読みいただきありがとうございました。

Steins;Gate/輪廻転生のカオティック 番外編 完

-追記-

誤字報告本当にありがとうございました。

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